僕の息子は消防団〜0721.ブリーフの中の戦争
こんにちは!ワセリン太郎です!
この天界騒動編でようやく、”実況解説しかしてこなかった主人公”の山田太郎君を大活躍させてあげられたのではないかと思います! とても良かったです!
~再び時間は少々遡り現世の日本~
レアはノームのパッ君を抱えたまま、涙と鼻水をじゅるじゅるしながら必死にアリシア達を探していた。
「アリシアぁぁぁぁぁあ! どごにいっだのおおおおおぉ!? 太郎がぁぁぁ!! “ヴ◯コ”になっちゃゔゔぅぅぅぅ!!」
レアは焦っていた。
このままでは太郎がパック君に消化され、”何か大変なモノ”に変えられてお尻から捻り出されてしまう。
何とか太郎がヴン◯コになる前に救わねば……兎に角、彼女はその一心のみで走った。
道行く人々が、引き攣った表情で彼女を大きく避けてゆく。
謎のぬいぐるみを抱えた外国人女性が、大声で泣きながら“ウ〇ンコ”がどうのと喚きながら走ってくるのだ。そりゃあ避けるに決まっている。
「ゔんごおぁぁ¨あ¨ああぁぁぁぁあ¨あ¨ッ!!」
その時だった、レアに見知った声が掛けられたのは。
「これレアや! 何をやっとる止まりなさい、まったく下品な……」
ズズーッと鼻水をすすりながら振り向くレア。
そこにいた人物を見て安心したのか、彼女は再び大声で泣き始める。
そう、神様だ。
「ゔぇっ、ゔぇっ、じーちゃん、ゔんこがぁ、ヴんコがぁあ! ゔんこが太郎になっぢゃぅゔゔぇえええええぇぇぇ……」
レアは泣きながらふと思う。
あれ? これ最初からアリシアじゃなくて神様探さないとダメだったんじゃね?? まあいいや。と。
怪訝な表情の神がレアに問うた。
「泣いとってもわからん。何があったんじゃ? ほれ、これを使いなさい」
レアは渡されたハンカチで『ヂーン!!』と勢いよく鼻をかみ、それを丸めてから神様のポケットに押し込み返却。
「何ちゅう事をするんじゃこの娘は。ワシらの教育に問題があったのかのぅ……いやしかし他の娘達はまともに育って……」
鼻をかんだ際に鼻水が付着したのか、神様の上着をタオルの代わりにして指を拭くレア。
「……よし」
「……何が『よし』じゃ」
そうして落ち着き、“キリイッ!!”という表情を取り戻した彼女は……これまでの経緯について、時系列の前後も無茶苦茶に語りだしたのである。
「実はだなじーちゃん、太郎が◯ウンコ◯でショッピングモールの階段で、あと知らないオッサンもだ! そうそう! 奴等、何やら“レストランの焼きそばの見本”みたいな頭でな、いや、あれは“陰毛の親戚”なのかも知れん。それでとにかく食われてしまったのだ! あとウ◯コ踏んだヤツも居たので、もしかするともう消化されてしまったかも知れないな! ヤバイ! ヤバイな!!」
一番ヤバイのは貴女の語彙力だ。
「ふむ、少々要領を得んが……まあこの娘が何を言うとるのか分からんのはいつもの事じゃ。それで太郎を含む数名がノームに食われた……と? しかしそれはマズいのう、ノームの腹の中がどうなっておるのかはワシにもわからん」
そう考え事をしながら周囲の気配を探る神様。
近くにヒルドとアリシア、エイルの神気を感じた神は、とりあえずレアを連れ、そちらへ魔法で瞬間移動を試みた。
――フッ――!
突然現れた、神様とレアに驚くヒルド達。しかし冷静なヒルドは、直ぐに現状を報告する。
「神様。どうも現在、太郎と地球の現地人数名が天界で暴れ……戦乙女隊と交戦中の様です。一体何をどうすれば、地球の現地人が、天界で全く力を制限されていないヴァルキリー隊と一戦交えられるのか……ともかく女の勘ですが、非常に嫌な予感がします」
パアッと明るい表情になるレア。
「ヒルド! 太郎が、太郎が生きてるのか!? 良かった! アイツまだウ〇コにされていなかったのだな!? 私はてっきりもう、下痢便にされ、後はズボンの染みになるのを待つばかりだと……」
レアの発言に眉をひそめるヒルド。神は驚く。
「なんと! 天界に!? そのノームの腹の中は天界に繋がっておったのか!?」
「神様、これはノームではない! ”パッ君”だ。さっき私が名前をつけた!」
胸を張り、自信あり気に宣言するアホの子を放置し、神様が続ける。
「それで天界の規定によって、あちらの娘達が”消滅の儀式”の準備に掛かっておるのじゃな? フムそうか……恐らくはあの小僧達、”消滅の意味”を取り違えとるぞい。しかし戦乙女隊と交戦中とな? 太郎の奴め、一体どんな手を使いおったのか。これはちょっと面白いのう」
「神様――!!」
咎めるヒルド。少しバツが悪そうな顔を見せた神様てあったが、それを誤魔化す様に素早く行動に移った。
「よし、ヒルド、レア、アリシアの三名はついて参れ。エイルは……今日はお休みじゃったな? ワシらが戻るまでそこの大家とでも適当に遊んでおるが良い」
エイルと大家が、あからさまに不満な顔をする。
「えっ!? この人と二人でですか!?」
「おいおい! ジイサマ、そりゃねーぜ!? 面白そうだし俺も連れて行けや!」
首を横に振り、ダメだと伝える神様。肩を落とす二人。こうして”バカタレ捜索隊”が天界へと旅立ったのである。
~再び天界~
ヒルドに電話が繋がった。これでもう少し時間を稼げれば、俺達に不利な状況を確実に打破できる。硬い絆で結ばれた仲間達を励ます様に、小声で呟く。
「みんな、もう少しだ……あともう少しだけ頑張れば、助けが来る」
「「――!?」」
とは言ったものの、ヴァルキリー隊に崖側と道側を包囲封鎖された現状はあまり良いものとは言えない。
考え事をする間にもジワジワと包囲網が狭まる。隊長さんを人質にして『全員動くな! 動いたら隊長さんのパンツ降ろすぞ!!』とは脅してあるものの、道側を封鎖する部隊がひっそりと距離を詰めて来ているのだ。
このままでは、あと数分も持たずに全員取り押さえられるだろう。俺が焦ってそう考えていると……後ろの仲間達から声が掛けられた。
「おい、兄弟。俺は腹をくくったぜ、いつでもアレをやれる!」
「兄弟、俺もだ。俺達は死ぬときは一緒だ! 最後に派手な花火、一発かましてやろうぜ!」
「太郎さん、今しか無いっス。やりましょう! 俺らの全部、出し切ってやるんス!!」
兄貴、サブローさん、キンジ……! みんな、こんな俺を信用し、今まで付いて来てくれてありがとう!!
そうだ、ここで俺が迷ってる場合じゃない。
今こそ、リハーサルまでして完成させた、“アレ”をやるんだ。俺達の真ん中に挟まれ、スカートをめくられっぱなしの隊長さんが嫌そうに眉をひそめる。
「えっとね、あなた達が今から何始めるのかは知らないんですけど……何かものすごく嫌な予感がするの。あのね、もし良ければ私を解放してからやって貰えないでしょうか? ねぇダメ? もういいよね? 私、もう十分に仕事したよね? ねぇ! ねぇったらぁ!」
ダーメです!! 英語知らんし、多分誤用かも知れんけど、ここはハッキリと言わせて貰おう!『だが、のーせんきゅう!!!』と。
彼女の必死な懇願を無視する俺達。こちらの様子が変わったのを感じたのか、戦乙女隊がザワつき始めた。だがもう遅い。そう、我々をギリギリまで追い詰めた君たちの方に非があるのだ。
俺達は全員速やかに靴を脱ぐ。背後の崖の上で飛んでいるヴァルキリーから声が掛かった。
「貴様等、一体何をする気だ? 人間は自害する際に、靴を揃えると聞いた事があるが……まさか隊長を道連れに!?」
「エッ――!?」
逆への字型の口になり、引き攣った笑顔になる隊長さん。
しかし次の瞬間、虚をつく様に火蓋が切られた。
「「――オペレーション・エレファント――!!!」」
俺達は……一斉にズボンを脱ぎ捨てた――!!!
一瞬訪れる静寂。
そして……
「いやぁぁぁぁぁ!!」
「変態! 変態よ!!」
「あいつらズボン脱いだわ! バカじゃないの!?!」
「きゃああああああああ!? 死んで! 今すぐ死んで――!!!」
大混乱、ブリーフブラザーズ。
続いて上着も脱ぎ捨てる。半裸の我々に囲まれた隊長さんは、既にスカートの拘束を解かれたにも関わらず、一切身動き出来ないままでいる。
そのまま流れる様に、速やかにパンツ一丁になった。
隊長さんと腕を組んでいなかったキンジが一人、ズイッと前へ出る。
それから彼はゆっくりと両拳を交差させ、まるで腕を組むかの様な動作で手の甲を己の脇の下へと差し入れる。そしてガッツリと指の間に脇毛を握り込むと……
ブチブチイッッッツ――!!
全力でそれを引き抜いたのである。
再び前へ出るキンジ。周囲が静まり返った。
彼はその指の間に挟んだ脇毛を……まるで鋭い刃を抜き放つかの如く、己の胸の前で交差させるッ――!!
「ウルヴァリ◯ンッッツ――!!!」
両拳から縮れた脇毛を大量に生やし、ゆっくりとドヤ顔でこちらを振り向くキンジ。
キチガ◯イ。そう、キチ◯ガイである。だが今は……そんなこの男の存在が、これ以上になく頼もしい。そうだ。この時、彼は真のアメリカン・ヒーローに覚醒したのだ。てかキンジの奴、なにワキ毛の臭い嗅いでやがる……
仲間達は皆、満足気に頷く。
まるで路上の汚物でも見る様に、戦乙女隊の視線が一斉に俺達へと集中した。曇りなき、軽蔑の眼差し。
全身に隙間なく剣山を押し付けられた様な、服を脱いだ解放感とは相反する未知の感触。
「き、気持ち悪い! 何て品の無い人間達なの!?」
「うわぁぁぁぁぁぁ……ゴミ! ゴミよ!!」
「汚い! この人達、何か絵面的にものすごく汚いわ!!」
「この人達を養育した時間、費やされてきたものは全て無駄だったんだわ……ああ、彼等の御両親が気の毒過ぎます」
「謝って! 貴方達、この世界に生まれてきた事を今すぐ心から謝って!!」
ああ、言いたい放題だ。地に膝を付き、『神よ……これは悪魔の仕業です。あの醜き彼等に救いを……』等と祈りを捧げ始めた輩まで居る。やめて、正直かなり傷つくから。
カシャ――!!
ちょっと何か今、携帯か何かで撮影したヴァルキリーがいたような気がしたが……そういえば携帯持ってる娘もいるそうだが。それはまあいい。いや、あんま良くない。
俺たちはキンジを盾に、固まる隊長さんとガッツリ腕を組み……横一列の陣形となる。
引き攣ったまま、無言で泣きそうになる隊長さん。ふふ、顔を見ずともわかる。触れる二の腕の震えから、彼女が精神的に相当追い込まれているという事が。
パンイチの変質者が四人。その仲間内に入れられ、両脇をガッツリ固められているこの状況。そのしなやかに鍛えられた腕は本来持つであろう膂力を失い、まるで生まれたての子鹿か何かの様。
確かに人質にされた事は不運であり、気の毒に思う。だが容赦はしない。
俺達はそのままズイッと前へ、そう前へ、前へと歩み出る。
畏れ、ジリッと下がる戦乙女隊。
誰かが声を上げた。
「怯むな! 奴等はただ服を脱いだだけだ! 取り押さえろ!!」
勇ましい号令も虚しく、誰も前には出ない。
“ただ脱いだだけ”……だと? フッ、笑止。
彼女達は夜道で変質者に出会った事があるか? きっとそんな経験は無いのだろう。
俺は……ある。
そしてその時の恐怖は、今こうして思い出すだけでもゾッと身震いするものだ。
夜の住宅街や公園の暗闇で唐突に出会う、真顔で仁王立ちする全裸のオッサン。彼等は己の存在の歪みを微塵も気に留めず、まるで全知全能の存在かの様に立ち振る舞い、全てを解放するカタルシスに酔いしれる。
確かにあれも恐ろしいものだが……実は過去に、その先の“新世界”を覗き見てしまった経験があるのだ。そう。それはある、春先の日の出来事だった。
あの日、休日の“真昼間”。俺が近所の桜並木をブラブラと歩いていると……その漢は急に現れたのだ。彼も、同様に“ブラブラ”させていた。
俺は、彼を見た瞬間に言葉を失って立ち尽くし、何もする事が出来なくなってしまった。何も出来ない、動けない。本当にただ、急いでその場を立ち去る程度の事すらも。
彼はソメイヨシノの花弁が舞い散る中、呼吸を忘れた俺の隣を颯爽と駆け抜け、すれ違い様に一瞬だけ立ち止まり……スポーツマンらしい爽やかな笑顔でこう言ったのだった。
『こんにちは。今日は暖かくて良い天気ですね』
何の事はない、ありふれた挨拶。
だが俺は、心臓を直接素手で握られた様な気持ちのまま、そのランナーの後ろ姿をじっと見送る事しか出来なかった。
そう。その女性用極小ビキニの上下を着用し、足元を輝く白いハイソックスで決めた筋肉質な中年男性の後ろ姿を……だ。そしてあの無駄に引き締まったケツが、未だ恐怖と共に脳裏へこびりついて離れない。
これがもし夜であったなら、俺は即座に悲鳴を上げ、来た道を走って逃げた事だろう。当然だ。だが白昼堂々の凶行は、人々の正常な思考を一瞬で奪い去る。
実際その時に考えたのは、『け、警察に通報しないと……! えっ、でもあのオジサン、上も下もちゃんと女性用ビキニを着てたし、横から完全に飛び出してたけど、“こんにちは!“って挨拶してきて悪い人じゃなかったし……あれ、でも“コンニチワ”してたのは股間から生えてるモノの方で……いや待て、これってもしかして俺が悪いのか? でもそこの看板には“飛び出し注意”って書いてあるし、そもそもアレは注意しようにも完全に“飛び出していた”ワケで……』等という支離滅裂な内容であり、とにかく、キャパを超えて受け止め難い事態が目の前で起こってしまうと、人間というものはそうなってしまう様なのだ。
実際、海外においても事例はある。強盗に銃を突き付けられた際、突然、被害者が服を脱ぎ捨て全裸になると……その強盗は、あまりの恐怖に面食らい、何も取らずに命からがら逃げ出したという。
つまり、真昼の変態は……何より強い。
――キチゲ解放――
そう、俺達はその恐怖を戦乙女隊へ植え付ける事により、彼女達を一斉に戦意喪失させようとしている。そもそも服を着た大多数の人間など所詮は烏合の衆。覚悟を決め、全てを脱ぎ捨てた漢達の前では泣く事しか出来ない赤子も同然だ。
一人の漢が意を決して“服を脱ぎ捨てる”時。その一糸纏わぬ“意志”の持つ意味は非常に重く、彼等の前では全ての言葉や理屈が一切の意味を失う。
白昼堂々の“顔出し路上全裸”。この社会的な死を意味する行動と引き換えに得る、まさに超新星爆発の様な、儚く、そしてあまりにも力強い、無垢なる一瞬の煌めき。これを一騎当千の力と呼ばずして、一体何とするか。
更には現在、その猛々しく荒ぶる猛者が四人も集結しているのだ。勝てない戦などありはせず。確かに俺のチ◯コは他と比べて“僅かながらに小さい”が、それもまた瑣末な事。仮に一騎当千という言葉を借りるのなら、これはもう四千の軍勢を得たに等しき事なのである。
やはり誰もが恐れ、一向に向かっては来ない。
俺は大きく深呼吸をし……
スースーと涼しい、この生まれて初めての感覚をしっかりと確かめた。
麗らかな日差しの元、熱くなった股間を冷ますかの様に、涼やかな風が、風がゆっくりと撫でてゆく。
その感触を確かめていた刹那。股の間を一陣の強い突風が吹き抜けていった。
戦場の流れが変わった。
間違いない、これは“勝利を呼ぶ風”だ。
戸惑いにも似た無数の視線が、まるで軍勢の放った矢の様に俺達の股間へと大量に降り注ぐ。ヒリヒリと刺激するそれは……考えていたより随分と痛気持ち良いものだった。あの日出会ったマイクロビキニおじさんへ、また新たに強い畏敬を胸へと抱いた。
そっか……おじさん、あの日、あの時、こんな気持ちだったのか。通報しようとして本当にごめんなさい。時間は掛かっちゃったけど、やっと、やっと俺にも貴方の事が理解出来たよ。
クセになりそうだ。
案の定、『ちょっとあなた捕まえに行きなさいよ……』『えっ? 私?? 無理無理! 気持ち悪い!』みたいな囁きが大量に聞こえ始める。
そろそろ頃合いか? ああ、間違いない。あと一押しで、この戦況を確実にひっくり返せるのだ。
次の瞬間、一人のヴァルキリーが意を決して前へ進み出る。
「わ、私が……捕らえ……ます」
なるほど勇敢な女性だ。尊敬に値する人だと心から思う。彼女は目に多少の恐怖を滲ませてはいるものの、何とか平静を装いこちらを睨みつけてきた。
しかしそれが“地獄”を呼ぶ引き金になるとも知らずに……
俺は、意を決して叫んだ!!
「みんな行くぞ! 俺達は今! 真に勝利する!! ファイナル・エレファント!! は! つ! ど! う!!!」
「「――アイサー! 脱いで四五四五ォォオッ――!!!」」
そして俺達は一斉に……はいていたパンツを脱ぎ捨てた――!!!
風にさらわれ、宙を舞う四枚のパンツ。
「「さあみんな! 今日も元気に! 四五って! 一九一九ゥゥ――ッツ!!」」
全裸より恐ろしい靴下一枚の姿になった俺達は、そのまま猛然と目の前の戦乙女隊に突撃を開始する!!
「きゃああああああああ!? たすけてぇぇぇぇ!!」
「きゃぁぁあぁぁぁぁ!! 気持ち悪い! こっち来るなああぁぁぁ!!」
「カシャ――!」
「変態よ! 変態だわ!!」
「何アレ初めて見た!! 気持ち悪い!!」
「何か、何か汚い物がぶら下がっているわ――!」
「あら! 案外思ってたより小っちゃいものなのね……」
「見て! あの人のだけ、一際小さいわ!」
おい今、俺の事指差して言ったよね!? やめて傷付くから!!
「「「――さいてぇぇぇぇぇぇぇぇ――!!」」」
大混乱、阿鼻叫喚の地獄と化す天界。
散り散りとなるヴァルキリー達を、華麗なランニングフォームで追い回す俺達。逃げ惑う者、慌てて転ぶ者、腰が抜けて動けなくなる者、放心状態で座り込む者、泣き出す者、ここぞとばかりに撮影する者。カシャ――!! 誰だ今写したヤツ。
ともかく酷い惨状。
戦場というのはこんな感じなのだろうか? いや、それはもはや戦い等と呼べる様なものではなく……単純に一方的な蹂躙でしかなかった。
だがこれで終わると思うなよ!! 勝利を確信した俺たちは、トドメとばかりに最終フェーズへと移行する――!!!
各々、口々に叫ぶ!
「全員! 放水開始!! 繰り返す、全員放水開始ぃぃぃぃ!! これより我が下半身は消防車となる!! うううぅぅぅぅぅ!! 放水はじめっ!!!」
「「ファイナルフェーズだ! いくぞみんな! 揉んで! 十九十九ゥゥ――!!」」
魂から叫び、ギターを掻き鳴らす様に撒き散らすキンジ。
「緊急車両がとおおおおります! うううううぅううぅう!! かーんかーんかーん!」
さあノッてきた、イカレたメンバーを紹介するぜ――!!
「いやっほおぉぉぉぉうぃっッツぃ!!」
俺はその時、ハッキリとキンジのバイブスを感じた。そう、今のアイツは緊急車両。きっと彼の心のストリートには、赤信号など何処にも存在しない。誰も、奴の魂の放水活動を止める事など出来やしないのだ。
――絞り出せ! この熱い衝動を――!!
次の瞬間、キンジのホースから情熱的に放たれたものが……俺の足に思い切りピシャリとブッ掛かった。
「こちらはぁぁぁぁぁ! 地元しょううぼうだああぁぁんっ!! やけいはんっ!!」
少し出が悪そうだったが、兄貴とサブローさんも負けてはいない。
「ただいまぁあ! たいへんんん! 空気がぁぁぁ!! かんそうしてぇぇぇ!! 火事が起こりやすいきせつとおおおぉおお!! なっております――!?」
まさにいぶし銀の二人。彼らは直立不動の姿勢のままホッピングか何かの様に飛び跳ね、回転しながら黄金の輝きを撒き散らす!! あの年齢を感じさせないキレのある動きは……あっ!? 転んで泣いた子にも容赦のない放水! 流石だ、こいつは恐れ入ったよ。 そういやサブローさんは少し糖が出てるとか気にしてたな。だが糖尿が一体何だってんだ? 今、この時はそんなの関係ねぇッ!!
皆、獅子奮迅の大活躍。各々が一騎当千の猛者と化し、戦乙女隊はなす術もなく総崩れだ。
おいおい、消化活動に従事する筈の消防団が……俺の心に火をつけてどうするってんだい? ああ、こいつは俺だって負けちゃあいられねえぜ!!
――やってやる――!!
一世一代の大舞台。俺も“若干短い”己のホースを握り締めて腰を振りながら、激しく、浴びる様に天へ向かって放水を開始する――!!
皆が俺達に……いや、世界が俺だけに釘付けだ!! そう。まるで数万人のファンを前にした、ロックフェスのスターにでもなった気分さ! 無尽蔵に湧き上がる全能感。そして俺へ注がれる彼女達の熱気と興奮で、全てがスローモーションに包まれるッ!!
俺の膀胱がシャイニング――世界を置き去りに――加速した――!!
まるでダムが決壊するかの如く、俺の膀胱が宇宙とフュージョンし……神秘のビッグバンを巻き起こす!!
「オン・ステェェェェェジッッ! アイムファイン、センキュウゥゥッ!!!」
自分でも何を口走っているのかよくわからない。俺は興奮し切った心の隅で、学生の時もっと英語を真剣に勉強しておけば良かった……と、ほんの少しだけ後悔した。
背中へ……誰かの“ホース”から放たれたであろう“温もり”が、ビシャッとブッ掛かる。あと顔にも届き、口にも入った。薄ら塩辛い。
だがしかしそんなものは瑣末事、気にも留めるものか。そう、今は! 今この時だけはッ! 我々がこの腹の底から湧き上がる高揚感を語らずして、他に一体何をしようというのか!!
衝動と共に血管を駆け巡る、震える様な充実感。まるで自分が世界の中心になったかと錯覚する程に、四肢へと強い自信が漲る。
(やれる! やれるんだ!! 俺達なら、この仲間たちさえ居れば、きっと何だって成し遂げられる!!)
我々を止められる者など何処にもいなかった。
そう、俺達は……俺達は”人間の尊厳”を捨て、真の勝利を手に入れたのだ。
そこはさながら、合戦の跡のようであった。
思い切り尿を掛けられ泣き崩れる者、そしてそれを懸命に慰める者。その場の全員が戦意を喪失し……我等が眼前には惨たらしい光景が広がるのみ。
やはりいつの時代にも、戦いとは本当に空しいものだ。如何に敵を打ちのめそうと、この心が満たされる事は決して無いと、嫌でも思い知らされる。戦いの後に、何も残りは……しないのだ。
しかし俺達は今日、父祖達の誇りを掛け、確かに勝利した。
だがその勝者にもいつかは敗れる時が訪れ、涙と汚泥で頬を汚す日が来るのかも知れない。だがそれは今日、この日ではない。そう……この時ではない。
勝利。我々は今、打ち勝ち、真に勝利したのだ。
「さあみんな! 勝ち鬨をあげよう」
「「――応――!!」」
夕日を浴び、皆で円陣を組んで拳を付き合わせる俺達。当然だが手も洗っていなければ、衣類は靴下しか身に着けていない。
風に揺れる、三本、半のブラブラ。
「「勝ち鬨!! いくぞ! えい! えい! お……」」
その時だった。
後ろから『あー、ゴホン』。
咳払いが聞こえる。
嫌な予感がし振り向くと、そこには……
今にも噴出しそうな神様に、ニッコリ笑うレア。加えて引き攣った顔のヒルド。そして、そしてなんと、両手で口を押さえて泣きそうなアリシアさんの姿が……
エッ――!? ア、アリシアさん!? な、なんでアリシアさんが此処に――!?
慌てて履いていた靴下を脱ぎ、大事な部分を隠しつつ、神様に尋ねる。
「え、えっと……ど、どの辺りから見ていらっしゃったので……??」
「その、まあ、アレじゃ。『うううううううぅうぅ!』って辺りからじゃな……」
「そうですか……」
「うむ……」
(……………………)
じーーーーーざす!!!!
ふと気になって崖の方を見ると、そこには少し涙目で無理に笑顔を作ろうと頑張る……先程まで俺達の人質だった弓隊の隊長さんの姿が。
彼女は、健気に泣くのを我慢し、独り何かを呟いている。
うわぁ……
「うう……おしっこ……かかっちゃった……」
うわあぁぁぁぁ!? 掛かっちゃった!? マジで!? 本当に、本当に申し訳御座いません!!
俺がいたたまれなくなり、近付いて声を掛けようとすると……
「いやっ! こっちに……来ないでくださぃ。あと、早く服着て……ください……」
「はい……」
空気を読まずにレアが声を掛けてくる。
「はっはっはっ! しかし良かったな太郎! 私はお前がパッ君に食べられ、ウ〇コにされてしまったのかと心配したのだぞ? あ、ちなみに”パッ君”とはこのノームの名前だ! 私が付けたのだ、いい名前だろう? あと寒いから服を着た方がいいかもな、そのままだと風邪ひくと思うぞ! でも貴様はバカだから、風邪はひかないのかも知れないな! おっ、何だソレ、それがチ◯コか? 初めて見たぞ、“随分と小さい”のだな! 三センチくらいか? それと良くわからんが、大家が『太郎は仮性人』とか言ってたが、貴様の実家は火星にでもあるのか??」
「レア! なげーよ、お前もうホント頼むから黙ってて――!?」
そうだ、アリシアさんも見ている。
(ふ、服を着なければ……)
見栄を張って股間に履かせたブカブカの緩い靴下を押さえ、服を探してゴソゴソしていると……視界の隅で、何か非常に嫌な物を見た様な気がした。
恐る恐る、そちらを見ると……
じーさす。俺から距離を取り、言葉を失っていたアリシアさんが……弓隊の隊長さんの隣に寄り添っていたのである。
実は隊長さんと何度か会話した時から、少しある種の違和感を感じていたのだが……
いや、やはり俺の思い違いなどではない、気がする。
冷静に見ると、二人はホンワカした雰囲気や優しげな顔立ち。また、少し毛先のカールした長い金髪。そしてのんびりした話し方など、実に共通点が多い。それどころか声まで少し似ている様な。
(いやいや、まさかな。だけど……)
冷や汗を拭いながらそう考えていると、アリシアさんが隊長さんの肩に手を添えながら、気遣う様に口を開いた。
「お姉ちゃん大丈夫? ねえお姉ちゃん、気を確かに! ほらしっかりして!」
「……ぅん……洗濯しないと……グスッ」
戦乙女隊の隊員が、よく上司の事を”お姉さま”などと呼んでいたが、アレとはどうにも違う雰囲気。アリシアさん、彼女の肩をしっかりと掴み、揺すったりしているし。
考えたくもないが、具体的に言うと何かこう、まるで実際の姉妹の様な……
俺は恐る恐る、あまり二人へ近付かない様に配慮しながらアリシアさんへと問うた。ダメだ、冷や汗が、止まらない。
「えっと……その、まさかとは思いますが……あの、そちらの方はアリシアさんの……?」
「その……はい。私の実の姉です」
――ジーーザス!!!
ハイ、終わったッ! 俺、終わった――ッ!!
ゆっくりと、膝からその場へ崩れ落ちる。小石が刺さる痛みなど、微塵も感じなかった。
ああ、俺は馬鹿だ! 大馬鹿野郎だ!!
そう、あろうことか俺は……憧れのアリシアさんの目の前で、彼女の実の姉君に”消防活動”と称し、全裸で”放尿攻撃”をしてしまったのである!! しかも今までスカートめくって人質にしたり、散々『パンツ取るぞ』と脅したり!!!
なんてこったい! 股間には靴下一丁。そんな情け無い姿のまま、俺は頭を抱えて己の不運を天へと嘆く。
「――――嘘だと言ってよ!? バアア◯ァーニイィィィ――ッツ――――!!!」
腹の底から搾り出される様な、嗚咽。
神へと祈ろうにも、当の神様は目の前で今にも笑い転げそうになるのを必死で堪えている。心の拠り所を失った俺には……そうだ。もう、バ◯ーニィに祈るしか道は残されていなかったのである。神様、笑い事じゃないんですわ! 割とマジで!!
「……」
「貴様ら、隊長達に小便bukakkeたのか? はっはっはっ、心底キモい奴らめ。それより太郎、バーニ◯って誰だ? 貴様の友人か? あっ、貴様そもそも友達は居たのか??」
「レア! 俺は今、心で泣いてるの!! お前、頼むからちょっと黙ってて――!?」
「??」
股間を抑える靴下だけが……まるで冷え切った俺を励ます様に、ほんのりと温かさを分け与えてくれる。
こうして、こうして俺たちのブリーフの中の戦争は……もう取り返しのつかない悲劇を生んだまま、その幕を下ろす事となったのである。
うん、もう駄目だ、もはや死にたい!!




