お腹いっぱいの前菜
こんにちは! ワセリン太郎です!
最近何やら“リアル鉄泥棒”が出ているらしいですね! 彼らは一度、【ビニール傘と金属バット】とかいう訳の分からない小説の【宇宙人襲来編】を読むと良いかも知れません。多分、きっと、ドロボーする気が失せると思います!!
半ば強引に高崎興業の事務所へ“通された”俺達は、現在……
「おい兄ちゃん、随分と肩が凝ってんな。どうした? 何緊張してんだ?」
「い、いやぁ……」
「「へっへっへっへっ……」」
応接室のソファーに腰掛け“させられ”、目の前で無言を貫く恐っそろしい形相のオッサン……と、その手下達複数名から、逃げ道もなくガッツリと取り囲まれている状況だ。背後から肩も掴まれ、出入口の扉の前にも二人。鼠一匹とはまさにこの事か。
そして隣には悠然と構える千姫様。彼女は縮こまった俺とは対照的に、『あら、こちらの事務所、来客にお茶も出さないのかしら?』などと余計な余裕を見せ、こちらへ向かってイカニモな感じで威嚇して来る“若い衆”を軽くあしらって見せていた。てかこれ以上面倒起こすの止めて! お願いだからこの連中を刺激しないで!!
もう嫌だ、誰か助けて……
俺の肩に置かれた掌へ、無用な体重がのし掛かる。
「オイ! 肩が凝ってんなって聞いてんだよ。オメーよ、聞いてんのか? 何か言ったらどうだ?」
先程からグッと押さえつけてくる体格の良いチンピラ。彼は笑いながら俺の首根っこをグリグリとやり、後頭部を平手で軽く叩いてきた。
「い、いえ……」
(まずいな……)
そう考えていると、別の男が……千姫様の肩へと手を回す。
「おい姉ちゃん、随分といい女だな。折角来たんだしよ、少し俺らと遊んでいくか?」
うわぁ。ニヤニヤと、まるで絵に描いたようなヤツだ。しかし当然、彼女はそれをピシャリと打ち払う。そして……
「……Gカップよ」
え?
「……は?」
突然のカミングアウトに困惑するチンピラ。
「聞こえなかったのかしら? 私はGカップだと言っているの」
何言ってんのこの人……
「そ、そりゃ御立派……だな……」
あっ、これ単なる“自慢”だ! この方は多分、神である以前に承認欲求の塊。もしこういう人に流行りのSNSをやらせでもしたら、見た目の美しさ故にフォロワーが増えるだけ増え……そして間違いなく上機嫌となって何か問題となる様な事をやらかし、そのまま事故って大炎上すること請け合いだ。
とにかく。この人は確かに美しい人ではあるが、そういう残念な類いの美人であろう事は疑う余地も無い。それに昨日初めて会ったばかりの筈なのに、何故だか微塵もそんな気がしない。そう、まるで随分と昔から彼女の事を知っている様な感覚。
それは不思議な事ではないのか? はたまた錯覚か? いやいや、そう感じる理由は既にハッキリしている。
簡単だ。俺はそう、いや、俺の鍛え上げられた“危機感知センサー”は知っている。どこぞの大馬鹿娘達とは方向性こそ違えども、この非常にややこしい性質の女神が……俺の人生にレア達と同じ類いの危険をもたらす可能性を少なからず秘めているという事を。
人生、時として、“敵より恐ろしい身内”の存在に頭を悩ませる事となる。しかも彼女達の存在は非常にピーキーな性質を誇り、各々が好き勝手な方向へと全力で振り切れた結果、そこに改善の余地などという甘ったれた希望は微塵も存在しない。
最早、避けられない交通事故が服を着て、あちらからフラフラと近寄って来る様なもの。そして不本意ながらそういう連中に寄生され、いや、取り憑かれ易くなってしまった俺の人生は、このまま……あれ、何だろう? 自然と涙が出てきたぞ。
深々とソファーに腰掛けたまま、悠然と相手を見下す女神様。
「貴方、誰が肩に触れて良いなどと許可しましたか?」
「おいおい姉ちゃんよ、今の状況わかってんのか? なんなら肩じゃねえ場所を触ってもいいんだぜ?」
「この無礼者、今すぐ其処へひれ伏しなさい。それより貴方、雑巾の似合いそうな顔をしていますね。いえ、どちらかと言うと顔が雑巾……ああもう、貴方自身が雑巾という事で良いです。その生まれつき気の毒な顔面と薄い毛髪で、そこの床のシミを擦って掃除でもしていなさいな」
うわぁこれ、肩を触られたからマジで怒ってる。
「あぁ――!?」
「せ、千姫様、駄目ですって! 挑発しないで!?」
などと頼んで、この人が聞き入れる筈がない。
「あら聞こえなかったのかしら? あっ、もしかして日本語が不自由な……?」
「ナメてんのかコラァ!?」
大袈裟に溜息を吐く彼女。
「まったく、ここまで知能が“高い”なんて……地面すれすれなのは貴方の自家用車の車高だけにしておいて下さいな。あと、声だけ大きくて欠片も品性が感じられないわ。ねぇ雑巾、せめて掃除道具よりは役に立つ所を私に見せて下さらない?」
「あんだとこのアマぁ──!?」
再び彼女の肩を掴もうとするチンピラ。しかしその時……
「おうオメーら、静かにしてろ!」
目の前のオッサンがようやく口を開いたのだった。
うわぁ、小柄だけどスンゲェ迫力……
「すんません、オヤッサン」
“オヤッサン”ってここ、一応体面上は“会社”だよね? 何だよこれ、わかりやす過ぎて泣きたい!
「バカヤロウ! カタギさんの前じゃ“専務”って呼べ──!!」
「すんませんでした!!」
何だよカタギさんって。帰りてえ……
暫し、静寂に包まれる応接室。
それから“専務さん”が再び口を開いた。
「兄ちゃん、俺は高崎興業専務、北山だ」
彼はそう言い、俺にも名乗る様にと顎で促す。
うわぁ……嫌だなぁ、嫌すぎる。
「や……だ……ろ……う……です」
「ん? 何か言ったか?」
駄目だ、逃げ切れない。
「えっと……その……やまだ……山田太郎……です」
静まりかえる室内。それから暫く間が開き……
「……ぷっ」
千姫様の吹き出す声だけが静かに響いた。
「おいお前! ウチのオヤジをナメとるんか──!?」
もの凄い形相で食って掛かろうとする部下。他の奴等もあからさまな態度をでこちらを威嚇してくる。
だが、それを手で制した北山のオッサンは、ものすごい眼力で俺を真っ直ぐに見据えてこう言ったのだった。。
「兄ちゃん。俺はな、“名乗った”ぞ?」
だからお前も筋を通せ、って事だ。
「いえあの……本当に“山田太郎”なんです……」
北山のオッサンは、何か諦めた様に溜息を吐く。
「そうか兄ちゃん……名乗る度胸もねぇってか」
うわあぁぁぁぁ!? なにこれ泣きたい──!!!
今すぐ財布を開いてテーブルに身分証を叩きつけてやりたいが……ああいうものをこういった連中の目の前に晒すというのは、正直あまり賢い行いではない。
仮にもしそうすると、このチンピラ共から『マジで山田太郎かよ、面白れぇ』みたいなノリで写真とか撮られそうだし。当然、そこには住所なんかも記載されているワケで。なのでこの場はグッと我慢だ。
隣をチラリと見ると、顔を真っ赤にして笑いを堪える“性悪女神”の姿が。どうせこの人、例の“読心魔法”で俺の心を覗き見て、この何処にもぶつけようのない憤りを、美味しく堪能しているに違いない。
当然、周りのチンピラ達からも『お前、偽名使うにしても、もちっとマトモな嘘吐けや』みたいな、とにかく呆れに近い視線が……
助けを求めて再び隣へ目を遣ると、息も荒く頬を上気させ、恍惚とした表情の千姫様。クソッ、この“ドS女神”め……
これはきっと彼女の中でも予想外の出来事であり、そしてこの降って湧いた様な“楽しい余興”に心から歓喜しているであろう事は……もういいわ。
鼻で笑う北山のオッサン。
「おいオメーら聞いたか? “山田太郎”だとよ。今度からこの兄ちゃんの事、“太郎君”って呼んでやれ」
いやそれ、本名なんすけど……
「へっへっへ……」
チンピラ達が俺の肩へ手を掛けながら、『おう“太郎君”、ヨロシクな……プッ』とか『お前、いい加減ナメんなよ?』などと笑いながら俺の事を煽って来る。
くそう! 悔しいが、とりあえずここは余計なモメ事を起こさない為にも我慢。我慢だ。
突然、聞かれてもいないのに名乗り出す千姫様。
「私は袴幡千々姫神です。千姫でよろしくてよ?」
突然“難しいお名前”を聞かされ、困惑するチンピラ達。
「たく、たく……? たく? はた??」
いやまあ、それはわかる。
「ふふ、無教養な殿方ばかりなのね? どうやらこの空間の識字率は、思っていたよりも随分と“高い”ご様子。ああ素敵、貴方達の“おもしろ遺伝子”を受け継ぐお子さんがたの成長がとても楽しみだわ。それはそれはもう、立派で優秀な人間になられるのでしょうね。クスクス……ああ、ほんとうに気の毒で涙が出そう。あら御免なさい! 私ったら、思っている事をずけずけと……」
彼女の言う、その“おもしろ遺伝子”の中には……きっと俺の事も含まれているのだろう。
「あぁ? 何言ってんだこのアマ。あんまナメてっと……」
いいぞチンピラ! その女に一言ガツンと言ってやれ――!!
だがその時。
「あら貴方、最近浮気相手が出来たのね? 具体的に言うと先週の土曜日の夜。おめでとう御座います、頑張ってお店に通った甲斐がありましたね。さて。後は奥様にバレない様に……」
千姫様の肩を掴もうとしていたチンピラが動きを止め、見る見る内に大人しくなった。
「な、何をいきなり……」
彼の表情が明らかに固くなる。
うわぁ……これ、間違いなく例の“読心”だ。でも不思議だ。今、この場、状況で浮気相手の事なんか考えるか? 読心ってのはあくまで、今現在の心の中を覗き込む能力の筈なのでは??
彼女は楽しそうに、今度は別の者へと笑顔を向けた。何という邪悪な笑み……ふと、いつも俺を玩具にして遊ぼうとする“蒼髪の小さな邪神”の顔が頭をよぎる。似ている。絶対に彼女をこの人に会わせてはならない。それだけは全力で阻止せねば。
止まらない千姫様。
「あら貴方、お酒とギャンブルは程々に。昨日、悩んだ挙句に“借りた”でしょう? あの十三万円はいずれ家庭崩壊の引き金になるわ。最初は少額、皆そうなの。駄目よ、お気を付けなさい」
あれ、やはり“今考えている事”以外もわかるのか? だとしたら隠し事が一切通用しない。なんて恐ろしい女性だ……
「……えっ?」
また、彼女は別の者を指し示す。
「それと貴方、今、まさに奥様が浮気してらっしゃるわよ? 今から二時間後に抜き打ち帰宅してみなさいな? 間男が南側のテラスから飛び出して逃げて行きますから。取り押さえるつもりなら、助っ人を一人連れて行くのが“吉”よ」
いやそれ、吉なのか凶なのか……
おいおい。まーだやる気だよ、この人。
「それと貴方、貴方は……随分と“面白い御趣味”をなさっているのね? えっ……あら、これはちょっと……」
指名された男の顔から見る見る内に血の気が引いて行く。えっ、てかアンタ何してんの? 何なんだよその“面白い御趣味”って。ヤバいやつか? 想像もつかないが、もしかするとバレたら社会的に死んでしまう様なすげーヤバイやつなのか??
「い、いや、知らない……俺は、何も……してない……」
ちょっと、声、震えてるよ!?
「あらそう。でもこれは流石にバラすと気の毒なので……内緒にして差し上げますね」
「……」
それ以上は語らぬ彼女。そして彼も。いやだから何よ!? めっちゃ気になるんだけど! その内容こそバラしていないのでわからないが、皆の前でそこまで言われたら……もう周囲からマトモな目で見て貰えないのでは……?
「では次。貴方、そう、ドアの前に立っている右側のあなたです。貴方は……」
「ち、ちょっと、千姫様……」
人を変え、次々と行われる“公開処刑”。そして彼女によるそれは暫くの間、まるで優しい拷問か何かの様に長々と続けられた。
「「……」」
皆、徐々に顔から生気が失われ、死人の様に青くなってゆく。ちょっとここ、このままでは職場崩壊を起こすのでは……
もう嫌だ面倒くせぇ。何だよこのお通夜会場。
だが確信した。これ絶対に“読心”だけじゃないぞ。でないと本人の知らない奥さんの浮気の事までわかる筈がない。これが“神の力”というやつか? この人絶対、俺の知らない“読心”以外の能力を隠しているに違いない。しかし神とはいえ、職権、いや権能乱用が過ぎるわ。
この人、絶対に友達が少ない。おっと、余計なことを考えるのは止そう。バレたら俺にも飛び火して来るのは間違いないワケで。くわばらくわばら……
嬉しそうに他の者を見て、『貴方の息子さん、怪我の暗示が出ているわ。何事も起こらないと良いのですけど……』などと、祈るような仕草を見せる腹黒女神。
まったくこの人は……
「この女、神通か……?」
ジッと黙って見ていた北山のオヤジがボソリと呟く。
それは小さな呟きだったがハッキリと聞こえた。俺はその発言に少し違和感を感じたが……正直、今はそんな事はどうでもいい。とりあえずここから逃げ出すのが最優先だ。
まあ、このオッサンがこちらの事情を知っているワケでなし、そこはあまり気にしないでもいいだろう。
もし彼が“天界の関係者”とかだったのなら、千姫様がわざわざ面白がって喧嘩を売りに来る様な事もないだろうし、逆にこのオッサンだって、神の一柱に向かって因縁を付ける様なリスクは冒さない筈だ。
ともあれ。
北山のオヤジは彼女を怪訝な表情で観察していたが……どうやら“関わらない方がいい”と判断したらしく、ゆっくりと俺の方へと視線を移す。
そりゃあそうだろう。こういうのを放っておくと組織に亀裂が入りかねない。そしていずれは己の番が回って来て、皆の前で“何かとんでもない事”を暴露されるだろう。その前に追い帰すのが、大人の取る正しい判断だ。
「でな、兄ちゃん。話を戻そう。オメーよ、ウチの前で何してたんだ?」
声に先程の剣幕はない。要はさっさと帰したいが、一応は面子を保つ為に形と筋を通しておくって事か? よし、お互いに利害は一致した。早く帰る為にも、ここは素直に応じておこう。
「いえ、特に何かしようとして来たワケでは……」
俺の目をじっと見つめる、北山のオヤジ。
「……そうか。嘘は吐いてねえみてぇだな。よし、手間取らせた。あと呼び止めといて茶も出さず、悪い事をしたな」
「いいえ、此方にも非がありますんで」
俺が意図を理解している事を確認し、大きく頷く北山のオヤジさん。
「オイ! この兄ちゃんと姉ちゃんに何か手土産でも持たしてやれ!」
「うす、オヤッサ……いえ、専務」
千姫様の見透かす力を不気味に感じたのか、誰一人として異論を唱える者は居ない。
とにかく頃合いだ。これ以上騒ぎを起こされては困る。それに千姫様も、もう十分に相手を煽って“楽しんだ”事だろう。てかもういいよね? 止めて、ホントにもう。
それから俺は、彼女の方をじっと見つめ……
(ねえ千姫様、もう充分に楽しんだでしょう? そろそろ帰りましょうよ)
そう心の中で“思った”。当然、口に出さずとも通じる筈だ。
こちらを見てニコリと笑い、首を横に振る腹黒女神。
「だめよ太郎さん。まだメインディッシュが“来ていない”わ。それと私がいくら美しいからといって、そんなに情熱的に見つめないでくださる? 気持ち悪くて照れてしまいます。ああ、吐きそうだわ」
そう言いながら腕時計へと視線を落とす彼女。
メインディッシュ……? 来ていない? 何の事だ? そういえば、先程から彼女がチラチラと頻繁に時計を見ていた事に今更気が付く。てかサラッと気持ち悪いって言われた。それより……
「あの千姫様、一体何を??」
「太郎さん、前菜は楽しめたかしら? でも本当のお楽しみはこれからよ」
「……は?」
その時、俺の中の危険感知センサーが急速にざわつき始め、何か“恐るべきもの”の襲来を予感させたのだった。




