和牛19号
こんにちは&お久しぶりでございます、ワセリン太郎です!
いつも読んで下さる皆様、お変わり無かったでしょうか? 正直なところ、コロナ騒ぎの自粛中にその事が気になって仕方ありませんでした。皆様が何事もなく、ご健康に過ごされていると良いのですが……
さて小説の内容も内容ですし、世の中の状況を鑑みて投稿を自重していたのですが……気付くと再び“ワセリン死亡説”が流れていた模様です。大丈夫、僕は生きてます!
実は……外出せず、その間に書き溜めた読み切りがあるのですが、近い内にそれをドバッといく予定ですのでそちらもお楽しみに! さて。当然ですが、レアさん達は一切世間の空気を読まず、自重も全く致しません!!
太郎が千姫と共に、高崎興業の事務所へ無理矢理連れ込まれそうになっていたその頃……
住宅街の飼い犬の成育状況を一通り確認し終えたレアは、精肉店で貰った“おいしいお肉の部位”が描かれたチラシを手に、何かをブツブツと呟きながら公園の方へと独り歩き始めていた。
「うーむ、この“お肉の部位”というやつは実に為になるな。未だにどれがどの部位で、どこが一番美味しいのかよくわからんが……むっ? このホルモンとかいうのは腸のことなのか? ということは、もしかすると食べたら中からうんこが出てくるのかも知れないな!!」
相も変わらず声が大きい。
その大きな独り言を聞き、すれ違うサラリーマンが怪訝な顔をする。だが、当のレアはお構いなしだ。
「そうか、焼肉というのは同時にうんこの食感も楽しむものなのか……なるほど、この世界の食文化は実に奥が深いと見える。そういえば以前ミストが『うんこで作るお酒があるんだって!』とか言ってたぞ。しかしそれを考えた奴は天才なのかも知れん。何せそれこそが……出したものを再利用する“永久機関”なのだからな!!」
そうこうする内に、レアの視界へと公園前の駄菓子屋が映り込んで来た。
「うむ、まだ午前中なので……サトシ達はまだ野球をしていないな。人間というのは我々より遙かに寿命が短いのだし、子供達も学校等へ行かずに死ぬまで野球をして遊んでいた方が、人生楽しいのではないだろうか?」
皆が皆、死ぬまで公園で野球を楽しみ一生を謳歌した場合……一体誰が労働して社会を支えるというのだろうか? そしてもし、それが実現した場合、世界というものは案外呆気なく滅んでしまうのかも知れない。
駄菓子屋の自販機の前へ立ち、ポケットからごそごそと小銭を取り出すレア。
それから彼女は百六十円を機械の投入口へ突っ込むと、迷うこと無く六矢サイダーのボタンを押し、ゴトンと重い音が落ちて来たのを確認したのち……少し腰をかがめてからサイダーの入ったペットボトルを取り出したのだった。
「うむ、やはりこういう日はこれに限るな!」
ぶしゅっ──!
炭酸がはじける音から少し遅れ、せり上がる透明の泡が飲み口へと迫る。
「おっとっと……」
ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ……
「げぼっ! うあぁぁぁシュパシュパする!」
そうして品も無くげっぷをした彼女は、一度開けたペットボトルへと蓋をしつつ……背後の公園へと視線を移したのだった。
「誰か居るだろうか?」
そこにはジャングルジムのてっぺんに座り込む、緑色のジャージ姿の小柄な娘の姿が。
そう、ミストだ。彼女は何か……チラシの様なものを穴が開くほど真剣に覗き込んでいる。
「ぬっ。ミストのやつ、一体何をしているのだ?」
ずかずかと公園へ入り、ジャングルジムの滑り台を登り始めるレア。その気配に気付いたのか、胡座をかいていたミストがそちらへ視線を移動させた。
「あっ、レア姉さん」
「ミストよ、そこで何をしているのだ?」
「ああ、これ?」
そう言って彼女が突き出して来た手には、“特売!”と大きく書かれた近所のホームセンターのチラシが。今朝、太郎の部屋の新聞請けに入っていたのをパクってきたものだ。
「ホームセンターか。何か買うのか?」
頷くミスト。
「うん。アタシらさ、今“和牛”育てようとしてるじゃん?」
それは牛ではない、犬だ。
「うむ」
犬猫はいくら育てようとも、大きくなって“牛”にはならない。もしもこの場に太郎が居たのなら、再び彼を強い頭痛が襲っていたことだろう。ちなみに彼女達へ『飼い犬を育てたら和牛になる』と吹き込んだのは……我らが小さな邪悪の化身、ロッタその人である。
チラシの一部分を指差して見せるミスト。
「そんでお肉を育てたらさ、当然“焼くやつ”が必要になるじゃん?」
彼女の指す先には、そこそこ立派な“バーベキューセット”の画像。なるほど、といった様子のレアが大声を上げた。
「おお、これは良い物だな! これさえあれば我々は、毎日アパートの庭で焼肉し放題になるに違いない!!」
もし実現した場合、それこそ何とも近所迷惑な集団である。しかしこの二人が他人の迷惑など考慮する筈も無く……
「毎日三食焼肉とかマジでクッソ夢の暮らし! うんことかメッチャ硬くなりそう!」
「毎朝尻が切れそうだな! だがなミスト、野菜は空地の草と一緒なので別に食べなくても良いのだ。どうしても食事バランスが気になるのならば、マ◯クのポテトかポテチでも食っておけば充分に事足りるのだぞ!」
「マジか揚げ物万能じゃん! そんでさ、姉さん。アタシこれからホムセン行ってコレ買って来ようと思うんだ。でもさ」
首を傾げ、“どうした?”といった様子のレアへ、ミストは話を続ける。
「やっぱ焼肉をするにも、最初は“練習”が必要だと思うんだよなー。ほら、アタシらまだルーピーだし!」
新人と言いたかったのだろうか? いや、たしかに彼女達の場合、その単語は誤用でないのだが。
腕を組み、ミストの言葉にウンウンと同意するアホの子一号。
「なるほど、それは確かにミストの言うとおりかも知れないな! あと、駅前にいる鳩も捕まえてムシって食ったら美味しそうだな!」
「狂っぽ! 狂ッぽ狂ッぽ!!」
そしてこの直後……ジャージ娘の口から恐ろしい言葉が発せられる。
「てことでさ、姉さん。どっかでお犬“獲ってきて”よ」
基本的に現代社会において……お肉は買う物であり、獲るものではない。だがしかし、『そうか』と頷くレア。
「なるほど、分担作業で効率良く……ということか。よかろう、このレア様に任せておくがよい!!」
そこまで聞くと立ち上がり、ジャングルジムから飛び降りようとしたミストであったが……ふと、跳躍しようとしていた脚を止める。
「そーだ! とりあえず今日は練習だしさ、まだでっかい牛は要らないと思うんだよなー。夜に姉さんとつるっちと三人で“味見”するだけだし!」
「そうか。では小さい奴といえば……よし、今日の練習用のお肉は“保存食19号”辺りでいくとするか!」
そう言われたミストは、暫く何かを考える素振りを見せて……『ああ!』といった様子でポンと手を打った。
「焼肉19号って言ったらあれだろー? あの“習オバサン”家で飼ってる……あれ、何て犬だっけ? あの座敷犬サイズのむっちゃキモい犬!」
「犬種までは知らんな。そもそもあれは雑種ではないのか? 何かエチオピアの小汚いオッサンみたいな顔で、随分と妙な鳴き方をする犬だしな。というかだな、私はあんな気持ち悪い人面犬みたいなのは初めて見たぞ!」
腕を組み、ウンウンと頷くミスト。それから……
「あっ、思い出した! 確かエチオピアで生まれた中国の犬だって言ってた! あと頭もチリヂリで、まじオッサン顔! てかあの人面犬、いきなり喋り出しそうでくっそキモイんだけど……あれホント食べて大丈夫なん? 腹壊したりしない?」
訳がわからない。
「うむ。腹の中に入れさえすれば、普通の牛だろうが中国の犬だろうがWHOだろうがコウモリだろうが大差はない。実はテーブル以外の四足歩行動物は似たようなものなのだ。それより、あそこで食品を捕獲するには……あの“習オバサン”がなかなかに厄介だな」
「ああ。あの熊みてーなボーッとした顔の、やたらデカいオバサンね。てかあの人もオッサンみたいなカオしてるよなー。そういや姉さん、コウモリって四足歩行なん??」
「うむ、先日あの犬を柵越しに観察していた所……あのオバサン、何か『イッタイイチロ!』とかワケのワカラン事を言いながら包丁を持って追いかけてきたのだ。あれはきっと“ヤバイ奴”に違いないぞ。街の平和の為、我が金属バットで顔面をブン殴ってやろうかとも思ったのだが、何か非常にキモいのでやめたのだ。それとミスト、お肉というのはコウモリだろうがテーブルだろうが猫だろうが、美味しければそれで良いのだぞ」
ここだけの話、その習オバサン。住宅街の覇権を狙って日々ご近所へ侵略行為を繰り返す、非常にはた迷惑な有名人である。
「あー、アレなっ! あのオバサン、何か隣に住んでる安倍さん家に勝手にゴミ箱とか置いてさ、『ここは我が領土』とか言って“りょーかいしんぱん”とかいうのして来るんだって! あれで安倍さんお腹痛くなったって、アパートの前でオバチャン達が話してた! くっそウケるんですけど! てか“了解信販”ってナニ?」
一体その話のどこに“ウケる”要素があるのか。ちなみにレアとミスト、いや鶴千代もであるが、毎日毎日、太郎の自室前のポリバケツへと容赦なくゴミをブチ込んで行くので、やっている事にそう大差は無かったりするのだが。
レアはジャングルジムの滑り台へと尻を乗せる。
「とにかくだミスト。これから私はあの変なオバサン家へ行き、あの小汚い人面犬を捕獲してくるぞ。どうせ19号は時間を掛けて飼育しても……あんま美味しくなさそうなので、我々の焼肉の練習としては都合がよかろう」
「おっけー。んじゃよろしく! アタシはホムセン行ってくるから!」
「うむ、一番大きい焼肉セットを買ってくるがよい。何せ大きい事は良いことだからな! しかしこれで我々も毎日焼肉が食べられると約束されたようなものだな!!」
「うんうん、雨が降った日は太郎の部屋の中でやろーぜ! そしたらあたしらの部屋も臭くならないし! まじパリピ!」
狭いアパートの裏庭で連日のバーベキュー。それこそ非常にややこしい類の輩が考えそうな事である。
隣のお宅の洗濯物はもれなく燻され、辺りの住宅は煙の香りへと包まれる。それから『ウエ~イ!』等と大声で騒ぐ声が深夜まで響き渡り、楽し気な奇声と共に往来で行われる花火大会。当然、真っ当な近隣の住民から白い目で見られる事請け合いだ。
「はっはっはっ、実に楽しみだな!!」
「うえーい。あっ、そうだレア姉さん。アパートの部屋に密林紹介で買ったウー◯ーイーツの保冷リュックがあるからさ、“お肉”はそれに入れて持って帰りなよ。てかアレ四千円もしたんだよなー。あっ! てかこれ、最初からウー◯ーイーツに『犬持って来て』って頼めば良かったんじゃね??」
何故にミストが、わざわざこのサービス除外地域である神丘市において、ウー◯ーイーツの宅配ボックスを通販で購入したのかは定かではない。恐らくはいつもの如く、何らかの思い込みによるものなのだろうが、そもそも正常な思考を持つ者がどれだけその理由を推測したところで……それは時間の無駄というものだ。
レアは元気良く彼女へ応えてみせる。
「そうか、何かよくワカランが遠慮なく使わせて貰うとしよう! さて、それでは私は“保存食19号”の奴を捕まえに行くとするか!」
こうして大馬鹿娘達は己の責務を果たす為、各々行動を開始したのだった。




