キア
こんにちは!ワセリン太郎です!未だ熱中症の影響か、アタマがフワフワしております!
そこは漆黒の闇の中。もしくは光届かぬ冷たく混じり合いし水底。消えぬ凍てつく劫火。そういった世界で私は産まれた。人々は古からの永き間、我らを恐れ、また畏れてきた。我らは神と対なる者にして世界を混沌へと誘いし者。
悠久の昔より人々は我らをこう呼んだ。【悪魔】と。
~神丘駅前~
「フム、ここが日本か。父上が仰っていた話と雰囲気が違って随分住みやすそうな所ではないか。我らが征服するに足るなかなか素晴らしい世界だ」
女は人知れず呟いた。彼女の名はキアという。スラリとした長身に少し浅黒い肌、妖しい輝きを放つ切れ長の瞳。太陽に透き通るような長い銀髪を美しく纏めて堂々と立つ彼女を行き交う人々は振り返る。
明らかなる畏れの眼差し。キアは思う、彼ら日本の原住民達が我が生まれを知る筈もない、しかしこれもまた私の尋常ならざる美しさとにじみ出る高貴さゆえか……
ふと若い男性の二人連れと目が合った。キアは二人へと妖艶な笑みを投げかける。彼らは一瞬驚き、顔を赤くして何かヒソヒソと会話しているが、キアにはその言語が理解できなかった。
「うっわ、外国の人だ。目が合ったよ……うひょー、脚なげー、オッパイでけえ!!」
「あれじゃね?英語の先生とかじゃね??都会じゃあれだべ?駅○留学とかいうヤツがあるっしょ??俺も”夜の駅○留学”してぇ!」
「そういやこないだ外国人が暴れて交番潰したとかニュースでやってたな、流石、俺ら田舎モンとはスケール違うよな!」
「うん、オッパイのスケールも違うよな!でも英語とかで話しかけられたら怖いから早く行こうぜ!」
この現地人の二人が何を言っているのかは解らないが、高貴なる者に対する敬意は感じる。彼らが去るのを見届けると、キアは出発前に祖父から貰った”他言語習得魔法”の封じられた小瓶を鞄から取り出し一気に飲み干した。
一瞬の眩暈の後に急激に様々な文字や言葉が流れ込んで来るのを感じる。
当然この地を支配するにはやはり現地住民との言葉のやり取りが不可欠となり、その為に必要な重要な下準備だ。言語や文字が理解できる様になると、急に周囲の音や眼に映る物全てが”情報”となって活きてくる。キアは満足そうに頷くと商店街のある方へと歩きだした。
しかし暫く歩くと彼女は違和感を覚えることとなる。何かと言うと、どうもこの神丘市という土地が”想像していた日本のイメージと違う”のだ。
簡単に表現すると……田舎臭い気がしてならない。東京という日本の首都に駐在する同胞からの手紙によると、見たことも無いような天高くそびえる塔や不思議な建物が多いと聞いていたのだが……どうもこの街にはそのような建造物の気配はない。
「しかしこの街には我らが宿敵、神属の連中が頻繁に出入りしている事は調べがついているのだ。きっと”何かある”に違いない。それはそうと……まずは現地住民達の趣向を知る為にも、巷で流行していると聞く”モンスターキャッチ!”なるものを入手せねば」
キアはそう呟くと以前同胞より送られてきた”スマートフォン”を取り出し、アプリの検索を始めた。
「あった!これだな!」
アプリをダウンロードする。スマホの操作に関しては日本に来る前に何度も練習しているので完璧ではあるのだが……元いた世界には”インターネット”というものが無かったので初めての”アプリダウンロード”に彼女は高揚した。インストール作業も問題なく終了し、アプリを起動してみる。
「ん……?アカウント登録!?なんだこれ??」
まずい、よくわからない。慌てたキアが周囲を見回すと、遠くの商店前でタバコの煙をモクモクと口から吐くムキムキの巨漢が目についた。彼はベンチに座ってスマートフォンを片手で持ち、随分と手慣れた様子で操作している。よし、アレに聞いてみよう。
「たのもー!そこの御仁、私にこの”モンスターキャッチ!”の使い方を教えるがよい!」
ベンチに座ったままのそりと顔を上げる巨漢。
「ああん?お、外国のネーちゃんか。パイオツでけーなオイ!オメーもあれか、モンスターキャッチ始めたクチだな?いいぜ、貸してみな。……ああ、アカウント登録で引っかかったのか、IDとパスワードはテキトーでいいな?」
キアが頷きスマホを手渡すと、慣れた手つきで登録を始める巨漢。
「うし、これでOKだ。いつでも遊べるぜ。忘れるといけねーからメモ張アプリにIDとパス入力しといてやったからな」
礼を言い、巨漢からスマホを受け取る。画面には”ID;paiotsudekai69”とパスワードの欄には無数の黒丸が表示されており、すぐにプレイが可能なようだ。キアがゲームにログインしつつ興奮していると、自身のスマホを覗き込んでいた巨漢が口を開く。
「俺も昨日の夜中にコッチ帰ってきてよぉ、ようやくさっき”モンスターキャッチ!”始めたとこなんだわ。しかし神丘は田舎だからモンスターがいやしねえ。まったく手近で凶暴なヤツと言えば、俺様の股間のモンスターぐれぇのモンよ。まあネーちゃんも気長に探しな」
そう言い終えると巨漢は備え付けの灰皿でタバコを揉み消し、軽く手を挙げてから何処かへ行ってしまった。ともかくこれで流行りの”モンスターキャッチ!”も手に入れたので、あとは……護身用の武器が必要だ。そう考えた彼女が周囲を見渡すと、アーケードの奥に武器屋の様なものが見えた。
「アキヤマゴルフ……武器の様なものを振り回している看板が見えるな」
眼を凝らすと店内には”先端に重心を置いた鈍器の様な形状をした武器”が沢山並んでおり、なかなかに使いやすそうだ。
「おお!なんだこれ!?かっこいい!!」
元いた世界の武器防具はこちら側では目立って良くないとの報告を受けているので持っては来なかったのだが……なかなかにこちらの世界の武器も悪くない。
キアは事前に準備していた現地の通貨を店主に支払い、気に入った一振りを袋に包んでもらって店を後にした。店を出た彼女は意気揚々と商店街のアーケードを歩いて行く、背後からのエイルの視線に全く気付かずに。
「あれは魔属!?あんなのが一体何故こんな所に――!?」
エイルは緊張した。実は一般的な魔属はこの神丘市にも駐在しており、エイル達神属とも適当に折り合いを付け衝突しないように生活している。所謂、暗黙の相互不可侵というやつだ。しかし目の前を呑気に鼻歌交じりに歩いてゆく女魔属の魔力の量と純度の高さと言ったら……どう見ても異質。
「あれは神と並び立つ魔界の王か幹部クラスの魔力……。もし何かあったらとても私の手には負えません、しかし……」
エイルの頬を一筋の汗が伝う。素早く気配を殺したのが功を奏したのか、幸いまだこちらには気が付いていないようだ。今なら立ち去る事も出来るのだろうが、当然見過ごす事は出来ない。
彼女は女魔属を尾行する事に決めた。




