家出少女
こんにちは!ワセリン太郎です!最近忙しくて更新が遅れてしまいました!
商店街から移動する事十分、俺達を乗せた大家さんの車はお目当ての中華料理屋、陳宝軒に到着した。
「あ、ラッキーっすね大家さん。普段混んでますけど、今日は駐車場ガラガラっすよ!」
「おう、みてーだな!」
車を駐車場に停め、俺達は店の暖簾をくぐる。店内から威勢の良いオバサンの大声が響いた。
「アイ!オメーラ、ナンメイサマカ?」
「おう、お二人様だぜ!」
「アイ!スキナトコ、スワレ!」
「あいよ」
「うっす」
説明するまでもないがこの中華料理店、陳宝軒の従業員は皆外国の方達だ。
言葉もあまりわからぬまま、海を越えて商売をしにくる熱意には頭が下がる。俺達はそのまま一番奥の窓際の席へと座った。
さて今日の定食は何かな……?ふむふむ、レバニラ炒めと”何らかの肉”のから揚げか。
……いや待て、一体何だよ!?”何らかの肉”って――!?厨房の中で何か良くわからない奇声を発しながら鉄鍋を振るうオジサンの姿が俺の不安を一層強く煽った。
とりあえず怖いので、今日は無難に担々麺と生ビール&ギョーザのセットにでもしておこう。俺がそう考えていると……オバサンがお冷の入ったコップを勢いよくテーブルの上に置きながら注文を聞いてきた。
「オメーラ!ナニスルカ?」
「あー、そうだな。陳宝定食二つで頼むわ!」
「いやあの大家さん、俺は担々麺が喰いたいんですけど。何、勝手に注文してるんすか……」
勝手に注文を決められて慌てる俺の事など気にも留めず、オバサンはデカイ声で注文を復唱した。
「アイヨ!!チンポガ、ツー、ナ?」
「おう、陳宝がツーだ。あと生イチな?太郎、オメー運転して帰れや」
指を二本立てて勝手に注文を締める大家。当然、このオッサンが奢ってくれるワケでも何でもない。
「アイ!チョトマッテロ!」
「いやあの担々麺が……」
「ああ?太郎、何か言ったか?」
「いや……もういいっす」
諦めた俺は料理を待つ間、テレビに映し出される地元のローカル番組に目を移した。スポーツの話題や良くわからない地元の展覧会の話題、特に気にも留まらない内容が延々と流れている。
暫くすると、オバサンが定食の乗ったお盆を二つ抱えてやって来た。
「アイ!!チンポガ、ツーナ!」
どうも発音が気になる。
「おっ、美味そうだな。ありがとよ!」
「どうもっす。あっ、ちなみに”このから揚げ”って何の肉なんでしょうか?何か鳥にしては随分とデカい様な……」
オバサンは不安気に尋ねる俺の問いには一切答えず、ニヤリと笑うとそのまま厨房へと引っ込んでしまった。いやいや!ホントこれって一体何の肉なんだよ!?しかし、腹が減っていて美味そうな匂いの誘惑に負けた俺は……考えるのを辞めた。
「「いただきます!」」
熱々の白米でレバニラと”何か”のから揚げを次々と頬張り、添えられた卵スープで喉の奥に流し込む。うん、確かに美味いが、恐らくこれは鳥のから揚げでは……ないな。諦め半分にそう思いつつ、ふと窓の外に視線を移した時だった。俺と同時に大家さんも”窓の外のある異変”に気付く。
「おい太郎……何だこのお子様は……?」
「さあ……むっちゃこっち見てますね……」
俺達の視線の先には、店のガラス窓に涎を垂らしてへばりつく少女の姿が。大家がから揚げを箸でつまんでガラス越しの少女の目の前へと持っていき、宙を泳がせてみる。
真剣な面持ちでから揚げを追う少女の視線。通常であれば、年の頃は小学生といったところだろうか?まあ”通常であれば”なのだが。
「ギャハハ!腹空かした犬っころみてーだな、おい!」
「止めてあげてくださいよ!それはそうと大家さん、この娘って……」
「ああ、まあ……だろうな」
俺達は目の前の少女に手招きをして店内に入るように身振りで促す。一瞬ハッ!とした表情をした彼女は、暫く考える素振りを見せた後……力なく頷いて店の入口へと向かった。
少し待つと俺達のテーブルの隣に到着する彼女。余程お腹が空いていたのか腹の虫がグルグル鳴いている。
「えっと……お腹空いてるんだよ……ね?」
「……うん」
「何か食べさせてあげるから、とりあえず座りなよ?」
俺の言葉に力なく頷いて椅子に座る少女。ガチャリ、彼女の甲冑が床を打つ音がした。
「おうババア!チンポ―もういっちょ追加だ!」
大家の声に左手に持った伝票を上げて「アイヨ!!」と答えるオバサン。俺がオバサンから視線を戻すと空腹が極限状態なのか、少女は再び涎を垂らしながら”よくわからない肉”のから揚げを凝視していた。
「一個食べる……?」
俺が取り皿にから揚げを一つわけてあげると、少女は頷いてから勢い良くそれに飛びついた。
「えらく腹が減ってたみてーだな、オイ」
一心不乱にから揚げを食べる少女。大家さんが取り皿にから揚げをもう一つ放り込むと、彼女は再びそれに飛びつく。ちなみに放り込んだのは”俺のから揚げ”だ。
「しかし大家さん、まーた妙なのが出てきちゃいましたね。」
「だな……まあ恰好から察するに、どうせ関係者なんだろうがよ」
俺達が見ず知らずの少女を店内へと招き入れ、飯を食わせているのには理由があった。当然、オッサン二人が夜の街をうろつく小学生に飯を食わせる姿は明らかに”事案”ではあるのだが、この場合は少々様子が違う。そう、目の前の少女は戦乙女達と似通った”甲冑”を着込んでいるのだ。
美しい青い瞳と髪の色。、どこかで見たような既視感を覚える……そう考えていると店のオバサンが追加の定食をテーブルの上にガシャリと乱雑に置いた。
「アイヨ!!チンポ―、ツイカナ!」
少女に「どうぞ」と促すと、彼女は再び定食のから揚げに飛びついた。余程お気に召した様だ、一体ソレが何の肉なのかは一切わからないままなのだが。
そのまま黙々と三人で飯をかき込み……卵スープを飲み干すと、彼女はホッと一息ついた様な表情でこちらに向き直ってボソボソと話し始めた。
「私ロッタ……ごはん食べさせてくれてありがとう。お腹が空きすぎて死ぬかと……思った。」
「ロッタちゃん……でいいかな?君って天界から来たんだよね……?」
突然の俺の発言に驚いたのか、彼女は俺達二人の顔を交互に見つつ緊張した面持ちになる。何故秘密を知っている!?といったところなのだろう。
「ああ、大丈夫だよ。俺達も関係者だから」
「オジサンの天使……聞いた事ない……」
「オ、オジサン!?面と向かって言われると結構ショックだな!?とまあそれは置いといて、俺達は天使じゃなくて人間だ。でも訳あって神様とは知り合いなんだよ。それより君はお仕事で来たってワケじゃぁなさそうに見えるけど……?」
戦乙女の仕事をするには少々幼すぎる。こちらが事情を察しているのは少女にも伝わったらしく、ロッタは暗い顔で下を向き黙り込んだ。ああなるほど、この感じは……飛び出してきちゃったワケね。
「あっ、大丈夫だから!怒ったりしないから!」
「……ホント?」
状況を暫く静観していた大家さんが口を開く。
「遊びに来た……ってワケでも無さそうだな。オメー、日本に何しに来たのよ?秘密にしてやっから心配せずにオッサンに言ってみな?」
「秘密にしてくれる……?ほんと?」
「おうよ、男同士の約束ってヤツだぜ!!」
いやこの娘は女の子なんですが……まあいいか。爪楊枝をくわえたままニッコリと笑う大家に何故か安心感を覚えたらしく、ロッタと名乗る少女は一度頷いてからゆっくりと口を開いた。
「スマホ……欲しくて……来たの」
少女よ、おまえもか。




