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ビニール傘と金属バット【外伝】~変人たちのクリスマス(その7)

 こんにちは! ワセリン太郎です!!


 この季節外れのクリスマス回も残りあと1話となりました! そして今回は久々に皆様お待ちかねの……【茶色いお話】です! お食事中の方はご注意を!!

 十二月、二十四日。クリスマスイヴ──


 その日の夕方、大家(しげる)宅の居間に集合した一同は……テーブルの上へ置かれた大量のオードブルを前に、楽しそうにワイワイガヤガヤと騒いでいた。


 皿に高く盛られたケン〇ッキーフライドチキン。それを驚いた様子で見つめるアイリの頭を優しく撫で、台所へ戻ろうとしていたアリシアはニコリと微笑む。


「すごい量ね。本来クリスマスには七面鳥を頂くの。でもね、なぜか日本では……このチキンが主流になっちゃったのよねぇ。多分、七面鳥がお店に並ばないのも理由だとは思うんだけど」


「そ、そうなんだ……あっ、お姉ちゃん、私もお手伝いするね?」


 すくっと立ち上がり、アリシアの後を追うアイリ。


 そうして本来の姉妹の様に仲睦まじい姿を見せる彼女達を余所に、太郎の着るパーカーのフードを狙い、丸めた御菓子の包み紙や手羽先の骨を次々に投げ込むロッタの姿が……当然、それはヒルドの目に留まる。


 勿論、真面目な姉はカンカンだ。


「こらロッタ! 一体何をしているのですか!」


 珍しく声を荒げる姉。彼女は太郎をゴミ箱代わりにした妹の手をピシャリと叩き、その頬を両手で軽くつねり上げる。


「いたいいたいいたい……姉様ごめんなさい、太郎が“ゴミ箱にとても似てたから”見間違えてしまったの」


「何て事を! 私でなく太郎に謝りなさい──!!」


「(チッ)……反省してまーす」


 もはや子供というより、小さな邪神と呼んでも差し支えはないのかも知れないが……とにかく年端もいかない少女にすっかりとナメられた太郎は、両手で顔を覆い大袈裟に溜息を吐きながら己の境遇を嘆く。


「ああ、ほんっと俺って……多分、死ぬまでこういうポジションだよな」


「……ん。大変よくおわかりで」


「ロッタ──!!」


 正座し、顔を覆ったまま背中を丸める太郎。それを見たフリストが彼の背中を優しくさすりながら『はぁ……』と大きく溜息を漏らした。


「やめてフリスト! 同情しないで! 優しさと気遣いは本当に有り難いんだけどさ、君みたいな子供に慰められてたら俺、ホントに立つ瀬が無くなっちゃうから!!」


「太郎さん……」


 それを見ていたレアが、ケンタッ〇ーをバリバリとかみ砕きながら高らかに笑う。


「はっはっはっ! 太郎、何かよくわからんが、貴様非常にみっともないぞ! あっ、このフライドチキンは実に美味しいな!!」


「うるせぇよ……ちょ、レアお前! フライドチキンが飛んでくるから、食べながら喋るのやめて──!?」


「レ、レア姉様、汚いです!」


 飛散するフライドチキンを避けながら文句を言う太郎とフリスト。実は最近この二人、自分達の不遇な境遇に通じるものを感じ、お互いに『どうも他人とは思えない』等と思う事が多くなって来ている。その彼等とテーブルを挟んだ位置では……先程の続きか、ガミガミと妹に説教するヒルドの姿が。


 日が暮れる前にビールを飲み始めた大家(しげる)は、いつになく上機嫌だ。彼は妹を叱る姉を眺めてヘヘヘと笑い、『そろそろ頃合いだ』とロッタの為に助け船を出した。


「まあまあヒルドさんよ、そんなに怒らなくてもいいじゃねーか? 今日はホラあれだ、クリスマスイヴで“性夜”だぜ? ちったぁ多目に見てやれや」


 一瞬、彼の言葉に何となく妙なニュアンスを感じ、怪訝な表情で眉をしかめる蒼髪の戦乙女(ヴァルキリー)


「いえ、これは我々姉妹の問題です。大家(しげる)殿、悪いが貴方は教育方針について口を出さないで頂こう!」


「ロッタの奴も悪気があったワケじゃあねえんだ。そもそも目の前に“ゴミ”が落ちてたらな、それを“ゴミ箱”にブチ込むのが人としての責務ってモンよ。つまりオメーの妹は何一つ間違った事はしちゃいねぇ。ただ、ゴミをゴミ箱に投げ入れただけの事だしな」


「ロッタを甘やかさないで頂きたい! それと大家(しげる)殿、この子に妙な事を教えないで貰えないだろうか? 最近、良くない言葉を次々と覚えていて……ブツブツ」


 彼女に卑猥な言葉を口走らせようと、下卑た笑顔の大家(マッチョ)


「おいおいヒルド、俺様が何を教えたっつーんだよ? 良くねぇ言葉? 一体そりゃどんな卑猥な言葉だ? オメーさんの口から聞いてみてぇなぁ。ホラ姉さん、自分の口で言ってみろや!」


「本当にこの男は……」


 呆れた様な目で彼を見るヒルドの隣、素手で手羽先にむしゃぶりついていたレアが笑う。


「ヒルドよ、そこは大家(しげる)の言うとおりだな! ゴミの分別というのは非常に大切なのだぞ! ちなみに私が商店街で買い食いした後に出るゴミは、キチンと分別して“左右に分けて”捨てているのだ!」


 案の定、話しが繋がらない。


「レア、誰もその様な話は……というか“左右”? 貴女は何を言っているのですか?」


 まず、“人をゴミ箱にするな”という内容の会話はあったが、分別の話は一切出てきていない。ちなみに補足すると“左右に分けて捨てる”というのは……ハガキの投函口が左右にある商店街の大型ポストの事だ。

 

 レアは大家(しげる)の教え通り包み紙とビニール類を分別し、アーケード内のポストの左右の投函口へ……キチンと分別して捨てている。ちなみに左右のどちらが紙で、どちらがビニールなのかと言うと、それについてはその日の彼女の気分次第であった。


 という訳で局の回収担当者がポストを開けると、ほぼ毎日何かしらの食品ゴミが入っており、それが彼等の頭を悩ませる原因となっているのは……殆どの市民が知るところではなかったりするのだ。


 太郎のパーカーの裾で指についたソースを拭ったレアは、ジュースの注がれたコップに手を伸ばしつつ言葉を続けた。


「そもそも私の様なリサイ()ルとかエゴロジーとかいう、ああいう良くわからん事に関心の高い、高尚な人物はだな……日頃からできる限りゴミを出さぬ様、細心の注意を払って生活しているのだぞ!」


「そうそう、アタシら日頃からゴミ出さない様にメッチャ努力してるもんな!」


 ミストがそう言いながら、エビを殻ごとムシャムシャとかみ砕く。彼女は相手に悟られぬ様、手に付いた汁をこっそりとロキのジャージの裾に塗りつけた。


 奥でソファーにどっかりと座ったフリッグ様が、ゴミの分別について熱心に語るレアを見てニヤニヤと楽しそうにビールを煽る。


「へぇ。それでレア、おまえは日頃から一体何に気を付けてるっていうんだい?」


 得意げに胸を張るアホの子。


「うむ、バアチャンも聞いて驚くがよい! 実はだな、我々が普段住んでいるアパートの部屋から排出されるゴミは、その量にして完全に“ゼロ”なのだ。故に、私はゴミの分別というものを一度もしたことがないのだぞ? まさに、これ以上望めない程にクリーンな生活と呼んでも差し支えないな!!」


 分別は大事だとか、それでおいて一度もやった事が無いだとか……案の定、彼女の脳味噌は平常運転のご様子。当然、自慢気に語る本人はその矛盾に一切気付いていないのだが。


「ふむふむ、それで?」


 大女神は面白がり、懸命に笑うのを堪えている。因みに神様(ジイサマ)はこの場に居ないが、実は『後からフリッグ様が来る』と聞くや否や、太郎に『すまんがワシは用事ができた!』とだけ言い残して逃げ去ってしまったのだ。


「そうそう。ゴミゼロの“意識高い暮らし”をする為に、アタシらめっちゃ考えたんだよなー」


 訳知り顔でウンウンと頷くミストを見て、今にも吹き出しそうなフリッグ様。


「おやおやミスト、そいつはすごいじゃないか!」


「だろー? クッソ頑張ったし!」


「そういえばそうじゃったの!」


 常識的に考え、既に話がおかしい。


 そもそも三馬鹿娘(あんぽんたんず)が毎日の様に量産するゴミには、彼女達食い散らかすお菓子やラーメンの包み紙、またコンビニ弁当やビニール袋にその他諸々……当然そこには、ミストがしょっちゅう利用している世界最大手の通販企業、密林商会の段ボール箱も大量に含まれている。


 だが、それが一切存在しないとはどういうことか?


 その実態を知るロキは、にぎり寿司を山盛りに取りつつ呆れたように笑った。


「アンタ達ねぇ、よくもまあ“あれ”でゴミ排出ゼロとか言えたものね。前に自動車メーカーの燃費改ざん事件とかあったけど、ホントあんなのが可愛く見えるレベルだわ。あと、ちょっとは太郎の負担も考えて頂戴な?」


 そこまで言ったロキは、ふと何かを思い出した様子で言葉を続ける。


「てかさ、神丘市ってド田舎なのに有料ゴミ袋が高すぎない? 隣町なんて無料よ無料! アレ絶対に天下りとか怪しい奴等が絡んでるに違いないわ!」


 それから隣で『まあまあ……』となだめる妹のシギュンへ、“食べれるだけ食べて帰るわよ!”と無言の指示を出す金髪の邪神。


 そもそもこの大量のオードブルやお寿司、これだけのものを金欠の太郎達が注文出来る筈も無く、当然そこは全てフリッグ様の奢りなのである。つまり無料(タダ)


「ね、姉さん、流石にちょっとガツガツし過ぎでは? えっ……何でタッパを持って来てるの?」


「なによ、無料(タダ)だしいいの! それにアンタね、普段ウニとかイクラなんて食べる機会なんてそうそう無いでしょ? だから今のうちよ! 余ったら全部持って帰るわ!!」


 以前お世話になっていた居酒屋のバイト中、店主のご厚意で“案外豪華なまかない(・・・・)”を食べていた……とは口が裂けても言えない(シギュン)である。


 先程まで台所で皆が騒ぐのを聞いていたアリシアは、居間へとお茶を運びながらレアの言葉に首を傾げた。


「それで、レアちゃん達はどうやってゴミをゼロにしているの?」


 以前に異世界(アタランテ)を一緒に旅した経験で、どちらかというと付き合いの長い彼女より“レア達の生態”に詳しくなってしまったアイリが……“その先をあまり聞きたくない”といった様子でアリシアの袖をクイクイと引っ張った。


 振り返り、『どうしたの?』といった様子のアリシア。


 アイリは『お姉ちゃん、もうこのお話しはよそう?』と、フルフル首を横に振る。


 そもそもアリシアは“性善説”を信条とする人物だ。いや、アイリも基本的にはそうなのだが、レア達に関わる度にメンタルが疲弊する状況に追い込まれた経験が幾度もあり……とにかくそんな彼女の思いをブチ壊し、高らかにレアが笑う。


「はっはっはっ、よくぞ聞いてくれたなアリシア! 何とこれは“ゴミの削減”と同時に“生活費の節約”にも繋がる、まさに“鳶に油揚げ”と言える非常に優れたアイデアなのだ。皆も是非、真似をして実践するが良いと思うぞ!!」


 鳶に油揚げ……ではなく、一石二鳥だ。唐揚げを頬張りつつ、自慢気なレアを見て大袈裟に嘆く太郎。


「レアお前達さ、ホント冗談じゃないよ! 毎朝毎朝、俺ん()のポリバケツに無差別にゴミをブチ込んで行きやがって……おいミストに鶴千代! お前らもだぞ? マジでいい加減にしろよな──!?」


 そう、彼女達はアパートの二階通路に置いてある太郎宅のゴミバケツへと、毎朝、毎朝、無差別に無分別のゴミをブチ込んでいるのだ。当然、その手当たり次第に押し込まれたゴミを仕分けするのは、もはや早朝の太郎の日課でもある。


 憤る太郎を見て、何故だか不思議そうな表情の鶴千代。


「何故じゃ? 太郎。先ずお主の部屋のゴミ箱を使うと、ウチらの部屋のゴミは綺麗さっぱり無くなるじゃろ? それによってウチらの部屋は美しく保たれ、役場よりゴミ袋に課せられた金子(きんす)、二十円も使わずに済むのじゃ。こうして美観の保持と節約とが同時に行われ、ほんに一挙両得の素晴らしいアイデアだと言わざるを得んと思うのじゃが……」


 神丘市は有料ゴミ袋でのゴミ出しが義務づけられており、その価格は一袋あたり二十円。そして毎朝彼に降りかかる理不尽はプライスレス。


「よし鶴千代、もうちょっとだけ考えてみようか? そもそも、その理屈じゃあ“美観の保持と節約”の中から誰か重要な人物が弾き出されていませんかね? あとね、俺の部屋はみんなの家庭ゴミが行き着く最終処分場じゃないんですわ──!?」


「太郎、錯乱するでない。あと、お主が何を言うておるのかウチにはサッパリじゃ!」


「ホント太郎、自分の事ばっかり考えるなよな-。ダメだぞ、みんな助け合って生きてるのに。もちっと社会性とかいうのを身に付けろよな!」


 ミストはそう言いつつ卵焼きを宙に投げ、口を真上に開くと華麗にキャッチする。


「こいつら……」


「うむ! 太郎は“世界がもし百人の町だったら”とかいうお話しを知らんと見える。全く教養のない奴だ、勉強不足にも程があるぞ?」


 ゴミについては半ば諦め、オードブルをつつきながら缶ビールをグイッとやる太郎。


「何だよレア、お前がそんな高尚なお話を好む“立派な人物”だったとは知らなかったよ」


「いや、アレは実に素晴らしいぞ! 私も読んでないので良く知らんのだが、確か『世界がもし百人の町だったら、九十九人分のゴミを一人に押しつけてソイツの家にブチ込むと、世界は美しくなって、町に一軒だけゴミ屋敷ができます』とかいう、非常に論理的な内容だったと思うぞ! 良く知らんけどな!!」


「んな非人道的なお話しがあってたまるか!!」


 大家(しげる)は上機嫌でビールを煽り、肩車したロッタと二人で歌い始める。


「「引っ越し! 引っ越し! さっさと引っ越し! しばくぞ──!?」」


「レアちゃん、何てことを……」


「「引っ越し! 引っ越し! さっさと引っ越し! しばくぞ──!?」」


「「抗議しまーす!! ぎゃははは!!」」


 お盆を抱えたままレアを見つめるアリシアの隣で……巻き寿司を口いっぱいに頬張り『見ろよ、必殺恵方巻き!!』等と、咀嚼中の口の中をフリストへ見せて遊んでいたミストが、急に何かを思い出した様にスクッと立ち上がった。


「んぐんぐんぐ……んごきゅ。うっし! アタシちょっと“うんこ”行って来る!」


 アイリとフリストの表情が同時に曇った。クックックッと笑うロッタ。呆れたようにヒルドが苦言を呈する。


「ミスト、そういった事はわざわざ大声で発言するものではありませんよ」


「へいへーい」


 彼女達は知らない。ミストが毎朝『とつげき! 早朝爆速、大便健康チェック!』などと謳い、レアが便器に残した“大きな物”をSNSにアップロードし続けている事を。


 通常であれば、早々にアカウント停止などの措置がなされそうなものではある。しかし彼女たち天界人には運悪く……将来下界での業務に従事する為、生まれてすぐに天界由来の“違和感消去”の魔法が掛けられており、結果その事が良からぬ作用を引き起こし、ミストの“うんこ観察アカウント”を運営会社の手から守る形となってしまっているのだ。


 余談だがアカウント名は『はいさいアナル先輩 with ジャングルジムの女帝』であり、そのフォロワーはゆうに4万人を越えている。更にそういった特殊な趣味を持つ諸兄から一定以上の称賛と評価を受け、毎朝の更新……という名の品評会を待つ者も多いのが現状。まさに“世も末”とはこの事か。


 頭の上で掌を組み、スッタカタとトイレへ向かうアホを見て……フリッグ様がワインボトルを片手に笑う。


「本当にアホだねえ、この娘達は。それより太郎、今日はエイルのやつが居ないじゃ無いか? こういう集まりにあの子が顔を出さないってのも珍しいことじゃあないのかね」


 そう。友達の少ない彼女は、基本誘われると断らない。


「はい、ちゃんとエイルさんにも声は掛けたんですけど『あなた達と違って私は仕事です!』と一蹴されちゃいました。ちょっと……というよりはかなり残念そうでしたけどね。あと今日はメルクリウスも県外に出張で、帰りは夜になるそうです」


「そうかい、公務員は大変だねぇ。それにうちの息子も誰に似て働き者になったんだか……」


 そう聞いた大家(しげる)は、焼酎をグイッとやりながらこう言った。


「おう太郎、アイツ後で駅に着くって言ってたよな?」


「メルクリウスっすか? 今日は空港から電車に乗って、神丘駅に着くのは……確か七時半頃だったと思いますけど」


「うし。今日の俺様は機嫌がいいしよ、タバコ買いに行くついでに車で拾ってやっか!」


「いやいやいや、アンタそれ飲酒運転じゃないすか!」

 

「ああ? テメー人聞きの悪い事抜かしてんじゃねーぞ!? そりゃオメーがそう決めつけてるだけでよ、そういうのを悪質な風評被害って言うんじゃねーのか!? 大体な、俺様が飲んでねえと言えば、それは飲んでねぇのと同じ事だろうが!!」


「悪質なのはアンタでしょ! また何ワケのわかんない事言ってんスか!? とにかく大丈夫っすよ、メルクリウスはタクシーで帰るって言ってましたから。それにアイツのアパート、駅挟んで反対側でしょ!」


「ああん!? 太郎オメー、俺様の親切を受けられねえって言うのか! ナメてっと来月の家賃三倍にすっぞオラ!!」


「いや、何でそうなるの──!?」


 実はこの時、太郎は“ある理由”からこう思った。


 “決して迎えに行かせてなるものか”と。


 そう、それはこの食事会が解散した後、鶴千代の為にメルクリウスが非常に重要な役割を担うからなのだ。



 そうこうする内に、トイレに行っていたミストが戻って来る。


「快便、快便! さっきからメチャクチャ食ってるから、スゲーでかいウンコ出てさ、ヤベーまじ便器割れるかと思った!」


 彼女は居間の床へと座りつつ、慣れた様子で濡れた手を太郎のパーカーでゴシゴシと拭き上げ、水気をぬぐい去った。


「ミストお前な、俺はタオルじゃないんだけど……」


「あ、それなっ! 知ってる、ゴミ箱だろ?」


 彼女はそう言うと彼を気にも留めずにゴロリと寝転び、ソファーの横に置いてあった段ボール箱を手に取った。


 ふと中身が気になり、問いただす太郎。


「お前はゴミ箱で手を拭くのかよ……てかそれ、今度は何買ったの?」


 密林商会の段ボールを開封しつつ、頷くミスト。


「うん。これさ、前から欲しかったんだよなー」


 皆の視線を一身に集め、箱の中から現れたのは……


「ミストちゃん、それは何なの?」


 そうアリシアに問われたアホの子二号は、その箱を自慢気に高く掲げて見せる。


「これさ、密林商会イチオシのスマートスピーカー、アレ〇サ! 何か家中の家電とかを全部コレ一つで操作できるっぽい!」


「そうなんだ。アイリちゃん……わかる?」


「うん。少し前にネットで宣伝をよく見掛けたけど……アリシアお姉ちゃん、知らない?」


「うーん。お姉ちゃん、最近あんまりインターネット見ないから……」


 最近ではどちらかといえば、アイリの方が興味を持ってパソコン等を触っている時間が長かったりする。


 後ろからミストの肩に顎を乗せ、興味深げに覗き込むロッタ。


「……ん。ミスト、家電を操作するって……どんな事ができるの?」


「アタシもよくわかんないんだけどさ、命令したら色々やってくれるみたいなんだよなー」


「外から、人ん()のレンジを暴走させて燃やしたり……できる? 乗っ取る感じで」


「うーん、どうだろ? 今度太郎の部屋で試してみよっか」


「……ん。それがいいかも」


 恐ろしい事を言い出す悪魔達を見て、ギョッとした表情のフリスト。しかしここで何か余計な口を挟むと、確実に自分が標的にされる事を自覚している彼女は……何も聞かぬ素振りでそっと視線をそらし、心の中で太郎に謝りつつ黙々とオードブルを口に運んだ。


 開封時に放り投げられた説明書を拾い上げ、先程からじっと読んでいたヒルドが感心した様に声を上げる。


「なるほど、これはすごいですね。例えば『ア〇クサ、音楽をかけて』などとリクエストを出すと、実際にその通りになる様です。なになに? 他にも……」


 それを聞いた大家(しげる)がノソリと立ち上がった。


「何だそりゃ。んじゃ何か? 例えば『アレ〇サ、カネ貸してくれや』とか『チン〇舐めろ』とか、何でも言う事を聞くって事かよ!? おいおい、とんでもねぇアバズレだな……」


 バカの発言を聞き、ソファーの上で笑い転げるフリッグ様。


大家(しげる)殿、貴方という人は……」


 冷たい視線を投げかけるヒルドを見て、ニヤリと笑う大家(マッチョ)


「ヒルド、オメーな。クソ真面目ばっかで冗談(シモネタ)の一つも通じねぇと、一生彼氏が出来ねぇぞ?」


「余計なお世話です!!」


 突然、ミストがア〇クサを抱えてスクッと立ち上がった。


「うし、そんじゃいくぞ……」


「おお……」


 皆の視線が、興味を持って彼女へと注がれる。


 そして……




「──アレ〇サ、うんこ流して──!!」




 突然、何の前触れもなく飛び出す強力な言霊(パワーワード)



 他の者達は理解が追い付かず、瞬時に居間の空気が凍り付く。しかしミストは、一点の曇りも無い(まなこ)で再び大声を張り上げた。


「あれ、反応ないや……よし、もっかいだ──アレク〇、うんこ流して──!!」



 ようやく呼吸を思い出し、恐る恐る彼女へと訪ねる太郎。


「ミスト……お前まさか」


 スピーカーを抱えたまま、『……うん?』と彼に首を傾げて見せるアホの子二号。


「さっきしたヤツ、流して……ないの?」


「いや折角買ったし、コレで流そうかなーって思ってさ」


 レアが立ち上がり、廊下の奥に位置するトイレに向かって歩き出した。急ぎ、その後を追う鶴千代。


「ちょっと待て。そもそも何でソレを使って“トイレを流せる”と思ったんだ……?」


「いやだってコレさ、家電が全部動くんだろ?」


 呆れた様子のロキ。


「あのねミスト……百歩譲ってトイレが反応するとして、まあないでしょうけど。とにかく、ソレに繋がっていない大家(しげる)()の家電を一体どうやって動かすつもりだったのよ?」


「コレ、何か設定とかいるん?」


「当たり前でしょーが」


 ふと太郎は思う。


「ミストあのさ、そもそも便器って……家電じゃなくね? いやまあ。最近のハイテク化した高級品の事は俺もよく知らんけど」


「……は? そうなん? でもさ、トイレって電器屋さんにフツーに売ってね??」


「あっ、まあそう言われたら何か見たことある様な……」


 太郎は前職でエアコン等の設置には慣れているが、トイレの様な水回りに関しては門外漢だ。


 ちなみにミストの部屋の便器、太郎の部屋の古い和式とは違い……入居に際して非常に高価な最新式の物へと取り替えられている。


「だろー? だってアパートの部屋のトイレを取り替える時さ、便器の使い勝手を“試そう”と思ってヤ〇ダ電器行ったんだ」


「……試す?」


「そしたらレア姉さんが『試乗せねばわからん』とか言い出して、お店の展示品の便器でホントにウンコしちゃってさー。それを店員さんに見つかってメッチャ怒られたし! どーでもいいけどあの人、顔真っ赤でマジギレしてたよなー! ほんとクソワロ」


「お前ら、正気かよ……」



 言葉を失う一同。いや、大家(しげる)だけがゲラゲラと笑う。



 廊下の奥から、レアと鶴千代の大声が響いた。


「ミストよ。確認したのだが、未だウンコは健在であり流れていないぞ! おお、なかなかに立派なヤツがプカプカと浮いているな。まるで亀の甲羅の様な形をしており実に見事だ!!」


「ほんに見事な大きさの大便じゃ! うーむ、これは先々日の早朝にレアめが捻り出した“モノ”とどちらが……? 否、優劣つけがたし! ほんにこれほどの“型”を持ったモノはなかなか見掛けぬでの。あと、どうでも良いが(かわや)(くそ)うてたまらぬ!!」


「おうオメーら、ちゃんと換気扇つけてからクソしろよ? 大概は流してねーしよ、二時間ぐれぇ経ってから発見する俺様の身にもなれや」


 アホ共の大声に、顔をしかめるフリストとアイリ。必死に笑いを堪えるフリッグ様。


「レア、いい加減にそういう下品な発言は慎んでください! 鶴千代も悪い真似をするのはやめなさい!」


 ガミガミと説教をし始めたヒルドを横目に、まるで人事の様な調子のアホの子二号。


「そっかー。何かオナラと一緒に“ボフッ”って柔っこいカンジで出たもんなー。まっ、ア〇クサは後で部屋に戻ってから設定してみっかな!」


「おいやめろミスト、せっかくのオードブルが喉を通らなくなるだろ! まったく……」


 そう言いながら立ち上がる太郎。それを見たレアが、不思議そうな表情で彼へと問いただす。


「太郎よ、貴様何処へ行くのだ?」


「トイレだよトイレ。いちいち言わなくてもいいだろ」


「うんこか?」


「ちげーよ、小さい方!」


 そうして居間を出て行く彼の姿を見送るレアは、何事かを思いついた様子でロッタへ手招きする。


「……ん。レア、どしたの?」


「いやな。皆、大便の事を“大”と言うだろう? そして小便の事は“小”と言う」


 継続される汚物談義に、鶴千代のリクエストで太郎が作った“ぜんざい”を啜っていたフリストの顔が……急速に曇る。


「……ん。それがどうしたの?」


「うむ。それで思うのだが“大と小”はあるのにだ、何故に“中ぐらい”が無いのか不思議でならないのだ。だがもしかしたら私が知らぬだけで、実は世の中には“中便”が存在しているのかも知れん。ロッタよ、お前知らないか?」


 フリストの持つお椀へチラリと視線を這わせ、そこに“ぜんざい”がなみなみ(・・・・)と注がれているのを確かめてから……一瞬ニヤリとした後、真顔でレアの質問に答える蒼髪の悪魔。


「……ん。レア、実は“中ぐらいのモノ”は存在してたりする」


「やはりか! しかしそれは一体どういう“モノ”なのだ?」


「……ん。それこそが“下痢便”。ちなみに“軟便”もこのカテゴリ」


 感嘆の声を上げるアホの子一号。


「何とそうだったのか、ロッタは本当に物知りさんだな!」


 無表情のまま両手でピースする蒼い悪魔。


 興奮したレアは、その場からスッと離れようとしたフリストの肩をがっちり掴んで押さえつけ、嫌でたまらなそうな顔をする彼女の事などお構いなしに、嬉々として汚物談義を続ける。


「おい聞いたかフリスト? なるほど、たしかに下痢便とは大と小の中間と言えるのかも知れない! 何かこう、固形物と液体とが程良く混ざり合っているというか……ん? そういやお前、何かさっきから“下痢便みたいなの”を飲んでるな! おいしいのか? それは」


「もう嫌ぁ……」


 クックックッ……とロッタがほくそ笑む。


 そうしてフリストが泣きそうになっていると……


 トイレの方から太郎の足音がバタバタと聞こえてきた。彼は居間に顔を突っ込むなり、レアの方を見て大声を上げる。


「おいレア! あと鶴千代、お前もだ!!」


「ん? どうした、騒がしい奴め。あっ! 太郎、貴様もしかしてウンコ漏らしたのではないだろうな!?」


「太郎や、何ぞあったんかの?」


「あのなぁ! 百歩譲って……アレク〇を使って流そうとしたミストはギリギリ良いとして……いやあんま良くないけど! でもその後、お前ら二人でトイレに“状況確認”しに行ったよね──!?」


 顔をしかめてロキが言う。


「ちょっとアンタ達ね! さっきからトイレだとか(だい)だとか(しょう)だとか……ご飯食べてるのにいい加減にして頂戴! ホント太郎も何なの?」


 だが、太郎は気圧(けお)されない。


「あのねお前ら! その確認しに行ったときに何で“流してないの”!?」


 そう。ミストのアレは流されず、便器の中で大切に保管されたままだったのである。


「へへへ。そっかぁ良かった。アタシのウンコ、まだ流れてなかったんだな」


「良くねーよ! 流せよ――!?」


「もう嫌だぁ……」


 両手で頭を押さえるフリストを見て、アイリが……彼女の背中を優しくさする。


 こうして、彼等のクリスマスイヴは更けてゆくのであった。




 この時の太郎はまだ知らない。この後の深夜、鶴千代へとプレゼントを渡す際に己が一体どういう目に遭わされるかという事を……

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