赤髪は揺れる
こんにちは!ワセリン太郎です!自分でお話を書いていて何なんですが……袋ラーメンが食べたくてたまらなくなりました。深夜のラーメン……何と甘美な誘惑なのでしょう。お腹が空きました!!
ガタンガタン……ガタンガタン……早朝の部屋に周期的な洗濯機のやかましい音が響く。居間でテレビから垂れ流される朝のニュースをボーッと眺める俺に、先程からずっと洗濯機を覗き込んでいるレアが質問した。
「太郎、太郎!まだ洗濯は終わらないのか?私ずっと待っているのだが!」
一体何度目なんだろう……?数分おきに繰り返される同じ質問。どうもコイツには我慢して待つという事が非情に難しい事らしい、半ば諦めた俺は気のない返事をする。
「ああ、そのうち終わるから待ってろよ。ずっと見てても早く終わったりしないからな?そのジリジリいってるダイヤル式のタイマーが真上に来たら洗濯終了だ」
「そうか!このタイマーを真上に戻せば洗濯が早く終わるのだな?了解した!」
ダイヤルを手動で戻そうとするアホの子。
「お前何やってんの!?やめろよ!タイマー仕掛けてる意味なくなるだろ!」
隣で俺のパソコンを使うメルクリウスが「ハハハ」と笑った。因みに彼は俺のアパートに宿泊中である。昨夜ロンドンから慌てて神丘市へ魔法転移門で転移してきた為、まだ居住先が決まっていないそうだ。
そしてなにやら仕事で作成しておかないといけないらしい資料があるらしく、早朝から小気味良いタイピング音を響かせていた。
暫くすると洗濯機を覗き込むのに飽きたのか……レアが台所へと移動し、勝手に冷蔵庫の中身を物色しつつ洗濯機について話しだした。
「しかし太郎、太郎の部屋の洗濯機は何かこう……ボロっちいな!」
「そりゃ悪ぅござんしたね」
そう、当然我が家の洗濯機は稼働中に中が見える……というのは流行の斜めドラム式でクリアな扉から回転する洗濯物が見える等という事ではない。
アレは元々このボロアパートに備え付けてあった備品であり、相当な年代物だ。根本からバッキリと割れた上蓋など、俺が部屋を借りる遥か以前に何処かへいってしまっている。それで回転中の中身が見えるというワケだ。
「まあボロではあるけどな、昔の家電って質実剛健な作りが故に丈夫で壊れないんだぞ?」
そう言った俺が軽く聞き流しているとレアが気になる事を言い出した。
「そうか!しかしミストの部屋のヤツはもっとこう新しくて、何というか豪華な物だったな!洗濯物も横から入れるし……そうだ、あと洗濯機の上に何か箱の様な物が付いてたぞ!」
「うげ……乾燥機別体の斜めドラム式かよ!ううっ、俺には手が出せない代物だ……」
言われてみるとミストの部屋は最新の家電が沢山置いてあった……部屋自体は同じアパートなのでボロい造りではあるのだが、その他備品の格差で余計に俺の部屋は見窄らしく見えてしまう。ガックリと項垂れる俺に気を遣ったのか、メルクリウスが話題の方向を少しずらした。
「家電といえば……僕も神丘市へ引っ越すにあたって色々と必要になるなぁ。ロンドンで借りていた賃貸は備え付けの備品がほとんどでね、太郎、何処か大型の量販店はあるかい?教えて貰えると助かるのだけど」
ミストですら贅沢してるんだ、神様の息子のメルクリウスともなると……やはり少し開けた土地の店にでも連れて行かないと駄目だろう。
「ああ、大手量販店のの中規模店なら神丘市にもあるよ。でもなぁ、品揃えも含めて良い物を買おうと思うと……やっぱ博多駅周辺まで出掛けないとダメなんじゃないかな?もし行くなら今度付き合うぞ?」
「いや、僕にはそんな贅沢な物は必要ないよ。質素倹約を旨としているし、最低限必要な物だけでいいんだ。それに住むとなれば可能な限り地元で購入しないとね」
”博多”というワードを聞いたレアが大声をあげる。
「博多――!?めんたいこ!!ラーメン!!私は明太子ご飯というものが食べてみたいぞ!あと屋台のラーメンも食べてみたい!いつだ!?いつ行くのだ!?」
誰だよ……このアホに明太子などという高級品の存在を教えたのは。今月の家計簿の大きなマイナスが頭をよぎる。
「メルクリウス、戦乙女達にお前の爪の垢を煎じて飲ませてやってくれ」
「ハハハ……」
その時だった。俺の部屋の玄関が勢い良く開く――!
「太郎君!!皆は……皆はいるかい!?」
驚いた俺達が玄関を見るとそこには……中世風の衣服に身を包んだ大きく揺れる赤いおさげが二つ。異世界のロビの街の魔法転移門管理人のミカだ。その表情はいつもの気怠そうな彼女のものではなく、随分と慌てているように見えた。
玄関近くの冷蔵庫の前に座っていたレアが彼女に声を掛ける。つーかレア、今気付いたけど……お前ずっと冷蔵庫の扉開けっ放しで中を見ながら喋ってたろ!
「一体どうしたのだ?ミカ。私は今、明太子の話をしていて屋台でラーメンが食べたいので博多へ旅立とうと思っているのだが!」
レアに突然訳の分からない事を言われたミカだが、一切構わずに再び話を続けた。
「太郎君大変なんだ!!ヴェストラの街を覚えているかい?あそこに”妙な怪物達”が現れたらしくて……ヴェストラの駐屯兵団は壊滅、街の人達の安否の確認も出来ていない状況なんだ……あっ、何でメルクリウス様がいるんだい??」
ヴェストラでの「領主事件」を思い出し、あそこに駐屯していた隊長さん達の顔が頭をよぎる。そして当然その”妙な怪物達”というのは……恐らく魔人の事だと直感が訴えてくる。同じ様な事を考えていたのか、俺の顔を見て頷いてからメルクリウスが口を開いた。
「久しいねミカ、でも挨拶は後にしよう。その怪物達の特徴はわかるかい?」
「えっと、ヴェストラから命からがら逃げかえって来た行商の話だと……怪物達は皆、人間より背が高くて赤黒い肌……」
俺が話に割り込む。
「あとは一つ目で、鉄をも切り刻む鋭い鎌の様な両手……ってところか?」
ハッとした顔で驚くミカ。
「――!?太郎君、もしかして……奴等とやり合った事があるのかい??」
流石だ。何故知っている?と問わない彼女は賢い人だと思う。
「ああ、そりゃもう昨日……嫌って程にね。それよりミカ、この事は神様には連絡したの?」
当然だと頷くミカ。
「うん。それで『現状集められるだけの情報を集めたらワシも行くから魔法転移門を通って日本に行け』って言われたのさ。もう私達みたいな文官の手には余る事態だしね、避難の意味もあるのかも……?でもこうしてる間にも異世界のみんなが心配だよ……」
「わかるよ、でも慌てても仕方がない。とにかく神様の到着を待とう」
「うん……」
俺がミカを部屋に招き入れ、お茶を出そうとしていると……暫く考え込んでいたメルクリウスが言う。
「太郎、これは……もしかして敵の”陽動”かも知れないよ?」
ハッとする俺。確かにありえなくもないかも知れない。そもそも魔人達に知性があるのかどうかは……いや、ある。帰って行く際に”ニヤリ”と笑ったヤツがいたのだ。
連中は一斉に現れ、そして一斉に戻ってゆく……行動も統率がとれていると言えるし、恐らくは何らかの”指揮系統”すら存在していると考えておいた方が良いだろう。
「こちらの戦力を分散させようって事か?いや確かに……ありえなくはないかもな。異世界側が囮なのか、はたまた日本側が……とにかく神様には一言伝えた方がいいかもな」
ふと玄関から別の声が掛かる。俺達が振り向くと鍋を持ったままのミストだった。スリッパを脱いで部屋へと上がり込んで来た彼女の姿に目を輝かせるレア。
「あれ?ミカ姉さん?何で日本にいんの?あ、レア姉さん、これ朝メシの袋ラーメン!アタシはもう食ったから次はレア姉さんの分作ってきたぜ、ハム二枚入れといた!」
「ミストお前……せめて丼に移して食えよ品がない。そもそも朝から袋ラーメンって」
「えー、面倒だし。鍋のまま食べれば洗うの楽だしなー、アタシ頭いいだろ?」
鍋と箸をレアに渡しつつミストが笑う。そうしていると玄関のチャイムが鳴り、こちらの返事を待たずに扉が開いた。神様だ、後ろにはヒルドの姿も見える。
「皆、揃っておる様じゃの?事態は急を要する、これより作戦会議じゃ」
らーめん!!




