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嵐の前の

こんにちは!ワセリン太郎です!今回ちょっと登場人物多いです!

 早朝八時の河原に爽やかな風が吹く……俺は一体何をしているのだろうか?己に問うが答えは全く見いだせない。


 前を見ると紺色のジャージに”巨乳必殺!”と書かれたハチマキ姿で念入りに準備運動をするエイルの姿。更にその先にはレアとミストの姿も見える。

 俺はいたたまれなくなり、隣にいる大家(マッチョ)に声を掛けた。


「なあ大家(しげる)さん、何でこんな騒ぎになってるんですかね……?もう俺ワケがわからないんですけど」


 缶コーヒーの空き缶を灰皿にしつつタバコの紫煙をくゆらせる大家(マッチョ)が笑いながら答える。


「まあアレだろ?お祭り騒ぎってヤツだぜ。面白くていいじゃねーか、相手が女ばっかで参加できねーのが残念だがよ」


 案の定な回答にため息を吐きつつ俺が後ろを振り返ると……そこには人、人、人。女性ばかりが総勢五十名。色鮮やかな髪色の数々、衣服はジャージにスポーツウェア、空手着の様なものと多種多様だ。


 彼女達が誰かって??当然だが地球の一般人の方々ではない。


 そう、彼女達は天界より現れた戦乙女(ヴァルキリー)近接戦闘部隊。これから現れるであろう魔属の軍団と”ドツキ合い”をする為にわざわざ早朝の神丘市河川敷公園へと集結しており、皆一様にギラギラとした目つきで楽しそうに準備体操をしている。


 俺がしゃがみ込んで頭を抱えていると、背後からヒルドの声がした。


「まったく……またとんでもない事をしてくれたものです。後始末をする身にもなってください」


「いや、俺のせいじゃないって!レア達が勝手に……」


「ふぅ……わかっています」


 振り返ると、スーツ姿のヒルド。


「あれ?ヒルドは参加しないの?」


「まったく太郎まで何をバカな事を……」


 常識人がいて少しだけ安心する。ふと遠くを見ると河川敷の堤防をアリシアさんが竜族のアイリちゃんの手を引いて降りてくるのが見えた。

 アイリちゃんは可愛らしいワンピースと日除けのハットを被っていてなかなか似合っており、こちらに気付くとペコリと頭を下げた。


 俺が手を振るとアリシアさんも手をフリフリしつつ近付いてくる。あれ?歩く二人の後ろからもう一つ影が……?

 その姿には見覚えがあった。アリシアさんのお姉さんであるアイリスさんだ。俺が会釈すると彼女も可愛らしい笑顔で手を振ってきた。


「どうも、アイリスさんご無沙汰してます。その節は”大変ご迷惑をお掛けしました”。それとすみません、スマホを送るって約束してたのまだ手が付けられてなくて……忘れてはいないんですけど」


「こちらこそ~。太郎さんもあれからお変わりなく?いいのよ~、妹からも聞いてたの。ずっと忙しかったんでしょ?今日はそれも含めて遊びに来ちゃいました!よろしくね~」


 なるほどソッチが目的か。当たり前ではあるがやはり”このバカ騒ぎ”に参加するつもりはないらしい。


 彼女は神丘市の駐在天使であるアリシアさんの姉であると同時に、戦乙女(ヴァルキリー)隊の遠隔狙撃部隊(アーチャーズ)の隊長さんでもある。妹同様ふんわりした性格でもあり、”脳筋達の殴り合い”に好きこのんで加わるはずもない。


 俺がアリシアさん姉妹にヘラヘラしていると、もう一人見知った顔が現れた。名前は……知らない。だが、あちらは俺の事をご存じらしい。まあそれも当たり前か、彼女はニヤリとして俺に声を掛けてくる。


「やあ、スカート捲り常習犯のヤマダタロウ君。久しぶりだね。元気だったかい?」


「今ソレを言いますか……お久しぶりです。あの時はホントご迷惑をお掛けしました」


 銀髪でショートカットのスラリとした長身のお姉さん。可愛らしい……というより仕事のデキるカッコいい女性という雰囲気だ。

 彼女は俺が天界で逃げ回っていて追い詰められた際の”最初のスカート剥ぎ取り攻撃の被害者”でもある。これは非常に居心地が悪い。


「自己紹介がまだだったね、改めて。私はブリュンヒルデという。戦乙女(ヴァルキリー)隊の近接戦闘部門の隊長だ、以後宜しく」


「改めて、山田太郎です。宜しくお願いします。隊長さんだったんですね……」


 フフッと笑う彼女。見た目通りのサバサバした性格のようで、俺の背中をバンッ!と軽く叩くと「次は不覚はとらんさ!」と言い片手を上げて行ってしまった。ああ、あれはきっと女性にモテそうなタイプだ羨ましい。


 そうこうしていると準備運動をしていた戦乙女(ヴァルキリー)隊の面々が、河川敷公園の周囲に何やらバケツに入った液体を撒き始めるのが見えた。アレは何をしてるんだろう??俺がジッと見ていると、ヒルドが解説してくれる。


「あれは”人払いの魔法”が付与された液体ですね。流石に騒ぎが起きている最中に一般市民や警察が来たら困るでしょう?」


「なるほど。あ、でも魔属の連中がまだ来てないけど先に撒いちゃって大丈夫なもんなの?いや、来ないなら来ないでそれが一番いいって話なんだけどさ」


「ええ。残念ながらあの程度の濃度では、体内に強い神気や魔力を有する者には効果を成しません。あなたや大家(しげる)殿に関しては”簡単な神の加護”と言っても差し支えないものが掛かっていますので、まず影響は無いものと思って良いでしょう。でなければ今頃夢遊病に掛かった様になり、フラフラと何処かへ去っている筈です」


「へぇー、便利な物なんだな。アイリちゃんにも神様の魔法が掛かってるからOKって事か、納得した」


「いえ、アイリに関しては竜族の生まれで元々相当な量の魔力を保有していますので効果はありませんよ。日本(こちら)で竜化出来ないのはあくまで自然界の象徴たる”マナ”が足りないというだけなのです。魔力がロウソクでマナが炎、そう考えると理解できませんか?」


「あー!何かわかった気がするわ、それ」


「魔法の原理も似たようなものです。何方かが枯渇すると行使できません」


「案外物理的なもんなんだなぁ……」


 解説を受けつつ周囲を眺めると、大家(マッチョ)の持つミットを勢い良く叩くエイルの姿が目に留まった。

 鼻息荒く「巨乳許すまじ!!討つべし!!」と叫びながらバシバシと随分と良い音を響かせており、あの小柄な身体の何処にあんなパワーが……?といったところだ。額に巻かれる「巨乳必殺!」と書かれたハチマキがリズミカルに揺れる。

 それを見つつ、ちょうど紙コップにお茶を入れて持ってきてくれたアリシアさんに尋ねてみる。


「あの、エイルさんって……もしかして戦乙女(ヴァルキリー)だったりするんですか?結構激しい音させてミット打ちしてますけど」


 アリシアさんが困った顔で苦笑する。


「えっとね、エイルちゃんは……天界の図書館の”前司書”さんなの。生粋の文官さんね。外界にも行ってみたいといって転属願いをだしてこちらに来たのだけれど……ホントなにがあったのかなぁ??すごい気迫……」


 俺達が感心していると……アリシアさんのお姉さん、アイリスさんに抱き着かれたままのアイリちゃんが俺に不安を訴えた。


「あの……何で皆さんあんなに楽しそうなんでしょうか……?叩いたり、叩かれたりとか痛いし怖いだけなのに……」


「だよねぇ、まあアレが”体育会系”のノリってやつなんじゃないだろうか……? 俺にも理解不能だよ」


「タイ、イク……?」


「あ、ゴメン。わからないよね。要は脳ミソまで筋肉で出来てる人達……って意味だよ」


「はぁ……」


 昨日は最終戦争(ラグナレク)等と物騒な名前が飛び出し、もしや地球を巻き込み天界と魔界が入り乱れての殺し合いになるのか……?とビビりまくった俺なのだが、要は人数を合わせて武器と魔法の類を使用不可にした”ドツキ合い”の事らしい。体育会系のガス抜きってところだろうか?


 いやしかし、戦乙女達(かのじょたち)のパワーで乱闘をやるというのも穏やかではない。相手の魔属側もどうせ似たようなのが来るんだろうが……未だ不安な俺にアイリスさんが笑いながら声を掛けてくる。


「だいじょーぶっ!心配しないで。こちらもそうだけど、魔属の娘達もちゃんとルールを守って暴れるから。ねっ?」


「そうっスか……もう運動会か何かを見に来たと思って諦め……ます」


 そうこうしていると、それまでレアと軽く組手をしていたミストが手を止め、遠くの堤防の上を見てニヤリと笑った。


「レア姉さん、ようやくキア姉さんのお出ましだぜ?」


「遅い!待ちわびたぞ。ようやく来たか……!」


 俺が釣られてそちらを見ると……そこには当然の如くギラついた笑みの魔属のお姉さん方が総勢五十名、いずれも戦乙女(ヴァルキリー)隊に負けず劣らず強そうだ。


 隣でアイリちゃんが「ひっ……」と声をあげるのが聞こえた。わかるよ、俺も泣きたくなってきた。


 隊長のブリュンヒルデの号令で河原に整列する戦乙女(ヴァルキリー)隊。キア達、魔属の準備を待つようだ。魔属(かのじょ)達も持ち込んだ荷物を置いたりレジャーシートを広げたりし始めており……もはや運動会の様相である。


 時計を見ると時刻は午前九時二十五分。あと三十分程でここが地獄絵図になるのだろうか?

 俺は魔属側の準備に暫く時間が掛かるようなので、既に整列した戦乙女(ヴァルキリー)隊を眺めてみることに。


 天界の騒ぎの時に見た顔がチラホラとあり、少し懐かしい気持ちになる。天界の騒ぎか……いや、良く良く思い出すとロクなものではなく死にたくなるだけだ、記憶から消そう。


 そうやって物思いにふけりながら眺めていると、ふと隊列の中にレアとミストの頭を見つけた。

 レアは身長も高く、違和感なく他の隊員に紛れているが……こうやって見ると少しミストが気にかかる。彼女は背が低いのだ。

 150センチ少々のミストは平均的に高身長の近接部隊の中では逆に目立っており、大人の中に一人だけ子供が混じっているようにも見えた。アイツ本当に大丈夫なんだろうか?


 色々と気を揉んでいると、間もなく魔属部隊も準備を終えて戦乙女(ヴァルキリー)隊の隣に整列した。


 いよいよ開幕だ。いや、開戦……か?両部隊の前に拡声器(メガホン)を持ったジャージ姿の姫様(キア)がゆっくりと歩み出る。「開会式ではどちらかの貴族階級が挨拶するの」とアイリスさんが横から教えてくれた。キアのヤツ、本当に魔界のお姫様だったんだな。



「あー、あー。まいくてす、てす!えー、お集まりの諸君、本日はお日柄も良く!大変清々(きよきよ)しい朝にお集まり頂き……」


 何だよ、“きよきよしい”って……


 そうキア、がたどたどしい挨拶を始めた直後、俺の目に一際不審な行動を取る者が映った。


 戦乙女(ヴァルキリー)隊の列の中を素早く駆け抜ける緑色のジャージ。


 それは、カンペを読みながら必死に挨拶するキアの側面から恐るべき速度で近付き……弾ける様に大地を蹴った。


 蒼天を裂く、緑の閃光――!!


「先手必勝ぉぉぉぉ!キア姉さん、喰らいやがれ!!」


 直後、ミストの華麗なドロップキックが、吸い込まれる様に姫様(キア)の後頭部に炸裂したのだった。ジーザス!!

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