ツナギと共に去りぬ。
次回、第4話になんとあの有名な聖剣エクスカリバーが登場します。ちなみにエクスカリバーは信頼性で他国の追随を許さぬ日本製です。メイドインジャパン。突然爆発したりしません。安心して使えます。
「とりあえずはこれで補修完了か……」
レアから大体の事情を聞いた俺は、現実逃避をする為に……引き千切られた玄関の扉を一人で修理していた。
つーかこの玄関……大家さんにバレたらどーすんだよ!? 絶対ブッ殺されるよ? 多分……俺が。ウチの大家さん、ムキムキの茶髪ロン毛で黒マッチョなんだぞ? 日サロでわざわざ焼いてんだぞ? あとあの人、理屈とか一切通じねぇし、マジでどうしよう……
しかし、そんな事より今一番の問題はレアだ。
『我は戦乙女』などと、”専門的な施設での精密検査の受診”を勧めたくなるような事を堂々と宣ってるので、まあ危ない奴だとは思ってはいたが……
まさか『ささやかなテロ』を巻き起こしていようとは、流石に俺の予想の範疇を遥かに超えていた。
さっきからパトカーがかなりの数巡回してるし、本人の雰囲気から虚言とも思えない。大変なヤツを自宅にあげちゃったよ……
いやいや、無理矢理、侵入してきたのだが。
しかし一体何をどうすれば、単なる万引き犯がパトカーを奪って交番をブッ潰す様な事態になるのか? 先程レアの回想にて聞いた話の詳細を思い出したくない。もう嫌だ!
「はぁ……」
溜息しか出てこない。部屋の奥の方からは相変わらず、あんぽんたんの能天気な声が響く。
「おい、貴様知ってるか? 溜息をつくと幸せが逃げてゆくらしいぞ!」
うん、あなたのせいでね。ふと視線を落とすと、玄関に置かれたレアの怪しい甲冑ブーツが目に留まった。
金属……なのか? これは。
気になり触れてみると、炭素繊維強化プラスチック、所謂カーボンの様な触り心地。だが押し込んでも全くたわまない。異常な強度と羽の様な軽さ、見た目はプラチナの様な輝き。仕事上、金属類に多少の馴染みがあるのだが……正直、こんな素材は見た事もない。
触れた手の感触が欺かれる。
背中越しに自慢気なレアの声が響いた。いつの間にか、俺の背後に立っていたらしい。
「不思議か? ミスリルは初めて見るか?」
今、何つった?
コイツ。ミスリルって……ゲームや映画なんかに出てくるアレか?
「ふふっ、そう。ミスリルとは我々戦乙女の武具に云々~」
ああ、そうか。俺、コイツの相手をして疲れてるんだな? それで頭だけじゃなく、手の感覚までおかしくなってきたのか。糖分不足というやつだな、うん。
ああ、甘いものが食べたい!
っと……そういえば大切な事を聞き忘れていた。
「あのさレア。お前さ、いつ帰ってくれるの?」
「うん??」
「いや、『うん??』じゃなくて……」
レアは不思議そうな顔をして答える。
「いや、行く所がないから暫くここにいるぞ?」
えっ……!? いやいやいやいや!!
「あのね? お宅、いまや立派な犯罪者なんですよ!? 匿ってたら俺も同罪になるじゃん? 俺、法律とか詳しくないから良くわからんけどさ、きっとそうなるよ!? ねえ、諦めて自首しない!? いえ、強くお勧めします!!」
「ホーリツ? ジシュ? 大丈夫だ。私は戦乙女だからな!」
ダメだ! この”アホの子”とは会話が成立しない。何とかして追い出そう。
そういえば普段は車通りが少ない我が家の前だが、先程からやたらと走行音が響く。
ああ、きっとアレだ。日本国民、誰もが知ってる”パンダカラーの公用車”に違いない。音の響く間隔が短くなって来てる気がするが……それ以上に嫌な予感がする。
コイツの風貌は歩いてるだけで相当に目立っただろうし、付近の目撃談から”捜索範囲の包囲網”が時間と共に狭まって来ているんじゃないだろうか? 自宅に警官隊が突入とか笑えない。
せめて玄関から優しそうな刑事さんが……そう考えているとレアがぽつりと呟いた。
「しかし貴様の言う事も一理あるな! 劣勢だ、我慢ならん。こうなると此方から撃って出るしかないが……先ずは武器が必要だな、うん」
ちょっと! 君、何言いだすの!? やめて! 俺は自首を勧めただけで、おまわりさん達と交戦しろなんて一言も言ってない! しかしレアは、表情が固まる俺を気にも留めずに続ける。
「おい、この部屋に武器はないのか? どこにも見当たらないのだが」
武器? 世の中には美術品として日本刀を持ってる金持ちとかいるらしいが……このエアコンさえ買い渋っている、万年貧乏の薄給サラリーマンの俺の部屋に、そんな立派なモノがあるわけがない。自分で言ってて少し泣けてくるぜ。
「あるわけねーだろ、バカタレ。日本では武器の単純所持も許されないんだよ」
驚いた顔をするレア。
「はぁ!? 何故だ? 若い健全な男児が……槍や剣の一本も持たないのか!? 貴様、敵が来たら一体どうする?」
「どうもしねーよ!!」
『何たる有様か……』とブツブツ呟くレアであったが、ふと何か思い付いた様子。今度は何だ?
「そうか、では致し方ない。代わりに武装となりそうな物……そうだな、農機具等でもいい。流石にそのくらいはあるだろう?」
農機具、農機具ねぇ……
「いんや、俺は農業してないし。そもそもデカい農機具なんて、日曜大工なホームセンターにでも行かなきゃお目に掛かれないよ」
しまった。レアの目に強い光が宿る。
「ほーむせんたー?」
ヤバい。重大なミスを犯した。
「よし、決めた。これより我々は”ほーむせんたー”へ向かう!」
いやいやいや、何だよ”我々”って!? 不穏な流れだ。早々に断ち切らねば。
「いや、一人で行けよ!」
「貴様がいないと、私には場所がわからないぞ?」
「教えたら俺も犯罪の片棒担ぐ事になるんですが!? ダメ! ゼッタイ!!」
俺の剣幕にレアが一瞬怯んだ。しかし次の瞬間、彼女はニヤリと笑う。
「わかった、では一人で行こう。だが私が捕まっても良いのか? 仮に尋問官に今までの潜伏先を聞かれた場合、私はどう答えたらいい? それで貴様に迷惑が掛からないと良いがな! チラッ、チラッ! チラリッ!」
やはりコイツは幼稚だ。今度は俺がニヤリと笑い返す。
「ああ、どうぞお好きに。俺は自宅に押し入られて“監禁されてた”って言うから。犯罪三冠達成だな、おめでとさん」
うっ……と涙目になるレア。
よし勝った。俺の平和な日常があと一押しで戻る。彼女は涙目のまま、無い知恵を絞って思考を巡らせている様だが……どうにもなるまい、アホの子よ。
そう勝ちを確信していると、レアは急に精悍な顔付きとなり……意を決した様に立ち上がる。俺はその迫力に気押され、再び警戒した。何だ? 次は何を言い出す!?
「よし! 仕方がない、助けてくれ!」
無策かよ……
「流石に無理。出てってくれ」
断る俺。キッとこちらを睨んでいたレアだが……
「うっ、おのれ意地悪め! そんなに私が嫌なら出ていってやる! だが、これだけは頂いてゆくぞ!!」
叫んだ直後、突然今まで着ていた怪しいコスプレ衣装を、スポポーンと脱ぎ捨てるアホの子!
「――!?」
彼女は、唖然とする俺の前でマッパになるや否や、雨降りの為に室内へ干してあった、俺の職場のツナギを引っ手繰り……そのまま手早く着込んでしまった。
「どうやら私の服装は目立つようなのでな! さらばだ、この甲斐性なしのハゲ!! あとそれ、後で取りに来るから洗濯しといて!!」
ハゲてねぇよ……
今まで着ていて濡れた服や甲冑を、強引に俺へと押し付けるレア。
「えっ、いや洗濯!? お前、出て行くんじゃないのかよ!?」
彼女は再度俺を“キッ”と睨み、隣に干してあった帽子も奪うと目深に被る。当然、それだって職場の作業帽だ。レアはそのままズンズンと玄関に向かい、俺のスニーカーを突っ掛けると……
「ふん! お邪魔しました! ばーか!」
と、叫び出て行ってしまった。息する事すら忘れて固まっていた俺だが、彼女の去り際に目尻に光った涙……などではなく、彼女の背中のロゴマークが脳裏にフラッシュバックした。
いかん、笑い事じゃない。
“宮脇テクノサービス”……そう、あのツナギの背中には、俺の勤務する職場の名前とロゴマークが……デカデカとド派手にプリントされているのである。
俺は一度深呼吸した後、落ち着いて考えた。ああ、今後の展開は、決して頭が良いとは言えない俺にも何となく読める。
まずはウチの職場のカンバンを背負った怪しい指名手配犯が……どこからか拝借してきた農機具を手に、それを包囲する警官隊と対峙する。
きっとそんな素敵な映像が、夜のニュースで全国へと放送されるんだ。この時点で、社長も含め、職場の同僚達には噴飯ものの事態である。
今はまだ確認できていないが、レアの話にあった”交番にパトカーを特攻させた件”も既に報道の準備がされているかも知れない。もしそれが昼のニュース辺りで報道された後だと……その映像の効果は倍増だ。
そして連休明けに職場に顔を出すと、大変な騒ぎになっていて……”誰のツナギなのか”が問題となっているに違いない。
テレビでは社名の部分にボカシが入るかもしれないが、ウチのツナギはオリジナルカラーの特注品だ。地元の中小企業だけに、すぐにバレて風評が流れるだろう。
それどころではない、当然自宅や職場に警察も来る。連休明けを待たず、俺も事情聴取されるかも知れない。
更に問題なのはあの”アホの子レア”だ。
捕まれば間違いなく俺の事を呼び出すだろう。俺は意図的に、アイツに名前を教えないようにしてはいたが……まあ無駄だろう、日本のおまわりさん達は優秀なのだ。それと既にアパートの場所を知られている以上、俺の逃げ場は何処にも無い。
そして、一連の流れが全て会社にバレれば……俺の自主退職コースが確定する。
仮に予想しうる事態が起きた場合……会社からすると、全国へ向け、『弊社はキ◯ガイ企業で御座います!』と、イカレたコマーシャルを盛大に垂れ流すのと何ら変わらない。そして俺も、来月には晴れて立派なハ○ーワーカーだ……
ん? 理屈がおかしい? そう、おかしいのだ。
確かに冷静に考えると、俺に全く過失はない。何も悪くないどころか、どちらかと言えば被害者側だ。当然、刑事罰にも問われる事はないだろう。そう、理屈では全く問題は無い……だがそう甘くはないのが世の中。
故意にでなくとも”何か”が起きてしまうと、それを誰かが被らされる。汚いようだが、そうやって回っているのが社会というものなのだ。
そう結論に達した俺は……深く呼吸し、スッと立ち上がる。
「レアさん、待ってぇぇぇぇ! 会社だけはやめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺はしがない薄給労働者の性を呪いつつ、泣きながらレアの後を必死で追いかける。
アパートを飛び出すといつのまにか雨は止み、小鳥のさえずる空から……虹がこちらを楽しげに覗き込んでいた。
さて、先程”あの男”の住居から半泣きで飛び出したレアだったが、何故だか今は……非常に自信に満ちた顔で、大変元気良く住宅街を徘徊していたのである。
「ふふん、あの尋問官のおバカさん共め。この私の完璧な変装を見破れるものか!」
~少し前~
「ゔぇっ、ゔぇえぇぇぇぇ……あのいじわるぅぅぅ! くそあほぉぉぉぉ! 捕まったらアイツの名前言ってやろー!!」
アパートを飛び出して暫く走る。それからふと、強い孤独感に襲われたレアは、人目もはばからずに泣きながら道を歩いていた。
幸い、すれ違ったのは猫と……赤いランドセルを背負った小さな女の子のみ。
彼女は、レアが鼻水を垂らし、大声で泣いているのを見てビクッと立ち止まり、目が合った瞬間……親から持たされていた携帯電話の防犯ブザーを引っ張り、小走りに逃げて行ってしまった。
ゴシゴシ。レアはツナギの袖で、垂れた鼻を拭きつつ思う。
まったく、あの男はもう少し女性に優しくできないものだろうか? 特に私はこんなに美しいのに。ははーん、わかったぞ。もしかしてアレなのだろうか?
「そうだ! 今、ヤツにはホ○の嫌疑が掛けられた! だって、こんなに美人の私に全然やさしくないからな。きっと○モだ! ○ホ✳︎モ○に違いない!」
今思うと、”あの男”の名前を聞くのを忘れていた。この神の使途であり、神聖な私にいじわるしたのだ。便宜上”あのアホ”でいいとおもう。あほ。
「そういえば、あの部屋には全く女っ気が無かったな。あんなんだからモテないのだ、バカタレのホ☆モめ……」
そう不満をブツブツ漏らしながら歩いていると……彼女の前方から”例の白黒カラーの鉄の荷車”がやって来たのである。
「――――!?」
息を呑むレア。
(どうする……? 今更急に引き返すのも怪しまれる気がするな)
少し鼓動が早くなり、身構えた。荷車とすれ違うまで数秒もない……
しかし直後、パトカーは何事もなく通り過ぎていった。
深く被った帽子で顔が見えにくかった事に加え、たまたま道の反対側に、髪を金髪に染めた若い女性がいた為……そちらに気を取られた警官達が、うっかりレアを見落としたのだ。
それにツナギの社名ロゴの色が黄やら赤やら青やらと、かなり派手なのにも原因がある。木を隠すなら何とやら……元々ポニーテールに縛ってあった長い金髪を解き、ツナギの背中に押し込んでいたのも幸いしたのかも知れない。
「なーんだ、大丈夫じゃないか! いや、これは私の変装能力が優れているのだ。さすが私だな!」
この件で勢いが戻ったレアは……とうとう警戒する事すら忘れ、堂々と住宅街を闊歩し始めたのである。




