埒があかない拉致の事
こんにちは!ワセリン太郎です!僕は今までピラフとチャーハンの区別がついていなかった事に気が付いてしまいました。まっこと恐ろしい事です。
レアは驚いた。大家が少女に何かの本を渡した直後、突然少女が卒倒したのだ。
「おい!死んだぞ!!大家よ!何をしたのだ!?この子、死んだぞ!!泡吹いてる!!」
言われる大家も少女の反応に驚いた様だったが……突然何かを思い出したように大声を出した。
「おいレア!俺ぁ何しに来たのか途中から忘れてたんだけどよ、思い出したぜ!!今ならコレ、簡単に拉致成功するんじゃねぇのか??」
ハッとした顔のレア。
「忘れてた!!私たちは誘拐をしに来たんだったな!!」
当初の目的から随分と逸脱しているアホ二人であったが、当然途中経過の細かい話など覚えている筈もなく、結果オーライとばかりに……とりあえず少女を運びやすい手近な物で”梱包”しようという結論に至った。
慌てて自分たちの荷物を漁ると、目に付いたのが寝袋。二人で少女を抱きかかえ、そっと寝袋の中に寝かす。
その姿を見て少し可哀想に思ったのか、大家が余計な気をまわした。
「だがよ、こうして見ると何か可哀想だよな……折角あげたんだしよ、この本も一緒に入れてやろうぜ!」
横たわる少女の胸元に”元凶となった本”を抱かせ、寝袋のチャックを喉元まで上げる大家。レアも『うむ、見事な気遣いだ』と呟きウンウンと頷いた。
「よし!太郎達が待ってる!急いで戻って誘拐の魔法を掛けてもらうとしよう!!ちなみにさっきの本は何だったのだ!?」
寝袋を担ぎながら答える大家。
「おう、後で好きなだけ見せてやるよ!これから岩場担いで上がるからよ、オメーは後ろの方持ってくれや」
レアは頷いて寝袋の足の部分を担ぐ。そして二人は息を合わせると、力強い掛け声とともに少女を運搬し始めたのだ。
「「○いえーす!は○えーす!はい○ーす!はいえー○!!」」
~再び舞台は運搬中のバンへ~
一通りのレアと大家の証言を聞いた俺達なのだが、全く要領を得なかった。証言によると、この竜族の少女の自宅に行って友達になり、それからお茶を飲ませて貰い、お土産に大家さんが手渡した”本”を見た少女が……白目を剥いて卒倒した、と。意味がわからない。
訝し気にヒルドが尋ねる。
「で、大家殿、その本というのは一体どのような物なのですか……?」
これにはレアが答えた。
「私も見ていないのだが、大家、一体アレは何の雑誌だったのだ?その寝袋の少女に抱かせたまま埋葬したのだが……」
いや、その娘死んでないから!!
睡眠の魔法を上掛けし終えたミストが、すかさず寝袋のジッパーを下げ、気を失う少女の抱く雑誌を勢いよく取り出した。
表紙を確認し、一瞬で険しくなるヒルドの表情。
ミストは表紙も見ずに、そのまま本を開く。
「――!?な、なんだコレ!?うわ!!ちょ!?ヒルド姉さんコレ見ろよ!!ケ、ケツに”ナニ”か刺さって――!!」
目玉が渦巻き状になり、耳まで真っ赤になったミストは、開いた本をヒルドの方へ向ける。
一瞬で顔を耳まで真っ赤にして怒るヒルド。自分の方向から見えないので文句を言い、騒ぐレア。”ソレ”が何なのかを悟ったようで両手を頬に当てて困惑するアリシアさん。
「ミスト!や、やめなさい!!わ、私はそんな物を見たくは――!やめなさい!!」
「一体何なのだ??ミスト!それを私に見せろください!!」
運転席でタバコ片手にゲラゲラ笑う大家。助手席の俺からでは後ろで何が起きているのかいまいち良く解らないが、大体それが”ロクでもない物”であろう事は容易に想像できた。
後部座席の窓が下がり、後ろでヒルドが何かの呪文を唱えているのが聞こえる。
「来たれ、炎よ!!」
窓の外に一瞬炎があがり、どうやら”ソレ”が燃やされ灰となり街道の風に消えていった様だった。慌てる大家。
「おい!ヒルド!オメー何してくれてんだよオイ!!それなかなか手に入らねーんだぞ!?こっちでご婦人方にクッソ高値で売りさばこうとしてたのによ!!」
「ふん、どうせそんな事だろうと思いました!あのような不健全な物を……全く……ブツブツ……」
後ろを覗くと放心状態のミストに”私まだ見てなかったのに!!”と詰め寄るレアと困り顔のアリシアさんが。大体の予想はついたが一応大家に尋ねた。
「結局アレって何だったんすか?」
「あ?何って決まってんだろ?ガチガチにハードな”無○正のホ○雑誌”よ。当然だが野郎向けに”ノーマルなヤツ”もあんぜ?後で見るだけなら五百円な?」
俺は頷きそっと財布の紐に手を掛けた。
~ここは深夜のロビの街~
ようやくロビに到着したが既に深夜だ。道中、”○モ本”に憤慨したヒルドが睡眠魔法を掛けるのを忘れており、危うく竜族の少女が起きそうになる事態があったが何とか事なきを得た。そして宿屋に着くとロビの駐在天使兼、宿屋の主人のミカが出迎えてくれた。
俺達を降ろした大家は車を隠しに馬屋へと回り込む。流石に中世風ファンタジー世界の宿屋の前に自動車を停めておく訳にもいかないだろう。確実に神様に怒られる。
皆で竜族の少女を担いで宿屋の一室に入り、寝袋から出してベッドに寝かせると再度ミストが睡眠の魔法を上掛けする。携帯のアラームを20分にセット、これで暫くは大丈夫だろう。ようやく一息ついた所にミカがお茶を淹れて来てくれた。
「あ~い、みんなお疲れ~!落ち着いてお茶でも飲もうよ。しかしやるじゃん!本当に竜族の捕獲に成功しちゃうとはね~。あ、一応聞くけど……間違えてその辺の女の子捕まえて来たりとかして……ないよね??」
確かに俺達のこれまでの素行を鑑みると、まあ納得できる質問ではあるな。ミカの意図が伝わったのか、苦笑してから頷き答えるアリシアさん。
「ええ、トビラ山の中腹の山小屋から連れて来たのは間違いないし、ヒルドちゃんとミストちゃんが睡眠魔法を掛ける時の抵抗が人間に比べてかなり大きいって言ってるから……間違いなく”トビラ山の黒竜”だと断言しても良いと思うの」
アリシアさんの話に頷くミカ。
「なるほどね~。で、君ら、これからこの娘をどーすんのさ? 今の現状をハッキリ言わせて貰うとね……正直、“核弾頭”を抱えてるのと大差ないと思うよ」
急に水を打ったように静かになる室内……確かにそうだ、そもそも可能かどうかすら怪しかった”捕獲”の成功に気を取られ過ぎていて”捕まえた後どうするか”という事が頭からすっかり抜け落ちていた。
いや、ミカの言う通りだ。マジでどうすんだよこの娘……ずっと睡眠魔法を掛け続けるのも流石に無理があるだろうし。
しかし大人しそうな寝顔を見ていて思うのだが、どうもこの娘が自発的に街を破壊するとは到底思えない。問題は竜族を徹底的に縛る”掟と古の協定”なのだろう、どうにかならないものか……そう考えているとレアが声をあげた。
「太郎、お腹すいたぞ。ラーメン食べたい。日本に帰ろう。まだお店開いてる!」
「いやまあ、気持はわかるけどさ、ちょっと今それどころじゃ……」
「何を言ってるんだ太郎。とりあえずその娘も連れて行けばいいだろう?ラーメンさえ食べれば、皆、心穏やかとなり、世界は平和になるのだ!」
「いやいやいや!日本にドラゴン連れて行ってどうすんだよ!流石にヤベーよ!何かあって”竜化”とかしちゃったらとうとう自衛隊出てきちゃうよ!?怪獣映画じゃないんだから。流石にリアルG◯DZILLAとか勘弁してくれよ、前の警察沙汰だけでもとんでもない事態になったのに、戦闘機とか冗談じゃ……」
俺がそう言いかけた瞬間、ヒルドとアリシアさんがハッとして顔を見合わせた。ヒルドが言う。
「そうか!太郎、ここはレアの提案に乗りましょう!」
ヒルドも疲れてるのか?訝しむ俺にアリシアさんが笑顔でポンポンと肩を叩いて来る。
「太郎さんあのね、日本には”竜化”する為に必要な”マナ”が無いの!地球の現代っ子達は信心深くないから自然との調和の象徴のマナが枯れちゃってるのね」
あっ……何となく意味が解りかけた。マジか。
「つまり……この娘は日本に連れて行けば、ただのお嬢ちゃん……になってしまうと?」
ウンウンと頷くアリシアさん。
「でも大丈夫ですかね?ヴァルキリーとか俺達みたいな天界の契約社員が異世界間を移動するのは神様に認められてますけど、俺達の独断で現地人を勝手に連れて行っちゃって……」
未だ、上司の許可無しには行動に踏み切れないという、リーマン根性が抜けきらず……そう困惑する俺の視界の端で、ミストがニヤニヤしながら魔法文様の描かれた木製の札を見せてくる。
あれは例の、神様直通の緊急連絡用の魔法札か?
以前コイツはこれを使って神様を恐喝した事がある。”ウサギ達を生き返らせないと奥さんにおっパブ通いをばらす”と。まあそのおかげでウサギの一家と兵士達の尊い命が救われたのではあるが。
しかしミストはともかくヒルドってこんなに独断でやっちゃう性格だったっけ??最近彼女のお堅いイメージが少し崩れて来た気がする。
とまあ、こうして女性陣によって半ば強制的に出された結論を持ち、可哀想な竜族の少女は異なる世界を跨いだ”壮大な二重拉致”をされる事となってしまったのである。
~一夜あけて~
小鳥の囀りが聞こえる……もう朝なのだろうか?少女は思う。何だろう?気が付くと随分と良い匂いがしてくる。うっすらと目を開くと意識がはっきりとしてきた。ここは……?一体どこだろう?昨夜自宅に”例の変わった二人組”が訪れて来て、お茶を出した後に”何か凄いものを見た”ような気がするが……その辺り以降の記憶がどうも思い出せない。
ふと自分の寝ている寝具の周囲を見渡すと、見たこともない精巧な布製であろう可愛らしい人形が沢山置いてあった。驚いて部屋の中を見廻すが、そこにある物のほとんど全てが少女には”それが一体何なのか”すら理解できない。
兎に角、全てが異質で少女の理解を超えている。唯一、理解できたのがロビの街近郊では非常に高値で取引される姿見の鏡だけであった。ここは貴族の屋敷なのだろうか?などと考えていると……部屋の外から声が掛かる。
知らない声だと身構える少女。いつでも”竜化”出来るようにマナを体内に集め……あれ!?集まらない!?慌てているとそっと部屋の扉が開いて声の主の笑顔が見えた。
「はい、おはようございます!良く眠れたかな~?あっ、大丈夫!お姉さんな~んにもしないから安心してね?」
そこには金髪でとても大きな胸の優しそうなお姉さんがエプロン姿で立っていたのだった。




