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雲行きは怪しく

こんにちは!ワセリン太郎です!

ぼくは今日も元気にインフルエンザです!タミフル飲むと奇行に走る事があるようですが、良く考えると日常的に言動のあやしいぼくには特に効果はないようです!よかった!

「おう、なかなかいい宿じゃねーか!」


 ミカの経営する宿に着くなり大家が絶賛する。実際もっとこぢんまりとした宿を想像していたのだが……結構大きい。木造二階建て、俺の住むアパートと比較しても部屋数はかなり多いんじゃないだろうか?外観も内装もしっかりしている。「えへへ」とまんざらでもなさそうな彼女が俺達を部屋に案内してくれると……なんと!!個室だ、これは嬉しい。


「あーそうだ、みんな部屋の物は好きに使ってくれていいからねー?」


 ありがたい、藁のベッドで寝る羽目になるんじゃないかと思っていた俺には十分嬉しいサプライズだ。割り振られた部屋に一旦荷物を置き、身軽になった俺達は一階の食堂に集められた。テーブルにはミカがお茶を入れてくれている。


「えっとね。君達の住んでいる地球、あそこと比べてアタランテは交通網が発達してないのさ。文明レベルから考えると当たり前ではあるけれどね。でもそれじゃ天界から視察に来たときに不便でしょ?それでこの世界の主な都市には必ず天使が駐在していて”移動用魔法ゲート”を管理してる。つまり君達がどこかへ行きたい場合は私達”管理者”に声を掛ければ、簡単に目的地の近くまで飛ぶ事ができるんだよ、ただし駐在天使のいない街や偏狭の村なんかは最寄の都市から自力で移動する事になるけどね」


なるほど、便利なんだな。そう考えているとヒルドが口を開いた。


「ミカ。それはそうと、今回の主目的なのですが……」


 ミカが答える。


「ああ、それね?事前に神様から連絡は来てるよ。モンスターの異常発生の原因調査でしょ?ただ、ロビの街周辺では数が極端に増えたりはしてないから……そうだねぇ、最近噂に聞くのは少し南の方にある街の近くかなぁ。でも詳しい内容までは良く知らないんだ。あそこには駐在の天使もいないしね」


 頷きながら地図を広げて問うヒルドとそれに答えるミカ。


「つまり実際に行ってみるしかないという事か……ここから南の街といえば”ヴェストラ”ですね」


「そうだね、ヴェストラだよ。あそこは最近領主が代わってあまり良い噂を聞かない街なんだけど……行ってみる?まあ私としてもあそこの情報が貰えると助かるのだけど」


 俺は彼女達に尋ねる。


「なあ?そのヴェストラって街まではどのぐらい時間が掛かるんだ?駐在天使がいないなら移動用の魔法ゲートが使えないんだろ?馬車か何かで行く事になるんだろうか」


 頷き肯定するミカ。


「そうだね、ヴェストラまではロビから馬車で……半日未満って所かなぁ。今から出てもちょっと遅いから、明日の朝早くに出発するヴェストラ行きの荷車を押さえておくよ」


 行き先も決まり、腹も減って来たので俺たちは街の食堂に繰り出す事にした。食堂と聞いて急に元気になるレア。コイツは多分明日の行き先も理解してはいまい……何故なら話し合いの時にずっとテーブルの下で手遊びをしていやがったのだ。


 にぎやかなロビのメインストリートを少し歩くと、ナイフとフォークの交差したデザインの看板があるのをミストが見つけた。


「なあ?食堂ってアレじゃねーの?アタシも腹減ったし早く入ろーぜ!」


 古い西部劇に出てきそうな雰囲気の店だ。映画では良く見た光景だが、実際に見るのは初めてだ……何だろう?とても感慨深いものがある。俺達が店内に入ると中は人でごった返していた。


 とりあえずテーブルに着き、店員さんのオススメ料理を人数分頼む。俺と大家はとりあえずビールだ、しばらくして木製のジョッキに注がれたビールがテーブルに置かれると……俺と大家は一気に喉へ流し込む。

 くうっ!生温い!!しかしクセがありクリーミーで独特の味わいだ。これは……ヴェルテンブルガーのどれかに近い様な感じだろうか?場の雰囲気も手伝っているのかもしれないがなかなか悪くない。

 

 そうこうしているとテーブルに料理が届く。あれ?これは思ってたより美味そうだ、まあそのうち和食が恋しくなるのかも知れないけど。そうして俺達が”食べた事のない謎の料理の数々”をつついていると……隣のテーブルにいる酔っ払いオヤジ二人組の話が聞こえてきたのだが少し気になる内容だった。気が付くとヒルドも聞き耳を立てている。


「おい!聞いたかよ。ヴェストラの街の話だ。何でもヴェストラ近くを通る行商の連中を襲う”凶悪なモンスター”がいるらしくてな、どんなバケモノなのかは俺も知らねえが……ともかくだ、ソイツを退治する為にあそこの領主が魔剣だとか魔斧だとかを持った”二人組の英雄様”を呼んで来てるらしいぜ?」


 相方のオヤジが答えた。


「ああ、その話か。だがよ、俺もこないだあの辺りに仕事で行って噂は聞いたんだけど……そんなバケモノは見なかったぜ?見たと言えば街の外れの森に大ウサギの一家が住んでるだろ?アイツら位のモンだ。でも連中は悪さする様な奴等じゃねえしなぁ、可愛いモンよ。その時も通るついでに野菜の種とパンを持って行ってやったら大喜びしてな、少し気にはなって聞いてはみたが……大ウサギ達も”噂のバケモノ”は見たことないって言ってたぜ。それに興味半分に仕事先のヴェストラの連中に聞いても皆首を振るばかりだしな……」


「だけどよ?ヴェストラの領主が大々的に”行商を襲う巨大なバケモノを討伐する”って張り紙までしてるんだぞ?それに明後日辺りから街の出入りも規制されるらしいぜ?検問張って行商の連中も暫く通れなくなるそうだ。そりゃ”何かが”いるんだろうよ。俺は今日の昼にヴェストラから戻って来たんだし間違いねえよ」


「そうか……あの大ウサギの一家が襲われてなけりゃいいがなぁ。”オマエらも安全だしロビに来ねえか?”って聞いたら先祖代々守ってきた畑があるからって言っててなぁ」


「なるほどなぁ。だがまあ、住んでる土地を離れられねぇ気持ちも……わからんでもねえなぁ。だがよ、やっぱウサギ達はロビに来た方が安全だよな!密猟野郎なんかからも街ぐるみで守って貰えるしな、俺も今度近くを通ったら移住を勧めてみるぜ!」


 へえ、この(ロビ)で大ウサギ達は愛されてるんだなぁ……所詮は他人事ではあるのだが何故だろう?少し嬉しくなる。

 しかしヴェストラという街はどんな場所なのだろう?ミカの話では、最近領主が交代してからあまり良い噂を聞かなくなった……と。物騒な荒くれ者達が集う街……じゃなけりゃいいなぁ。


 ヒルドと目が合い、お互いに頷く。彼女も大体の事情(ウワサ)は把握した様だ。噂なので有力なものではないかも知れないが、ヴェストラに着くまでに何も情報がないよりは随分マシだ。これで情報収集の方向性は多少絞れる。ふと俺の袖をミストが引っ張る。


「あのさ太郎……アタシこのピーマンの親戚みたいなヤツ苦手なんだよな……食べる?」


「ミスト、そのピーマンの親戚みたいなのを作るのにだな……農家のおじさん達がどれだけ時間と愛情を込めて育てたかわかるか?はい、食べなさい!」


「うげえ、それ言うかよ……ちくしょうめ……」


 思ったより素直に食べるミスト。案外コイツは口は悪いがどことなく”いいとこのお嬢さん”っぽい雰囲気があるように思う。面白いので比較してレアを見てみよう。うん、自分の皿に盛られた分は既に食べつくし、俺の皿に乗った料理ジッ……と覗き込んでいる。涎拭けよ、こっちはまさに獲物を狙う野生動物だ。


 店を後にした俺たちは宿に戻って先程食堂で耳に挟んだ話について議論していた。俺達……と言っても真面目に会話をしているのは俺とヒルドだけだ、レアとミストは宿屋の受付にいる大ウサギ種をモフる為に飛んで行き、大家に至っては持ち帰りで買った酒をガンガン飲んでご機嫌な始末。話を進めよう、ヒルドが口を開いた。


「太郎、先程の話ですが……貴方はどう思いますか?ヴェストラの領主が傭兵だかを雇って”誰も見たことのないモンスターを討伐する”……という話だが、私はどうもきな臭い感じがします。これはあくまで私の勘の域を出ないし、隣のテーブルの御仁達の会話が正確という保証もないが……」


やはりそこだよな、俺も少し気にはなる。


「ああ、やっぱソコが気になるよなぁ。もし本当に”怪物”がいるなら行商の人達も危険に晒されるだろうし、ただ”目撃者”がいないってのがなぁ……何かおかしくないか?もし誰かが見たことあるならさ、”こんな姿の恐ろしいヤツだった……”みたいに話に尾ひれが付いて広がる筈だと思うんだよ。もし目撃者全員がパクッといかれたならそもそも噂すら立たないかも知れないけど、でも領主まで乗り出してるって事だったよな?領主が都市伝説レベルの噂話で実際に動いたりするだろうか……?そういやヒルド、そういやコレって俺達の”仕事”の案件の範疇に入るの?」


 頷き肯定するヒルド。


「ふふっ、残念ですが”通常その地域にいるはずのないモンスター”というのは我々の調査対象です。当然その地域の人間達が自力で対処できる様なら手出しは無用ですが……」


 俺はテーブルに引っ掛けたビニール傘を見る、一体どんな怪物なんだろうか?とても不安だ。

 

 話は少し遡るが、実は俺の傘とレアのバットには出立時に神様から封印が施されている。理由は簡単、”危険すぎるから”だそうな。

 まあそりゃそうだろう、太い鉄の手摺を果物でも切るように寸断するビニール傘に”重力兵器”と化したイカレた金属バットをおいそれと人目につく場所で使える訳がない。

 俺のビニール傘については多少規制が緩いらしいのだが、レアのバットに関しては”少しだけ魔法で重量が加算される金属バット”になっている。ただ二本共、パッ君印のオリハルコン製で”絶対に折れない”らしいが。


 まあ、ヒルドやミストの武装は”常識の範囲内”で魔力の恩恵を行使可能な物らしいので戦力的に不安はないのかも知れないな、それにとんでもない鈍器を携えた大家(マッチョマン)もいる事だし。さて、夜も更けてきた事だし結論を出そう。


「ともかく今は色々考えても情報が少な過ぎるし、明日直接ヴェストラへ出向いて嗅ぎまわってみるしかないか……」


「そうですね、明日は早いのでそろそろ解散して休みましょうか」


「そうだな、じゃあ俺は他の奴等捕まえて部屋に放り込んでくるわ。アイツ等放っておくと深夜まで騒いでそうだし」


「ありえますね、私も手伝いましょう」


 それから暫くして部屋に戻った俺は自室のベッドの上で考えていた。月給三十五万に釣られ、勢いでこの異世界(アタランテ)の大地へと来てしまったが……仮にモンスターや野党なんかと戦闘にでもなったらどうしよう、俺は戦う事ができるのだろうか……?

 

 ここは平和な日本じゃない、そういった事態が日常的に起こりうる危険を孕んだ場所だ。調査確認だけで済むといいけど……いや、もう考えるのはよそう、まだ何も始まっていないのだ。俺はそのまま眠りに落ちた。どうでもいいが隣室の大家のイビキがかなりうるさかった。

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