ここはロビの街
こんにちは!ワセリン太郎です!ようやく異世界編に入ります!
「あ、姐さん方、こりゃどーも。神様に頼んでアタシもこっち来ちまいました。えっと……その太郎とケッコン前提にお付き合いして……ます」
お付き合い……してねーよ!!廊下に出てきてレアやヒルドにペコリと頭を下げる緑のジャージ少女。そう、ミストだ。片側だけジャージの裾が折りたたまれ、可愛い熊さんの靴下が見えている。しかしまだ来たばかりだというのに酷い馴染み様だな、貧乏アパート暮らしの女子大生といった雰囲気か。挨拶したミストにレアがズイッと前に出て突然宣言する。
「ミストよ……山田太郎は私のものだ。誰にも譲る気はない。私はラーメンが沢山食べたいのだ。あとケーキも!!」
ミストも負けじと前へ出る。
「いくらレア姉さんが相手だからって……こればかりはアタシも譲れないぜ!」
火花を散らすアホの子とジャージ少女を見つつ神様が笑う。
「元気があって良いのう。そうじゃ太郎、お主もう勤務先に顔出す必要はないからの?」
どういう事だ……?おれはまだ退職願を出していない。続ける神様。
「お主らがヤクザ共と揉めとる間にワシが宮脇に話をつけてきてやったんじゃ。ヤツとは商工会の寄り合いで呑んでそのままおっパブ仲間じゃからな。付き合いはもう何年にもなる。即日退社するのも妙じゃが、その点については上手く言っておいたから心配はいらん」
「そうですか……ありがとうございます。それとお手数掛けました」
まあ神様が言うなら……良いのだろう。職場にはそのうち菓子折りでも持って挨拶にでも行こう。しかしこの爺様は何で商工会なんかにも顔出してんだろ?考えるだけ無駄か、理由は”面白そうだから”に決まってる。そう考えていると神様が言った。
「さて、ではそろそろ……こことは違う世界、異世界へ行ってもらうとしようかの。なーに、とりあえずお試しじゃ。気楽に行けばよい」
横からヒルドが言う。
「まずは準備ですね、ではここに一時間後に集合という事で。私は一旦、装備品等を取りに天界へ戻ろうと思うが……レアとミストはどうしますか?」
彼女達が答える。
「うむ、私は面倒だししこのまま行くぞ!面倒臭いしな!」
何故二度言う?
「アタシも一応、バックラーと片手剣持ってきたんで……このままでいいっす」
大家が神様に尋ねた。
「なあ?カミサマよぉ。行くのはいいけどよ、次にここに帰って来れるのはいつになるんだ??もしかして半年後とかになるんじゃねーだろうな?」
笑う神様。
「大家よ、心配はいらぬ。通用ゲートはいつでも戻れる様、開けっ放しにしておくのでな。戻りたくなればいつでも帰って来るが良い。ゲートの設置場所じゃが……こちら側は大家宅の車庫の中。あちらは向こうの現地駐在員の営む宿じゃ。それでは一旦解散」
そう告げると神様はヒルドを連れて天界へ戻っていった。俺達も各自準備を始める。ミストは既に準備を終わらせていたようで、片手用と思われる剣と、先程言っていた”バックラー”というヤツだろうか?丸くあまり大きくない盾をリュックの後ろに縛っている。リュックからぶら下がった小さなクマのぬいぐるみが目を引いた。
何を持っていくのかミストに尋ねると、リュックには着替えや携帯食品、持ち運びできる鍋などを入れているそうだ。大家は「おう、俺も荷物取ってくるわ」とだけ言ってアパート隣の自宅へと戻って行く。
そしてレアはというと……先日ショッピングモールでアリシアさん達に選んで貰ったリュックに……何故俺の部屋の冷蔵庫の中身を詰めている!?おい、一体それをどうするつもりだ?後ろからひっぱたくと驚いたような顔をするレア。
「何をする太郎!卵が割れてしまうではないか!」
「レアよ、オマエは一体その卵を持って行ってどうするつもりだ……?とりあえず目に付いた物を片っ端から詰め込むのはやめなさい」
ブツブツ言いながら卵を冷蔵庫に戻すレア。それが終わると突然俺の方を向き……
「太郎!着替えが必要だ。私はこの”ツナギ”というのが実に気に入ったのだ、背中にバットも入れられるしポッケも沢山あるしな」
はいはい、わかりましたよ。しかしこれ会社のツナギなんだけどいいのかよ……こういうのは正確に言うと貸与品なんだぞ?まあ言っても聞かないし、どうせ行き先は異世界だ。会社の悪評……ってそもそも異世界人は背中の企業ロゴが読めないだろうから問題はないか。アリシアさんがレアに何か袋を渡している。
「は~い、レアちゃん。これお着替えね?脱ぎ散らかしたりせずに小さくクルクルして荷物に入れるのよ?あっ、男の人達の前であけないの!」
まるで子供の面倒を見る母親だ。袋の中身はきっと下着類なのだろう。俺も昔買った登山用のリュックに着替えや携帯食品とライター等の便利グッズを詰め込む。とりあえず使えるかどうか不明だが携帯も。そして最後にビニール傘を差し込み……準備完了だ。
そうこうしていると大家が現れた。背中にはやはり俺と一緒に買った登山リュック。手には……おい、何だそれは!?視線に気付いた大家が答える。
「ああ、コイツか?見ての通りウエイトリフティング用のバーベルだぜ。武器になりそうだからウエイト片側外して持ってきたんだがよ、まあこれで殴れば大概のヤツは死ぬだろ!」
そりゃあんな物で殴られたら普通の人間はひとたまりもない。今に始まった事ではないが、このオッサンは心底アタマがおかしい。見た目も大概物騒だが……味方でいる分には何かと頼もしいのでまあいいや。
そうして準備を終えた俺達がお茶を飲みながらテレビを見ていると……玄関に光の扉のようなものが開く。神様のご帰還だ。後ろには幾分軽装な甲冑を着て大きな盾と中型の槍らしきものを背中の荷物に縛りつけたヒルドの姿が。スゲーなおい、マジで物語なんかに出てくる”冒険者”みたいだ。しかし俺達を見てヒルドが呟く。
「まさか君達……その格好で行くつもりなのか!?」
まあ、言われてみれば妙な一団だ、パーカー姿の俺に、宮脇テクノサービスのツナギを着たレア。タンクトップの大家に緑ジャージのミスト。要はヒルド以外、全員部屋着みたいな格好である。対して一人だけファンタジー感を全面に押し出しているヒルド。おそらく異世界に行けば、当たり前だが彼女が一番目立たないのだろうな。
皆、口々に言う。
「まあ、俺は服装こんなんしか持ってないし……」
「はあ?ヒルド、オメー何言ってんだ?俺様と言えばタンクトップだろーが!!これだけは絶対に譲れねえ。オメーもタンクトッパーになるか?ああ?」
「いやだ、私はツナギがいい!スカートヒラヒラ面倒くさい!あとスースーする!」
「アタシも別に。このジャージってのが楽だし」
溜息をつくヒルドに神様が笑いながら声を掛けた。
「まあ、何じゃ。服を用意してやっても良いが……面白いし、これでいいじゃろ」
がっかりするヒルド。これで完全に準備は整った。パッ君をアリシアさんに預け、ぞろぞろとアパートの階段を降りた俺達は……とうとう大家の自宅のガレージの前までやってきた。
皆で顔を見合わせ頷き合う……まだ見ぬ世界に胸が高鳴る。ガレージのシャッターを開けると……大家の車の隣のスペースに、蒼い魔法文字で描かれたような”門”が出来ていた。これが通用口になるのか?ゲートの奥を覗くが白い光しか見えない。やばい、心臓がバクバク言ってる……そうしているとアリシアさんが”ポン”と胸の前で手を合わせて言った。
「は~い、それじゃ皆さん!気をつけて行ってらっしゃ~い。ここはいつでも通れますから……何かあったら直ぐに戻ってきて私にお電話頂戴ね?すぐ来ちゃうから♪」
神様も言う。
「よし、それでは気をつけて行ってくるのじゃぞ?」
俺たちは頷くと、その”光の門”をくぐって前へと踏み出したのだ……
……眩しい。目が少し慣れてくる。視界が戻って来ると俺たちは木造の馬小屋の様な場所に出ていた。後ろを向くとあの”光の門”がある。
馬小屋の様ではあるが、目の前には木製の頑丈そうな扉があり、何か個室のような感じだ。俺が全員いるのを確認してホッとしていると……扉が向こうから開いた。扉の前には小柄で中世風の服装をした女性が立っている。
「あーい。みんなようこそ、アタランテへ~!私がここ、ロビの街の駐在天使のミカだよ!よろしくねー。ここのゲートの門番もやってるので使う時は私に言ってね?あ、ではこちらへどうぞー」
この世界は”アタランテ”というのか。俺達も口々に挨拶し、ミカと名乗る女性の後を追う。ヒルドはどうやら彼女と面識があるようだ。部屋から出ると門のある部屋の扉に頑丈そうな鍵を掛けるミカ。
外へ出て見ると建物はやはり大きな馬小屋であったようだ、その一区画を”門”として利用しているのか。そして馬小屋から出た俺は息をのむ。……そこには壮大かつファンタジー感丸出しな世界が広がっていたのだ。
ここ”ロビの街”はあまり大きな街ではないが、のどかな雰囲気で空気も美味い。俺は興味に駆られて周囲を見渡す。石畳の道を行く荷馬車が見える、あれは行商の人達なのだろうか??街中のメインストリートは威勢良く商品を売る商人、それに群がる人々でごった返している。
獣っぽい耳を生やした獣人……というのだろうか?そういった人々も普通に往来を行き交う。これは想像以上に凄い、日本にいては絶対に体験できない不思議な世界だ。
ここにも何度か来た事があるらしいヒルドは落ち着いたものだが、それ以外の面子は初めて見る世界に興奮が冷めやらない。大家も興奮している。そうこうしていると……突然俺たちの前に人型ではない何かが現れた。
「おや!ミカ、お友達かい?見ない顔だねぇ、それに妙な格好だよ!珍しいね、アンタ達どこから来たんだい?」
えっと……先程見た獣人のような人々は”あくまで人間に近い風貌”だったのだが……今俺の目に飛び込んできた人?といったら……いや、人なのかどうかもわからないが……一言で形容するなら”服を着た巨大なウサギのぬいぐるみが話しかけてきた”と、言えば良いのだろうか?
身長は俺たちと大差ないが、ずいぶんと頭が大きい。俺たちが驚いていると、そのウサギのような人物は続けて喋り出した。
「あたしを見て驚いている所を見ると……アンタ達、大陸の方から来た人達だね?あたしゃ”大ウサギ種”。獣人とは違うんだよ?そうだねぇ……あんた達人間の言葉で言うと”モンスター”の一種さ。アタシ達大ウサギ種はねぇ、モンスターの中でもとりわけ知能が高くてね、遠い昔にご先祖様が人間の言葉も覚えちまったのさ。今ではこうして人間達と仲良く共存関係ってワケさね。この街にはかなりの数の仲間が居るから仲良くしてやっておくれよ」
なるほど、人間達の良き隣人って事なのか。俺たちも彼女ににこやかに挨拶を返す。ミカがニコニコと手を振ると、彼女は後ろ足でぴょんぴょん跳ねながら商店の方へ行ってしまった。ウサギさんを笑顔で見送りつつ、ミカが語る。
「彼女達大ウサギ種はこの街では領主の意向で住民扱いされててね。真面目だし優しいし、人間とも悪くない関係なんだ。私が日頃経営している宿屋の従業員にもいるんだよ?最近ではこの街が大ウサギ種にとって安全地帯って話を聞きつけて集まって来てね、少しずつだけど数が増えてるのさ」
レアとミストは話もロクに聞かずに去り行くウサギさんを指差し、「なんだアレかわいいな!」、「モフりてえ!モフりてえ!」などと大騒ぎしている。それを見てアハハ、と笑うミカが続ける。
「実は彼等、大ウサギ種の”紅い瞳”には途方も無い価値があるんだ。以前は心無い連中に殺されたりしてたのさ。普通の生き物の目と違って本当に魔力を宿した宝石で出来てるからね……酷い話だよ。今でも悪党共から狙われてはいるんだけど、ロビの街の領主は代々”大ウサギ種を金銭目的で殺すと死刑”って決まり事を掲げているから、ここでは名前の売れた悪党ですら怖がって手を出さないんだ。ウサギに何かあると領主が軍隊を派遣してくるとも聞くし。でもまあウサギさん達もああ見えてモンスターに分類される種族だからね、生身の人間なんて後ろ脚で返り討ちなんだろうけど。ともかく気のいい連中さ、仲良くしてあげてよ」
なるほど、過去に色々あったんだな、わかったと俺は頷く。そのまま俺達はミカの経営する宿屋へと足を進めた。




