それは古い約束
こんにちは!ワセリン太郎です!
久しぶりに旅行を楽しんできました!お金がなくなりました!
臭う……そうドラゴンに言われたレアとミストが自分の身体をクンクンと嗅いでいる……アホかコイツらは。いや、忘れてた。元々アホの子だった。隣で大家が呟く。
「おい、太郎。何であのトカゲ野郎は”俺達が昨日風呂に入ってねえ”のを知ってんだ……?」
しまった、アホがもう一人いたのを失念していた。大家の発言に女性陣が嫌な顔をする。ヒルドが「とりあえず会話してみましょう」と言うので俺も腹を決めて御者席から降り、ドラゴンの前へと進んだ。
巨大な角の生えた頭を俺とヒルドに向け、地鳴りの様な声で語りかけて来るドラゴン。しかしいきなり襲って来ないのは知性が高い故なのだろう、その点だけは助かった。
「人間よ、もう一度問う。我が宝物庫に忍び込み宝剣を盗み出したのは汝等か?」
マジでデカイ……。巨大な吐息に揉まれ、タマが縮み上がりそうな恐怖を覚えるが……何とか我慢し、答える。
「えっとですね……もしかして盗まれたのは”剣”と”斧”の二本でしょうか?」
「うむ、間違いない」
俺はそっと馬車の荷台の屋根に縛り上げられた三人組を指差し答える。
「犯人はあいつらです。とりあえず捕まえてきました……えっと盗んで来た物とあいつらお渡ししますんで……今回はお引取り願う……ってワケにはいきません……でしょうか?」
領主が叫ぶ!ゴロツキ二人は恐怖で言葉もない。
「ちがう!!私はやってない!!犯人は隣の二人だ!!助けてくれ!!」
巨体を持ち上げドラゴンが荷台に近付く。まるで軽い地震のようだ。こんなんと喧嘩して勝てるワケがない。ドラゴンは荷台の屋根に縛られた三人組の前に顔を近付け臭いを嗅ぐ。
「ふむ、こやつ等の臭い、間違いないようだ。嘘は言っておらぬようだな」
ミストが荷台に保管された”魔剣”と”魔斧”を掲げて「おい、アンタが探してるのコレだろ?いいよなぁ、コレ。剣の方アタシにくれない?」余計な事を口走る。周囲を見ると騎馬隊の面々が青ざめた顔で首を横にブンブン振っていた。ドラゴンは”物”を確認すると、ミストを無視して満足気に頷いた。これは……話の通じない相手ではない。俺は再度交渉に入る。
「えっと……そのおバカは放っておいて頂いて結構です……あ、ついでに盗みを働いた”三人共”連れて行って頂いて結構ですので……」
「いらぬ」
……え?いらないの?まあ俺もソイツ等をくれるって言われてもいらないけど……でも犯人だよ?妙な顔をする俺を無視してミストの方を見たドラゴンが続ける。
「娘よ、その剣が欲しいか?ならばくれてやろう。今日、我は”人間達が竜の領域に踏み込んだ”という事実の確認に来たのだ。その確認が取れれば十分だ」
俺の隣で一瞬ヒルドが嫌な顔をした。何か……あるのか??大喜びするミストと状況も考えず、要求をする大家。
「マジかよ!サンキュー!アンタ太っ腹だよな!アタシ最初からそうじゃないかと思ってたんだよ!かっけーな!」
「あ、おい!ミストばっかズリーぞ!おい、トカゲ野郎、俺にもこの斧くれよ!」
大家の方を向き肯定するドラゴン。
「斧もくれてやろう。好きにするが良い」
何か嫌な予感がする……。俺の隣で呟くヒルドの言葉を聞き逃さず答える竜。
「協定……か?」
「娘よ、その通りだ。古の時代に竜と人間の間で結ばれた協定に基づき……我は七度月と太陽が巡り終えた後、人間の集落を五つ焼く」
状況が飲み込めない俺は横から口を出し、それに答えるドラゴン。
「つまり一週間後に街を五つ滅ぼす……って事??」
「その通り、人と竜には古き時代に相互不可侵の協定が結ばれた。竜は人間を襲わない、そして人間も竜の領域には侵入しない……とな。数十年前に協定を破り、人間達と妙な魔法使いに討伐された竜がいたようだが……それ以来になるか?今回は立場が逆になるな」
それ横崎署長と神様達じゃねーか!!とまあそれは置いといて……
「えっと……何とかなりませんか……ね?」
「ならぬ。では我は一旦去るとしよう。人間達よ、次に会う時は業火の中となろう」
そう言い残すと羽ばたき飛び立とうとするドラゴン。しかしその目前に……一人の人影が立ち塞がったのである。そう……我らがレアさんだった……これはヤバイ!
「おい!其処なドラゴンとやら。暫し待たれよ!」
レアを見下ろすドラゴン。ミストと大家を指差し続けるレア。
「あの二人は良い物を貰ったが私は何も貰ってません!!」
――!?何言ってんのあいつは!?少し困ったようなドラゴン。
「よもや私に何もくれずに立ち去るつもりか!?このままでは貴殿はケチという烙印を押される事になるぞ!!ケチドラゴンだ!」
やっと帰ってくれそうなのに、また事態がややこしくなる!たまらず飛び出した俺とヒルドが、後ろからレアを必死で羽交い絞めにする。
「レア!わかったから止めなさい!街に戻ったら私が何か買ってあげますから!それで良いでしょう?」
「おいレア!お前が喋るとややこしくなるから一旦落ち着こうな!?な?ほら、ドラゴンさん困ってんだろ?」
ごねるレア。
「いやだ!私も何か欲しい!ください!!ケチ!」
爬虫類に表情があるのかどうかは俺にはわからない。しかし確実に目の前のドラゴンは、立ち去るに立ち去れず微妙に困っていた。俺が叫ぶ!
「ほっんとすみません!!あの、もう帰って頂いて結構なので!!」
「あ、ああ。そうさせて貰う……」
そうして、微妙に居辛そうにしていたドラゴンはようやく帰ってくれたのだ。
ロビの街に着いた俺達は、騎馬隊に護衛の感謝を伝えて宿屋に戻って来ていた。当然トットちゃん一家も一緒だ。ヴェストラの領主とゴロツキ二人組はヴェストラ騎馬隊が、ロビ領主の下へ連行して行ったのだが……まあ恐らくは悪党共にお似合いの結末が待っているのだろう。
これまでの経緯を話すと……ロビの街で宿屋を営む駐在天使のミカが口を開く。
「そっかそっか、大体わかったよ。本当に大変だったねウサギさん達。しばらくはここの宿を自由に使って貰っていいので安心してね?後で私と一緒に領主さんへ”移民ウサギ申請”を出しにいこっか?大ウサギ種は手厚く保護してくれるから心配はいらないよ。それと後でゴロツキ共の裁判用の事情聴取とかあるかもだから、一旦部屋で休んでから準備しましょうね?」
ミカは宿屋で働く大ウサギ達を呼び、トットちゃん一家の世話を頼むと……大きな溜息を吐き、こちらを振り返った。
「しかしまずいね、ゴロツキ達がよりによって竜と人間の協定を破っちゃったとは……報復は確実に”ある”だろうね。話を聞いた限りによると……恐らくそのドラゴンは、ロビとヴェストラの街道の間に位置する”トビラ山”に棲む黒竜で間違いないと思う。ロビから街道走っている時に左手に煙噴いてる山が見えたでしょ?あそこなんだけど……」
ヒルドが答えた。
「私も”協定”については聞き及んでいます。一週間後に五つの街を焼き払う……と言っていましたが、ロビとヴェストラも含む近隣の町ほとんどと言っても良いのでしょうか……?しかし私も”ドラゴン”を初めて間近で見たが……あれは正直まずい。討伐するにしても、全く制限無しの戦乙女隊の中隊規模でようやく五分といった感じです。全く……神は何をお考えになられて、あのような規格外の怪物を御創造になられたのか……」
横から大家が口を出し、釣られてミストも言う。
「そりゃロマンに決まってんだろ?まあ、女にゃわかんねーかもなぁ?”デカイ”、”強い”、”怪獣”ってのはいつの時代も男のロマンよ!ヒルド、おめー〇ジラの映画とか見た事ねーだろ!ケンさんがかっけーんだわ、あれ」
「マジかよ!何だよそれ!?アタシ映画ってのは聞いた事あるけど見た事ねーし!太郎、今度見にいこーぜ!デートだデート!あはは、何か……照れるよな!」
お前ら空気読め!一週間後にこの辺り一帯が焼け野原にされるんだぞ……?とにかく何とか対策を立てないといけない。俺はミカに尋ねた。
「なあ?ミカ。その協定についてよくわからないんだけどさ、仮にドラゴンが攻めて来るじゃん?でも今回は”人間側が違約”してるわけなんだけど……俺達がドラゴンに反撃してもOKなの?」
ああ、それね……といった感じでミカが答える。
「結論としては”反撃OK”なのさ。それどころか今回の場合、一週間以内に攻め込んで竜を仕留めちゃってもいいんだよ。まあ……できるならね?それというのも”竜”はとてもプライドが高くてね?人間程度に負けるわけがないって自負があるんだよ。なので古代に協定を結んだ時に”人間ごときがやれるものならやってみろ”とばかりに条文の中に”違約した人間側が期間内に竜を討伐すれば、案件自体を無かった事にする”とあるんだ。逆に人間達に襲われた場合を除いて、ドラゴン側から仕掛けるのはアウト、となってるね」
流石に強気だな……つまり今回の場合は一週間内に竜を仕留める、これしか現実的な回避策はないのかも知れない。それができなきゃ街が火の海だ。
ミカがトットちゃん一家の件と協定違反の件について領主に報告に行くとの事なので、俺達は一度日本へ戻る事にした。
ヒルドの話にもあったが、ドラゴンは俺達が真っ向から喧嘩して勝てる相手じゃあない。ゲームや漫画じゃ”剣一本で巨大な竜を殺すヒーロー”なんかがよく出てくるが実際に目の前で二十メートル以上の怪物を見ると……残念ながらそれは夢物語だと思い知らされた。
多分アレが半分のサイズでも同じ感想を持ったはずだ、普通の人間なんて二メートルちょっとのコモドオオトカゲとやりあっても勝てはしないだろう。
それでも”俺は勝てる!”というなら真っ先に疑うべきは厨ニ病であり、人生を踏み外す前に早目に専門のお医者さんへGO!だ。
とにかく神様でも呼んで来れば話は別だろうが、このアタランテの世界の文明水準では……”勝てそうな見込みのある武器”を探す事すらままならない。
もしかするとこの世界には俺達の知らない凄い魔法や武器もあるのかも知れないが、そんな物が簡単に数日で手に入る等という都合の良い展開は……正直、お子様向けの物語でしか期待できないというのが現実だ。
力で勝てないなら策を練る必要があるだろう、俺はヒーローでも何でもないのだから。
「あー、アリシアには私から連絡しといたから宜しく言っといてー」
ミカに礼を言って手を振り、移動用の魔法のゲートをくぐる。
「それじゃミカ、色々考えて数日内に準備してくるよ」
こうして俺達は日本へと戻って来たのである……




