表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/241

心の中の闇(チュー・ニ・ビョー)。

今回はわたくしイチオシの登場人物、アリシアさん……ではなく、ガングロ茶髪ムキムキ野郎、大家さんの登場です。本名は「しげる・brown・アームストロング」さんです。輝く白い歯!趣味は日サロ通いとボディビルです☆

 何か妙な空気になったのを払拭するように、ぽんっ! と胸の前で可愛らしく手を合わせ、アリシアさんが笑顔で提案した。


「えっと、二人共お腹空いてるんじゃないかな? カレーで良かったらすぐ作りますよ? あ、レアちゃんはカレーってわからないかな? でも私、頑張って作るから食べてみて? きっと美味しいから、ねっ?」


 俺はテーブルの前で正座したまま一人で納得する。うん……これがエロカワ天使というやつか? そうかそうか、初めて見たぜ。うんうん、と一人納得して頷く。


 俺は想う。もしこの人が奥さんで、毎日ごはんを作ってくれるのなら……白米の上に”化学薬品工場の排水溝の汚泥”がカレールーのごとくブチまけてあっても食べられる。問題ない、愛の力で完食だ。


 にへらと笑い、嬉しそうにするレア。


「ありがたい! 丁度腹が減ってきたところだったのだ。因みに私はカレーは知っているのだ、問題ない。読んだことがある!」


 何が丁度腹が減った、だ。レアさん、アナタさっきチャーシュー麺と餃子をガッツリ食ったばかりですよね? ちなみにカレーは断じて読み物じゃない。ついでに言うと飲み物でもない。


 ニコニコと笑い、答えるアリシアさん。


「は~い、決まり! じゃあ今から作るからしばらく待っててね? 腕によりを掛けちゃうから!」


 ふりふりと可愛く両手首を振り、彼女はキッチンへ向かう。その御姿を見て、だらしなく笑っていた俺なのだが……流石にこの辺りで違和感を感じた。

 

 恐らく彼女……“アリシア”は、どこぞの金属バット女と違い”常識”がある。店内でレアが警察と交戦した……と楽しそうに話した際に、一瞬で顔色が変わったのがそう考える理由だ。


 俺は彼女が消えて行ったキッチンの方を、レアに気付かれないようにそっと見る。案の定そこには俺にだけわかるように一生懸命手招きする可愛いアリシアさんの姿が。お呼びだ。ビジュアル的には大変素晴らしいが、これからの事を思うとあまり嬉しくない。


「おい、レア。俺、ちょっとカレー作るのお手伝いしてくるわ。あ、お前テレビでも見てゆっくりしといていいよ?」


 テーブルの上のテレビのリモコンを手に取り、勝手にテレビの電源を入れる。


「――!?」


 何故だかテレビを見て興奮し始めるレア。彼女は食い入る様に画面を凝視し、何事かブツブツと呟いている。


「あれか? 今度はテレビを見たこと無い……とかいう設定か?」


 俺が問うと、テレビにかじりついたまま、こちらを見ずにレアが答えた。


「馬鹿にするな! テレビは本で読んだことがあるから知っているぞ! ラーメン屋でも動いていただろう? 見ようとは思ったのだが、私の背中側で稼動していたのであまりよく見えなかったのだ」


 ……? また”読んだ”。


 ”読む”という言葉を聞く度に何故か心の隅に引っ掛かる、喉に刺さって取れない魚の小骨の様な気持ちの悪い違和感。一体何だ?

 

 とりあえずまあ、レアは随分と夢中になってテレビを見ているので、これで良いだろう。試しにレアに声を掛けるが生返事しか返って来なくなる。台所の方をを振り向くと、俺の意図に気付いたらしきアリシアさんが両手で可愛くサムズアップをしていた。


 アリシアさんと台所でお料理……通常なら夢の様な展開なのだが、やはり気が重い。何故か? 俺を台所へ呼んだのは一緒に仲良くお料理する為などではない。


 それは”今まで一体何をしでかしたのか?”と尋ねる事情聴取なのだから。


 





「はぁ……そうですかぁ。まさかそこまで酷い事になっていたとは」


 カレーを作りながら一部始終を話した俺に、アリシアさんが肩を落としてため息を()く。


 俺が直接見ていないコンビニと交番破壊の(くだり)については、レアから聞いたそのままを話すしかなかったのだが、その内容の真偽は別としても……その後にあれだけ暴れた事実さえあれば、彼女をグッタリさせるのには必要充分だ。


 ただ、不思議とアリシアさんは、レアが良く語るあの厨ニ病的内容……つまり女神がどうとか言うアレだ、その辺については表情一つ変えずに聞いていた。

 流石に付き合いの長い人は違うなぁ。俺も今日一日で抵抗が薄れ、レアの言動に馴染んできた様な気がして少し恐ろしい。


 アリシアさんは、少し曇った表情のまま俺に問う。


「あの……あなたはこれからどうなさいますか? レアちゃんがご迷惑を掛けてしまって大変申し訳なく思っています。何か私に出来る事はないでしょうか?」


 うん、やはり彼女は天使。だが俺も男の子だ、ここはきっぱりと答えよう。というか流石に騒ぎが大きくなり過ぎた……まあ潮時というやつだ。俺は重い口を開く。


「いえ、お気持ちだけ。流石に状況がどうなるかはわかりませんが……とりあえず俺一人で警察に出頭しようと考えています。レアに関してはアリシアさんに一任して宜しいでしょうか? 彼女の事は俺が警察に居場所を言わなければ、すぐにバレる事はないと思いますし」


 頷く彼女。


「それに……実際のところ、俺はレアに連れまわされていただけで、破壊活動自体は何もしていないのは警察が詳しく調べればわかる事でしょう。そして刑事さんには『彼女(レア)は急に俺を置いてどこかへ行ってしまった、顔見知りではあるが名前も知らない』で何とか話を通します……それでは駄目でしょうか?」


 ふるふると首を振り答えるアリシアさん。


「いいえ、ありがとうございます。レアちゃんには本来帰るべき所があるんです。そこには私が必ず責任を持って迎えを呼び、送り届けますので」


 そう言いながら彼女は俺へ、深々と頭を下げたのだった。


 俺も無言で同意しながら頷く。


 帰るべき所……か。レアを出身国か何処かへ帰すという意味だろうか? 本来なら豚箱直行で数年間の『実質奉仕活動の作業所(ムショ)』に就職させられるレベルのお話だ。いや、下手したら国を跨いでの問題になるのでは!?


 あれ、俺はアイツの心配をしているのか? 


 ふと気付いて少し笑う。俺もレアのあんぽんたんに情が移ったのだろうか? 根拠は明らかではないが、アリシアさん曰く大丈夫との事で少しほっとする。冷静に考えると多少不思議な人達だな。何か事情があるのかも知れないが、それは余計な詮索か。


 結末がどうなるかはわからない、だがこれでこの騒ぎに一旦の終止符が打たれるのだ。出頭する決意を固めた俺は、今日一日の大騒ぎを思い出しながらそっとレアの方を見る。

 

 やかましいヤツだが少し寂しくなるな……アイツはまだ、食い入る様にテレビでも見ているのだろうか?


 柄にもなく少しセンチになった俺の視線の先の彼女(レア)は……床に寝転がって大イビキをかいていたのである。


 俺はアリシアさんが見ていないのを確認すると、寝ているレアの顔の上でそっと”すかしっ屁”をしてやろうと決意を固めた。






 アリシアさんお手製のカレーを三人で頂いた後、俺は『ちょっとそこまで』と言い残して一人で書店を抜け出し、商店街の雑踏を歩いていた。

 

 因みに通常こういう場合、可愛い、性格が良い、料理も上手……とてんこ盛りの全部乗せになるのが鉄板の筈なのだが、カレーの味は至って普通だった。人間、あまり大きな夢は見るもんじゃない。


 商店街の裏路地を急ぐ。


 その辺を巡回中のおまわりさんに声を掛けてパトカーに乗っても良かったのだが、よく考えると商店街(ここ)ではレアのいる書店に近過ぎる。怪しまれ、捜索範囲を商店街中心にされるとアリシアさんも困るだろう。そのリスクは避けたい。

 

 というわけで自主出頭をチョイスした。この場合、警察側の心象も踏まえて考えると、俺が署に直接出向くのがベストだ。よって”己の意思で出頭”という状況を成立させる為、俺はコソコソと警官の目を盗み、隠れ歩く。

 

 今捕まるワケにはいかない。ふと見ると辺りはだいぶ薄暗くなってきていた。しかし逃亡も慣れてくると案外面白いものだ。見つかればアウトの潜入ゲームをしている気分だぜ。どこかに段ボールは落ちていないものか。


 先程から数名のおまわりさんとすれ違ったが、自販機の方を向いたりコンビニに入ったりしてやり過ごしてきた。これがレアなら即バレていただろう。あいつ目立つしなぁ。


 しかし今の警官の相手は……天下の地味男である”俺様”だ。イケメンでもオシャレさんでもオタク風でもスポーツマンでも強面でもない。

 自分で言ってて泣きたくなるが、無色透明、特徴に乏しいのだ。

 

 ちょっとまて、いけない。俺はふと、己が妙な感覚にとらわれつつある事に気が付いた。


 実は先程から、このギリギリの逃亡ゲームにある種の快楽を覚えつつあるのだ。波風を立てないのがモットーの俺の精神(こころ)の深い部分に、ザワリと波紋が浮かぶ。


 今まで考えもしなかった欲求が、急に鎌首をもたげた。


 ”このまま逃げ回りたい”


 俺は一体何を考えているのだ……? いやしかし、これは究極の鬼ごっこだ。


 ”逃げ回って楽しみたい”


 ……駄目だ、非常識だ! 俺は平凡に生きるのが望みだろう!?

 


 協力してくれたアリシアさんも、俺がそろそろ出頭して警察に事情を話し出す頃合だと思っているはずだ。確かに俺の行動に遅延が起きても迷惑は掛からないが……いや、駄目だ駄目だ! しかし心の声が誘惑する。


『ずっと地味な人生だったんだ。この位いいだろう? 誰にも大して迷惑は掛からないじゃないか。ほら、思い切ってやれよ。俺なら……出来る!!』


「――!?」


 俺は気付いてしまった。”俺を誘惑する心の声”、そう思い込んでいたのが実は、自分の口から発して耳に入った……己自身の”言葉”だった事に。


 急に立ち眩みを覚える。

 

 しばらく下を向いて両手で膝を支え、ふらつきが収まるのを待った。


 顔を上げ、路上に駐車してある黒いバンのサイドミラーに……自分の顔を映し見る。辺りは日が落ちかけているので少し見えにくい。


 きっと俺は今、随分と酷い顔をしているのだろうな。そう思いながら俺は鏡を覗き込む。しかし鏡に映った”ソイツ”は……口が耳まで裂けんばかりの笑顔でニンマリと笑っていたのだ!


「やめろ……違う……俺じゃない……!!」


 急に叫び出したくなる……喉が渇く。鏡を見ながら喉を掻き毟る。鏡に映るもう一人の俺。


 嫌な汗が吹き出る。今の俺、鏡に映った俺、どっちが本当の……


……い!……おい!……おい!


「オイっつってんだろ! オメー人の話、聞いてんのか? オラ馬鹿野郎!! 俺様の車に何やってんだコラ!? 家賃上げて殺すぞボケが!!」


 ゴツンッ!! 頭を後ろから思い切り拳骨でひっぱたかれる。



 俺の”厨ニ病ごっこ”は、突然見知った声の主に後頭部を殴られる事により、速やかに中断された。


 そう、このまだ肌寒い季節なのに、パツパツのタンクトップを着たガングロマッチョ。このチンピラ親父こそ……俺のアパートの大家さんなのである。


 


 それから暫くして、俺は大家さんと二人で市内の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。ここは二階に客席があり、各テーブル間に大きな目隠しもある。まあ、隠れるには絶好の場所だ。


 「へぇ。なるほどな。大体事情はわかったわ。どーりでよ、街中にオマワリの野郎がゴキブリみてぇに沸いてるワケだ、カスが。だけどよ、オメーもクソ地味なクセにやるじゃねーか! 交番とパトを何台だっけ? ブッ潰すとかよ! ハナシ聞いてスカッとしたわ。先週、俺様が日サロの前で路駐してたらよ、アイツら問答無用で切符切りやがったんだぜ? ありえねぇだろ? あの税金ドロボーのクソッタレ共が! 払わねえけどな! ホントあいつらはまさに……俺達、善良な一般市民の敵だわな!」

 

 いやいや、路上駐車はアンタが悪いだろ!? これまでの騒ぎのダイジェスト版を俺から聞いた大家が大声で下品に笑う。ちなみにレアが破壊したアパートの扉の話は断腸の思いで割愛させて頂いた。もしバレたら何をされるか知れたものではないし、これはダイジェスト版なので、そこは仕方がないと思う。


 そうしてひとしきり笑うと、急に真顔で俺の方を向く大家。


「で、これからオメー、どうすんだ? 流石に逃げ切ろうとか馬鹿な事は考えてねえよな?」


 俺は肯定するつもりで頷いた。


「はい、一応このまま神丘警察署へ出頭しようかと思ってます。捕まるより自主した方が、おまわりさん達の心象も良いんじゃないかと」


 大家が笑いながら応じる。


「ヘヘッ、交番とパトブッ潰した奴の相方が心象もクソもあるかよ! ってのはまあ冗談だ。だが確かにソレは一理あるわな。うし! そのクソまずい茶ぁ飲んだら行くぞ! そのまま俺がアパート回って、車でオマワリのとこに連れてってやるぜ!」


 このバカ騒ぎに興奮したのか、彼は大胸筋を交互にピクピクさせている……何アレ、久々に見たわ気持ちわるい!? てか、店の中で“クソまずい茶”とか大声で言うなよ……

 

 そういや何故、一旦アパートへ戻るんだ? 先程の大家さんの言葉を思い出していて……その意味に気付き、ハッとした。


 そうか、もうじき夜だ。出頭すれば今日はどのみち警察から帰れないだろう。あらかじめ”お泊り”の準備をして行けって事か。確かにお泊りセットを持参した方が、”自主”という体裁も成り立ちやすい。

 

 黒マッチョの細やかな気配りに、妙に納得して感心すら覚える。いや、ちょっと待てよ? 随分と手際が良いが、このオッサンもしかして”警察にお泊り”の経験が豊富にあるんじゃないだろうな!?

 

 いや、何も聞くまい。今の俺は、人の事をどうこう言える立場にないのだ。


 しかし”お泊り”か……嫌だなぁ、どうせお泊りするならアリシアさん()がいいなぁ! いや、言われずともわかっている、それは夢のまた夢だと。


 さて、腹を決めていきますか! 俺はカップの底に残ったコーヒーを飲み干す。うえ、確かに不味い! この店、一体どんな豆使ってんだ!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ