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書記係とお茶汲み係

こんにちは!ワセリン太郎です!

昨日は深夜にふらりとラーメンを食べに行ってきました!おいしかったです!

「しっかし何かこう……辛気臭い街だよなー」


 頭の上で手を組んで前を歩くミストの言葉に、俺も頷く。


 先程検問を無事に通過し商人さんと別れた俺達は、ヴェストラの街のメインストリートを当てもなく歩いているのだが……


 見上げると城壁に囲まれているからなのか、空が随分と遠く感じられて窮屈。往来を行き交う人々の顔にもロビの街のような朗らかさは微塵もは伺えず、よそ者の俺達に向けられる視線もどことなく陰鬱なものだ。


 陽が翳り、辺りが少し暗くなりつつある。


 来る途中にウサギの一家のお宅に随分と長居してしまった為、もう夕方と言っても良い時間だ。とりあえず急ぎ、今夜の宿を探す事にした。


 しばらく適当に歩くと、宿貸しらしき看板が見えてきた。


「あれって宿泊施設かな?」


「ええ、そうですね。泊まれそうか聞いてきましょう」


 そう言ったヒルドが代表し、宿泊可能か確認を取りに入っていったが……まもなく首を横に振りながら出てくる。


「……だめ?」


「ええ、何でもこの宿には”領主の呼んだ客人”とやらが宿泊しているようで、数日は他の客をとらないそうです」


「それって、例の“英雄”だか何だかって人達?」


「ご主人の話では、どうもその様です」


 流石、宿泊客の個人情報ダダ漏れだな。現代の日本では、こうはいかない。


 『仕方ない、じゃあ他の宿を探すか』と言いかけた俺に、珍しく大家が悪くない提案をした。


「なあ、その”英雄様”だか何だか知らねえがよ、そいつらが”例の怪物”をブッ飛ばしにいくんだろ? ならよ、近くの宿を探して、連中に張り付いた方がいいんじゃねーか?」


 突然のまともな案に、俺とヒルドが顔を見合わせて驚く。ああ、それは妙案かも知れない。それなら確かに、闇雲に情報を求めて駆け回るより、”凶悪モンスター討伐隊”の動きを楽に把握できる可能性が高い。


 顔を見合わせたまま頷く俺達。


「あんだテメーら。俺様が、まともな事言うのが珍しくてしょうがねえって言いたげなツラはよ! ぶっ飛ばすぞケンベン!」


 ブッ飛ばされるのは俺だけかよ……


 一人憤る大家を放置し、周囲を見渡すと……どうやらこの辺りは宿の密集区画のようで、三軒先にも別の宿らしき建物が見えた。


 あそこに部屋を取れれば、通りに面した窓から連中の出入りを視認できるかもしれない。


「あそこはどうだろう?」


「悪くないと思います」


 善は急げと、急いで受付に向かう。


「いらっしゃい」


「すみません、部屋を借りたいのですが……」


 


 よし、今度は何とか確保する事ができた。大家と同室というのが微妙に不満、いや不安ではあるが、まあここは仕方がない。ああ、今夜は大イビキの被害に耐えるしかないな。


 宿の主人に無理を言って通りに面した部屋を確保できたので、皆で三階の(その)部屋に集まり、交代で食事を取りながら”英雄様達”のご帰還を待つ事にした。その間、ヒルドは一人で街へと情報を集めに向かう事に。


 俺が、味の薄くて硬いパンを千切りながら喉を詰まらせそうになっていた、その時である。ミストが、とある異変に気付いた。


「なあ、その”英雄様”ってヤツは二人組なんだよな? えっと、何か通りの向こうからフード被った怪しい三人組が歩いてくるんだけど」


 気になって、窓からこっそりと外を覗く。


 あ、ホントだ。フードを被って武器を持った二人組、それとまた似た様な格好をした手ぶらの人物。合計三人が、通りをこちらに向かって歩いてくるのが見える。


 既に辺りは薄暗いし……フード?? 何か顔を見られてはいけない理由でもあるのだろうか? しかし何処からどう見ても怪しい連中だな。もし彼等がこちらの予想する人物達だとしたら……あれでは英雄様というより、まるで暗殺者か何かだ。

 

 俺はここぞとばかりに、自宅から持参した”デジカメ”を取り出し、最大ズームでこっそり撮影する。レアが『おお! 何だそれは? もしかしてそれがカメラというやつか?』と騒ぎながら、手元を覗き込んできた。へぇ、カメラは知ってるんだ。

 

 そのまま彼等を観察していると、やはり例の宿へと入って行く。


 撮影した写真を見てみるが……やはり三階から撮影した為、フードの中の顔までは見えなかった。


 しかし街の領主が呼んだ来客が、わざわざ顔を隠して宿屋に入る……? もし彼等がそうならば、この場合、もっと堂々としてても良いモンじゃないのか? そもそも、領主の館に宿泊させても良さそうだけど。街の名主なんだし、自宅に来客を泊める部屋ぐらいあってもおかしくないだろうに。


「俺、ちょっと行ってくるわ。皆はここで動かずに待ってて」


「まかせろ!!」


 レアよ、身体の動きまで止めろとは言ってないぞ。まあいいや……


 兎に角。何か違和感の様なものを感じた俺は、デジカメを布に包んで外へと飛び出した。



 部屋にアホ三人を残してきたのは少々気になるが……”今は観察するだけ”と言ってあるので、流石に余計な事はしないだろう。そういった意味では、これまでに数えきれない程の前科を抱えているこの連中だが……とりあえず、何もしない事を祈ろう。頼むよ、割とマジでお願い。


 先程の三人がすぐに宿から出てくる確証はないが、とりあえず事態に備えてカメラの設定を弄る。この世界の住人はカメラの存在こそ知らないだろうが、流石にストロボを浴びせられたりしたら『何事か!?』と思うに違いないので、フラッシュはオフにし、撮影音も最小にセット。えっと、後はこのISO感度ってのを最大付近まで上げれば……


 宿の反対側の食堂に入り、窓際の席からズーム最大で宿の出入り口を撮影してみる。ちゃんと写ってるだろうか?


 おお、結果は上々だ。食堂側に灯されたランタンの明かりが強いからかもしれないな、多少薄暗くても問題はない様だ。でもちょっとノイズが多いな。ISOを少し下げて、シャッタースピードとかf値なんかを色々イジってみるが……ダメだ、カメラにあんま詳しくないのでわかんないや。とりあえず、オート撮影の設定に戻した。


――カシャ――


 おいおい、暗がりで使った事がなかったから知らなかったけど、随分と綺麗に写るじゃんか。やはり素人が通ぶって色々やるものではないな。


 それから二度目の夕食を食いつつ、そのまま待つ事二十分。おっ、誰か出てきた。


 宿の玄関には例の三人。店内なので外には聞こえないだろうが……周囲に人がいるので撮影音を殺す為、大げさに咳き込みながらカメラで連射する。いいぞ、そのまま動かずに談笑しててくれ。


 暫く経つと……おや? 武器を持った二人は宿に残るようだ。という事は、あれが例の英雄様ってやつか? そのまま武器を持たない一人が、軽く手を上げ宿を離れた。


 俺は手早く勘定をすませると、その人物を尾行することにした。後ろから見たところ、背格好からして中年男性だろうか?


 彼は足早に歩き、周囲を警戒しながら路地を行く。感付かれない様、少し離れて後を追う。


 しばらく行くと……目的地はあれか? 随分と他より立派な建物だ。容易に進入出来ない高さの塀に囲まれた、レンガ作りの豪奢なお屋敷。


 その人物は玄関ではなく裏口へと回り込む。そして裏口の扉をノックした男は……待ち構えていた様なタイミングで開いた覗き窓の様なものに向けてこう言った。


「私だ、開けよ」


 間もなく扉が開き。中からは門番らしき、武装した兵士が二人。


「領主様、おかえりなさいませ」


「うむ」


 あれは領主本人……だったのか??


 そのまま男は屋敷へと消えていった。


 えっ、あれが領主だったのか? そもそも俺は領主の顔も知らないが、でもまあ、あの状況からして間違いはないのだろう。


 このままここに居て衛兵なんかに見つかり、職質されても良くないので……俺は、皆の待つ宿へと急いだ。




 戻った後、写真を確認した俺達は……フードの男達の顔を確認する事に成功。ほんと最近のカメラってすごいね、安っすいヤツなのに。


 それを見たヒルドが一言。


「間違いない……領主です。私は以前ヴェストラへ来たことがあり、演説中の領主を見た事あるので間違いありません。しかし何故、領主と英雄とやらが密会を? 普通に会えば良いものを」


「だよな? 何か引っ掛かったんで……俺も尾行なんて柄にもない事しちゃったんだよ。ちょっと怖かったぜ」


「太郎。今回はお手柄ですが、あまり単独で行動するのは感心出来ないですよ。場合によっては危険な状況を生むかも知れませんし」


「ごめんヒルド、気を付けるよ」


 横から口を出すレア。


「それはな、知られたくない事があるからに決まっているのだ! ほら見たか、この私の鋭い洞察力! えっへん!」


 アホの子レアでも、何か変だと思っているようだ。


「それでヒルド、そっちは何かわかった?」


「ええ。先程、街中で情報を集めてみたのですが、不思議な事に、モンスター討伐には”ヴェストラ自警団”は参加せず、領主に召集された来客達だけで、モンスターの対処にあたるとの事です。何でしょう、彼等は傭兵なのでしょうか」



 外を監視しつつ、おつまみを頬張るミスト。


「でもさ、何か変だよなー。”誰も見たことないモンスター”に……英雄っつっても要はカネ目当ての傭兵だろ? 知らんけど! それを二人だけで向かわせるとか。ありえなくない? でっけー大型モンスターとかだったらどうすんだろうな? まあ魔法帯びた武器持ってるとか言ってたけど」


「まあ、確かにそうですね」


 俺達が”変”だと感じ、こうして監視しているのも、あくまで直感で感じたものに従ったまでであり、別に領主達が何か妙な事をしている……という確証はどこにも無い。しかし、俺の表情から察したのか、床で気分良く酒を飲んでいた大家がこう言ったのだ。


「あのなケンベン。オメーも何かわからねえが”怪しい”って思ってんだろ?」


「はい」


「ソコは俺様や他の奴等も一緒なんだわ。良くわからねえが、”怪しい”って思ってるワケよ。そしたらそれはよ、怪しいって事なんだよ。勘ってヤツはあながちバカに出来ねぇ。結局よ、”多分、何かある”んだが、”俺達がそれをまだ知らねぇねえだけ”って事だと思うぜ? 火の無い所に煙が立つのは、便所タバコと放火ぐれえのモンよ。あとオメー知ってっか? アレタバコ吸ってもよ、大体の便所は火災報知機は鳴らねーんだぜ?」


 確かに……ある意味で、大家の理論は根拠の無いトンデモ系であり、加えて最後の例えは良くわからないが、何故だかモヤモヤしている心にしっくり来た。一度、話を整理してみよう。


「よし、みんな一旦整理するぞ? まずは領主の人柄だ。彼はとても名君とは呼び難い人物で、度重なる重税を掛けたり、街を囲い込んで住民の自由を奪い、おまけにお抱えの自警団を盾に圧政を……というより恐怖政治に近いのか? と、まあそんな感じで、住民の反感を買っている……でいいよな?」


 ヒルドが頷き、答える。


「大筋では間違いないかと」


 俺は再び続ける。


「で、そこに”例のモンスター”が現れるワケだ。ちなみにコイツを”見た”という証言は今現在、聞き込みをした範囲では一切取れていない。領主のおふれによると、そのモンスターは”街道を行く行商を襲う”……という話だ。しかし俺達が乗せて貰った商人さんも、”噂には聞くが一度も見たことがない”と。これはロビの街の食堂で聞いた話も似たようなものだったよな」


 大家が、何か考える素振りを見せつつ、煙草に火を付けた。


「おう、それな。俺様は思うんだがよ、そもそもケチ臭え領主が、道行く行商の命を助けて何の得があるんだ? その怪物のせいでこの街に商人が全く来なくなってるなら、ハナシは別だがよ。実際、こうやって俺らも商人の荷車に揺られてきたワケだろ? それにその”英雄様”だか何だかを呼んで来るのも、タダじゃあねえハズだ。守銭奴がわざわざカネ掛けてまで他人を守るか? そうは思えねえな」


 流石だ、悪党の事は悪党に聞くのが一番早い。まったく、仰る通りだと思う。


 ミストも、俺のカメラを興味深げに触りながら呟いた。


「アタシ良くわかんないけどさ、コイツら儲け話か何かの為に、グルになって芝居打ってるんじゃねーの? って事? あっ!ちょ!みんなコレ見てよ、ウワひっでーツラしてんなぁコイツ等、きんもー☆」


 何事かと思い、ミストがイジっていた俺のカメラを皆で覗き込む。そこには、拡大された”英雄様達”のご尊顔が。


 ほぼ同時に全員が呟いた……


「立派な……ゲス顔だ」


 人を顔や見た目で判断してはいけないというのは当然の事なのだが……そこに写っていた彼等の顔からにじみ出る”明らかにゲスい雰囲気”は隠し様のないものだった。


 ひねくれ者、腹黒そう、陰湿そう、屑っぽい、と色々と表現はあるが……ここまで全部当てはまりそうな連中は、世界広しといえどもなかなか居るまい。それにどちらかと言えば、英雄というより山賊と呼んだ方がしっくりくる様な風貌だ。


 レアが突然、俺のパーカーのフードを後ろから引っ張った。ちょ、おま、ムチウチになりそうな勢いで引っ張んな!!


「おい、アレはそいつら二人組じゃないのか?? 何処かへ出掛けるようだぞ? 本当にきもいな!!」


 きもいって……出かけるぐらい許してやれよ。しかし、お仕事の時間だ。大家は夜でも巨体が目立つので、追うのは俺とレアとミストの三人とした。甲冑を脱いだとしても、ブーツがガチャガチャと音を立てるヒルドは適任ではない。面子がかなり不安を感じるが……仕方ない。俺達は宿を飛び出し、尾行を開始した。


 路地を行く、フードの男達。


 尾行に感付かれない様、距離を保ちつつ追いかける。先程の領主より勘の良さそうな相手ではあるし、二人共何か妙な威圧感のある武器を持っているので……何かある事だけは避けたい。


 しばらく歩いた後、二人組は酒場へと入っていく。


 俺達も少し時間を置き、追って中へ。


 店内が人でごったがえしているのを期待していたのだが……残念ながら、このヴェストラの街の景気は話に聞いた通り良くないらしく、最悪な事に、店内の客はさっきの二人組と俺達だけだった。


 何を話しているか聞き耳を立てたい所だが、近づき過ぎると怪しまれるのがわかりきっている以上、離れたテーブルへ腰を下ろす。


 横目で彼等をチラリと見るが……小声で何かひそひそと話しているのはわかるが、ダメだ、全く聞き取れない。


 もう少し近づければ……


 すると、ミストがポケットからクマさんの絵柄のメモ帳とペンを取り出し、二人組を見ながらものすごい速度で何かを書き込み始めたのである。


 コイツ何をしているんだ? 興味に駆られて覗き込む。えっと、なになに……?


[ようやく明日だな]

[ああ待ちくたびれたぜ]

[領主の野郎はうまくやってくれるんだろうな?]

[ああ、通行止めにして目撃者もなくすそうだ。まあ見られたらソイツも殺せばいいだけだがな]

[へっ、違いねえ]


 ――!?


 この娘は一体、何を書いているんだ??


 俺の訝しげな視線に気が付いたのか、レアが小声でこう言った。


「何を驚いているのだ、太郎。我々天界の者には”言葉を概念として理解する力”があるのだぞ。声は聞こえずとも、会話している口の形が見えれば話は筒抜けなのと同じだ」


「マジか!?」


「それにミストはな、戦乙女寮の会議の時に書記をしていたのだ。何故だか知らんが、私とミストは発言をする度に皆から怒られていたのでな。ちなみに私はお茶を配る係りだったのだ、凄いだろう?」


 いやいや、そんな無茶苦茶な……俄かに信じられん。だが今は都合が良い。


 注文した酒を飲みつつ、ミストの書くメモ書きに注意を向けた。するとそこには、目を疑う様な、とんでもない内容が書き出されていったのだった。

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