招かれざる者
こんにちは!ワセリン太郎です!今日はハーゲンダッツを食べてセレブな気持ちに浸りました!ハーゲンダッツ!!
それは時空の歪みから現れ、そしてゆっくりと周囲を見回した。背筋を駆ける嫌悪感。身長はおおよそ二メートルでその肌は赤黒く、顔の中央にある大きな一つ眼は真っ白だった。
それは突然、先端が鋭い鎌のようになった両腕を地面に突き立て、耳まで裂けんばかり不気味な口を開いて雄たけびを上げる。
「キシャァァァァァッ――!!」
呆然とする俺の隣でヒルドが呟いた。
「あれは……一体何なのだ!?」
答えるアイリスさん。
「わからない……あんなの初めて見るわ……でも……」
「ああ……そうだな!」
頷くヒルドは鞄から何かの魔法が込められているらしき小瓶を取り出し一気に飲み干すと、目の前の空間に青い光の魔法陣を描き出す。
「武装展開――!」
周囲が光に包まれ甲冑姿のヒルドが姿を現す。手には巨大な槍と盾、背中には光輝く翼が風に揺らいでいる。その光におびき寄せられる様にこちらへと視線を移した”異形の者”はそのままゆっくりと距離を詰めて来た。
「あれは危険だ。皆、下がっていてください」
俺も荷物に括りつけてあったビニール傘を取り出し、両手に握りしめる。ゴクリ……喉が鳴った刹那、駆け出したヒルドと異形が激突した――!
異形の両手を巨大な盾で受け止めるヒルド。腰溜めに構えていた槍を突き出す。不気味に笑いながら腕先の鎌でいなす異形。それから暫く続く一進一退の攻防。
おかしい、ヒルドが押し切れない……?それどころか徐々に押されてきているような??まずいな……俺がそう考えていると横崎さんが口を開いた。
「えっ……?なにこれ!?特撮か何か!?何でヒルドさん羽生えてるの?いやいや、ないわ……つーかあの気味の悪いのは一体何よ??」
「怪物……多分」
「はぁ?怪物??そんなのありえないから!」
ちょっ――!?目の前の現実が理解できずにパニックに陥ったのか、俺が止める間もなくズカズカと異形の怪物に近づく横崎さん。そのまま臆する事無く怪物の隣に立つ。
「こら!オマエ!警察の目の前で武器振り回して何やってんだ!?婦警だからってナメてんのか!?その妖しい着ぐるみを脱いでそこになおれ!!」
叫ぶヒルド。
「天音!逃げろ――!」
次の瞬間、横崎さんに向けて横薙ぎにされる異形の鎌。俺達の目の前には首から鮮血を吹き糸の切れた操り人形の様にゆっくりと倒れる婦警さんの姿。
あっ……!見ていた俺の身体中から血の気が引いてゆき、膝が震えて足が動かない。しかし、突如轟く咆哮が俺を現実に引き戻した。
「うおるあぁぁぁぁぁぁ!!」
隣を見ると、河川敷公園の巨大看板を気合でブッコ抜く大家の姿。俺も自分の頬を叩いてオリハルコン製のビニール傘を握りしめる。「太郎、いくぞオラ!!」大家の掛け声で異形に向けて突撃する俺達――!!
「横崎さんを助けよう!」
「ブッ!コロス!!」
大家が巨大な看板を振り回して異形に叩きつける――!不意打ちに加えて看板の重量に数メートル吹き飛ぶ異形。横崎さんに駆け寄るヒルド。
「誰か!誰か医療班を!!」
横崎さんを抱きかかえて取り乱すヒルドに答え、アリシアさんが医療テントへ走る。それを確認した俺達は一気に攻勢に出た。
俺は走りながら傘を振りかぶる――!異形の怪物はビニール傘の見た目で判断したのか避けもせず、大家の持つ看板だけを注視している。
「くらえ――!」
全力で叩きつけた。ハエでも払うように片手で傘を避ける異形、しかし次の瞬間。ビニール傘を受け止めた異形の片腕は地面に転がっていた。オリハルコン製のビニール傘を舐めんじゃねーぞ!?自分でも何言ってるのか良くわからないけどな!!
「キシャァァァァァァァァ!!」
悶え苦しむ怪物。「おっしゃぁぁ!」全力で看板を振り回す大家、だが残った腕の鎌でたやすく切り裂かれる巨大な看板。怪物は俺を”危険”と判断したらしく、こちらへとギロリと視線向けて向き直った。やばい……
俺を襲う怪物の鎌――!傘で受けるが執拗に何度も叩きつけてくる。俺は肩口をジワリジワリと斬り刻まれて随分と出血し、とうとう膝をついてしまった。
まずい、やられる――!!そう思った瞬間だった、心のどこかで待ちわびていた”あの声”が響き渡る。まったくおせーよ。
「えくす!!かりばーーーーーっ!!」
フルスイングで頭をブン殴られ、きりもみ状に吹き飛ぶ怪物。
俺が顔を上げるとそこにはドヤ顔で聖剣様を構えたレア。後ろにはミストやブリュンヒルデにゴルフクラブを担いだキアの姿も。さらにその後にはその辺で拾ったらしき棒切れや鉄パイプを持つ戦乙女隊や魔属達が続く。
「待たせたな!気付くのが遅れたぞ!」
「あんなヤバいの現れてるんだから気付けよ!」
「うむ、魔属と殴り合うのに夢中だった!というか太郎、何なのだ?あの気持ち悪いのは」
「だろうと思ったよ、怪物だよ!いいからブッ飛ばしてこい!!」
うむ、と頷くレア。俺は異形の姿を見て「うえっ、何あれ?きもっ!!」と騒ぐミストにビニール傘を投げて渡す。キャッチして軽く振り回し、感触を確かめるミスト。
「アイツ、普通の鉄パイプとか棒切れとか簡単に鎌で切り裂くからみんな注意しろ!」
怪物を威勢よく”袋叩き”にしようと集まってきた戦乙女隊や魔属達が急に及び腰になる。多分普通の鉄じゃ紙切れみたいに切り裂かれるだろうし、ヒルドが打ち合えた事を考慮するとミスリル以上の硬度がないと不安だ。
ふと気になり怪物を見ると、幸いにも頭が半分ひしゃげて絶賛痙攣中であり、俺はこの間にと倒れた横崎さんへと近付く。気を利かせた大家がタンクトップを脱いで首に押し当てているが……出血は止まらない。
「おい、太郎!このネーちゃんヤベーぞ!血が止まらねぇ。魔法とかで何とかならねえのか!?」
携帯用の回復魔法を使いつつ、横崎さんの容体を診ているアイリスさんの表情も暗い。
「出血が多すぎるの……残念だけどこのままじゃ……」
その時だった、最悪な事態が起きたのは。周囲に複数現れる時空の歪み。
十、いや二十。もっと多いかも知れない……
「キシャァァァァァッ!」
あの異形の怪物共が集団で現れたのだ。




