表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/241

天狗伝承

 こんにちは!ワセリン太郎です!なんと今回は食事中に読んでもダイジョウブなお話なのです!本当です!信じてください!!

 太郎達が異世界(アタランテ)で悲惨な目に遭っているその頃……ここ、神丘市北西に位置する標高八百メートルの山頂付近に、ゴソゴソと蠢く怪しげな身なりの少女の姿があった。

 

 見た目の年の頃は……十歳前後といったところだろうか? 漆黒の腰まで伸びた黒髪に中高い顔立ち、その衣服は……高い下駄を履き、子供が扮した山伏(やまぶし)に見えないこともない。兎に角、お世辞にも近代日本に似つかわしいとは言いがたい格好だ。

 

 彼女の名は鶴千代(つるちよ)。実は人間ではなく、数千年前よりこの一帯に住まう……天狗の一族の末裔である。


 先程から鶴千代は、切り立った巨大な岩の上にあぐらをかいたまま、一人うんうんと唸って考え事に没頭していた。暫くするとはぁ~っと溜息をつき、独り言を漏らす。


「う~む、退屈じゃ……退屈この上ない。この数百年、下界では天狗信仰も薄れて久しいと聞く。父上(おっとう)達の時代には坊さんが修行に来たり、麓の村の若者(わかもん)に槍や棒術、体術を教えたりして、何かと面白い事があったらしいが……今となってはだ~れも遊びに来ぬ」


 そう言って貧乏揺すりをしながら足元に置いていた焼き芋を頬張り、それを竹筒に淹れてあったお茶で胃に押し流す。そう、この天狗(しょうじょ)は娯楽に餓えているのである。


「思えばウチは……麓に降りた事が一度もないの。何でじゃろ?? それにこのまま誰とも話さずに暮らしておると、じきに言葉も忘れてしまうやも知れぬ。恐ろしい。そうなっては事じゃ、いっぺん人里に顔を出してみるか? うむ――! それも面白そうじゃ! そうしよう!」


 ぱん! と手を打つと、勢いよく跳ね起き、住処の丸太小屋へと駆け出し扉を開いた。


「えっと……どこじゃったかな? お、あったあった。これじゃ」


 箪笥から大きめの麻袋を取り出し、竹の水筒や衣類を丸めて乱雑に詰め込む。それから戸棚に入れていた食料の類も。それが終わると庭へ出て……干してあった(フンドシ)を手早く畳んで押し込んだ。


「よし、荷はこんなものかの。これで数日は大丈夫じゃな! ではゆくか!」


 麻袋を担いで戸締まりをし、浮かれ気分で鼻歌交じりに獣道を下る鶴千代。


 そのまま一時間ほど歩くと、山中の小川が見えてきた。荷物から竹筒を取り出し水を汲み、近くの岩に腰を降ろすと……それを一気に飲み干す。


「ぷはぁーっ、美味い! さて、この辺りまではよく来るのじゃが……そもそもウチは人里がどっちにあるのかよう知らん。方角を間違えては山奥に行ってしまうだけじゃしのぅ」


 ──神通力。彼女は両手の人差し指をこめかみに当てると目を瞑り……そのままじっと動かなくなった。


「うむ! あっちか? どうもあちらの土地が開けておるようじゃの」


 そう言うと立ち上がり、再び鼻歌を歌いながら山を下ってゆく。そして更に二時間程歩くと……山の麓の古びた細い舗装道路へと辿り着いたのだった。


「なんじゃこの道は……!? 石畳かの? いや、違う、なんとも奇妙な……」


 初めて見る不思議な路面(アスファルト)へ、下駄をカンカンと打ち付けてみる鶴千代。堅いが案外歩きやすそうだ。


「これは人の敷いた道なのかえ?? ようわからんが面白いのう……さて、里はどっちじゃ? お、(とんび)の奴がおる、少し聞いてみるとしよう。これ! そこな(とんび)、ここへ参れ!」


 言われるがままに高度を落とし、鶴千代の腕へと舞い降りる巨大な(トビ)の鳥。


「すまぬな、少し尋ねたい。人里のある方角はどっちじゃ? ウチは初めて山を下りてきたので、どちらへ歩けばよいのか見当がつかん……なに!? きょうび里とは言わぬとな?? 街? そうか……お主は物知りじゃのう。そうか、左手に歩いて行けば良いのか。随分遠い? いやいや、それは構わぬ。助かった、礼を言う」


 再び空へ舞い上がる(トビ)。それを見送った鶴千代は、教えられた方角へと道を歩き出した。


 そのまま暫く進み行く。


 途中、目に入った道路標識を揺すってみたり、カーブミラーを見上げて驚き、呆然と立ち尽くしたりもしたが……そのうち、なんとか大きな県道へと出ることが出来た。


 しかし、再び道は左右に分かれて伸びている。


「はて……困ったのう、今度はどっちじゃ? ぬ!? あれは何じゃろ」


 見上げるとそこには青い案内看板。『神丘市街地これより二十五キロ』と書いてあるのだが……当然、『市』も『キロ表示』も、浦島太郎を地で行く鶴千代に即座に理解出来る筈がない。


 だが、標識の矢印に注目して何かを呟く鶴千代。


「この……矢の様な印は、もしや方角を指しておるのかえ??」


 人類の叡智、視覚記号(ピクトグラム)の勝利である。


 彼女はしばらくぼーっと見上げていると……”とある漢字”の存在に気が付いた。


「おお、『街地』とな!? これは多分あれじゃな、とりあえずあちらへ歩いてみるとしよう。何、時間はいくらでもある」


 期待に輝く目で呟くとー神丘市に向かって歩を進めだした。そう、自動車道路の中央に、カランコロンと下駄の()を響かせながら。




 余談だが、ここ神丘市から山間部へと抜ける県道の交通量は非常に少ない。一時間待っても農家の軽トラが一、二台通るかどうか。まあ車道の真ん中を歩いていても、そうそう車にハネられる事はないだろう。

 

 上機嫌のまま鼻歌を歌い、どんどんと道を行く鶴千代。


 暫く歩くと……彼女の目に再び奇妙な物が飛び込んできた。


 信号機である。


「おおっ、なんじゃこれは!? 何と面妖な……緑に輝いておる! 火ではなさそうであるが、一体これは何なのじゃ!?」


 麻袋を地面へと置き、信号機の支柱へ駆け寄る。暫く見上げていると、信号が赤に変わった。


「なっ!? 今度は赤くなりおった! まっこと不思議じゃ……」


 とりあえず柱を揺すってみる。そうして一人興奮していると、聞き慣れない”音”が耳に飛び込んで来たのだ。


「な、何じゃ!?」


 それは背後から近付き、彼女の隣で停止する。


 突然現れた軽トラックを見て愕然とする鶴千代。パワーウィンドウが開き、中から人の良さそうな老人が声を掛けてきた。


(ひ、人……!?)


「あらお嬢ちゃん、こんな山ん中で一人で何をしよるのね? それにあんた、だいぶ変わった格好をしちょるが……」


「い、いやの、ウチは街へ行こうと思っておるのじゃが……それよりご老人、これは一体何じゃ? 荷車か?? いや、それにしては牛や馬が見当たらぬが……」


「あんた何を言いよるのね? 街に行くんかね? どっから来たとね? わしも丁度買い物に行く所じゃから……危ないから乗りなさい。子供がこんな所におったらいかん。歩いて街に行きよったら日が暮れてしまうよ」


 鶴千代は戸惑った。


(乗る? この奇妙な荷車に?)


 少し悩むが……興味の方が勝ってしまったのもあり、老人のご厚意に甘える事にした。


「うむ、かたじけない。ではそれに乗せて貰うとしよう」


 その後、ドアの開け方がわからなかったり、シートベルトに四苦八苦したりと色々あったが……鶴千代を乗せた老人の軽トラは、神丘市へ向けてゆっくりと県道を走り出した。


「で、お嬢ちゃんは市内のどこに行くんかね? その坊さんみたいな格好じゃと、もしかするとお寺さんの子かね?」


 老人の言葉に首を振る彼女。


「いやご老人、ウチはこの近くの山に住んでおる。一度、街へ行ってみようかと思い、お山を降りて来た次第。なに、帰りはひとっ飛びじゃし心配は要らぬ。もし宜しければ、いずれかかわかりやすい場所で下ろして貰えると助かるのじゃが……」


「わしは良くわからんけど、あんた、親御さんは何処におるのね?」


 どうやら老人から“心配されているらしい”と気付いた鶴千代は、『ああ、そうか』と嬉しく思い、彼に迷惑をかけてしまわぬ様にと、少し話を合わせる事にしたのだった。


「ご心配、痛み入りまする。しかし家族は先に街へ行って待っておる故」


 鶴千代を軽トラに乗せた際、近くにバス停があった為、彼は“そういう事か”と一人納得する。


(ああ、バスに乗って街に行くつもりじゃったんかね。じゃけど、こんげ小さい子が一人でとは危ないがね……)


「あらそうかね、ならいいけんどねぇ。でもまあ、街と言っても広くて色々あるが……わしゃ商店街に行こうと思っとるんじゃけど、家族連れならばショッピングモールの辺りで下ろした方がいいんかねぇ? 親御さん達も街に向かったんのなら、どうせその辺で買い物しちょるじゃろうし」


「いんや、街は初めてでよくわからんのでな、ご老人と同じ場所で……そのショーテンガイ? そこで結構じゃ」


「あらそうかね」


 そのまま多少ちぐはぐな会話をしつつ、二十分程走ると……遠く、神丘市街地の入口が見えて来た。


 車はそのままゆっくり、川沿いの道を行く。


 目を見開く、天狗の娘。


「ご、ご老人! あ、あああアレは一体何なのじゃ!?」


「いや何かって言われてもねぇ、あれは最近出来た薬局じゃったと思うよ? 薬屋さん、名前は何じゃったかねぇ、ドラッグなんとか……横文字は苦手じゃし、忘れてしもうた。近頃はこんな田舎にも、ああいうのが増えたよねぇ」


薬師(くすし)がおるのか!? あの大きな小屋の中に!? ぬっ!? あ、アレは何なのじゃ!? まるで巨大な岩の砦の様じゃ!!」


 大騒ぎする鶴千代に、首を傾げる老人。


「いや、あれはどう見ても病院じゃろう……ほれ、書いてあるがね」


 黒木病院。


「あわわわわわ……」


 鶴千代の目に次々と、”見たことも無い物”が飛び込んで来る……そのまま騒ぐ事十五分、ようやく軽トラは目的地の商店街へと到着したのである。


「お嬢ちゃん、あんた本当に一人で大丈夫かね……?」


「だだだだだ、大丈夫でごじゃる! う、ウチもこう見えて天狗の一族じゃ! こ、腰が引けてなぞおらぬ!」


「はぁ……言っとる事が良くわからんが……もし、どうしても困ったら、交番に行っておまわりさんに助けて貰いなさいね?」


「う、うむ、お、おまわり氏じゃな!? な、何かあったらその御仁を頼るとしよう……!」


 心配そうに手を振る老人へと礼を言い、極限の緊張状態で商店街へと歩き出す鶴千代。


 もはや来た道など、とうの昔に頭から吹き飛んでいる。


 そしてこれが……非常に残念な”三人目のアンポンタン”が、神丘市へと足を踏み入れた瞬間でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ