おまわりさん、アゲイン
こんにちは!ワセリン太郎です。みなさん、ポ〇モンGOをされる際には周囲に注意してプレイされてくださいね!僕はやったことありませんけど!
「アイリちゃん、少しは落ち着いた?」
ハーブティーを注ぎながらアリシアさんが声を掛けてくる。竜族の少女、アイリは自分を落ち着かせる様にコクリと頷き、淹れて貰ったばかりのお茶に口を付けた。
理解は追いつかないけれど信じるしかない……確かにこれまでの経緯を聞いている最中は”荒唐無稽な話”にも聞こえたが、カーテンを開いた窓の先に広がる風景を見ると、話を信用する他に道は無かった。
見慣れたロビやヴェストラの街とは明らかに違う、超文明を想わせる街並み。眼下の道を行く無数の鋼鉄の荷車は”自動車”といい、馬でも魔法でもなく”科学”の力で動いているらしい。
遠くには”鉄道”という巨大な地を這う大蛇の様な乗り物。それに私が竜化した時の何倍もの速さで空を駆ける乗り物もあるのだとか。俄かには信じ難いのだけれど、どうやら本当にここは私がいた世界とは別の場所らしい……
そういえばあの後、アタランテ側の状況はどうなったのかと尋ねて聞いてみると、なんと私は”死亡”した事になっているそうだ。ロビの軍隊が夜間にトビラ山火口へ突入して大量の火薬を持って火口を爆破。見事、黒竜を生き埋めに……というお話らしく、ロビの街は現在祝賀ムードのお祭り騒ぎなんだとか。
確かに私の中には少し複雑な感情はあるけれど、”これで良かったのかも?”という気持も大きくなりつつあった。私にとっても竜族の掟は絶対だったけれど、決して私は人と争ったり傷付けたりするのが好きではない。
私が死んだと聞かされた時の両親や妹の気持ちを考えると……正直心穏やかではなかったが、アリシアさん曰く「だいじょーぶ!!ご両親には後でこっそりお手紙出しちゃいましょう!ね?」との事だった。
そうやって私が気持ちの整理をつけようとしていると、外で何か騒ぐ声が聞こえてきた。それに気付いたアリシアさんが「あら、みんなもう来たのね~」と笑顔で立ち上がり、書店があるという建物の一階部分へと降りてゆく。
暫くすると、昨日トビラ山の私の自宅に現れた長身金髪の美女が階段を上がってきた。すると彼女は私を見るなり笑顔で「あ!ホ〇本の少女だ!昨夜は良く眠れたか?後でラーメン食べにいくか?」と、部分的によくわからない単語もあるのだけれど……にこやかに話しかけてくる。
後ろから続くのはアリシアさんと黒髪の男性。彼は……街道で魔剣を渡した際に馬車の御者台にいた人だったような気がする。
さらに緑色の服を着た女性も階段を上がってきて大声を出し、一気に騒がしくなる室内。それは随分とにぎやかでキラキラして見えて……遠慮なしにワイワイと騒ぐ彼らはきっと”仲間同士”なのだろう。
何故だか唐突に胸の奥がキュンとして、”私もいつかあの輪の中に……”そんな想いがあふれてくる。急に背後から笑顔のアリシアさんに抱きしめられた。暖かい。これから私にもああいう風に友達が出来ていくのだろうか……?不思議と笑顔になる。何故だか”もしかすると知らない世界も悪くないのかも知れない”と、思うアイリなのであった。
そう、それは”レア”と呼ばれる女性が黒髪の男性から”何故怒られて”いて、先程までキラキラの笑顔を見せていたアリシアさんの顔から”何故血の気が引いていった”かの理由を正しく理解するまでは……そう考えていたのである。
~時間を少し遡り、朝食を終えたばかりの山田太郎宅~
ピンポーン!ピンポーン!ピポピポピポピポ、ピンポーン!ピンポーン!
「うる・せーよ?」
「だよな!!」
ノームのパッ君からの苦情を聞きながら、どうせこんな小学生でもしないようなピンポン連打はレアしかいない……そう思いつつ俺は玄関に向かい扉を開け放った。案の定、そこにはツナギ姿のレアと緑のジャージの裾を片方だけ膝下まで捲りあげたミストの姿が。
二人を見た俺が「おう、おはよう」と声を掛けようとするのを遮り、珍しくレアが神妙な面持ちで口を開いた。
「太郎、おはよう。少し相談があるのだが……」
不気味だ……俺はふと胸の奥にザワつく物を感じる。これが所謂、”本能的に危険を察知する直感”というヤツなのかも知れない。また何かやらかしたのか……!?そう感じた俺は会話が近隣のご近所様の耳に入らぬ様、素早く二人を部屋へと招き入れた。
しかし昨夜、深夜のラーメン屋から帰宅してからコイツら二人はすぐに就寝したはずだ。アパートの薄い壁から大きな二人分のイビキが貫通して聞こえてきたので間違いはないと思う。
何せミストの部屋は俺の隣部屋だし間違う筈もない。それに起床時間と現在時刻から考えて、そう大それた事をしでかす余裕はなかった筈ではある。
しかし思いと裏腹に心臓の鼓動は早くなる。高まる心拍をなだめつつ二人にお茶を出し、落ち着いて問うた。そう……コイツらを常識という物差しで見てはいけないのだ。
「で……相談っていうのは?」
レアとミストはお互いの顔を見て頷き、ゆっくりと口を開いた。
「私は車のメンキョというのが欲しい!」
「アタシも車欲しい!乗りたい!」
……この二人が日本の公道で車を乗り回す!?という考えたくもない事態はさておき、ホッとした。良かった!まだ何もやってない!カミサマありがとう!!強張っていた全身がゆっくりと弛緩してゆく。
「とりあえず二人共、免許がないと車には乗れない……って事は理解してるな?」
頷くレアとミスト。ミストが俺の言葉に補足する。
「アタシちょっと勉強したんだけどさ、アレだろ?”公道”って外の道をメンキョ無しで車とかバイクとか運転しちゃダメなんだろ?あれ?太郎、何で泣いてるんだ??」
よくできました――!!いつの間にかコイツらも、日本の常識というものを理解できるようになっていたのか……!?彼女達の大きな成長に感動した俺の頬を一筋の涙が伝った。一呼吸置いたのち、俺は伝う涙をぬぐって真面目な顔で彼女達に伝える。
「よし、とりあえずわかった。えっとな、まず車の免許ってのは取得するまでに結構時間が掛かるんだよ。練習して試験に合格しなきゃダメでさ、早くても一ヶ月近くかな?それで今は異世界の調査とかで色々忙しいだろ?だからこの話はそのうち纏まった時間が取れたらしよう、な?」
現状維持の提案にブーイングが来ると思いきや、素直に引き下がるレアとミスト。
「うむ、了解した!確かに自動車の操作はなかなかに難しいからな。ミスト、太郎の指示に従いそうするとしよう」
「だぁー、やっぱ練習しないとダメなのかー。わかったよ太郎。レア姉さん、そのうち”また練習して”からだなー」
良かった。ゴネられるのを覚悟してはいたのだが、コイツらも成長して物分かりが良くなってきたのか。”また練習して”……というミストのセリフが少し心の端に引っかかりはしたのだが、その時は些末な事に感じられた。
俺が皆の湯飲みに二杯目のお茶を注いでテレビをつけると、そこには朝の全国ネットのニュース番組が映っている。有名な男性キャスターが看板の番組であり、そちらに興味が移ったのかレアとミストがお茶をすすりつつ談笑を始める。
「アタシさー、この人ぜってーヅラだと思うんだよなー。レア姉さんどう思う??」
「うむ、言われてみればそんな気もするな!今度会ったら引っ張ってみるとしよう!」
「でもカツラってさ、引っ張ったらゴムで頭に戻るんじゃねーの?ビヨーンってさ」
「そうなのか!?ミストは物知りさんだな!!」
何という非道な連中。本当にやりかねないので街中で”カツラらしき人”を見かけたら絶対にコイツらを近付けないようにしよう……そう思いつつ俺は流し台で朝食に使った食器を洗う。そういやヒルドは何してるんだろう?
「なあ、ヒルドは来なかったのか?」
せんべいをポリポリとかじりながらレアが答えた。
「ヒルドは用事があるとかで、今日は出て来ないそうだぞ!ショッピングモールに行くって言ってた!私も行きたい!!」
今日は調査隊も休みとしたし、たまには彼女にも息抜きが必要だろう。俺は日頃からレア達の相手をしてストレスも溜まっているだろうヒルドの心中を察して苦笑いをした。今日は食器を洗い終えて一息ついた後、アリシアさんのお宅に伺う事となっている。
さて、ここ最近は色々あって心休まる日がなかったのだ。俺は今日、アリシアさんのお部屋の”甘い天使の香り”を死ぬほど肺に充満させて帰ると心に固く誓う。ビニール袋を持って行って空気をお持ち帰りしても良いかもしれない。
それに例の竜族の女の子の状況も心配だ。いきなり知らない世界に連れて来られてパニクってないと良いけど……そうこう考えるうちに食器を洗い終えた俺は、リュックに財布やパッ君を詰めて出掛ける準備を完了した。
「おーい、そろそろ行くぞー?」
テレビを消して立ち上がるレアとミスト。そうして俺は全員が外に出ると玄関の扉に鍵を掛けてアパートの階段を降り、愛しの天使さん宅を目指して歩きだした。
背後で俺のリュックから取り出したパッ君を奪い合う、やかましい二人を引き連れ住宅街を行く。どうせ大家はこの時間はまだ寝ているだろう。しばらく歩くと商店街近くのコンビニが見えて来たので、俺は何か差し入れでも買おうと思い後ろの二人に声を掛けた。
「なあ、俺ちょっとお菓子とか飲み物買ってくるからさ、外で待ってて」
「水臭いぞ!私も行こう!」
「ダメ」
「何故だ!?」
「レア、お前さ……最初に日本に転移してきた時に万引き犯になったの覚えてる??」
「アレは仕方がなかったのだ!私悪くないもん!!」
「いや悪いわ。まあそれはいいとしてさ……いや、あんま良くないけど、そのコンビニってどこか覚えてる??」
「ここです!!」
「よし、外で待ってろ」
「……ぐぬぬ」
そうして俺は入店しようと、コンビニの入口へと回り込んだのだが……そこには目を疑う光景が広がっていた。思考が停止する。目の前には現場検証のおまわりさんが多数、嫌な予感しかしない。
沢山のおまわりさんの姿にいつか見た光景がフラッシュバックする。俺はそのままそっと引き返し、二人を連れて別の道を歩き出した。不思議そうな顔のレアとミスト。
俺はしばらく歩くと二人の方を振り向き、ゆっくりと口を開いた。いや、でもまだコイツらの犯行とは断定できない。しかし……
「なあ……?一応聞くけどさ、コンビニのアレって何やったんだ……??」
俺の問いに不思議そうな顔をして答える二人。
「何って……そりゃなあ?レア姉さん」
「ああ、あれか?そうだな、車のメンキョの練習……以外の何に見えるというのだ??」
俺の全身から急速に血の気が失われてゆくのがわかる。また脳裏に先程の映像が鮮明に蘇った。
一体何が起きていたのかって??そう、思い出したくもない!なんとコンビニのガラスにパトカーが深々と突き刺さっていたのである……ジーザス!!




