幕は未だ下りず
こんにちは!ワセリン太郎です!
今日はこまったときの”神頼み”なお話です!
「それでどうやって神様に連絡取るんだ……?」
これからの作戦を練り終えた後、ミストに尋ねる俺。彼女は荷馬車に戻るとリュックを開けて中をゴソゴソしだした。それから一般的なスマホ位のサイズの木の板の様な物を取り出す。板には何か魔法文様のような物が描かれていた。
「あったあった。コレだよコレ。これが緊急用の魔法の連絡札なんだ」
俺と大家はそんな物貰ってねーぞ……あの神様……まあいい。ミストはその木の板をまるで携帯電話の様に耳に当ててじっとしている。電話かよ……あ、繋がった様だ。
「あ、もしもし神様?うん、アタシ。あのさ、ちょっとこっち来ない?うん、じーちゃんの顔が見たくなってさ」
そんなんで来るか!もうちょっと考えろ……いや、考えないのがコイツとレアだ。しかし……
「うん、今から来るって!」
「え!?マジかよ!えらく軽いノリだな」
隣からレアが口を挟む。
「神様は私達には甘いのだ!」
まあそんなこったろうとは思ったよ……。しばらく待つと荷馬車の影に現れる”魔法のゲート”。そこから現れたいつもとは違う雰囲気の、杖を携えた重厚なローブ姿の神様……しかし現場を見て一瞬で惨状を悟った様だ。
「これは……哀れな子らよ、何という事じゃ……」
これまでの経緯を神様に話した俺達は、皆を生き返らせて貰えないかとお願いする。しかし聞き終えた神様は眉間に皺を寄せ……一言。
「ワシも哀れには思う、しかし駄目じゃ」
そう来ると思っていた俺はレアにアイコンタクトで指令を送る。トットちゃんを抱きかかえたまま頷くレアは打ち合わせ通りに嘘泣きを始める。いや、レアは器用な役者じゃない、涙は本物だ。
「神様、どうしてもダメか??見てくれ、こんなに愛らしいのだ!それがこんなに惨い事に……」
ミ ストも神様に縋る。ここは男の俺が口を出すと逆効果だ、二人共頑張れ!!
「頼むよ神様!この子が可哀相だろ!アタシおこづかいしばらく我慢するから……」
再び口を開く神。
「そりゃワシもお前達の願いは聞き届けてやりたい。しかし一度奪われた命を再び……」
喋る神様の言葉を遮るレア。ここから事前の打ち合わせ通りだ。
「……おっぱいパブ」
「ん?おっパブが何じゃ……?今は関係なかろう?」
「いや!大有りだ。私は次に天界に帰り次第、フリッグばあちゃんに”おっパブ!”と言おうと思う!」
――!?目を見開く神様。よし、効いたぞ!!因みにフリッグ様とは、要は神様の奥さんであり、天界の最高位の女神であらせられる。
当然天界も地上も変わらず”世の中の主権を握るのは奥さん連中”だ。男など家でゴロゴロしているだけで”粗大ゴミ”扱いされるのが関の山と聞く……実に世知辛い。
ミストに事前に聴取した情報によると、”フリッグばあちゃんに言う”という言葉が神様の最大の弱点の様で……ともかくこの”ワード”を口にするだけで一気に優勢に立てるそうだ。
ミストも神様の腕を引っ張りながら言う。よし、作戦通り腕に胸を押し付けているな、偉いぞ!
「なー神様、お願い!……ダメ??」
唸る神様。何かブツブツ呟いている。
「うーむ……いや、しかし”おっパブ通い”がばーさんにバレると……いや、それは冗談ではない……阻止せねば……」
何かを決めた様に神様は”よし!”と言う。そしてトットちゃんの頭を優しく撫でると……その小さな手を引き歩き出し、死者の弔いを続けるヒルドの方へ向かう。さて、どうなる……?突然現れた神様に驚くヒルド。
「――!?神よ、何故こちらに?」
ヒルドを手で制する神様、そして苦しい言い訳を始めたのだ。
「今回の件はワシも天より見ておった。このような幼子には余りにも酷い仕打ちじゃ、よって”今回は無かった事とする”」
遺体に掌をかざす神様にヒルドが慌てる。だがどことなくその顔は嬉しそうだった。
「しかし神よ……本当によろしいのでしょうか?」
「お前は相変わらず堅いのう、ヒルド。ワシが良いと言ったら良いのじゃ!見よ、このめんこいウサギの子供を。誰が見捨てておけようか!……あ、この事はババアには絶対に言うでないぞ!」
目尻に涙を浮かべて笑い、頷き下がるヒルド。呪文を唱える神様……遺体の損傷がみるみる消えていき、それを見て驚く隊長さんや兵隊さん達。大家が俺の隣に来て笑顔で軽く肘打ちを入れて来る。
「悪くねえ……ああ、悪くねえぜ」
部下を失った隊長さんが不思議な顔をして俺に尋ねてくる。
「あの御仁は一体何を……?何か不思議な雰囲気を持った方だが……一体どなたなのだろう?」
俺は笑顔で答えた。
「なーに、ただの通りすがりの”大魔法使い”ですよ」
呪文を唱え終えた神様はゆっくりとトットちゃんの前にしゃがみ込み、再び優しく頭を撫でながら言う。
「幼きウサギの子よ、ワシには傷は治せる、しかし心に負った傷まではどうにもならん……”一つ一つの命”を観ていてやれぬワシを……許せよ」
不思議そうな顔をして神様を見るトットちゃん。
「おじいちゃんはだーれ?」
「な~に、ただの通りすがりの”大魔法使い”じゃよ。ほれ、家族が待っとるぞ!ゆけ!」
神様がニヤリと笑い、指をパチン!と鳴らすと、命を奪われた人達が一気に息を吹き返す――!その場にいた全員が言葉を失った。……一人の幼いウサギさんを除いて。
「おとうさん!おかあさん!おじいちゃん!おばあちゃん!」
突然生き返り何が起きたのかわからない様子のウサギの一家、きょろきょろと辺りを見回している。亡くなっていた兵隊さん達も同じだ。家族に向け駆け出すトットちゃんに続いて兵隊達から歓声が挙がる!
それを見届け困った様な、それでいてお茶目な笑みを見せた神様は俺達に軽く手を振り荷馬車の陰へ消えていく。こうしてこの凄惨な物語は幕を引いたのである……おっとまだ少し早かった。
そういやテメー等の処遇がまだ決まってなかったな……?ニヤニヤと悪質な笑みを漏らしながら……縛り上げた領主と英雄様に近付く俺達一行。パーティー唯一の常識人、ヒルドは向こうでウサギの一家にロビの街への移住を薦めている。悪いが公正な裁きは期待できねえぞ?大家が笑いながら言う。
「おーい、コイツ等これからどうすんべ?このまま森の奥に首だけ出して埋めちまうか?そうすりゃ野犬の保存食くらいにはなんだろ?」
引き攣った顔の悪党三人組。レアも続ける。
「とりあえず……そうだ!股間を潰そう!男にはそれが効くと聞いた!一度やってみたい!」
悪乗りする俺。
「悪いなレア、それは俺がもう潰した後だ。あ、領主のがまだだな?あとでやっていいぜ?残り二球だ、そのバットが伊達じゃないならホームラン見せてくれるんだろうな?」
”何を!?よし、見ていろ!”と素振りをし出すレア。俺の股間攻撃で先程まで失神していたゴロツキ二人は、充血した目で震えつつ妙な呼吸を繰り返している。
そりゃ痛かろう。だがお前達がトットちゃんに与えた心の傷はそんなモンじゃあない。後ろからミストもやってくる。
「なあ?ちょん切っちゃおーぜ!あたしアパートからハサミ持ってきたし!」
震え上がる領主。まあ脅すのはこれ位でいいだろう。俺は後ろから来た隊長さんに言う。
「隊長、この連中の処遇はどうしますか?」
答える隊長さん。
「うむ、どうしたものか……本来なら重罪人とは言え”領主”でもあるのでヴェストラに連れ帰り、然るべき手順を踏んで……と言いたい所だが、君達には部下を助けて貰った恩もある。意向を聞こう」
要は悪徳領主を処分したい訳か。そこへ遅れてやってきたヒルドが言う。
「感情的には太郎達に同意はしますが……悪人とはいえ正当な裁きを受ける権利もあるでしょう。どうでしょう?ヴェストラで処理できないと言うならロビの街の領主に裁かせては……?」
やはり優等生の模範解答なヒルド。しかし直後、何故か青ざめた顔で叫ぶ領主!
「やめろ!あのウサギマニアに裁かせて何が”正当”なものか――!私にはヴェストラ領内にて私が定めた法に則り裁判を受ける権利がある!」
皆はそれを聞き、顔を見合わせた後……笑顔で頷き合った。
数時間後、俺達はヴェストラの騎馬隊に護衛され、一路街道をロビへと向かっていた。荷台には俺達の他にウサギの一家も乗ってぎゅうぎゅうだ。相変わらずレアとミストがトットちゃんの奪い合いをしている。それを見て優しい笑顔を見せるヒルド。
荷台の前に座る御者は俺と大家だ。馬車など扱った事はないが、とりあえず行きに見ていた行商の商人さんの真似をして……馬車は何とか前へ進んでいる。それに馬が怪しい動きを見せると、騎馬の兵隊さん達が笑いながら横から制御してくれた。
ああ、忘れていた。これから”被告人”となる予定の悪党三人組は……大家から馬車の屋根の上に縛りつけられている。最初は何か騒いでいたが、荷台から身を乗り出したミストがハサミをチョキチョキさせつつ近づけると静かになった、こえーよ。
ウサギの一家は森を捨ててロビの街へ移住する事を決めてくれた様で……住み慣れた家と先祖代々の土地を手放させるのは見ていて辛かったが、それでもあの場所にいると”再び同じ事”が起こらないとも限らない。
ロビには駐在天使のミカもいるし、街の連中は”皆ウサギ贔屓”ばかりだ。それにウサギにとって何処より安全であり、この一家のこれからの未来にも希望が持てる。それでも少し心配になり、荷台を振り向き彼等を見ると……ウサギの家族はまるで見透かした様に俺に優しい笑顔をくれた。
そうだな、前を向いて進もう!……そう俺が決めた時だった。実は初めて森を出たらしく、見る物全てが目新しいと騒ぐトットちゃんが荷馬車の窓から遠くを指して言ったのだ。
「わー!おかあさん見てー!すごーい!大きなトカゲさんがお空をとんでる!火もはいてる!」
レアも見ながら言う。
「おお、本当だ。なかなか大きなトカゲだな!トットちゃん、私もあれは初めて見たぞ!すごいな!それに美味そうだな!焼いたら食べられないだろうか?」
何……だと……?俺はあまり見たくはなかったのだが……トットちゃんの指した方向を見ると……あ、ほんとだ。黒い色して羽の生えた大きさが……20m以上のトカゲさんだ。あれ?口から火を撒き散らしながらこちらへ一直線に飛んでくるね?
――ジーザス!!あれ”ドラゴン”じゃねーか!!ふざけんな!冗談じゃねーぞ!!その時、屋根の上で領主の隣に縛りつけたゴロツキ二人が騒ぐ!
「やべえアイツだ!見つかっちまった!もう終わりだ!」
大家が屋根に向かって叫ぶ。
「”アイツ”って何かあのトカゲと知り合いみてーな言い方だな?おい!テメー等”アレ”に何かしたのか!?」
叫ぶ斧男。
「俺らの魔法の武器はアイツの宝物庫から盗んできたんだよ!やべえ!あのドラゴン……怒ってやがる!!」
驚いたような顔をし、こちらも叫ぶ領主。
「何!?お前達はドラゴンを倒して魔法武器を手に入れた”ドラゴンスレイヤー”だと言っていたじゃないか!騙したな!?あれから盗んだのか!?竜の棲家に足を踏み入れるのは”古代龍と人類の協定違反”だぞ!」
条約違反してウサギを襲ったテメーが言うか。だがそれどころではない。馬車と竜では移動速度が違いすぎる……上空から近付く”圧倒的な力を連想させる翼の羽音”。
やばい、このままブレスで全員黒こげか――!?そう思った直後、ドラゴンは俺達の行く手の街道に降り立った。恐れおののく馬達。そして、その竜はゆっくりとこちらへ首を向け……喋ったのだ。
「臭うぞ、止まれ人間。我が宝物庫より宝剣を盗みしは汝等か……?」
……喋ったのである。




