救い無き戦い
こんにちは!ワセリン太郎です!
今日は途中悲しいお話となります……苦手な方はご注意を。
レアの華麗な飛び膝蹴りが、流れる様に領主の顔面へと吸い込まれていった。
声もなく崩れ落ちる領主のオッサン。顔を抑えて転げまわっている……うわ、マジで痛そうだ。実際のところ、人間は全くの無防備で想定していた以上の痛みを受けると声も出ない。ゲス領主ではあるが少し気の毒に思いつつも……俺達は素早く人質に取った。主を人質に取られて慌てる衛兵達に、領主を羽交い絞めにしたまま大家が叫ぶ。
「おら!テメー等道をあけろ!コイツがどうなってもいいのかコラ!?」
流石に手が出せない衛兵達……この場面だけ切り取るともはやどちらが悪党なのかわからないな。しかし時間もないので横から領主を小突いて”秘密の抜け道”の在り処を聞き出す俺。
「おい、オッサン!この屋敷に街を出る秘密の通路がある筈だ、死にたくなけりゃさっさと教えろ。じゃなきゃアンタが呼びつけた”英雄様”達みたいにとんでもなく酷い目に合うぜ?抜け道さえ教えれば開放してやってもいい」
腫れ上がった鼻を押さえていた領主がよくわからない様な顔で答える。
「秘密の抜け道……?なんだそれは??そんな物はここにはないぞ?」
大家に”やっちまえ”とサインを出す俺、締め上げる大家に剣で尻をつつくミスト。
「あいたたたたた!本当だ!ここには抜け道はない!作ろうとは思っていたがカネが足りなくなって……いたたたた!!やめろ!血が出てる!」
ちょ……マジかよ。この領主は俺達が何者なのかは知らないし、この状況なので恐らくさっさと街から出ていって欲しい筈だ。抜け道さえ教えれば命の危険は去るので嘘を吐く意味合いも薄いと思われ。
「おい、マジでないのか……?」
「ないもんはない……」
発案者のレアを見ると……あらぬ方向を向いて下手な口笛を吹き、ごまかそうとしていやがる。これはアレか……?まーた無駄に騒ぎを大きくした訳だ。いや、しかし領主を人質にしていれば正門を通過できる。やり方を切り替えよう。
「それじゃオッサン、馬車を用意させろ。さっきアンタの屋敷の馬小屋に、馬と荷車があるのを見た。」
「わ、わかった」
衛兵に顎で”行け”と指示を出す領主、慌てて衛兵が下の階に向かったのを確認して俺達も階段を降りる……が。そこは火の海だった。
ちょ!?何だこれ??うげ、馬小屋が燃えてる……俺は大家が火の付いたタバコをポイ捨てしたのを思い出す。何つーことをしてくれたんだ、このオッサンは……
燃え広がる炎は領主の邸宅にも移ろうとしていて衛兵達が必死に消火活動をしているのが見えた。そりゃこの騒ぎだ、屋敷内に領主を助けに来た人数が少ないはずだよ……しかし注意して見ると馬と荷馬車は退避させられ無事のようだ。
衛兵達に離れるように指示を出し、手早く馬を荷車に結びつける。賢いヒルドは追って来られない様に他の馬の鞍の紐を切り、衛兵達に言った。
「貴方達には悪いが、一人でも追っ手が見えたら……その場で領主の命は無いと思って欲しい。言う事を聞いてくれれば悪いようにはしないと約束しよう」
”黙って従え”と指示する領主に頷く衛兵達は消火活動に向かった。やっぱこの領主、人望がないな……普通はもうちょい抵抗見せるはずなんだけどなぁ。俺達はそのまま馬小屋付近に落ちていた縄で領主を縛ると、馬車に乗せて走り出す。
おい、まさかとは思ったが、本当に誰も追って来ない……少し同情するぜ。しばらく走ると正門が見えてきたのだが……当然そこには検問が。昨日の隊長さんが俺達に停まれと手で合図する。この場は素直に従う俺達。彼なら話せばあるいは……
「おや、君達は昨日の。すまないがここは領主の指示で明日まで通行禁止となっていてね」
まだ幌の掛かった荷台の中の領主には気付いていない。領主は大家とミストが抑え付けており、”喋った瞬間に刺すぞ”と肛門付近に剣の切っ先を押し付けられていた。あれは怖い。俺は隊長さんに問う。
「すみません、あの領主が呼んだという”英雄達”はもう出て行きましたか?」
「ああ彼等か、まだ半刻……は経ってはいないと思うのだが、馬車で出て行ったよ。何か二人共……顔や体にに包帯を巻いていてね、満身創痍といった様子だった。何かあったんだろうか?」
俺はイチかバチかで隊長さんに言う。彼はロビの街出身でウサギの友人だ。
「隊長さん、実は一大事なんです。森のウサギの一家がいますよね?彼らが危ないんです。」
「――!?どういう事かね?」
俺の隣からレアが口を挟む。
「隊長殿、奴等は”英雄”などではない、領主とグルのゴロツキだ。連中の狙いは大ウサギの目玉なのだ。一刻を争う、ここを通してくれ。」
驚く隊長さんと周囲で聞いていた部下達。
「いや、しかし大ウサギの瞳はご禁制の品だ、仮に領主であっても手に掛けると重罪となる。流石にそんな危険を冒すとは……それに我々も仕事だ、領主の許可なしに通したとなれば首が飛ぶどころでは……」
俺は問う。
「領主の許可があれば……良いのか?」
「まあ、それはそうだが……」
俺は荷車に向けて言った。
「おい、主犯格!さっさと許可を出せ!」
――!?騒然となる現場、ミストから首に剣を突きつけられた領主が荷車から降ろされる。大家が領主に言った。
「おい、オッサン。死にたいなら嘘を言えよ?一瞬で楽になれるぜ?」
門番達に下がるように促すヒルド、俺は隊長さんだけを手招きする。門を通過するだけなら領主を人質に開けさせれば良い、しかし俺達の行動に違和感を覚えたのか……武器を部下に預けて彼は歩み寄る。領主に喋れと促すミスト。……そして領主は観念した様に口を開いた。
「全員速やかに門を開けよ!それと私の馬を持て!」
響く隊長の声。領主の自白を聞いた彼は俺達を信用し、十五名の部下を連れて同行する事となった。領主はとりあえず荷馬車に放り込んだままだ。俺達の証言が間違っていればその場で領主を解放し、全員で投降するとの約束で一旦話がついている。
苛立つ気持ちを抑え、騎馬隊の先導で馬車を全力で飛ばす。間に合ってくれ……騎馬に乗った兵が十名先行して向かう。隊長さんは領主の件もあるので俺達と一緒だ。時間稼ぎになるといいが……しばらく行くと森が見えてきた。そのまま森の道へ突っ込む。
――見えてきた!ウサギの家の玄関を見る限り異常は見受けられない。手前で停車し、各々武器を手に降り立つ。そして俺達が裏手の庭園へ回りこむと……そこには凄惨な現場が広がっていたのである。叫ぶ隊長。
「何という事を!!!」
目の前に広がる光景。こちらを見てニヤリと笑う英雄達。その足元には切り捨てられ、もう動かなくなったウサギの家族達……。おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん……トットちゃんを庇う様に動かなくなっていた。先に向かった騎馬隊の面々も冷たくなっている。
片手剣の形を取る”魔剣”を握る外道の片割れが足でウサギの家族達をどけ、剣を振り上げ何かにトドメを刺そうとしている……トットちゃんだ。俺の中の血が沸騰し、飛び出す俺。無慈悲に振り下ろされる魔剣、くそ!!間に合わな――!
――ガキン!!その時何者かが振り下ろされた魔剣を受け止めた。「何なんだコイツらは!?」驚く魔剣使い。そこには……背中に輝く翼を生やしたレアとヒルドの姿が。二人は武器を交差して魔剣を受け止めたのだ。ミストが走りトットちゃんを抱き抱える、良かった!生きてる!
直後轟く大家の咆哮、バーベルを振り上げて片割れの斧使いに向かって走り出す――!迎え撃つ斧使い。渾身の力でバーベルを叩きつける大家。魔斧といえども受け止めたバーベルの質量はどうしようも無かったのか、手を離れて宙を舞う。しかし大家のバーベルも折れてしまった。そのまま取っ組み合いになる大男二人、ガチンコの殴り合いだ。
ふと振り返って見るといつの間にかレアとヒルドの背中の羽は失われている。恐ろしい速度でトットちゃんの元へと駆けつけたのを見ると……一瞬だけ何か強制的に力を解放したのだろうか?俺は急いでトットちゃんの元へ駆けつけて非力ではあるが傘を構えて襲撃に備える……俺の後ろではトットちゃんを抱きしめたミストが泣いていた。
「トットちゃん……ごめん!アタシ達が遅かったから……ごめん!ごめんよ!……ごめん……」
大粒の涙を流し、トットちゃんがレア達と対峙する魔剣使いに向かって叫ぶ。
「どおじてこんなごとするのおおおお!トットたぢなにもわるいこどじでないのにぃぃぃ……おとうさん……おかあさん…………おじいちゃん……おばあちゃん……あどで……みんなでおひるごはんいっじょにだべようっで……いっでだのにぃぃぃ……」
座り込みトットちゃんを抱きしめたまま、ポロポロと涙を流すミスト。
「ごめん……トットちゃん……ごめんよ……」
その時、俺の中で何かがプツンと切れた。目の前ではレアとヒルドと交戦する魔剣使い。当然、魔剣というからには凄い力があるのだろうな、それにレア達二人を相手に戦っているあいつも相当強いのだろう。いやまあ今はそんな事はどうでもいい、殺してやろう。
ビニール傘を逆さまに持った俺はゆっくりと歩き出す、皆に背を向け玄関の方へまわり、魔剣使いの背後にまわり込むつもりだ。途中、何か落ちてないか……?念入りに時間を掛けて探す。ああ、奴等にお似合いの物がある、これでいこう。準備が終わった俺は……「おい」後ろから魔剣使いに声を掛けた。背後からの襲撃と思い振り向く”奴”。
俺の手には握られているのはビニール傘と庭に置いてあった陶器の壷、そして足元にはもう一つ同じ壷がある。左手に持った傘で奴の目を突くが、当然剣で弾かれる。コイツは昨日ミストの蹴りでノビていたので斧男の”てんぷら油事件”を見ていない。俺はヤツに言う。
「昨日はこれで斧男をやったが……今日はお前の番だ」
右手に持った陶器の壷を魔剣使いの顔面に投げつけた。……当然鎧の篭手で壷を殴る魔剣使い。次の瞬間ヤツの顔は……牛馬のクソまみれとなっていた。要は肥溜めの中身を壷に汲んできたのだ。上手く目に入った、これは好都合。俺はもう一つ拾ってきていた”同じ物が入った壷”を魔剣使いの頭に被せる、咳き込み武器を闇雲に振り回す”ヤツ”。すかさずレアがバットで手を叩いて魔剣を叩き落とし、同時にヒルドの槍がヤツの肩を貫く。ヒルドが言った。
「観念しろ、これまでだ」
相当なダメージを受け、武器も振るえなくなり観念したのか……膝をついて命乞いをする魔剣使い。
「わかった、俺の負けだ!命は取らないでくれ」
投降に応じるヒルド。おい、それじゃダメだろ?俺は逆さまに持ったオリハルコン製のビニール傘を手に、ヤツの背後にまわり込み……ゴルフクラブのように股間をフルスイングした。何かが潰れる感触。泡を吹き倒れる”外道”。遠くを見ると大家が斧男にジャーマンスープレックスを決めてKOしたようだ。
そこにも走って行き、斧男にもフルスイングを決める俺。そのままトドメを刺そうとする俺を……涙を浮かべたレアが抱きついて止めた。
「太郎……もういいんだ。もういい……もう泣くな……泣くな……」
あれ?レア……泣いているのか。あれ?俺の視界も滲む。いつの間にか流れ出していた涙が止まらない。俺はそのまま崩れ落ち、レアの膝の上で優しく抱きしめられながら……大きな声で泣いた。
それからどの位経っただろう?トットちゃんを抱きかかえたままミストが立ち上がる。俺達も立ち、亡くなったウサギの家族や兵士達の亡骸を一所に集め、塗れたタオルで顔についた血や汚れを拭いてやる。誰の口からも言葉は出ず、それを黙々と行う。
しばらくしてヒルドが集められた遺体へ向かって何かを唱えだした。
「神よ、願わくばこの無残に命奪われし者達の魂に永遠の安らぎと……云々」
……神だと……!?そうだ、忘れていた。いるじゃん、この酷い現場をどうにかしてくれそうな爺様が。隣でトットちゃんと涙を流して祈りをささげるミストに声を掛ける俺。
「おい、ミスト!おいってば!」
「何だよ太郎、アタシは今祈りを捧げてるんだ……こういう時は邪魔すん……」
「んなもんどーでもいいんだよ!聞けよ!」
「どーでも良くねーだろ!喧嘩売ってんなら買うぜ!?」
下からトットちゃんが悲しそうな顔をして言う。
「おにーちゃん、おねーちゃん、けんかしないで……?」
「あ、大丈夫だよ?これは喧嘩じゃないからね……?」
俺は”耳を貸せ”と彼女を呼ぶ。ヒルドに悟られないように……どうせ厳格な彼女にバレれば怒られる。恐らく”命の復活”はご法度だろう。怪訝な顔をしてミストは顔を近付けてくる。
「なあ、ミスト。神様に連絡できないか?」
「そりゃできるけど……どうすんのさ?」
俺はニヤリと笑って答える。
「全員生き返らせて貰うんだよ」
ハッ……とした顔をしたミストだが
「いやー、流石に無理じゃね??確か規則で反魂はダメって見た事あるぜ??」
食い下がる俺。
「いやでも相手は神様だぜ?それにその反魂ってのは蘇生の事だろ?……それが”やっちゃダメ”って事は……出来るって事じゃん。いいか?ミスト。”社会のルール”ってのはな、破る為にあるんだよ」
――!?目を見開くミスト。
「マジかよ?太郎。ヤベーよ、何だかお前”大人の男”ってカンジだぜ……”社会のルールは破るためにある”か。よくわかんねーけど胸に響いたぜ……ヤッベー、超カッケーな!!」
よし、アホが食い付いた。適当に言った俺の言葉の何処が彼女の琴線に触れたのかは全くわからないが……祈りを捧げるヒルドの隣で黙祷するレアの頭に小石を投げつける俺達。
怪訝な顔をして振り向くレアをこちらに呼ぶ。ホイホイ寄ってくるレア。先程の内容を耳打ちすると……
「何と……太郎。お前……とても頭がいいな!!私は思いつかなかったぞ!!」
抵抗すらしなかった。そもそもコイツは天界のルールすら覚えていない可能性が高い。ヒルドに言うと絶対怒られるぞ?と脅す俺に頷くレア。よし、レアとミストは味方につけた。俺は不思議そうな顔をして見上げるトットちゃんの頭を撫でると……二人に告げる。
「よし、作戦開始だ」
そう言った俺の目には、希望に満ちた笑みでニヤリと笑う”頼もしいアホの子達”が映っていた。




