表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前篇

 

 ふいに一陣の風が緑の丘の向こうから湧き上がってきたかと思うと、草木の欠片を掻っ攫いながら過ぎ去っていった。僕は体全体に波を受けながら目を細めた。シャツが靡き、体を擦る。僕は後ろに目をやった。リトル・キッズの面々が気の抜けたような顔でその場に思い思いに腰をおろしている。

 僕はブンチーに歩み寄り、その擦り切れた黒いタイヤを軽く撫でた。キャビンもボンネットもボロボロなこの老いぼれ軽トラに乗り、僕らはここまで旅をしてきたのだ_そう思うと、感慨深いものが込み上げてくる。

「おい、そろそろ。」口を開いたのはリクセだった。「もうゴールは近いんだ。早く行っちまおうぜ。」

「うん。」

 僕は頷いた。

リクセがひょいとブンチーの荷台に飛び乗り、立膝で座り込んだ。揺れる荷台。シノとミザクも習い、食糧やら寝具やらが詰まった荷袋を器用に跨いで彼の斜め前に腰をおろした。僕は助手席に、タノミは運転席にそれぞれ座る。いつもの配置だった。ブンチーに乗って旅をするのももうこれで終わりなのだ。全てがたまらなく、愛おしく思えてくる。

「出るよ。」そういってタノミがエンジンをふかした。

荷台に揺れが広がった。ブンチーはガタガタいいながら丘を越え、田んぼ道に出た。両脇にはどす黒い色の大地が広がっている。ずっと昔には緑で埋まっていたのかもしれないが、今は苗を植える人などいないのでご覧のとおり不毛の地と化してしまったのだ。

「なぁ、アオイ。本当に救済の地なんてあるんだろうか?」

 ハンドルを右に切り、眼鏡を弄りながらタノミがいった。

「今更そんなこといったって、仕方がないだろ。もう来ちゃったんだから。」

「うーん、そうか……。」

「なに、不安になってやがんだよ、タノミ。」

 鳥居から声がしたかと思うと、ガラス窓の消失したリヤウィンドからリクセが顔を出していた。

「俺はな、大人になれなくたっていいと思うぜ。別によお。」

「えっ、リクセ。もう諦めちゃったってこと?」

 驚いたようにいったのはミザクだった。ミザクは<砦>から一緒に旅をしてきた仲間ではあるが、僕はどうにも彼女のことが好きになれなかった。おてんば、すぐに騒ぐ。何かにつけてリクセと一緒にいたがるし、それに、僕は二人が皆の目の届かない場所で何をしているか、それを知っている。そんなことをしてもどうにもならない、何にもならない。そんなことはミザク本人が一番わかっていることなのだろう。でもきっと、それでもやめられないんだ。

「いや違う、そんなんじゃない。俺はもう<お迎え>になってもいいんじゃないかって思ってるんだ。少なくとも、あんな煤けた<砦>で二十年を過ごすよりはよっぽど楽しくてスリルのある時間だった。俺たちは人生を手に入れたんだ。それで十分さ。」

「へえ。結構、深いこというのね。リクセのくせに。」

「うるせえな、黙ってろ。」

 他愛もない会話だった。

僕ら五人は今までにも何度もこんな話をした。大人になったら何をしたいか、だとかそういうことだ。

「スリルなんてもんじゃなかったけどな。な、アオイ。」

「そうだね。いっぱい死にかけたよ。」僕は運転席のタノミに相槌をうった。タノミは五人の中で唯一車の運転ができる。<砦>から出て行こうと最初に言い出したのも彼だった。十二歳で成長が止まり、年が二十を数える頃には死んでしまう、そんな僕らの過酷な運命に抗おうという気持ちが一番強かったのも、やはり彼なのかもしれない。そして実際、常に冷静で頭脳明晰な彼のおかげで僕らは幾度となく危機を乗り越えてきたのだ。

「おお、そうだな。でも一番やばかったのはアレだな。高速道路で戦車と撃ち合いした時。」

「凄かったよね、あたしもう死ぬかと思ったんだから!」

 リクセがいっているのは首都高で武装保守軍と革命団体のいざこざに巻き込まれた時のことだろう。僕らはそれこそ雀の涙のような武器で必死に応戦し、何とか逃げおおせることができたのだ。

「確か俺とアオイが荷台から身を乗り出してブローニングM2重機関銃で撃ちまくったんだ。奴らも応戦してくるとは思わなかったろうな。」

「ああ、でも樹海を徒歩で抜けた時も凄かったよね!もう走り過ぎて肺がどうにかなっちゃうかと……」

 

 僕はため息をついた。

本当に最後の最後までこの二人は騒がしい。それに比べて、と僕は荷台の後ろに目をやった。シノは側アオリにちょこんと座り込み、風で髪を靡かせている。

「シノ、あんまり乗り出すと危ないぞ。」

 僕がそういうと、シノはうんと頷いてアオリから降りた。スカートから除く白い生足が上下する。僕は何となく目をそむけた。

「アオイ君。」

「ん、何。」

「風が、きもちいいね。」シノは呟くような調子の声でいった。

「そうだな。」

 僕はそう返した。シノは変わり者だ。いつもどこかをぼんやりと見つめていて、何か考え込んでいるような物憂げな表情を見せる。僕はそんな彼女に対して一緒にいてあげたい、寄り添っていてあげたい、というある意味一方通行で自分勝手ともいえる感情を抱いていた_


「おい、あれじゃないか。」

 と、タノミが指差した先には木々に周りを覆われたドーム状の小さな建造物がぽつりと建っていた。

「あんなに小さいのが目的地だったのか……何かあっけないなぁ……」

「でも場所は間違ってないでしょ?東京の研究所跡地……」

 ミザクに促され、タノミが地図を開いた。

「うん、間違ってない。あれが施設だ。」

 あっけないというリクセの意見には賛成だが、とにもかくにもゴールはゴールだ。僕は何となしにうきうきとした気分になっていた。既に田んぼの畦道を抜けたブンチーは荒廃した商店街の跡地をひた走っており、道中何度か動物に遭遇した。人間に飼われていたものが脱走したのか、鶏や牛などの家畜が多く見られた。


















「まあ、そこにかけなさい。」

 僕らはいわれるままに革張りのソファにゆったりと腰かけた。

洋風の家具で装飾された室内_ガラステーブルの向かい、僕らにお茶を出してくれている小柄な老人はハイダラと名乗った。研究所地下へ潜り込んだ僕らを温かく迎えてくれた白髪の老人は、まず僕ら自身について話すよう要求した。

「どんな事情があったか知らないが、こんな子供が東京まで旅をしてきたなどというのは聞いたことがない。事情をお聞かせ願いたい。」

 僕らは目配せした。

タノミが代表して口を開く。

「僕たちは紀伊の山間にある<砦>から来ました。この体を普通の人間のように戻すために。大人になるために。」

「ほぉ……。」ハイダラの目が怪しく光った。

「僕たちの一族がどこから来たのか、それは誰も知りません。ただ生まれた時にはそこに砦があって、家族がいた。一族は砦で長い間暮らしてきたのです。生まれて、二十歳になり、次の世代に子孫を残して死んでいく、ただそのサイクルが延々と続く、そんな毎日でした。」

「それで抜け出してきたというわけか。」

「東京には<あの日>以前に生体の研究に携わっていた機関があったと聞きます。僕たちのこの体_関係あるのかどうかはわからなかったけれど、そこに一途の希望を見出そうと、皆でここまでやって来たのです。」

「うむ。」

 ハイダラは考え込むような表情を見せた。

「なあおい、そんなのいいからさ、俺たちが大人になれるのかどうか、それを教えてくれよ、じいさん。」

 リクセが凄むようにいった。ミザクとシノも同意見のようで、興味津々といった体で頷いた。

「ふむ、まあそれをいうにはちっとばかり長い話をする必要がある。いいかね?」

「どうぞ、構いません。」ミザクがいうと、ハイダラは顎の白髭を撫でながら話し始めた。


「……遠かれ近かれいつか<あの日>が来ることは皆予期していたはずだ。けれども愚かな民は目を背けた。現実と向き合うことを放棄してしまったのだ。」

 ハイダラはカップをテーブルに置いた。立ち昇る湯気が老人の皺くちゃな顔を覆い隠す。

「我々はまずこの人間という種族の存命を第一に考えた。どうすれば<あの日>以降も子孫を残し続け種の繁栄を取り戻すことができるか_度重なる議論の結果導き出された結論は人間自身の遺伝子を改変することだった。

「我々は彼らを新人類と呼んだ。新人類には<あの日>が通り過ぎたのちの過酷な環境に耐えられるような強靭な肉体が必要不可欠だった。クローン交配を繰り返し完成した試験体、ユニと名付けられた彼らはシュミレーションの結果どうなったと思う?」

 ハイダラは僕らに問うた。

「……生態系のトップに君臨したんじゃないか。」タノミがいった。「敵がいないわけなんだから。」

「正解だ。ユニは捕食者として世界に君臨した。だが繁栄は長くは続かなかったのだ。やがて獲物は狩り尽くされ、ユニたちは飢餓に苦しむようになった。強き者、大きな者の宿命だ。彼らはつかの間の王座を楽しむ暇もなく瞬く間に絶滅してしまった……。

「我々には失望にくれる時間などなかった。すぐに次の手を打った。草食性、雑食性、果ては必要最低限の食物しか必要としない微生物のような形態まで様々な試験体が開発されたが、最終的にシュミレーションを耐え抜いたのはヌルと名付けられた試験体だった。彼らの形状は人間のそれと殆ど変らないといっても差支えなかった。ただ特徴としては生殖に対して異常なまでに貪欲だということがあった。」

 僕らは反射的に顔を見合わせた。リクセなんかはにやにや笑っていたが、ミザクは恥ずかしそうに目を伏せていた。へっ、と僕は心の中で毒づいた。いつもリクセとやってることじゃないか、何を恥ずかしがってるんだ。

「ヌルは幼体同士でも何の問題もなく子供を産むことができた。また彼らは性交における疲労を知らず日夜交接に徹し、一人の雌個体から一日に十数人近くの子供を生み出すことができた。これがまた早いものでな。膣内に射精してから三十分も経てば陣痛が始まる。あとは腹を切り開いて中の赤ん坊を取り出すだけだ。計算によればヌルは一千万年以上この地球で生き永らえる、とのことだった。」


「そのヌルと僕らと、何の関係があるのです?」

 僕はあまりにも突拍子もないことを離し続けるハイダラに少しばかり苛立っていたのもあって、少し強い口調になってしまった。タノミ、リクセ、ミザク、シノが一斉に僕を見た。僕がおかしくなったとでも思っているのかもしれない。

「まあもう少し待ちたまえ。我々はヌルを野に放つにあたって、生存競争の相手を作り出すことにしたのだよ。彼らはイフと呼ばれた。ユニの二の舞にならないよう、ヌルの台頭を抑制するという意味合いを込めて彼らを作ったのだ。強すぎず弱すぎず、まさに人間としての立ち位置を守るためだ。ただまあ、最後に生き残るのはヌルの方だ。イフは人類の存続という目的のための踏み台に過ぎない。そのはずだったし、誰もそれを信じて疑わなかった。」

タノミの眉がぴくりと動いた。どうやら何かを悟ったらしいが、僕には何のことだかさっぱりわからなかった。

「そしてついに<あの日>がやって来た。その頃私はまだ若者だったが、あの頃のことはよく覚えている。避難シェルターから覗き見た光景は筆舌に尽くし難いものだった。火が、煙が大地を覆いつくし、多くの生命が死に絶えた。あとに残ったのは一面の瓦礫だけ。この建物もシェルターの入口を除いた全てが一瞬にして消失してしまった。

「それからのことは君たちもよく知っていることだろう。生き残った者たちは組織を作り互いに小競り合いを続けている。日本では旧文明の技術は復活させるべきではないと主張する武装保守軍と機械技術の発展を望む諸革命団体との争いが一番大規模なようだな。君たちも奴らにゃひどい目にあわされただろう。」

 僕らは大きく頷いた。

彼らは弾薬を惜しむということを知らないので、戦場となった地域はまるで夜空に浮かぶ天の川のごとくマズルフラッシュと残光が瞬くことになる。たまたま通りかかったブンチーにも容赦はなく、両軍が団結して照準を合わせ撃ちまくってきたことさえあった。

「でも、悪い奴ばっかじゃなかったよな。」

「そう、協力してくれた人もいたよね。川で立ち往生してた時逃げるのを手伝ってくれたり……」思い出話に花を咲かせようとするミザクを遮ってタノミが口を開いた。「ハイダラさん、話の続きをお願いします。」


「うむ。」とハイダラはいった。「それでここからが大事なのだが……。我々は研究所地下で育てていたヌルとイフの個体を外に出してみることにしたのだ。我々は放射線から身を守るための防護服に身を包んでいたが、彼らは裸のままだった。我々は嬉々として発信器を首に下げられたヌルたちの行動を日夜見守っていたのだが、その、結局何も起こらなかったのだ。」

「何も?」とシノが訊いた。

「うむ。シュミレーションでは初日から生殖に興味を示すはずだったのだが……。何がいけなかったのか、彼らはただのほほんとその場にくつろいでいただけだったのだ。傍目から見れば猿と何ら変わりなかったはずだ。私は失望したよ。くだらない核戦争で全てが滅び去った時代、彼らだけが私の希望であり生きる糧でもあったのだから。何より自分たちが人類の命運を背負っているのだという強い使命感が私たちを引っ張って来てくれていた。

「そんな脆い希望は跡形もなく崩れ去った。一日待っても一週間待ってもヌルたちの動きに変化は見られなかった。その内発信器も壊れ、研究所のメンバーたちは一人また一人とここを去っていった。だが私はどうしても諦めきれなかったのだ。ヌルの受精卵を使って何度も実験をし直したが、結果は変わらなかった。それでもちっぽけなプライドが邪魔をして、今でもここに居座っているのだよ。」 


 振り向けば、皆押し黙っていた。

僕らは<あの日>に関しては先祖から大方のことは聞いていたが、秘密裏にこんなプロジェクトが進行していたとは思いもよらなかった。気まずい空気の中、タノミが口を開いた。

「つまり、つまりその_」

「ああそうだ。」ハイダラは口を置いた。「君たちこそイフの末裔なのだよ。」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ