表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

殺戮兵器アリス

作者: 間口刃

 僕は、ただ怯えることしかできないでいる。


「私は未来から来ました。なので、あなたを殺さなければなりません」


 作り物の表情で伝えられたソレは僕にとっては荒唐無稽でしかない。

 だけれど、彼女の腕は目的を達成するために最小の動作で済むような形態に変化し、僕の命を奪おうとしている。


 そして––––彼女は、僕の目の前にいる。


 彼女の腕(武器に変化してるけど)の刀身は僕に向けられ、一言。


「何か、言い残すことはありますか?」


 鋭利な刀身が額に触れそうな状態でそんなことを訊かれて、僕は唐突に思い出す。


 そう……これは、僕のせいで始まったんだと。


 いつもの見慣れ始めた通学路で、僕は声を掛けられる。


重音えおん、おはよー!!」

「おはよう、茜。でも、僕の名前は重音かさねだ」

「カサネって名前より、エオンの方が言いやすいし、カッコイイし、そっちの方がみんなの為なんだよ。つまりね、重音はエオンって読むべきなんだよ」

「お前は、僕の名前の概念を捻じ曲げる気か!? お前も草西って呼ばれるのは……あっ、クラスにいたな。草西って」

「でしょ? だから、重音はエオンって読むべきなんだよ!」


 出会って早々、自分の意思を意地でも押し付けてくる腐れ縁と呼ぶべきかどうかも分からない相手は、彩京茜という。

 同い年にして、今まで同じクラスが何度か続いたせいか、いつも一緒に居てしまう。


 そして一回でも否定をしようとすると、こうなるので––––。


「まぁ、あだ名なら別にいいんじゃないか。僕自身、エオンも悪くないと思うし」

「そうだね、カサネ。なら、次からはエオンって呼ぶね」


 着地点がブレブレな会話は、いつも前輪か後輪のどちらかが外れた不時着という形で執着する。


––––黙ってれば、可愛いんだけどな……。


「重音。私の顔になんか付いてたりする? まさか、今日の朝ごはんでお好み焼きにパンケーキとドラ焼き食べてきたから、何か付いてたかも……」

「あぁ、付いてるよ。鼻がな」

「華のある顔だなんて、朝からそんなに褒めなくてもいいって、もう。重音ったら私のこと好きだからって、そんなに褒めちぎらなくてもいいのに……。って、待ってよ、重音!!」


 見つめられたのがそんなにも嬉しいのか––––太陽のような笑みを浮かべた茜が僕の後ろを付いてくる。


 現在、僕は家から遠く離れた学校に通う為に一人暮らしをし、新たなる高校ライフを送るはずだった。

 だというのに、これまでと全く変わらない日々を過ごしている。


 彼女––––彩京茜を一言で表すとしたら、完璧という単語が似合うのだろう。


 眉目秀麗で才色兼備。ありとあらゆる才能に秀で、それを鼻にかけることもせず、人当たりの良い人物である。

 非の打ち所がないと言ったらそれまでであるのだが、僕と一緒にいるときだけこうなるのである。


 ––––僕を便利なガス抜きスタンドだと思っているのだろうか。


 僕のスマイルはタダでもないし、特別サービスなどは何もしてないというのに。


 彼女とは幼稚園、小学校、中学校と同じ所に通い。

 高校こそはと思い、どこに行くかも伝えずに受験。


 無事、私立苗代学園に合格し、満開の桜並木を下を歩いて新たな出会いや、友達というものがどのようなものかを体験したかったのだが……。


 入学当日は大雨。


 そして、僕のアパート(1LDKが一人暮らしにピッタリだと聞いて)両親に無茶をさせてしまう申し訳なさを引き連れながらも。

 僕は新しい生活を始めようとした瞬間––––彼女がドアの前にいたことは未だに忘れることが出来ないだろう。


 語る必要すらなく次の日は、桜の花びらが絨毯となったアスファルトを茜と一緒に歩いていたのであった。


 こうして僕の細やかな抵抗は圧倒的な世界線の力によってねじ伏せられ、早––––1ヶ月が過ぎようとしている。


 昔から僕のハマっていた小説や漫画の話をすると、彼女の髪型や髪色が目まぐるしく変わってしまうので、普通の髪型の女の子が良いなと言って今の姿(黒髪の清楚系)に落ち着いている。


 まぁ彼女が笑顔でいるならそれでいいのだけれど、僕にやたら接触してくる彼女の真意を尋ねることはできないでいる。


 最も、彼女が昨日『A–ON』というレンタルビデオ店でAVを借りていることを目撃し、それを文字られているのを僕は知らないでもいる。


 そして、いつもの通りに授業を終えて僕は帰宅中である。


 だが、今までとは違い足取りは軽く、地面を蹴る音はクリアなベース音のように感じる。


 理由としては、昨日の夜。


 とある衝動に駆られてしまい、それを実行したからである。


 ––––大画面でAVを見るために、AVを借りよう。


 レンタルビデオ店を利用していない人の方が少ないかもしれないが、僕だって何度か利用したことはある。


 だけれど、両親がいる手前––––大画面でBlu-rayのAVを拝謁するという大義を僕はまだ成していない。


 携帯で見る場合、どれも画質や音質などで様々な障害が発生する。

 ましてや、僕は高校生になってから携帯の所持し始めたせいで、そういうサイトがある事実も知ることもない。


 だが、このアパートでは生活に必要な必需品が揃っているためにBlu-rayの液晶テレビまである。


 ならば、やるべきことはひとつしかないと思い、街中にある大手のレンタルビデオ店に行くことした。

 

 大人の階段を上るつもりでピンク色の暖簾を潜り、定番の女子高生モノを借りようとしたが店員から一言。


「年齢を確認できるものはお持ちですか?」

「いえ、持っていません」

「当店では18歳以下への貸し出しは行っておりません。申し訳ありませんが、またお越しください」


 女子大生ぐらいの柔らかそうな四肢をした店員さんに、一刀の元に伏せられた。


 僕の心は失神するほどの出血をしたものの店員さんの可愛さが鋭過ぎたのか。

 はたまた、切れ味の良さのおかげか––––瀕死程度で済んだようだ(もっとも、これが病み付きとなって通い詰めることはしないのだが)。


 僕は結局、怪しい小さなレンタルビデオ店『A–ON』というお店で他店より幾らか高額な値段ではあるがAVを借りることに成功した。

 それに、このお店では借りた物を欲しいと思えば割引価格で購入も可能だそうだ。


 発売日に新作のゲームを買うような胸の高鳴りを抑えながら、家路を急ぐ。


 自宅まではバスで15分。歩けば一時間もしない時間である。

 高校生になってから部活も入ってなく、体も鈍っているので歩いて帰ることにした。


 知っている人が誰もいない街での一人暮らしに僕は多少の不安がない訳でもなかったが、茜のおかげでその不安はなく、いつも通りの生活を送れている。


 まぁ友達が全然いないことが非常に悔やまれるが、これからできるだろうと楽天的になるしかないと思い、ほんの少しではあるが前向きになれた。


 ––––茜に、お礼でも言おうかな。


 なんてことを思いながら、一人で夜道を歩いていると。


「すみませんが手を握らせて下さい」


 声をかけられ、僕は振り返る。


 そこには––––金髪スーツ姿の少女がいた。


 年齢は同い年ぐらいで、艶のある滑らか髪が外灯の光の下で輝いている。

 眼は深暗の中でも存在を示すかのような碧眼。

 この世界には不釣り合いな程の整った容姿。


 きっと、彼女のために見惚れるという言葉が生まれたような錯覚に陥ってしまった。


 どうして彼女がそんなことをするのか考えたが、全国各地を回って人のクシャミを研究している人もいたのだ。

 異国の地にまで来てまで握手の研究をしているに違いないと思い、握手をした。


「すみませんが、あなたの名前を教えて下さい」

「四弦重音です。変わった名前って、僕も思いますけど」

「ありがとうございます。四弦重音さん」


 あんまりにも可愛い女の子と握手をしたせいか名前を伝えてしまい、家に到着すると僕はすぐ寝てしまった。


 そんな初心な少年は、今日––––右手に残る少女の感触を回想しながらBlu-rayを取り出してセットしている。


 カチャという音にさえニンマリとし、画面から映る未知なる世界に旅立つ準備を万全に整えて。


 ––––時刻は7時半。


 ヘッドフォンを準備した僕は、震える右手を抑えながら再生ボタンを押そうとする。


 だというのに、玄関の呼び出し音が来客を知らせて阻害してくる。


「返却日は明日だっていうのに誰なんだよ、ったく……」


 苛立ちを留めることができない僕は少し強張った声で、答えることにした。


「どちらですか? 僕今忙しいんで、明日にしてくれませんか?」

「すみません、重音さん。あなたにどうしても伝えなくてはならないことがあるので、玄関まで来てくれませんか?」

「はっ、はい。すぐ行きます!!」


 このときの僕は慌ててテレビの電源ごと引っこ抜き、身だしなみを整えて玄関を開けようとするが、ある事に気が付いてしまった。


 ––––彼女はなんで、僕の居場所を知っているんだ?


 僕は、ありのままの疑問を口にした。

 すると––––テレビドアホンに映る彼女は渋りながらも、それを口にする。


「信じて貰えないかもしれませんが、私は未来から来ました。なので、あなたを殺さなければなりません」


 そして画面越しからは、刃物が鈍く光り輝いていた。


 僕は反射的にチェーンをして、扉を閉めようとするが、刃物が挟まったせいで閉めることが出来ず、収納スペース(押入れ)に隠れることにした。


 諦めて帰ってくれると思ったがそんなことはなく、扉は容易く開き、靴底の擦れる音が耳にこびりついてくる。


 AVのケースをテーブルの下に隠したけどバレないかなとか、努めてバカなことを考えようとするけど、そんな暇もなく。


 収納スペースの扉は開き、淡白な言葉を吐き捨てられる。


「何か、言い残すことはありますか?」

「僕、かさえもんです」


 僕は、最低な遺言を残して死ぬ運命さだめにあるみたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ