ビニール傘と金属バット【外伝】~とある天使の休日~vol.10
こんにちは!ワセリン太郎です!もう連休も終わっちゃいますね!残念です!毎日連休だったらいいのに!!さあ、みんな一緒に唱えましょう!せーのっ!「働きたくないでござる!!!」
神様が重い扉の先へと消えて行った同時刻、当然この男、しげる・brown・アームストロング(三十六歳)も嫌らしく下卑た笑顔で自分に割り当てられた部屋の扉に手を掛けた。
「へへっ、いよいよオネーチャンとご対面ってか!さぁて、いっちょ派手にイクぜ!どんとこいセーラー服!いや……パツパツのチャイナ服でもいいな。足腰立たねえ様にしてやんぜ!」
この時点で彼は”まさかこの後、自分が足腰立たなくなる”事になろうとは想像もしていない。
片手でヒョイと重いはずの扉を開け、室内の靴置き場へと躊躇いなく入った大家は自宅の庭から履いてきた便所スリッパを乱雑に脱ぎ捨て大声をあげる。
「おっ、部屋は和風か?悪くねえな!さあ来いおっぱい!俺様が滅茶苦茶に揉みしだいてやるぜ!」
靴置き場と部屋の目隠しに置いてある屏風を片手でひょいと押しのけ、奥へと進む。しかし次の瞬間……彼は回転ベッドの脇に置いてある椅子に座っている女性の姿を見てその場に立ち止まった。暫くの沈黙の間、交差する視線。先に静寂を破ったのは大家の方だった。
「ヒルド、オメー……一体ここで何してんだ??」
「大家殿、己の胸に手を当てて考えてみなさい」
ヒルドに言われるまま、自慢の大胸筋をピクピクと左右交互に動かし、そっと手を当てて考える大家……暫くして何か納得したように頷いてからゆっくりと口を開く。
「そうか、わかったぜ。オメーも結構大変なんだな、昼はアッチで夜はコッチの”お仕事”ってワケか……いいぜ!俺も男だ心配すんな!一夜の夢だ!決して”実はお前がプロだった”なんて他の奴等に他言したりはしねえ!そしてチェンジもしねえ!さあ、一発と言わずに派手にいこうぜ!!」
「はぁ――!?」
大家からの予想の斜め上を行く返答に一瞬唖然としたヒルドだったが、その顔がみるみるうちに怒りで真っ赤になってゆく。
「ふ、ふざけないでください!わ、私が”夜の仕事”をしているなどと!」
「何言ってんだオメー?俺様は職業に偏見は持たねえ主義だ!それにオメーらが夜な夜な身体張って頑張ってっから心底救われてる野郎共が世の中ごまんといるんだぜ?尊い仕事じゃねーか!さあ、ばっちこいヒルド!!即!!」
喋りながらズボンとパンツを降ろす大家を見、恐怖に後ずさりしながら叫ぶヒルド。
「ちょ、や、やめなさい!!あ、あなたは自分が一体何をしているのか理解しているのですか!?ソ、ソレを早くしまいなさい!!」
「何ってオメー、これから”ナニ”するに決まってんだろーが!オメーも早く脱げ!俺はタンクトップは脱がねえぞ?タンクトップはポリシー!タンクトップは人生!!よし、いくぞオラ!!」
恐怖におののき回転ベッドの上に飛び乗って身構えるヒルドに両手を大きく広げてジリジリと迫る大家。そしてヒルドへ向かって宙を舞う巨体……しかし次の瞬間。
「武装!展開――!!」
ガンッ――!!
青白い武具召喚魔法の光に包まれた室内に視界が戻ると……ヒルドの分厚い盾で顔面を強打された大家が床に転がっていた。
「ほ、本当に……お、男というのは……どれもこれも最低ですね!!」
大きく呼吸を乱しつつ、憤るヒルドであった。
そして最後はこの男、山田太郎(二十六歳、素人)である。太郎は神様と大家がニヤニヤしながら扉の先へと歩を進めたのを見届け……大きく深呼吸した。
「よ、よし!おおお、俺だって……あーマジビビるわー。だ、大丈夫かな……?ヤベー、本気で緊張してきたよどうしよう……」
彼が気になって振り返ると、お店のボーイさんが虚ろな目で太郎を見つめている。
「よ、よし!い、いくぞ!」
居心地の悪さを感じた太郎は扉のノブに手を掛け、ゆっくりとそれを開いてゆく。
「な、なんて心理的に重い扉なんだ……!二人共いとも簡単に先に進んだっていうのに……はっ!これが”経験の差”ってヤツなのか!?あっ、でも俺もこの扉を再び開く時には……!?な、何か勇気が湧いてきた気がする!あっ、ここで靴を脱ぐのかな……?」
何とか己を奮い立たせようとブツブツ言いながら室内へと侵入した太郎は、恐る恐る部屋の奥へと視線を送ってみた。しかし誰の姿も見えない。
「奥へ進めって事なのか?ヤベー、マジこえーよ……い、一旦落ち着こう俺!そ、そうだ!おっぱい、おっぱいだ!今日!この日!俺はとうとう生おっぱいを目撃する事になる!そう、プロのお姉さんの御立派なおっぱい!やわらかく素敵なおっぱい!い、いや!今日はそれどころの騒ぎじゃない!も、もっと凄いあんな事やこんな事が!!よ、よし!い、行くぞ!!」
本当に面倒くさい童貞である。そして太郎がゆっくりと部屋の奥へと進むと……巨大な回転ベッドの隣に佇む小柄な女性の背中が見えてきた。太郎の方に背を向けているので当然顔は見えない。
「お、おじゃまします……初めまして……」(お、女の子だ!!か、顔は見えないけど小柄で可愛らしい感じだ!こ、高級店だしもしかして……チビっ娘で巨乳などというとんでもない属性の持ち主なのかも――!?ど、童貞ってバレないように頑張らないと……)
太郎が震える声で挨拶すると……女性はゆっくりと彼の方へと向き直った。しかし次の瞬間、太郎の口から予想外の言葉が発せられる……
「あっ……おっぱいがない……あのすんません、チェンジで」
「今何つったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突然太郎に襲い掛かる小柄な影。それは俊敏な動きで彼の腹部に飛び前蹴りを当て、前のめりに折れた顔面に見事な”真空とび膝蹴り”を極める――!!口に広がる鉄の味と同時に視界を奪われた太郎。
「ぐわあっ!痛っ!な、何!?何だコレ!?こ、こういうプレイなの!?い、いやあのチェンジ!チェンジで!俺はソフトタッチのほうが!」
「おっぱいが無いって言ったなぁぁぁぁ!?死ね!死ね!巨乳死ね!巨乳死すべし!!」
仰向けに床へと倒れた太郎に小柄な影は飛び掛かり、マウントポジションを取って左右から強烈なフックを両の頬へと次々に繰り出して来る。叫ぶ太郎――!
「死すべし!死すべし!死すべし!死すべし!巨乳死すべし!!」
「た、助けて!!お、俺”巨乳”違いますから!!男の子ですから!!ど、どっちかって言うと”粗チン”ですから!かなり粗末なモンですから!や、やめて――!!」
太郎の必死な懇願も聞かずに我を忘れて見事なフックを放ち続ける”小柄な影”。
「死すべし!死すべし!死すべし!死すべし!巨乳死すべし!!死すべし!死すべし!死すべし!死すべし!巨乳死すべし!!死すべし!死すべし!死すべし!死すべし!巨乳死す……」
しかしその永遠に続きそうに思えたフック地獄は張りのある女性の声でようやく中断されたのだった。
「エイルそれまで――!もうその辺にしときな!!」
(エ、エイル……!?)
太郎は腫れあがった目からうっすらと覗く視界の中、己の上から立ち退く見知った顔をようやく認識する。そう、彼は女性が振り向いた際に”おっぱい”しか見ていなかったのだ。しかしそこに山脈は無く、遥かなる地平線しか存在していなかったのだが……
「な……なんでここにエイルさんが……うっ」
太郎の意識は急速に闇へと沈んで行った。
ちんちん!!




