便利な自動車
こんにちは、皆さまいかがお過ごしでしょうか?ワセリン太郎です。ずいぶんと間が空いてしまいました……では再開します!
「おう、レアさんよぉ……」
岩場に身を隠したまま双眼鏡を覗く大家の呼び掛けに、同じく双眼鏡を覗いたままレアが応じる。
「どうしたのだ?大家」
暫くの静寂の後、再び大家が言葉を発してそれにレアが答えた。
「アレよぉ……勝てると思うか?流石にちょいとばかしヤバくねェか??」
「うむ!確かに言われてみると何か無理っぽいな!!」
日本に戻ってエイルから竜についての情報を仕入れた俺達一行はトビラ山付近までやって来たのだが……山の麓に到着した俺達の目の前には何とも現実離れした光景が広がっていた。
降り注ぐ大量の矢に巨大な投石器から発射される岩、集団で槍と盾を打ち鳴らす勇敢な戦士達……二百人近くは居るのではないだろうか?まさに映画やゲーム等でお目にかかる攻城戦さながらの風景だ。そう、ロビの領主が招集した軍隊がトビラ山の黒竜と交戦している真っ最中なのである。
しかし先程から招集された軍隊が竜に次々と波状攻撃を仕掛けてはいるが……これが全くと言って良い程効いていない。しかも見ていて気の毒になる位に人間達と竜の間に温度差を感じるのだ……領主に集められた荒くれ者達の”軍隊”は必死だ。
当然、竜を倒したともなるとそれなりに恩賞でも出るのだろうし、竜殺しの名誉をもあずかる。そりゃ必死にもなるのだろうが……
しかし対して当の竜はというと思い出した様に空を飛んで空中に炎を吐いて威嚇してみたり、前衛で盾を構える戦士達を尾で軽く薙いで転ばせてみたりと殺意も無く遊んでいるようにしか見えないのだ。
嬉しそうに遊んでいると言うよりは少々面倒臭そうにしている様な雰囲気でもある。あれだけ攻撃されても大した反撃をしないのは……"所詮人間如きには傷もつけられまい?"という絶対の自信の表れなのだろうか?レアから双眼鏡を貰い受けた俺はその光景を遠目に見ながら大家に同意する。
「ほんとだ、ありゃダメっスね。そもそも喧嘩にすらなっていない様な」
流石に大家も現在交戦中の人数を見てか……諦めムードでヒルドに双眼鏡を手渡しながらぼやいた。
「だよなぁ、チャリで快速電車に喧嘩吹っ掛けるようなモンだわな。気合いでどーにかなるってレベルじゃねーぞありゃ」
大家の例えは良く解らなかったが、確かにあの竜の気が変わり”本気”になれば……人間如きは即、五体バラバラの大惨事になるであろうイメージが沸くのに、そう時間は掛からなかった。
暫く覗いていた双眼鏡から目を離したヒルドが、多少諦め顔で左右に首を振りながら言う。
「埒があきません、一旦ロビの町へ戻りましょう」
「拉致とか無理だろ!流石にありゃ車に入んねーぞ!」
訳の解らない事を言い出す大家を無視して俺達は岩場を後にする。下へと降りて行くと、ヴェストラの領主から借りパクしたままの馬車の屋根が見えてきて、こちらに気が付いたのか御者台からミストの声がした。
「あ、太郎おかえり。どーだった?アタシらでやれそう??」
「いんや流石にアレは無理。いま二百人規模の軍隊が軽く遊ばれてるわ。隕石でも直撃しないと倒れないんじゃないか?アレは」
「じゃあ、どーすんのさ?」
「わからないけど……やっぱ対話でどーにかするしかないんじゃないか?でも"例の協定"ってヤツがある以上、話し合いに応じてくれるか自信もないしなぁ……とりあえず一旦ロビに戻って考えよう」
各々頷き馬車の荷台に乗り込んで今朝来た街道を戻る俺達。帰りも荷台の中であーだこーだと議論してはみたが、結局武力でどうにも出来ない相手だというのは全員の意見が一致したところだ。
しかし八方ふさがりのお通夜ムードで数時間馬車に揺られてロビの街に戻った俺達に、思わぬ転機が訪れる。そこに意外な人物が帰還を待っていたのだ。その顔を見てレアが大声を出す。
「おい、太郎!アリシアだ!アリシアがいるぞ!」
えっ!?と俺が馬車の荷台から顔を出すと……ロビの街の駐在天使であるミカの隣で可憐に両手をフリフリさせる天使さんの姿が。今朝、日本で別れたばかりの彼女の突然の登場にヒルドが目を丸くして声を掛けた。
「アリシア!一体何故ここに!?」
アリシアさんは答える。
「えっとね、ヒルドちゃん達が出発してから暫くしてエイルちゃんが慌てて電話してきたの。今まで集めてたデータをひっくり返してたら、一時的に竜族が人型から"竜化"出来なくなる条件があるって資料が出てきたって……それで私が代わりに伝えにきたの」
――!半ば諦めかけていた状況に光が差し込む。竜族と言えども"竜化"出来なければただの"人"だ、何とかなる可能性が高い!!俺は荷台から身を乗り出しアリシアさんに問う。
「アリシアさん、それホントですか!?一体どうすれば……!?」
「えっと……それはね……」
そう言うとアリシアさんはポケットから可愛らしいメモ帳を取り出しながら語り始めたのである。
~場所は変わってトビラ山の麓~
"もういい加減に帰ってくれないだろうか?"竜は思う。
そう、思い返せば今朝にまで遡るのだが……小鳥の囀りで目が覚め寝床から起き出し、空気を入れ替えようと玄関の扉を開け放つ。"協定"の内容を実行しなくてはならない数日後を思うと憂鬱で胸が苦しくなるが、外はそんな少女の気持ちをあざ笑うかの如く清々しい空模様だった。
「そっと静かに暮らしていきたいだけなのにな……いっそ竜族なんかじゃなければ良かったのに。何処か遠くへ行けたらなぁ……」
そう悲しそうに呟きつつ、畑の様子を見ようと庭に出てみた少女であったのだが……何か山の麓の方が騒がしい。
少女の自宅はトビラ山の中腹に位置しており騒音の源とはかなり距離があるのだが、彼女は"竜族"として生まれつき尋常でない視力を携えていたのでかなり遠くまで見渡す事が出来た。とにかく目を凝らす……いた!あれだ。
「うわぁ……武装した人達がいっぱいいる……」
二百人近くはいるだろうか……?きっとあれが先日ロビの街で耳にした"ドラゴン討伐隊"なのだろう。少女は俯きながら深い溜息をつくと自宅に戻って身に着けていた衣類を脱ぎ、再び庭へと赴く。そして大きく深呼吸すると、眩いばかりの光に身体を包まれ……巨大な体躯の漆黒の竜へと変貌した。
~再びロビの街~
俺達一行は宿屋のロビーで竜族の情報を携えて現れたアリシアさんの話に耳を傾けていた。一通り話を聞き終えてヒルドが口を開く。
「つまり……竜族は眠っていたり気を失ったりした状態にした上で、傷付けずに睡眠の魔法をかけ続けるとその状態を維持できる……と?少々根本的な解決策とは言いがたいですが、今現在としては唯一有効な手段と言わざるを得ませんか……」
アリシアさんが可憐にカールした金髪を指先でクルクルとさわりながら少々困った顔で答える。
「ごめんね~。エイルちゃんも必死で探してくれたのだけど、現状ではこれがたった一つの方法だって言ってたの。あとこれも交渉する際の参考になればいいけど……竜族の人達って彼等の掟に従って人里離れて一人もしくは夫婦でひっそりと暮らしてるらしいの。それが原因なのか、すごく純粋で照れ屋さんが多いらしくて精神的なショックに強くないんですって。人や外部からの刺激に慣れてないのね。若い個体だと、何かショックな事があったら数日立ち直れないなんて事もしょっちゅうらしくて……でもこれって役に立つ情報なのかしら……??」
なるほど。後半はさておき、寝てしまった場合に睡眠の魔法を掛けてしまうと暫く起きない……というのがわかっただけでも収穫ではある、頷いた俺は皆に声を掛ける。
「アリシアさん、ありがとうございます。とりあえずソレで仕掛けてどうにかしたいところなんですが……その今回のキーとなる睡眠の魔法ってのを誰か使えたりする??」
手を挙げるヒルドとミスト。ヒルドが言うにはこちら側の世界ではマナ?だとかがそこらに溢れてるので簡単な魔法程度なら行使可能らしい。
天界の騒ぎの際に戦乙女隊が俺達に魔法を掛けて来なかったのを不審に思い聞くと……天界での魔法の行使は書類申請し、その後、神様の許可が下りてから云々……と。要はお役所仕事という事だ。ともかく二人も使えるなら何かと頼もしいのだが、ふとそこで疑問が。
「なあ?何でヒルドとミストが使えるのにレアはダメなんだ??睡眠魔法の使い手が三人いたらもっと安心なんだけど……」
ぶつぶつ言いながら目を反らすレア。察して手で目を覆うヒルド。
「確かテストに出た様な気がするけど……やり方忘れたもん」
そうだ、こいつはアホだった……俺は間違って思い付きの訳のわからない魔法を使われると非常に厄介なので、一切の追及を止めて流す事に決めた。変にレアを刺激してロクな目に会った試しがない。そうこうしていると珍しく訳のわからない事を言い出さずに黙って聞いていた大家が席を立ちつつ口を開いたのだ。
「おう、テメーら少し待ってろや。ちょいと家に忘れ物したから取ってくるわ」
頷く俺達に片手をあげて立ち去る大家。それからしばらく皆で色々と策を練っていると……外が急に騒がしくなった。
聞きなれた音。そう、これは車のエンジン音だ。宿の外に飛び出す俺達。そこには初めて自動車を目にして驚くロビの街の人々に囲まれ、何食わぬ顔で自家用バンの運転席でタバコを吸っている大家の姿が。流石に叫ぶ俺。
「ちょっと大家さん!アンタ何してくれてんだよ!ここファンタジー世界だよ!?何平然と自動車持ち込んでんの!?つーかどうやってゲート通したの??」
「ああ?太郎テメー、またあのとろい馬車でノロノロ行く気かよ!?バカか?めんどくせー。クーラー効かねえだろうが!常識考えろや!あ、オメーアレだな!?自分だけ良ければいいってヤツかよ!いい加減甘えんな!!」
いやアンタが常識考えろよ……ファンタジー台無しだよ……叫ぶレア。
「その手があったか!大家アタマいいな!!」
「おうよ!明日から天才って呼んでいいぜ!!」
やばい、どんどん見物人が増えてる。こうなっては仕方がない、慌ててロビーにあった荷物を掴んで車に乗り込む俺達。こうして俺達、二度目のドラゴン対策隊は、大した準備も出来ぬまま出発する羽目になってしまったのである。




