ビニール傘と金属バット【外伝】~とある天使の休日~vol.3
こんにちは!ワセリン太郎です!今年の夏も過ぎてしまいますね。夏の終わりに少しだけ怪談っぽいものを。”死”というテーマを扱うので、エイルさんの語り口調が固くなるのは仕様にございます!
「あっ!アイリ、あれ見ろよ!あの怪獣映画スゲーんだってさ!今朝テレビで特集やってたんだぜ?見てえよなー!」
「あっ……それ私も、朝テレビで見ました……映画かぁ」
映画館を指さして騒ぐ二人。私は気分を”お仕事モード”に切り替え、目的地へ向けてどんどん歩く。目指す場所は繁華街の外れでそう遠くはなく、気は重いが……到着は時間の問題である。
現在時刻は午後五時過ぎであり、到着して”仕事”がすんなりと終われば良いのですが……まあそう事が上手く行くはずもなく。そして遠くの道端にしゃがみ込むアリシアさんを発見したミストが大きな声を出した。
「あ!アリシアさんみっけ!……って何だありゃ?こりゃまたひでーなぁ」
突然の私達の登場に驚くアリシアさん。
「あら!エイルちゃんどうしたの!?今日はお休みでしょう??それにミストちゃんにアイリちゃんまで」
「いえ、商店街に寄ったついでにアリシアさんのお宅に伺ったのですが……」
こちらの事情を察した様で「あら……それはごめんなさいね」と言うアリシアさん。
「いえ、これは私の仕事でもありますので……」
目の前の建物の看板に目をやる。「神丘葬祭」そう、ここは葬儀場だ。そして私が看板からアリシアさんの見つめる先へと視線を移すと……案の定。
そう、先程も述べた”電柱にしがみついてゴネるオジサン”の姿がそこにあった。不思議そうな顔で訪ねてくるアイリちゃん。
「えっと……あの人は……何をしてるんでしょうか……?」
ああ、やはり認識るんだ。私はアイリちゃんの方へ向き直り、事実を伝える。
「やはりアイリちゃんにはこの人が視えるんですね?えっとですねぇ……このオジサン……亡くなった方なんですよ」
「えっ……??」
当然まだ状況が飲み込めない彼女にミストが、もっとはっきりとした言葉で伝えた。
「あのな、アイリ。このオジサン死んでんの。ユーレイってヤツ?」
「ええっ!?」
引き攣った表情のアイリちゃん。うん、まあそりゃそうでしょうとも。
「えっと……その幽霊さんが……何で見えてるんでしょう……か??」
「そりゃアイリの魔力が強いからだろ?あ、だいじょーぶだって!別に何もしてきやしないからさ。ただ成仏したくねーってゴネてるだけ。つーかオッサンもいい加減にしろよな!メンドクセー」
まあまあ、とミストをなだめるアリシアさん。しかしまたこの中年男性は何をしぶとく拒否しているのでしょうか??
「いやだ!地獄行きだけは勘弁してくれ!!」
ああ、そっちか……理解しました。
「失礼。私、神丘市駐在天使のエイルと申します。はっきりと申し上げますが、地獄なんて場所は何処にもないんですよ。なので連れて行きたくても不可能なんです。ってアナタいつからここに居るのですか?」
「う、嘘だ!!お前ら皆可愛い顔して俺を連れにきた悪魔なんだろ!?えっと……一昨日からだけど。」
全く……地獄なら鬼でしょうが。そんなに良いなら魔界から悪魔の姫様でも呼んでやりましょうか……暫く黙って見ていたのだが、どうも面倒臭くなったらしきミストが横から口を挟む。
「つーかさ、オッちゃん地獄地獄って何したのさ?そんな地獄行きになるような事したワケ?」
「う、うるせえ!オメーみたいなチンチクリンには関係ない!!」
「何だと!?喧嘩なら買うぞテメー!」
暴れるミストを後ろから羽交い絞めにして抑えていると、葬儀場からスウ―ッと出てゆく一人の老婆の姿が。綺麗な白装束を着ており、にこやかにこちらに向けて会釈する。ああ、今日葬儀の終わった方ですね……フフッ、随分と素敵で幸せな人生だったようで……羨ましい限りです。
そう、我々天使にはその方がどんな想いで旅立たれるかが見て取れるのだ。少しお呼び止めして”あちらの世界”へのご案内をする。それが終わると彼女は笑顔で頭を下げ「では彼方で主人が待っておりますので」と言い残し、そしてそのまま逝ってしまわれた。
笑顔で老婆に手を振るアリシアさん。それを見て騒ぐミスト。
「ほらテメー!あのばーちゃんを見習え!途中まで一緒に行けばいいだろ!?」
「い、嫌だ!お前が行けばいい!!」
「はぁ?何ワケのわかんねー事言ってんだアンタ!ガキでも、もうちょい聞き分けいいぞ!?」
収拾がつかない。私はミストをなだめつつ、もう一度オジサンに聞いた。
「とにかく一旦落ち着きましょうか?貴方は一体……生前に何をされたというのです?」
暫くモゴモゴと口ごもる中年男性、それから彼は意を決したように口を開いたのだった。
「えっと……老人相手の詐欺を二百件……ぐらい?それを豪遊したり競馬でスッたりして……最期は酔って橋から落ち……ました……」
呆れた男だ……暫く続く沈黙。そしてそれを破るミスト。
「おい!やっぱコイツ地獄だ!地獄に連れていこーぜ!誰かキア姉さんの電話番号知らねえの?引き渡しちゃおーぜ!!」
「い、嫌だ――!絶対に動かんぞ!!」
再び電柱にしがみつくオッサンを引き剥がしにかかるミスト。ため息を吐くアリシアさんと恐怖で顔が引き攣るアイリちゃん。説得にも耳を貸さないし、これは一体どうしたものか……?と私が考えていた時だった。”彼女”が現れたのは。
”彼女”は誰かに貰いでもしたのか、大きな袋入りのポテチを食べながらこちらに近づいて来る。そしてオッサンを引き剥がそうとしているミストのジャージの背中部分でコッソリと手に付いたポテチ油を拭くと……こちらに向き直って状況の説明を求めてきたのだ。
「エイル、これはまたアレなのか?」
「ええ、まあ……今日のは少々強情でして」
ああ、嫌な予感しかしない。大昔の人々は言ったそうです。【亡くなった勇猛なる者の魂は戦乙女が迎えに来る】……と。
そう、”来て”しまってはどうしようもないのです。古の神話達が生まれた背景に想いを馳せて現実逃避する私。
「そうか……お前達天使も大変だな!そうだ、今日は急がないと夜九時からテレビで映画があるらしいぞ!皆見たいだろう?早く帰らないとな!よし、仕方ない。ここはこのレア様がお手伝いしてつかまつる候!!」
ああ……ゆらり、レアの背中から抜き放たれる聖剣様。彼女はオッサンに食らいつくミストの肩を叩いて制止して下がらせる。バットを握るレアを見て不思議そうな顔をする詐欺師のオジサン。そして……
「かりばーっ!」
カコンッ――!
……夕暮れの街に軽やかなバットの音が響いたのだった。
天国の入口は様々な場所にあり、毎日多くの人達が旅立ってゆく。でも恐れることはないのです、きっと地獄なんて場所は何処にも存在しない。
そして縁は途切れず生命の環に還り……巡り巡る。それをずっと見守って行くのが我々”天使”のお仕事なのですから。
おしまい。
気分転換に書いたエイルさんのお休みですが、気付いたら三話分にもなっていました。次回から本編に戻ります!ちなみに詐欺師のオジサンはあの後……気を失ったままレアさんに引きずられて無事旅立って行きました!もう死んじゃってるのでこれ以上死ななくて便利ですね!




