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ミヨばあちゃんの駄菓子屋さん

 こんにちは! ワセリン太郎です!


 残暑厳しいですが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 僕は……暑さで脳をやられた模様です!!(白目

──ガラガラッ──


 取手に手を掛け、駄菓子屋の扉を勢いよく開け放つレア。


 彼女は店の入口に立って薄暗い店舗を見回すと、大きく息を吸い込み……奥に引っ込んでいるであろう少し耳の遠い店主に、『客が来たぞ』と大声で伝える。


「くーださーいなっ! ミヨばあちゃん、居るか?」


 アホの子の来店に気付き、奥の扉から高齢の老婆がゆっくりと顔を出した。


「はーい、おります、おります。あらレアちゃん、いらっしゃい。今日も暑いわねぇ」


「うむ、非常に暑いので、バアちゃんも健康にだけは気を遣い、まだ暫くは死なない様に気を付けるがよい!」


 無茶苦茶な言葉で気遣うレアに、その上品な老婆はニッコリと嬉しそうに破顔した。


「ふふふ、いつもありがとう。さて、今日もお菓子? 暑いからアイスかしらね?」


「いや。お菓子やアイスは両方食べたいのだが、残念ながらそれらを買いに来たのではないのだ。今日はそっちの文房具の方に用がある」


 レアはそう言うと、駄菓子屋の奥のスペースにある、更に薄暗い一角を真っ直ぐに指差した。思わぬ事だったのだろう、パチパチと目を瞬かせるミヨばあちゃん。


「あらこっちなの? そういえば文房具なんて売ったのはいつ以来になるのかしら? 昔は沢山の子供達がわいわいガヤガヤと、鉛筆や消しゴム、あとノートや自由帳なんかを買いに来てた時期もあって……本当に懐かしいわねぇ。あの子達ももう、随分と大人になってしまったんでしょうね」


 そう噛み締める様に呟きながら、ミヨばあちゃんは壁のスイッチに手を掛ける。


──ぱちん。


 ジジッ……ジッ。


 まるで長らく寝ていた機械が準備運動でも始めたかの様に、古い蛍光灯が短く()いたり消えたりを繰り返した。


 それからしばらくの(のち)……正常に稼働したのを知らせる“ぽん”という音と共に、少し蒼白い光がゆっくりと店内を包み込む。


「うむ、これだ。実は先日、お菓子を物色している最中に偶然これを見つけ、是非とも買わねばならんと思っていたのだ」


 そう言ったレアが手に取ったのは、黄色いプラ芯に撒かれた凧糸(たこいと)と、店の一番奥で埃を被っていた子供用の竹竿(たけざお)セット。


「それは……」


 しばらく竹竿を眺めてからハッと目を見開き、ぐいっと眼鏡を持ち上げるミヨばあちゃん。


 思えば、昭和に夫婦でたばこ屋から始め、商店、文具、駄菓子屋と……そうして時代を繋いで生きてきた。あれは一体いつの物だったろう? 袋の印刷はとうに(すす)け、随分と埃にまみれた竹竿セットだが……ずっとここの軒先から街を眺め続けてきた彼女にとって、それは紛れもないタイムマシン。

 『ああ、“あの頃”ってまだ、こんなに身近に残っていたのね』と思い、老婆は人知れず記憶を辿りゆっくりと目を細める。


「まだそんなのが置いてあったのねぇ……文房具の方はもう十年以上、電気も点けていなかったから。確かその釣竿、お父さんが儲けにもならないのに沢山仕入れたんでしたっけ? 『きっと男の子達が欲しがるぞ!』って言って聞かなくて」


 彼女は目を輝かせて歩み寄り、『ねえあなた。結局これ、沢山売れ残りましたよ』と奥の仏壇の方を向いて笑う。そうして残りの竹竿セットが入った箱を愛おしそうに撫でながら……当時を振り返る様にゆっくりと呟いた。


「その釣竿セットはね、ウチのお父さんが『近所の男の子達、みんなが買える様に』って、沢山、沢山仕入れたのよ」


「お父さん? ミヨばあちゃんのお父さんか?」


 笑う老婆。


「ちがうのよ、私の旦那さん」


「ならジイチャンだな。そういえば会った事がないが、その爺ちゃんは元気なのか?」


「ええ、そうねぇ。いつもいつも、毎日毎日、バアチャンの事を見守っててくれてるの」


「そうか、それは何よりだな!」


 ニコニコするミヨばあちゃんは、ふと当時を思い出したように蛍光灯を見つめる。


「そういえば、シゲルちゃんやシュンちゃん達がまだ子供の頃、田んぼでザリガニを獲るとか言って、それを買っていってた様な覚えがあるわねぇ」


 実は少し記憶違いであり、子供時代の大家(しげる)やシュンイチ達が釣ろうとしていたのはザリガニではなく、近くのドブ川に生息していたスッポンの方である。当時の大家(しげる)達はそれを捕らえ、泥を吐かせてカネに変えようと必死になっていたのだ。だが当然、何事にも大味で雑な彼等の事。それで警戒心の強いスッポンが釣れるはずもなく。


 しかし“ザリガニ釣り”という、子供達(クソガキ)の喜びそうなパワーワードに目を輝かせ、過剰な反応を示すレア。


「なに!? ミヨばあちゃん、この釣り竿はザリガニも獲れるというのか??」


「お婆ちゃんは男の子達の遊びはよく知らないけれどね、多分それに煮干しとかを結んで捕まえてたんじゃないかしら?」


「なんと、煮干しか……それは良い事を教わったぞ! 折角なので、和牛を釣り上げた後にそちらも試してみるとしよう!」


 そう言ったレアは、回転寿司のシャリの上に乗ったエビ……の様なザリガニ(・・・・)や、オマールエビ……の様なザリガニ(・・・・)が沢山入った豪勢なパエリアが自室のちゃぶ台に並ぶ光景をウンウンと頷きながら思い浮かべる。


 ちなみにこの女……もうあえて説明するまでもないが、エスカルゴとカタツムリの違いは大きさによる“食べ応えだけ”だと思っているクチだ。


 釣り竿を川遊びや田んぼの水路等で使うのでは無いと知り、少し不思議そうに老婆は訪ねた。


「レアちゃん、それで何を釣るのかしら?」


 元気よく応える阿呆。


「はっはっはっ! 嫌だなバアチャン。釣り竿といえば、和牛か鯨を釣ると相場は決まっているではないか! あと何か知らんが海でイルカを食うとシェパードが襲って来るとか聞いたことがあるな!!」


 何を言っているのか解るはずもない。何せ発言している本人も、己の言葉をよく理解していないのだから。


「そうなの……」


「まあ、そういう事だ!」


 それから『それはもう随分と古いし、あなたに一つあげるわね』と言うミヨばあちゃんに竹竿を譲って貰い、凧糸とガリガリ君ソーダ味の料金を小銭で支払ったレアは……住宅街へと向け、悠然と歩き始めたのであった。

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