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かわいそうなおまわりさん。

 空気が読めないことも才能だと思うこの頃です。ラーメン屋さんのお話を書いていると急にちゃんぽんが食べたくなりました。

「はぁ……ラーメンとは実に良いものだな。一緒に出されたギョーザというのもなかなか好みだった。そうだ! 今度はあのうっとおしい”ケーサツ”とかいう組織を我が聖剣で滅した後、落ち着いて食べに来よう。うん、そうしよう。しかしニホンのトイレは変わってるな、随分と体勢がきつい……これではまるで空気椅子のようだ」


 レアがしゃがみこんだトイレの中で、先程初めて食した”ラーメン”の感想をうっとりしつつ述べていた頃……


 店内で彼女を待つ俺は、前述の”とんでもない事態”に遭遇しようとしていた。

 

 そう時間も掛からずトイレから出てくるだろうと財布を開き、紙幣の確認をすると財布の中には……なけなしの一万円札が一枚。俺は貧乏なので、余分なお金を持っている訳ではないが、今トイレに篭っているアイツは”文無し”だ。

 

 ラーメンと餃子の二人分で税込二千円か。一食分が千円とは俺の家計には少々贅沢が過ぎる気もするが、味も好みだったのでその内また来よう。と、言っても早くて数ヶ月先の話だ。基本、外食は家計の敵である。


 それにしてもアイツ遅いな。


(大きい方……そうか、大きい方か(笑))


 などと考えていると、その事件は起きた。


 チリンチリン。店の扉に付いたベルが鳴る。


 どうやら誰か、客が来たようだ。食事時にしてはかなり微妙な時間なので、昼間っから酔っ払うのが目的の客かもしれない。 


 特に聞き耳を立てた訳ではないが、そう広くない店内。自然と彼等の話し声が耳に入ってきた。


「いやー先輩、やっと休憩取れましたね。流石に僕、腹が減りましたよ」


 もう一人別の声。


「だよなぁ、まさかウチの管轄であんな派手な“事件”が起きるなんて。正直、笑っちまうよな」


 今、何か聞こえた。事件……だと!? 嫌な予感が胸の内を支配する。俺は少し離れたテーブルに座るその”お客さん達”の顔を見ようと、ゆっくり首だけ振り返った。


 ジーザス……交代で捜索の休憩を取りに来たおまわりさんだ。


 ヤバい。ヤバいヤバいヤバい、ヤバい。


 ”うわあぁぁぁぁぁ”と頭を掻き毟りたい衝動を何とか抑え、冷静に現状を分析しようと試みる俺。しかし……まるでタコの如く、陽気に踊り出すノミの心臓、額から嫌な汗が吹き出し、止まらない。


 駄目だ落ち着け。まずベストの流れを頭の中でイメージしよう。上手く行けばこのまま(・・・・)おまわりさんに見つからず、何事も無かった様にレアを連れて店外へエスケープ出来るかも知れない。


 その為に今、一番先にしなければならない事は……まずはそう、料金の清算だ。あいつがトイレから出てきてからでは遅い。このままお金を払わずにレアを連れてダッシュで逃げると……俺は食い逃げ犯として、名実共にあのアホの子の相棒となってしまう。


 震える手で財布を握り、俺は意を決して立ち上がった。お店のレジへの道が、細く、果てしなく遠く感じる。


(行くしかない。行くんだ……)


 だがそうやって己を鼓舞し、震える膝を抑えて立ち上がった瞬間、俺の脚が何かに引っかかり、”それ”が床に倒れて派手な音が立ってしまったのだ。


 ――カランカラン!!


「ファッ――!?」


 こちらを振り向くおまわりさん二人。口から飛び出しそうになる俺の心臓。


 一体……何が!?


 足元を見るとそこにあったのは……そう、それは他ならぬレアがゴミ捨て場から後生大事に抱えて来た、いわゆる“あの聖剣様キンゾクバット”である。


 本当にショック死するかと思った。


 危ない危ない。一旦こちらを見たものの、再び何事も無かったかの様に会話を再開するおまわりさん達。今現在は大丈夫だが、ただ確実に“存在を認識”されてしまった。この流れは良くないぞ、何か嫌な予感がする。


 そして『すみません、お騒がせしました……』と俺がヘコヘコと頭を下げつつ、床に倒れたバットをおまわりさん達から見えない位置へと足で押しやろうとしていたその時……案の定、疫病神あんぽんたんの大声が店内に響いたのだった。


「おい貴様! 我が聖なる剣、エクスカリバーを足蹴にするとは一体どういう事だ!?」


 集まる視線。レアはプンスカと怒ってこちらに来る。やめて、レアさん。後生一生のお願いです、やめて――!? 


 俺がゆっくりとおまわりさんの方を振り返ると……”何か重大な事に気付いた”彼等は、胸元の無線の様な機械に向かってボソボソとしゃべり掛けていた。


 数秒後、無線機からの返答が。


  ”ザッ……確保!!”


 バレた!?


 血の気が引く……万事休すか。


 いや……待てよ? 俺は普段ありえない状況に飲まれ、大きな勘違いをしていた。良くよく考えると、ここで逮捕されるのは俺じゃない。それに今なら、危惧していた社名入りのツナギがテレビで報道される事も無いのでは??


 そう、ここでレアをおまわりさんと交戦させずに投降させれば、これ以上騒ぎが大きくなる事はない。俺は困っていたレアを知らずに助けただけだし、まあ良いとこ厳重注意で済むだろう。


 急に気持ちが楽になる。


 まあ、レアも少し可哀相な気もするし、捕まったら食べ物の差し入れぐらいしてやるのが人間ってもんだ……などと考えていると、おまわりさんの片方が此方へ笑顔を見せつつ、ゆっくりと近づいてきた。


 普段、彼等をあまり意識する事は無いが……正直、立ち姿に隙が無さ過ぎて怖い。


「すみません、ちょ~っとお話いいかな?」


 もう一人の警官は店の玄関の前に立ち塞がり、無線に向かって何か喋っている。ここは重要な情報だ、何とか聴き取ろう。


「一名、仲間がいたようです。男性、身長約、百七十センチ前後、中肉中背、紺の長ズボンに灰色無地のパーカー……云々」


 えっ、仲間!? いや待て、落ち着け俺! これは想定内だ、ここは先手必勝。俺が腹を括り、こちらから先におまわりさんへと話しかけよう……とした瞬間、店内に響き渡るアホの子の怒声!


「あーーっ! 思い出したぞ! その服、貴様らケーサツだな!!」


 まーたやらかしたよ、コイツ。続けて叫ぶレア。


「先程までは丸腰で貴様等に遅れを取ったが、今度はそうはいかんぞ? 見よ、この輝く必殺の聖剣、エクスカリバーを!!」


 レアは叫び終わるや否や、産業廃棄物エクスカリバーを天高く掲げて見せ付けたのだ。

 

 あー、俺もうね、わかるようになっちゃった。これ確実にヤバイ流れだ! ほら、おまわりさんまた無線で連絡してるよ!?


「武器の所持を確認! 繰り返す、被疑者の武器の所持を確認!」


 警棒を抜くおまわりさん。バットを片手で持ち、中段にスッと構えるレア。


 店内の空気に緊張が走った。そしてその時、店の外から大量のパトカーのサイレンが鳴り響いてきたのである。神の助けか? きつとこれは、レアに投降を呼びかける最後のチャンスだ。


 俺は変に刺激しない様、レアに後ろからそっと近付き声をかける。とにかく、ここで誰も怪我をさせてはいけない。もしそうなった場合、話がややこしくなる一方だ。


「おいレア、警察の人達が沢山きたぞ? もう無理だ、そろそろ投降……」


「そうか……了解した! だが心配するな。ここでお前を死なせはしない! ラーメンを食わせて貰った恩もあるしな!!」


 いえあの……あなたのおかげで、まだお店にラーメンの代金を支払っていないんですが……


 慌てた俺が『いや、そうじゃなくて投降を……』と続けた瞬間、レアは突然、空いていた片手でテーブルを掴み、おまわりさん達に投げつけたのだ!


「うわあぁぁ!?」

 

 宙を舞うスープに割れる食器、吹き飛び倒れるおまわりさん――!!


「ひ、被疑者の逃亡を許すな――!!」


 ――なにこれ!? もう嫌だ! お家に帰りたい!!


 バリィンッッ!!


 そのままレアは、金属バットの先端で店の大きなガラス窓を粉砕。


 割れ落ちるガラスと店主の悲鳴。

 

 そうして彼女は、大きな通路と化したサッシ部分から外へと脱出した……そう、強引に俺の腕を掴んだまま!!



 ――これが俺の経歴に、己の意思が全く尊重されない”食い逃げ”の前科ゼンレキがついた瞬間であった。



 




 ~時間を遡る事少しだけ~


 ここは神丘市。人口12万程度を有する、所謂中途半端な規模の都市だ。これと言った観光資源があるわけでもなく、街中で目立つのは某巨大ショッピングモールと工場群のみ。


 ”郊外型”と呼ばれるショッピングモールが街の中心に建っているのはあまり笑えないが、地方都市にしては商店街に活気があり、そこそこ住みやすい土地ではあるのかも知れない。


 普段は特に大きなイベントやニュースがあるわけでもないこの街だが、今日は珍しく騒がしい。警察官を相手取り、テロとも取れる危険行動を起こした輩がいたのだ。実に恐ろしいハナシである。


 と、そんな街の市役所の前にある老人が立っていた。老眼鏡を片手でクッと持ち上げる仕草が実に様になっている。


 帽子と洒落たスーツを纏い、白く立派な髭を顎に蓄え……握るステッキも決まっている。いわゆる”オシャレ・ジジイ”だ。玄関の自動ドアが開くと彼は中へ進んで行く。


 「あー、そこの可愛らしいお嬢さん、少し宜しいかな?」


 ”お嬢さん”と呼ばれた四十代後半の女性職員が、輝く笑顔で応対する。まさに小僧には真似の出来ぬ、年齢を重ねた者のみが持ちうる古狸あやかしわざ


 一切適当にあしらわれること無く、実に丁寧にお目当ての市民課まで案内された老人は……にこやかに職員に礼を述べた後、フフフと笑った。


「百を超えた婆さんでも、儂からしたら可愛い小娘じゃよ。さぁて、お仕事お仕事……」


 笑いながら意味深に呟くと、順番待ちのチケットを発券機から受け取った。しばらく待つと、ようやく老人の順番が来たことをアナウンスが告げる。


「85番の番号札をお持ちのお客様、4番窓口までお越し下さい」


 窓口に着き、プライバシー保護の為に両側に仕切りの着いた席に腰掛ける老人。目の前には大きな眼鏡を掛けた、小柄な市民課の職員の姿が。

 

 老人の顔を一瞥し、ズリ落ちかけていた眼鏡をグイッと上げる女性職員。彼女は彼に会釈し、本日、来所した用件を尋ね始めた。


「こんにちは。本日はどういったご用件で御座いますか? 神様(カミサマ)


 目を細めて笑う老人。


「ちょっとばかり頼みがあってのう。久しぶりじゃの、エイル」


 『エイル』そう、北欧の女神と同じ名前で呼ばれた眼鏡の女性は『はぁ……』と溜息をつくと、『レアさんですね?』と、困った様に苦笑いを浮かべたのだった。

 

 老人も笑いながら、指をクイクイさせてエイルを呼ぶ。


 顔を近付けてきたエイルに老人が何かを耳打ちして暫くそのまま何か話していたが……ようやく終わったようだ。再びそのまま談笑する二人。


「彼女は随分と派手に暴れているようですね? 休憩中にニュースで見て驚きました。地元警察総動員らしいですよ? しかし現地人に迷惑を掛ける天界人など前代未聞では……? そもそもヒルドと共に別の地区に行かせる予定だったのではないのですか?」


 笑いながら問うエイルに、老人が髭を撫でつけながら笑う。


「自力で勝手に此方に飛んできおってのう。面白い子じゃ」


 エイルが目を見開く。自力での現世顕現は主神級の力が無いと不可能の筈。


 戦乙女にしても現地駐在の天使にしても、その"転移"自体は神が行うか……もしくは移動用の魔法門を利用して行き来するのが常。


「名が示す様に、彼女は我々とは出自を異にする存在ですし……本当に良くわかりませんね」


「ほんとじゃのう……じゃが面白い娘じゃろう? 次から次に騒ぎを起こして、一体何を考えとるのかは儂にもわからんよ。もしかすると何も考えておらんのかもな? ではそろそろ帰るとするよ、仕事中に邪魔したのう。それと先程の件、宜しなに」


「承りました」


 エイルにひらひらと手を振り、席を後にした老人は……市役所の窓から遠く外を見て、微笑みながら呟いた。


「さて、面白そうじゃし……儂も日本製(メイドインジャパン)の”聖剣エクスカリバー”とやらを見に行ってみるとするかの」

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