中編
「イフはいずれは淘汰されなければならない。寿命を短く設定したのはそのためだ。」
僕は半ば茫然としながらハイダラを見つめていた。
つまり、僕は、僕らが今までやってきたことは_
「おい、ちょっと、この。ふざけんなよ、じいさん!」
リクセがガラステーブルをばんと叩いて立ち上がり、ハイダラの胸ぐらを掴んだ。
「や、やめろよリクセ。」
タノミがリクセを羽交い絞めにしようとしたが、リクセの腕力には敵わなかった。リクセはぜえぜえと息を吐き、怒鳴った。
「じゃあ何だってんだ、俺たちは滅ぶために生まれてきたってのか、ええ?」
「ああ、そうだ。」ハイダラは至極冷静にいった。「繁栄の裏には必ず淘汰されるものが存在する。犠牲なくして栄えるなど_」
僕はリクセがハイダラを殴ったのかと思ったが、意外にもそうはならなかった。
リクセは老人を突き放すと、ぼそぼそと口を開いた。
「……じゃあ俺たちが大人になる方法はないってことなんだな?」
「ない訳ではないぞ。」
「え?」僕は思わず声を出していた。
「もう十年は人に見せていないな……」
僕はつぶやくハイダラの背に拳銃をあてながら暗い通路を進んでいた。僕らはハイダラに連れられ研究所の地下深くへと移動しているようだった。
「おい、本当に信用して大丈夫なのか?あのじいさん。」タノミがそういうと、ミザクがすかさずといった調子でいった。
「でもいい人そうじゃん。お茶、飲ませてくれたし。」
「そういう問題じゃなくて……」
不安げなタノミとは対照的にミザクは愉快そうだった。しかめっ面で黙々と歩き続けるリクセ、いつもの如くぼんやりとした視線を宙に泳がせているシノ、そして僕。僕の心の中はさっきから何度も大きく揺れ動いていて取り留めのない状態だった。
自分たちがクローンによって作り出された存在_いや正式にはその子孫だというのはそこまでの衝撃ではなかった。元々僕らの出生なんてどうでもよかった。それよりも僕は人類の行く先に頭を悩ませていた。荒れ果てた土地で戦争を繰り返す人々。僕は<あの日>以前の旧文明についてはその殆どを知らないが、結局のところ人間は何も変わっていないような気がする。殺し合うという運命の呪縛から逃れることなど、できやしない。
「着いたぞ。」
ハイダラの指差す先には大きなホールがあり、緑色の電光で照らされていた。中心に円筒形のガラス檻があり、中には死んだように動かない肉の塊のようなものが見え隠れしていた。僕らは近寄ってみた。肉の塊だと思っていたのは、どうやら人間のようだった。骨ばった躰をだんご虫のように丸めている。
「イフの個体は全て放ってしまったが、ヌルはこの一匹のみが残っている。もっとも受精卵を使えば繁殖は可能だがね。」
「じいさん、早く用件を頼むよ。」
タノミに急かされ、ハイダラは少々早口になりながら喋り始めた。
「君たちの遺伝子にちょいと細工を加えるだけだ。一日あれば終わる。ただ、私にも条件がある。」
「条件?」
「ヌルと交わって欲しい。」
ハイダラは真顔でそういった。白けたような空気が漂ったのち、リクセが嘲るかのように苦笑した。
「じいさん、つまんねえ冗談はやめて、とっとと俺たちの体を_」
「本気でいっている。私は今までにも様々なパターンで実験を繰り返してきたが、イフの個体と交わらせたことだけは一度もないのだ。生憎実験体がいないものでね。」
「それでどうなるっていうんだ。」
「何かの刺激になるかもしれない、それでスイッチが入るかもしれない、そういうことだ。頼む。老いぼれの悲願だ。」
ミザクは怒ったようにぷいと顔を背けてしまった。
僕らは顔をちらちらと見合わせた。タノミもそれは想定外だったらしく、手持無沙汰に眼鏡をあげ直していた。
「……どうする?」
僕はいった。皆気まずそうな表情を浮かべて床の木目やら天井やらに視線をやっていた。一緒に旅をしてきて、こんな雰囲気になったことはただの一度もなかったような気がした。
「僕は別にいいと思うよ。せっかくここまで来たんだし、手ぶらで帰るわけにもいかない。」
タノミがいった。
「でも……」とシノ。「あのおじいさんが必ずしも本当のことをいってるとは、限らないじゃない。もしかしたら遺伝子をいじるなんてのは嘘で、眠らされてる間にバラバラにされて実験材料にされちゃうかもしれないし……」
「それはいくら何でも考え過ぎって奴だぜ、シノ。」リクセが僕らを見回していった。「でも用心するに越したことはないな。ここに居を構えて何十年も暮らしてる辺り普通の人じゃなさそうだし……」
「ミザクはどうなんだ?抵抗は無いのか?」
「知らないっ!」
ミザクはまたしてもそっぽを向いてしまった。タノミはため息をついて今度は僕に振ってきた。
「アオイの意見は?」
「僕は……」刹那考えた。得体の知れない生物に子種を流し込む。考えるだけでもぞっとするような気味の悪いことだが、タノミのいう通りここで諦めるのは何とも惜しい気がした。




