類は友を呼ぶと言う
こんにちは! ワセリン太郎です! ウンコロナ、さっさと終わって欲しいですね!!
「さて、そろそろ約束の時間だ」
シグルドは腕時計を見てからそう呟き、目の前の大きな門扉を見上げる。
その彼女の顔を肩口から覗き込み、不思議そうな表情を見せるチンパンジー。“彼”は暫くそうしていたが……ふと飽きたのか、先程買って貰った子供用のアロハシャツの前を捲り上げ、短パンの隙間から股間を痒そうにボリボリと掻き始めた。
再び口を開く、銀髪の戦乙女。
「いいか相棒、これよりある女……これはつまり私の雇い主のことなのだが、とにかく彼女の指示通り、“救出作戦”を決行する」
“雇い主”。要は千姫の事だ。
実は千姫、あえて太郎と一緒にチンピラ達から捕まり、その上で頃合いを見てシグルドに強行突入をさせるつもりで手筈を整えていたのだ。狙いは当然、高崎興業の社員達を刺激し“無駄に騒ぎを大きくする為” である。
「ヲキッ?」
「なあに、心配するな。“私は戦闘のプロ”、そして相手は“素人”の集団だ。故に貴様の初陣としてはこれ以上にない程に好条件の……っと、その前にコイツを渡しておこうか」
そう言ったシグルドは、チンパンを乗せている逆の肩に担いでいた楽器ケースをゴトリと地面へ降ろす。そしてその中から……この日本という平和な国には随分と似つかわしくない“物騒な物”を取り出し、ニヤリと笑って見せたのであった。
「さあ、これを持ってみろ。しっかり握れ、重いぞ」
シグルドより渡された“長具足”を持ち上げ、『これは一体何か?』といった様子でまじまじと見つめるチンパンジー。
「ヲキッキッキッ?」
だが、どうやらそのグッとくる感触がお気に召した様子。それが一体“何をする道具”なのかを理解しているとは到底思えないが。
「うむ、まずは気に入って貰えた様で何よりだ。ではそれは貴様に預けておくぞ、大切にしてくれ」
「ヲキッキッ!」
「おっと忘れていた……いいか? ソイツを扱うのに“愛情”は必要だが“優しさ”は要らん。なぁに心配するな、信頼できる頑丈なヤツだ。そうそう壊れはしない」
「ヲキッ!!」
嬉しそうに“それ”を頭上に振り上げるチンパンジー。実に恐ろしい光景だ。
「よし良い返事だ! さあ、作戦の開始時間だ。これより悪党共の“制圧”を開始する!」
彼女はそこまで言うと軍服の上着を脱ぎ、楽器ケースの中から“もう一本のそれ”を取り出して……そのスリングを己の肩口に引っ掛けたのだった。
「ではついてこい相棒! 救出作戦を開……」
その時だった。突然、周囲へ激しい音が響き渡る。
ブォオオオオッ──!! キキーッ!!
随分と肉厚なスキール音。そして、張りのある勇ましい掛け声。
「かりばーーーっ!!」
――ボゴオッ!!
何かが、金属を押し潰す重い音。
「むっ! 何だ、敵襲か──!?」
そのけたたましい音を響かせたトラックは、振り向くシグルド達の背後を勢いよく通り過ぎ、そのまま奥の“高崎興業”と書かれた大型車専用の出入口に勢いよく突っ込んで行ったのだった。
そしてそのすれ違う瞬間、シグルドと……トラックの荷台に登っていた“ツナギ姿の女”の目が、一瞬だけバッチリと合ってしまう。そして彼女の心はその奇妙な女の存在へと釘付けに。
(一体何だ? いや、あの荷台の女……間違いない、アレはとんでもなく危険なヤツだ。このスペツナズで鍛え上げられた私の勘がそうだと告げている!)
「ヲッキッキッキッ!!」
嬉々とした表情を見せる彼女に釣られて興奮し、頭上で手を叩き始めるチンパン。
「おいおい、もしかして第三勢力のお出ましか!? 千姫のヤツ、そんな話は全く聞いていないぞ!」
元々、つまらない敵を掃討するだけの簡単な任務。
当初、シグルドはこの話にあまり乗り気ではなかった。ヤクザかチンピラか何だか知らないが、相手は気勢だけの素人集団。高度な戦術のイロハなど知りはしないし、経験も全く足りていない。どうせ弱者の弱みにつけ込んで恫喝するばかりで、日頃の戦闘訓練すらロクに行っていない筈だ。要は敵として弱過ぎ、“つまらない”。
だが突然、予定外に“危険な敵”のご登場。これはシグルドにとって大きなサプライズだ。あくまで“仕事だ”と割り切っていた彼女の胸に、熱い何かが蘇る。
「おい見たか相棒! 今の女、走行中のトラックをバットで思い切り殴っていたぞ! 狂っている、こいつは悪くない。この平和ボケし、腑抜けた日本という国にも……居るじゃあないか、見るからにヤバそうなヤツが! おいおい見直したぞ、日本!!」
嬉しそうに笑うシグルドは、手に持った自動小銃、通称“カラシニコフ”のセレクターレバーをガシャリと叩き降ろして安全装置を解除した。
「おいチンパン、貴様も安全装置を解除しておけ!」
通常、お猿にそんな事が出来るわけがないのだが……
「ヲキッ!」
──ガシャン!
見よう見まねでセレクターレバーを押し下げるチンパンジー。
――覚えた――
どうやら彼、生まれつき随分と知能の高い個体だったらしく……何となくシグルドの放つ言葉の意味を理解している御様子。もしかすると、神様と何度かやりとりした件も何か関係しているのか、いないのか……とにかく。
鋭い眼光で、チンパンへと指示を飛ばし始めるシグルド。まるで“軍隊”だ。
「いいか相棒、下された指示は“女以外は全員敵”。わかるか? つまり“動くヤツは全員標的”だという事だ! シンプルなハナシ、何も考えずに思い切り撃ちまくれ!!」
そう。彼女の雇い主である千姫は……意図的に同行する太郎の存在をシグルドへ伝達せずにいた。当然、“間違って一緒に蜂の巣にされたら面白いから”などという、彼女らしい非道徳なノリからである。
「なあに、高度な術で保護されているから、弾切れや詰まりの心配も無い。そして人に当たれば……なんと、着弾寸前に魔法の力で硬質ゴム弾に変化するのだ。凄いだろう? つまり射殺してしまう事もない! せいぜい病院送りが良いところだ」
「ヲキッ!」
「よって貴様は気持ち良く“撃ち放題”! さあ皆殺しパーティーだ、気兼ねなくブッ放せ──!!」
彼女はそう言いつつ足元の石を拾い上げ、抜群のコントロールを見せて……近くの監視カメラのレンズを素早く叩き割る。
「これで良し。物証は残さないのが基本だ」
知性の程度が全く不明なチンパンジー。また、それに対してとんでもねぇ飛び道具を支給し、あまつさえ乱射を推奨する。レア達とは方向性こそ違うのだが……こちらもこちらで、非常に迷惑極まりない類の女であるのは間違いない。
「ヲキッキッキッ──!!」
両手で自動小銃を振り上げ、嬉しそうに歯茎をむき出し笑うエテ公。
「いくぞ、突撃――!!」
こうして“とんでもなく物騒な物”を構えた一人と一匹は……高崎興業の来客用玄関である、豪奢な黒塗りの門扉を元気よく蹴り開け、その内部へと“突入”を開始したのであった。
──キキーッ!!
停車したトラックの扉を蹴り開け、飛び降りる様に運転席から転がり出す高崎興業の従業員。
アホが……叫んだ。
「おのれテロドスの仇! 我が聖なる聖剣の聖なる一撃を食らえ!!」
「う、うわあぁぁぁああ──!?」
“聖なる聖剣の聖なる一撃”。“頭痛が痛い”を遥かに超える上位互換的な表現だ。それより。
そもそもテロドスを殺ったのはトラックの運転手というか、責任はどちらかと言えば、思い切りブン殴って吹き飛ばしたトビーの方ににある気がしないでもないが……しかし、この女がそういった細かい理屈を考慮する筈もなく。
「かりばーーっ!!」
──ゴチン! ボゴッ!!
「き、き◯ちがいだー! 助けてくれ――!!」
レアの産業廃棄物が踊る度、トラックの運転席と助手席の間に……屋根から“新たな間仕切り”が生まれ、降りてくる。
その度重なる衝撃でルーフとピラーは中央へと強引に引っ張られ、四角かった筈のヘッド部は……まるでポップなフォントで描かれたアルファベットのエムの字か何かの様な、とにかくそういう不思議で面白い形に変形してしまっていた。
加えて荷台の鳥居やアオリ部は、とうの昔に本体へと別れを告げ、床どころか根太の部分まで露出して壊滅的な被害が発生している状況。ここまで来ると、簡単に見積って、まあ……廃車は免れないであろう。
「かりばーっ! かりばーーーっ!!」
ベキッ! メキッ!!
運転手は、荷台に乗ってゴンゴンと金属バットでルーフを叩くレアには目もくれず、一目散に事務所へ向かって駆け始めた。
「お、おーい! だ、誰か助けてくれ! キ〇ガイだ! キ〇ガイに襲われてる!!」
まさか質実剛健を旨とする現場用のトラックが、女一人にここまで派手に破壊されるなどと一体誰に想像出来よう? まるで古いビデオゲームのボーナスステージだ。
鎖を一本握りしめた女がスケボーだけでトラックに追い付き、何処からともなく抜き放った金属バットで車体をボコボコに破壊。しかも乱暴な運転でも振り落とせず、事務所まで乗り込んで来て大暴れ。運転手にも多少は非があるが、いい加減笑えない悪夢である。
(な、何なんだよあの女!? マトモじゃねぇ、こ、殺される!!)
とにかく彼は、その場から必死に逃げた。
「おい、誰か! 誰か事務所に居ねぇのか!? 頼む! 誰かオマワリ呼んでくれ──!!」
震え上がった運転手は、真っ青な顔をして必死に事務所の玄関を目指す。
そう、その先に……もう一つの“理屈の通じない脅威”が待ち構えている等とは微塵も思いもせずに。
キャビンを完全に叩き潰してから顔を上げ、再び大声を上げるアホの子。
「あっ、待て! 貴様、逃がさんぞ、テロドスの代わりとなるバーベキュー用のお肉を寄越すのだ! いい加減に観念し、我々の晩ご飯を補償しろください──!!」
「知るか――!!」
「謝罪と賠償を要求する――!!」
そうして、男の逃走に気付いたレアが荷台を飛び降りた瞬間。
ダダン! ダダダダンッッ──!!!
ルーフに食い込んだバットを引き抜き、目を丸くするレア。
「ぬっ!? 何だ? 今、何かデッカい音したぞ??」
ダダン――!!
周囲に凄まじい破裂音が鳴り響いたのである。
「ぎゃああっ──!?」
突然悲鳴を上げ、その場へ倒れ込む運転手。
「おいそこの男止まれ! 止まらねば撃つぞ!!」
いや……既にもう“撃った後”だ。
シグルドが『止まらねば撃つぞ』と警告しながら発砲した“弾丸”は、見事逃走中の運転手の太股へ直撃。生物への着弾時は魔法で弾頭がゴム化するとはいえ、それは運転手の逃走を止めるに充分過ぎる威力であろうことは想像に難くない。
「い、痛ッてぇぇぇぇぇ──!!」
強烈なゴム弾の乱打を内腿に食らい、悶絶して路上へ転がる従業員。
「フン、一応警告はしたからな! よし、まずは一匹!!」
良くない。
その時だった。
外の喧騒を聞きつけ、事務所の中から……随分と見た目の厳つい“会社員達”が、勢い良くバラバラと複数名飛び出して来たのは。
「おう、何だテメー!? おい、そこで一体何していやがる!?」
そう怒鳴ったスキンヘッドの大男だが、目の前の状況を見るなり……何とも形容し難い表情となった。
そりゃあそうだろう。すぐには飲み込めぬ異常な絵面。なんと彼の目の前には……外国人と思しき軍服の女が、こちらに銃口を向けて立っているのだ。一体、誰がこの様な状況を簡単に理解する事が出来ようか。
「おい待て! 嘘だろ!? あの女、“マシンガン”みてーなの持ってんぞ──!?」
彼の後から続いた男達も怯み、口々に思ったことを呟き始めた。その語気に、先程見せた様な勢いは……微塵も感じられない。
「いやいや、オモチャだろ。流石にエアガンか何かだよな……?」
「でもよ、さっきの音は……」
「ああ、何か“スゲー音”してたぞ……」
「ば、馬鹿野郎……んな事があるか。大体あんなマシンガン、ここは北九◯じゃねぇんだぞ」
「いやいや、あんなん北九でもそうそうねぇよ……」
白昼堂々の乱射事件。この平和な日本においては随分と見慣れぬ、不審な所持品。最後に事務所から出てきた若い男が……倒れたまま呻く運転手を指差し、震える声で呟いた。
「いやでもあれ、何か脚、撃たれて……ねぇっスか!?」
「バカヤロウ! あんな派手な銃がその辺に転がっててたまるか! よく見ろ、オモチャに決まってんだろ!!」
そう言って彼のアタマを叩いた別の男が……シグルドへとゆっくり近付いた。
「おう姉ちゃん。そんなオモチャ振り回して何のつもりかは知らねぇが、ここが高崎興業の“事務所”だと知っての事かい? この暴れたオトシマエはきっちりつけて貰……」
その瞬間、シグルドが動いた。
AK-47を構えたまま男へ突進し、彼の足元へと──ダンダンッ!!
発砲した。
――チュインッ――!!
耳を裂く、銃声。そして欠けるコンクリート。
「うをっ──!?」
あまりの迫力に驚き、彼は咄嗟に右足を後ろへ引いて半身になる。
シグルドはその隙を逃さず……
彼女は己の肩から銃のスリングをスルリと外し、男の左肘と背中、そして右肘の間へとAKを真っ直ぐに突っ込んだ――!!
「うぉあ! おい、何しやがる──!?」
それから間髪を入れずに男の膝裏を軍靴で強く押し込み、その体勢を低く崩すと……手に持っていた銃のスリングを、後ろから彼の額へ引っ掛けたのである。そのまま、捕虜の重心を斜め後ろにジワリとずらす。
「う、動けねぇ……!? な、何者だこの女……」
「ふん、やはり貴様等は素人か。教えてやろう、これは人質を利用した人間の盾。銃撃戦において敵の数が多い時の基本だ」
そう鼻で笑うシグルドの言うとおり、銃を構えた彼女の前には……両肩を極められ額をスリングでロックされた男の姿が。
それはまるで“弾除けの盾”か何かの様に前方へ向けられ、一切の自由を奪われた彼は全く抵抗する事が出来ずになすがままだ。当然こうなると、味方を人質に取られた側は非常に発砲しにくい状況に……いや。と、いうより。
「ひ、人質!? い、い、いやあの“銃撃戦”って、銃持ってるのはアンタだけで……」
ちなみに彼女、日本国内では銃器の単純所持が認められていない事をイマイチよく理解していない。そして敵対する彼らが如何にチンピラとはいえ、当然、武器になりそうな物など何一つ所持しておらず……
「フン、私も甘く見られたものだな。誰がそんな虚言に乗せられるものか! さあ貴様らも早く銃を抜け! 死のパーティーはこれからだ。ほら何をしている? 遠慮せずに幾らでも撃って来い! よしチンパン、貴様も我が“スペツナズの一員”としての誇りをこの連中に見せつけてやれ!!」
「……ヲッ?」
彼女の後ろで不思議そうな声がした。
「はぁ? チン……パン?」
持たされたAK-47の手触りを興味津々に確かめていた類人猿は……突然指名され、己にスポットライトが当たった事を何となくだが理解する。
皆の視線を独り占めにし、徐々に興奮し始めるチンパンジー。
そして従業員達は、ようやくここで気付いたのである。目の前で大声を上げるシグルドの背後に潜む……“マシンガンを抱えたエテ公”の存在に、だ。
「お、おい嘘だろ……!? あの猿、マシンガン持ってやがる……」
「いやあれ猿じゃなくてチンパンジーだよな? てか何でこんな所にチンパンジーが居やがるんだ??」
「いやいやいや先輩! そんな事より“銃”でしょ!? ヤベェ! アイツ銃持ってるんスよ──!!」
動物故、言葉が一切通じない恐怖。
ガンッ!! と捕縛中の男の体勢を崩し、隙も無く視線だけをチンパンへ移す戦乙女。
「ほら相棒、さっき教えただろう? 先ずはセレクターレバーを下げ……そうだ。それから肘の力を抜いて脇を締め、しっかりと両手で構えて……」
教えられる通り、ゆっくりと銃を構えるチンパンジー。
「そうだ、いいぞ!」
いや、何も良くない。
ザワつき、彼を刺激しない様に後退りし始める高崎興業の社員達。
「お、落ち着け、お猿……おい、事務所の冷蔵庫の中に、オヤジが食ってたバナナの残りがあったろ? 誰か急いでアレ持って来い!」
「よし、撃て──!!」
「ちょ、ちよ、待て待て!!」
シグルドが号令した次の瞬間。
──ダンッ!!
エテ公が、無表情のまま一発だけ弾丸を発砲したのだった。
チュインッ!!
弾丸は玄関前のブロックの角に命中し、僅かな破片の飛散と共に……皆の眼前から行方をくらます。
「ヲッ──!?」
引き金を引いた“彼”は、驚いた様に己の手元を確認し……再び、目の前の“会社員達”へと視線を戻した。
満足気なシグルド。
「どうだ? 初めて撃ったAKの感触は。フフ、なかなか悪くないだろう?」
いや悪いわ。
高崎興業のチンピラ達の顔から、急速に生気が失われてゆく。
「お、おい……やっぱあの銃マジモンだぞ!? 本物だ──!!」
「う、嘘だろ」
「おい、猿がコッチ見てんぞ!? に、逃げ……」
「ヲッ、ヲッ、ヲッ……」
生まれて初めて扱う、“文明の感触”。
彼はその銃口を再びゆっくりと水平に構え……それからニカリと歯茎を剥き出しにして笑ったのであった。




