妹はハードパンチャー
こんにちは!ワセリン太郎です!時間のあるうちにどんどん更新!
店のテレビのバラエティ番組に釘付けだったロッタちゃんが、ふとこちらを向いて、こう問うた。
「そういえば……お昼はみんな何を騒いでたの?わたし……隠れてたから……よくわからなかった」
同じくテレビを眺めていた大家さんが、爪楊枝をくわえたままそれに答える。
「ああ、昼間のアレか? 今日、天界と魔界のヤツらがボコボコやり合う……ってのはオメーも知ってるんだよな?」
追加で注文してあげたオレンジジュースを飲みながら、コクコクと頷くロッタちゃん。
「うん。姉さん達、楽しそうにその事……話してたし」
「その”大暴れ”してる最中によ、両手が鎌みてーな気色悪りぃ怪物が出たんだわ。しかも大量にな。そんでソイツらをブチのめすためにみんなで大騒ぎよ」
「ふーん……ああいう……やつ?」
彼女はジュースのストローをチューチューしながら、窓の外の暗がりを指さした。
「?」
(何だろう……?)
言われるがままに店の窓から外を覗く。
その暗がりには白い大きな一つ目が浮かんでおり……それがこちらをじっと見つめていて、随分と大柄で浅黒い肌、そしてその両手は鎌の様な形状。
おい、冗談だろ――!?
見間違うはずもない、奴だ。あの異形の怪物が、暗がりからこちらをジッと観察しているのだ。
「ちょ――!? 大家さん! 見て下さいヤツですよ! あのバケモノが店の外にいるんですって!!」
「ああ? あんだよ、うるせーぞ太郎! クイズの答えがわかんねーだろうが! テメーブッ殺すぞ!?」
――バチンッ!!
「あいたっ!?」
そうアタマを引っ叩きはしたが、流石に俺の慌てぶりに何かを感じたらしく……クイクイと指した方向をジッと見る大家。
彼もようやく怪物の存在に気が付いたようだ。
「おいおいマジかよ!? あのバケモノ野郎じゃねーか! まさか尾行て来やがったのか? ナメやがって。おい太郎、オメー傘は持ってんな? あっ、俺様の斧は車ん中だぜクソッタレが!!」
リュックからオリハルコン製のビニール傘を抜き取る。ノームのパッ君は……リュックの中でイビキをかいて寝ていた。もう一度怪物に視線を移す。
「あれってホントにこっち見てます? 何か、俺達に気が付いて無いようにも見えるんですけど……」
「だな。よくわからねえが、言われてみりゃあそんな感じにも見えるな。まさかガラスの奥は見えねえというオチか? まあいい。とりあえず先手必勝でブチのめすしかねぇ。アイツを放置してたら間違いなく通行人がブッ殺されるだろうしよ」
「大家さん、とりあえずビニール傘があるんで……俺が囮になりますわ。その間に車から斧を取って来てくださいよ、んで背後から思い切りブン殴ってください」
「……おう、わかった。死ぬなよ、太郎。オメーには一生、俺様のATMになるって大事な使命があるんだからな? つまり、この店の払いもオメーが責任を持つって事になるワケだ」
「なに言ってんだ、このオッサン……」
「ああ? 今何か言ったか?」
「いえ、何でもないっす」
作戦は決まった。大雑把ではあるけれど。
さて、怪訝な顔で俺達の様子を交互に見ているロッタちゃんに、予め釘を刺しておこうか。流石に見習いの少女を戦わせるワケにもいかないし、彼女は見たところ甲冑こそ着込んではいるものの……武器らしきものを持っている様子もない。
「ロッタちゃん。俺達、今からあのバケモノに仕掛けるけど……君は絶対にお店から出て来ちゃダメだよ?」
困った様な表情の彼女。だが此方も大人として、ここで彼女に妙な使命感を出されては困るのだ。何かあってはヒルドに申し訳がたたない。
さて、通行人が来る前に仕掛けないとまずいな。もし誰かが通りかかれば、間違いなくヤツに斬り殺されてしまうだろう。確かにここは人通りが多い道だとは言えないが、だからといって誰も通らないという保証もない。
もしもの時の為にと、神様へ電話してみるが……ダメだ、出ない。
「神様は電話に出ませんね。では、かなり怖いけど……行きます!!」
傘を握りしめた俺は、レジでオバサンに全員分の代金を支払うと……店を踊る様に飛び出した――!
「おいテメー! また出やがったな! こっちだ! ついて来い!!」
大声を出して怪物の注意を引く。
ヤツは俺を見つけた直後、嬉し気に”例の気色の悪い叫び声”を上げた。
「キシャァァァァァァァァッ!!」
「来やがれ!!」
薄暗い路地を走り出す。
しかしヤツを釣る為に逃走を開始した俺を、突然のパニックが襲った。
想定外の事態。
走った先の暗闇に……なんと怪物がもう一匹存在していたのだ。
(しまった――!?)
俺を見て歓喜の声を上げる、新たな異形の者。
「くそっ!!」
走りながら、その怪物の頭に傘を叩きつける――!!
響く金属音。
ダメだ、防御されたのだ。
昼間、最初に現れた怪物は”ビニール傘”の貧相な見た目に騙されたのか、サクッと片腕を切り落とさせてくれた。しかし目の前のコイツは初撃からキッチリと鎌でブロックしてくる。
確実にこちらの武器を把握している様であり、もしかしたら昼間の公園にいた個体なのかも知れない。
二度三度と傘で叩くが、鋭い鎌の様な腕を巧みに交差して防御してくる。そうこうしている内に、俺は最初に店の前にいた一体に背後を取られてしまった。
一瞬、後ろに気を取られた俺のビニール傘を、交戦していた怪物が両の鎌で絡め捕り……
(ま、まずい――!?)
武器を押さえられた俺の首に、背後より怪物の鎌が迫る。
やられる――!?
そう半分死を覚悟した瞬間だった。
俺の背中と迫る怪物の間に、何かが素早く割り込んだのだ。
「武装……展開……!」
一瞬の蒼い輝き。
その直後、俺の首を宙に飛ばそうと迫っていた怪物が……顔面をハンマーの様な物で勢いよく殴られ、物凄い轟音と共に吹き飛んで電柱に激突するのが見えた。
俺は怪物の腹を前蹴りで蹴り付けてから傘の自由を取り戻すと、飛び退く様に慌てて後退り、鼓動を落ち着かせようと中段に身構える。
そのまま怪物から目を離さずに緊張していると、先程の声の主が……隣へ進み出て、立ち並んだ。
「助かったよ。マジで死んだかと思った。なるほどそうか、ヒルドと同じクリスタル型の携帯装備を持ってたのか」
「……ん。だいじょうぶ。二人は私が守るから。これ、ヒルドお姉ちゃんと私だけの専用武装。ネックレスにして持ち運びできるの」
横目でチラリと見ると、武器……というより、身体の割にやたらと大きな甲冑の籠手を、ガシャンと力強く打ち合わせるロッタちゃんの姿が。
籠手の先端には巨大なメリケンサックの様な物体が生えており、要はそれでブン殴るといった趣旨のものらしい。籠手自体には小型の盾の様な物も付いており、このおとなしい娘が持つには少々ワイルドが過ぎる物体だった。
「わたし……力強いから。殴るのが……得意」
やはり、彼女達は見た目によらない。
先程彼女に顔面を殴られた怪物は……頭が半分ひしゃげて平衡感覚を司る器官でも潰されたのか、立ち上がっては転び、立ち上がっては転びと奇妙な動きを繰り返している。
それをチラリと横目で見たロッタちゃんは、素早くキレのあるステップで倒れた怪物のサイドに踏み込み……やはりそれも格闘戦用に作られたと見える甲冑のブーツで蹴り上げた。
数メートルの高さに宙を舞う怪物の巨体。そしてその落下にタイミングを合わせ、アスファルトが割れんばかりの勢いの踏み込みと同時に、彼女から放たれる強烈なフルスイングのハンマーフック。
再び電柱に激突した異形の怪物は、そのまま完全に沈黙した。
なにこの子!? 確実に俺の何十倍も強くね――!?
「す、すごいね君……」
一気に形勢逆転。ジワリと怪物を追い詰める俺達に、ようやく大家さんも斧を持って合流する。
不利を悟ったか、俺達を激しく威嚇する怪物。
「キシャァァァァァァァァッッ!!」
突然、キレる大家。
「ああ!? なにがキシャァァだコラ! テメー夜中に大声で叫びやがって。まだ晩飯時だからとか思ってんじゃねぇだろーな? 三交代で寝てる人とかも居んだぞオラァッ! 近所迷惑だろーが! 大体オマエはよ、近所迷惑とか考えた事あんのか!? 言ってみろやコラァッ!!」
「いやいや大家さん! アンタの方が余程、声がデカいっスよ!?」
「ああ? 太郎オメーは黙ってろ!」
「キシャアァァァァ……」
「キシャキシャうるせぇ! 死ねやこのカスが! 喰らえ! どっせぇぇぇい――!!」
次の瞬間、大家さんの投げた斧が、怪物の身体を真っ二つに叩き割った。




