女神様、人里へ降りる
こんにちは!ワセリン太郎です!今日は街中で”レアさん奇行”に出てくる神丘市警察署長の”横崎謙三さん”のモデルになった方と偶然お会いしました!実は”レアさん奇行”のほとんどの登場人物にはモデルとなっている実在の人物がいるのです。しかし署長のモデルとなったオジサン、相変わらず激渋のナイスミドルでした。いつかはあんなカッコいいオジサンになりたいと思いますが……無理ですね!よく考えたら僕はただのアホだって忘れてました!!
水波能売命。そう名乗った目の前の美しい女性はにこやかにこちらへと微笑んでいる。その名は確か古い神話に出てくる日本の代表的な水を司る神様だ。確かな品格を放つその笑顔に俺が惚けていると……ふと彼女が何かを思いついた様な表情になり、神様へと問うた。
「そういえば神様、再び”彼等”がこちらへと押し寄せた際には如何してご連絡差し上げましょうか……?」
神様が長い髭を撫でつけながら少し考え、懐から”魔法の木札”を取り出して言った。あの携帯の電波が使えない異世界での唯一の神様との遠隔連絡手段であるアレだ。
「ワシに連絡する場合はこの魔法器を使えばよいのじゃが……そういや君はスマホは持っておらんのかの?」
「はあ……あの最近参拝者の方達がよく眺めていらっしゃる”光る板”の事でございますよね?私、ここ数十年程は人里へと降りておりませんもので……あの板があると、どうなるのでございましょう?」
それを聞いた神様が俺の方を向いて言う。
「太郎、この山で社に電波が届きそうな携帯キャリアはどこじゃ?ワシのは……電波3本か、少し微妙じゃのう」
俺は外を見て周囲に電波塔が見えないかを探す……あ、あった。山中ではないが、見下ろす街中のビルの屋上に大きな電波塔が立っており、あれならここにダイレクトに電波が届くだろう。ちなみにあのビルは携帯会社の支店だ。
「ココモっすね。ここから距離もそうないですし、電波塔との間に遮る物もないです。」
ミストがジャージのポケットから自前のスマホを取り出し、覗き込んで言った。そういやコイツはココモのスマホを使ってたんだった。
「あ、ホントだ!アタシの電波バリバリだぜ。ココモならイケるんじゃね?」
「これは携帯電話といっての、電話はわかるかの?」
「はい、それとなくは。あの……”もしもし”とされているものでございますよね?」
彼女は両手を顔の横に当てて電話を使う素振りを見せる。ふふっ、女神様かわいい!!新築して数年の社の中にはコンセントもあり、スマホを買っても使うのに問題はないだろう。
「うむ、あれは携帯電話と言っての、遠くにいる者同士がお互い自由に連絡して話ができるんじゃよ」
「まあ……それは便利な物なのですね……」
「今からそれを買いに行くとするかの。そうすりゃ異変が起きたらワシや太郎達に素早く連絡が取れるしのう」
「はい……わかりました」
何故か少し浮かない顔の女神様。俺は気になるので聞いてみた。
「あの……どうかなされたのですか?」
伏し目がちな表情になっていた彼女は言う。
「先程も申し上げたように……私、ここ暫く人里へと降りた事がありませんの。あまり賑やかな場所が得意ではなくて……それに皆様のようなお洋服も持ち合わせておりませんし……」
そういう事か、俺は自信満々に胸を張って答えた。
「大丈夫ですよ!見てください、ミストなんて日頃から部屋着みたいなジャージでうろついてますし、レアに至っては現場作業をする人達が着る”ツナギ”ですよ!とても綺麗な和服を着られてますし全然オッケーですよ!ぐえっ!?」
ミストのパンチが俺の脇腹に突き刺さる。レアは……何故か自信満々に胸を張ってドヤ顔だった。
「そうでございましょうか……では」
ようやくその気になって頂けたようだ。俺はアリシアさんが「後でお姉ちゃん達のスマホを買いに行くの」と言っていたのを思い出して電話を掛けてみる。
「あ、アリシアさん?太郎です。今どちらに?ええ、今から自宅を出て買いに行く所ですか。神様達と一緒に行きたいんですけど……少し待っててもらえます?……はい、急いで行きますんで、では!」
俺は神様の方を向いて頷く。
「よし、では行くとしようかの。皆外へ出て靴を履きなさい」
俺達が社の外へ出て暫く待つと、外行きのシックな和服に着替え、綺麗な風呂敷に手荷物を包んだ女神様が現れた。
「とてもお綺麗ですよ!」
少し嬉しそうにはにかむ彼女。美しい着物の女神様を見て「ぐぬぬ……」と呻きつつ、俺の足を踏むミスト。お前も、万年部屋着でなく少しは見習いなさい。
「ではいくぞい」
神様が瞬間移動の魔法を唱え、俺達の姿は夕方の神丘市商店街へと移っていた。
目の前にあるアリシアさんの自宅兼書店のチャイムをレアが連打する。ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピポピポピポピポピンポーン!相変わらず落ち着きのない奴だ。
「アリシア!私だ、レアだ!来たぞ!」
少し間をおき、二階の窓が開いてアイリちゃんが顔を出して会釈した。そして延々とチャイムを連打しつづけるレアと、閉じたシャッターをガシャガシャと揺するミストを見て困惑した表情を浮かべたアイリちゃんは……
「あ、あの!今みんなで降りますので……あの……シャッター壊れちゃう……」
アイリちゃんの隣からアリシアさんの姉のアイリスさんの笑顔が覗く。
「やっほー!太郎ちゃん!お姉ちゃん今からそっち行くから待っててね~♪」
えっ……!?いつの間に俺は”太郎ちゃん”になったのだろう?まあ、悪い気はしないからいいか。暫くそのまま待つと、ヒルドとブリュンヒルデを先頭に全員が降りてきた。
全員揃った所で神様が皆に水神様を紹介する。
「こちらはの、この地区の土地神である水波能売命。町の中央に大きな山があるじゃろ?あそこの中腹の水神社に鎮座する一柱じゃ」
皆各々、お互いに自己紹介が一通り終わると……レアが口を開く。
「みづはの何とかかんとか……名前が長いな!呼びにくい!」
珍しくレアに神様が同調して頷きつつ、懐から取り出した手帳にスラスラとペンで何かを書き込んで見せた。おぅ、神様案外字が汚いんだな……親近感が沸く。
「確かに、携帯買う時にも名前が必要じゃしのう。ウチの娘達は駐在天使のエイルに偽名を用意させ、それを契約時に書かせておる。神じゃから人間達は違和感は覚えぬとはいえ……水波能売命、罔象女神とも書くのかの?このまま契約書に書くのも何じゃのう。よし、水上美津波……でどうじゃ?」
女神様はその手帳を覗き込むと、嬉しそうにニッコリとして答える。
「まあ……素敵にございます!神様から名前を頂けるなんて……これより人里においてはそう名乗る事とさせて頂きましょう」
自分の意見が通ったからか、レアも満足気に言う。
「よし、今日からお前はミツハだな!呼びやすいな!」
案の定の無礼に引き攣るヒルドの顔。
「レア!神に対して何と無礼な!神よ、申し訳御座いません……この者、少々常識に欠けている部分がありまして……」
少々……だろうか?いや、断じて”少々”ではないと思われ!!しかし畏まるヒルドに笑顔で答える女神様。
「いえ、私は気に致しませんので……それに皆様と同じように扱って頂けると嬉しく思います」
言い終えると同時にレアが美津波さんの手を取り「はっはっは!固い事を言うな!さあ、行くぞ!」とアーケードの方へと歩き出し、クスクスと楽し気に笑いながら付いて行く彼女。
先行く二人の後をゾロゾロと続く俺達。すると突然俺の腕に何か”未知の柔らかいモノ”が押し付けられ、驚いてそちらを向くと……俺の腕にガッチリと抱き着くアイリスさんのおっぱ……じゃなかった笑顔が!?アイリスさんも大概おっきいです!!
「ア、アイリスさん!?い、一体何をされていらっしゃるのでしょーか!?」
「フフフ、いいじゃなーい?お姉ちゃんはね~、太郎ちゃんが気に入っちゃったの!!」
隣には全く気にした様子もなく、うふふと笑うアリシアさんの笑顔が……泣きたい!
「な、何故に!?アイリスさん酔ってます!?またどーせアレですよね?”面白いおもちゃ見つけちゃった!”的なヤツですよね!?彼女いない歴が年齢の俺は騙されませんよ!?」
「失礼ね!酔ってません!だってねぇ……太郎ちゃん、お空を飛んだり、変な顔で必死に逃げたり、地面に突き刺さったり……とにかく面白いんだもの!!よくわからないけど気に入っちゃったの!これって恋??好きよ~?男性として愛してるっ!ウフフッ!」
一体どういう状況だこれは!?そりゃアイリスさんはアリシアさんに良く似ていて嬉しくない事はないんだが、俺はアリシアさんが……と口に出せない複雑な想いで狼狽える俺の肩をブリュンヒルデが笑って叩く。
「良かったなパンツ男!!幸せになれよ!ハッハッハッ!」
「ちょっ――!?」
しかし、急に真顔で俺からスッと離れるアイリスさん。何事かと俺が振り返ると……目の前には気合の入った掛け声とともに、宙を駆けるミストの靴底が迫っているのが見えた。
「この浮気野郎がっ!!ちぇすとぉおおおおおおっ!!!」
次の瞬間、俺の意識は夕暮れの神丘市の空へと吸い込まれて行ったのだった。




