女三人寄ればかしましく、男四人はむさくるしい。
こんにちは!ワセリン太郎です!
最近残尿感が少し気になります!皆様もお気をつけてくださいね!
どう気を付ければよいのかわかりませんけど!
「テメエは……!?」
服を着た俺を見て、ようやく”俺が何者なのか”を理解するチンピラ三人組。日本で最後に短刀を持って襲ってきた若い男は、額に青筋を立てて怒っている。
やばい、怖い怖い怖い怖い!
しかしそれを“まあ待て”と、片手で制する”兄貴”。
「おう、やめな。キンジ」
雰囲気から察するに、どうやら彼が一番の“上役”らしい。
キンジと呼ばれた若い男が急に大人しくなり、その後ろからは、二番目にノームに食われたサブローさんもじっとこちらを見つめてくる。
静寂が場の空気を重くし、俺の額を一筋の汗が伝ってゆく。
(よし、ここからだ……怖いけどなんとか頑張れ、小心者の俺!!)
まるで時が流れるのを拒んでいる様。
それから暫く経ち、その“兄貴”と呼ばれる男は……随分と落ち着いた様子でゆっくりと口を開いた。
「兄ちゃん。今までの話はコイツらに大体聞いたぜ。ちょいと信じられねえが……そう言っちゃあまあ、今の状況も似たようなモンだ。しかし何故テメーがここにいるんだ?」
俺は真顔で、波打つ心臓の鼓動を必死に抑え、さも当然といった風にいけしゃあしゃあと答える。ああ、ここ数日で随分と面の皮が厚くなってきたもんだ。
震える膝をを無視し、息を大きく吸い込んだ。そして。
「何言ってんだよ。命張って……アンタ達を助けに来たに決まってんだろ?」
「――!?」
驚いたような表情をする三人組。つーかこの人達、何で驚いた顔までこんなに怖いんだよ!?
俺は心臓の鼓動を抑えて話を続ける。
「ちょっと手違いであの妙なぬいぐるみ……あっ、実はアレ、俺のじゃないんですけど! とにかく、アレに飲み込まれたアンタ達を必死に探して……ようやく此処へたどり着いたんだ。ここに来るまで、何度命を危険に晒した事か……もう、覚えてねえよ」
迫真の演技。我ながら良くも言えたものである。そう思って、今度は笑いそうになるのを必死で堪える。
「兄ちゃん……そうか。わかった……わかったぜ。ここの連中の恐ろしさは、俺達だって充分承知だ。それを見ず知らずの俺等の為にそこまで……いや大した野郎だよ、テメーは」
うっひゃあ! よし、騙されてくれた!! 内心ガッツポーズを取るが、“キリイッ!”とした表情だけは崩さない。膝は……震えたままだけど。
「あ、兄貴!!……それでいいんすか!?」
騒ぐキンジ。くそ、余計なヤツだ。頼むからお前、少し黙ってろ……と内心思う。
「ああ。兄ちゃんの男気を見せて貰って……俺は腹を決めたぜ。なあそうだろ……? ”兄弟”!!」
おっしゃいけた!! 俺も笑って親指を立てる。
てかあれ? 俺、勝手にヤクザと義兄弟にされてね!? 後ろからサブローさんも笑顔で『サブローだ。宜しくな、兄弟』と。
いやいや、兄弟じゃないっスから! 勝手に“関係者”にしないで! これ以上にないぐらい、真っ赤っかな赤の他人ですから!!
キンジも兄貴分達を見て腹を決めたのか『うっす……わかりやした。俺、キンジっす!』と、突然深くアタマを下げて来る。ちょっと待って! 助けはするけど、勝手に仲間に入れないで!? てかやばい! 俺、“暴力団追放三ない運動”に思いっきり違反してね!? ほらあの、警察署とかのポスターでよくあるやつ!!
とまあこの状況だ。
仕方がないので、内心ビビりながら平然を装って答える。
「俺は太郎だ、宜しく」
さて。ふと足元に転がって天国に召されかけ、何処か達してしまった様な……戦乙女のミストへと視線を落とす。
ええっと……
いやあの……ほんと、すみませんでした。
でもあれ? 昇天してるって……そもそもここは天界だと思うし、ってことはここが既に天国なのか? じゃあここで昇天した魂は一体何処へ行くんだ??
ダメだ良くわからない。それよりこの娘をどうしたものか。放っておいて目を覚まされても面倒だしなぁ。てか多分、コイツが起き上がった瞬間、間違いなく俺は、最、最、最優先でブチ殺されるだろう。
己の身体が焼きするめの様にバラバラに裂かれる様を想像し、ブルッと身震いする。ヤバいぞ、怒れるコイツ等の腕力だ。きっと冗談じゃ済まない。そもそも顔面スレスレにチン◯を押し付けたのだ。きっと彼女に手加減を期待するのは無駄というものだろう。
そう考えながら、ミストの手にしっかりと握り込まれた鍵束を奪おうとするが……気を失ったままの彼女の指はその愛らしい見た目に反し、まるで錆びつき、稼働する事を忘れた鉄のクレーンか何かの様。
「嘘だろ!? なんつー握力だ――!!」
「おい、まさか鍵が取れねぇのか!?」
「し、心配ないですわ。な、何とかしますから……」
そう呟きながら、ミストの脇にそっと手を差し込む。
よし、では少し失礼して。
こちょこちょこちょこちょ……
「ふッ、ふひひっ!?」
奇妙な笑い声を上げ、鍵束を床へ落とすミスト。
よし! やったぞ!!
だがその直後。
――ボクッ――!!
「グエっ!?」
大きく揺れる世界。鼻腔へ広がる鉄の味。
「お、おい兄ちゃん大丈夫か!? 今、モロにパンチ入ったぞ!」
「あっ!? 倒れたぞ!!」
「ちょ!? おい、しっかりして下さいよ!!」
俺は必死に床を這い、震える手で何とか……彼等に鍵束を手渡したのだった。
それから少し経ち……
だいぶ体の調子が戻って来た。しかし試合中にダウンを取られ、何とかゴングに救われたボクサーってのはこんな気分なのだろうか? 正直この状況じゃあ、次の行動に不安しか感じない。
牢屋から救出した彼等を椅子に座って眺めつつ、転がるミストを指差し皆に尋ねた。
「なあみんな、この子はどうする? さっき、ちょっと可哀相だったけど……とりあえず全裸に剥いてから縄で亀っぽく縛って人質にする??」
ドン引きするヤクザ三人。
……えっ? 俺、何か変な事言った?
改めてこちらを値踏みする様な目で眺めつつ、兄貴が頷きながらこう言った。
「なあ兄弟。もし無事に日本へ戻れたらよ……おめぇ、ウチの組に来ねえか? ああ、こんだけ鬼畜なら即戦力だぜ。まったく、人の心ってヤツが見事に欠けてやがる。いや正直引くわ」
なにその高評価。泣きたい!!
「えっと……その……まあ、考えときます……」
「そうか」
それから留置室にあった拘束具でミストを後ろ手に縛り、叫び声を上げられないように彼女が持っていたタオルを噛ませて縄で縛り、牢獄に寝かせる。
可愛いクマさん柄のタオルを口へと突っ込まれ、そのまま白目を剥いて鼻水を垂らし……案外大人しく、スヤスヤと寝息を立て始めるミスト。
「うわ、また目が開いてきちゃったよ。こえーよ、どっかセロテープ置いてないかな……」
このまま、清水ア◯ラみたいにしてみると面白いかも知れない。
因みに。
俺が最初に見つけて手に取り、ミストの口に噛ませようとしていたタオルは……どうやらタオルではなくて“落ちていた雑巾”だったらしく、見ていて慌てたサブローさんから『おい兄弟、お前は鬼か!? マジでそれだけはやめてやれ! その娘タオル持ってっから、せめてソッチにしてやれ!』などとお叱りを受け、今に至る。
「悪いな、ミスト……」
現状、敵とはいえ少々可哀相だが、俺達の命には換えられない。それにそのうち仲間が来て、彼女も無事に解放される事だろう。まあそれまでコイツが大人しく寝ていてくれると良いが。
足音を立てない様こっそりと脱獄し、素早く移動を開始する俺達。
とりあえず、俺が気が付いた時に寝ていた”壁の吹き飛んだ部屋”へ戻る事にした。これからの事を話し合うにも拠点が必要だし、多分あそこなら軽く一息つけるだろう。
それからカサコソとゴキブリの様に螺旋階段を下り……
目的の部屋に無事到着した俺達は、見張り役のキンジを扉の内側に張り付かせて周囲への警戒を密にしつつ、今後の方針を話し合う事にしたのだった。
「それじゃあ、色々と情報交換しながら案を出していきますか……」
「おう、そうだな」
「よし……キンジ、見張り任せたぞ」
「うっす!」
兄貴とサブローさんも床へ座り、膝を突き合わせて来た。
「それじゃあ……」
顔を見合わせ、この状況を脱する方法を三人で模索する。まずはその脱出の経路についてだが……
多少、他の面子よりは事情に明るい俺の脳裏へと最初に浮かんだのが、“何らかの手段をもって、一気に日本へ飛ぶ”というもの。だが残念ながらこれは非常に見込みが薄い。
何故ならそれは、場所柄、魔法的な何かを必要とする可能性が高いからだ。当然、俺達にはそんな物は使えないし、何か単純に行き来の出来る”移動用ゲート”の様な物があるなら話は別だが……そんな実際に存在するかどうかもわからない物を探し、リスクを犯すのは賢い者のする事ではない。
もう一つは神様だ。
正直、これが一番と言って良いほど理想的で、単純なハナシ、あの爺様と俺達とが出会えた時点でクリア。
流石にあの神様の事だ。天界をその目で見たから……と言って俺達を始末する様な真似はしないだろう。そもそも今後俺を雇用してくれるワケだし。なので多分、何らかの手段を講じて放免してくれるはずだ。
しかし……これには最大の障害があった。時間の余裕的に見て、大問題と呼んで差し支えないだろう。
それは今日の朝、自宅前で知人宅へと向かう神様と別れる時の事だ。神様は俺の耳元でコッソリとこう言ったのだ。『これ太郎。お主、夜は何か用事はあるかの? 無ければ行くか……? 楽園へ!!』と。
つまり今日はおっパブ通いで神丘市に宿泊する予定。もしくは午前様が確定。当然、俺は二つ返事で敬礼を返したのだが……どうやら今回も、夢に手は届きそうにない。
なので神様が”俺達が天界にいる”と気付きでもしない限り、こちらへ戻って来る可能性は非常に低い。そもそも『ノームについては良くわからんのじゃ……』とも仰っていたし、“俺が食われた”事を目撃者のレアから聞いたところで、まさかアレの口の中が天界に繋がっているとは想像もしないだろうしなぁ。
それより日本じゃもう、俺が消化されて死んだ事になっていて……既に葬儀の準備とか始まっていないよな?
あの時はヤクザの兄貴なんて、ノームに消化されてウ◯コとして捻り出された……などと思われていたワケで。もしもそうだった場合、ノームの尻から戻った“俺の遺体”は、きっと“土葬”になるのだろうな。くそっ、骨壷の中身がウン◯なんて冗談じゃあない。
兎に角、色々と知恵を出し合ってはみたが、日本にいる面子と連絡が取れない限り結論は一つ。そう、”見つからずに逃げ回って神様の到着を待つ”、だ。
「よし……ではそういう事で」
「神様か。にわかに信じ難ぇハナシではあるが……よしわかった」
「そうだなぁ。でもよ、確かに太郎のハナシで辻褄は合うぜ。おうキンジ! 聞こえてたな? そういうこった」
「わかりやした!」
こうして……俺達の“天界逃走劇”が幕を開けたのだ!! と言っても、見つからない限りここにヒッソリと隠れておくのだけれど。
~ところ変わって現世の日本~
太郎とレアが飛び出してから暫く経ち、静寂を取り戻した喫茶店の店内。
「ねぇ、ヒルドちゃん。これからどうしましょうか……」
私は目の前のアリシアとエイルを見ながら、独り考える。
(自分を含めたこの三名に関しては恐らくだが、ヤクザ連中に”太郎とレア”の仲間とは認識されていない。つまり普通に表を歩いて戻っても……特に問題を起こさずに帰り着ける筈だ。まあ何かあっても、私が連中を無力化すれば良いだけの事か。そうして一旦、太郎の住むアパートへ戻り、神様が帰り次第ご相談しよう)
「エイル、アリシア。一旦店を出て、太郎の住居へ向かいましょう。どうにか神様と早めに合流出来ると良いのですが……」
私の言葉に頷く二人。
「では急ぎましょう」
支払いを済ませ、皆で店を出た。
隣を歩きながら、不安気に呟くアリシア。
「レアちゃん達、大丈夫だといいけど……心配ね」
「なーに、たかだか街のゴロツキ相手でしょう? 何人居ようとレアさんが居る訳ですし、腕力で遅れを取る恐れはありませんよ! それより……」
エイルは、久しぶりに我々友人に会えたからか、随分と妙なテンションではしゃいでいる様に見える。それを眺めつつ、ふと思う。
(彼女は普段、職場やプライベートで友人はいないのだろうか? いや……それこそ余計な詮索か)
雑談を交えつつ、商店街を行く。そうして歩いていると……角のたばこ屋の灰皿でプカプカと煙を上げる、見知った巨漢の背中が目に飛び込んできたのだ。
背後から声を掛ける。
「二日酔いはもう良いのですか? 大家殿」
のそり。たばこを咥えたまま、気だるそうに振り向く大男。改めてこうして見ると……随分と背が高いものだな。
「おう、ヒルドか。あれ? オメーら買い物終わったんか? オレはタバコ切らしてな、買いにきたのよ」
「それより、またレア達が……」
「ああ? またか。何か聞きたくねぇハナシだなぁ……」
(の、割には嬉しそうな顔をする男だ。きっと、余計な騒ぎが起こるのが好きなタイプなのだろう)
ヒグマの様な大家を見て、ぞぞっと後ずさりするエイル。彼女はそうして一瞬引きはしたが、私達の知り合いとわかると安心し、猛然と自己紹介を始めたのだった。
『あ、コリャどうも』と、若干引き気味の大家。
二メートル近い巨漢と、女性にしても随分小柄なエイル。
(同じ縮尺の生き物とは到底思えませんね……)
そう考えているとアリシアが、先ほど切り出そうとしていた話を引き継いでくれたのであった。
「えっとね、大家さん。レアちゃんと太郎さんが……今度はまた、随分まずい人達と騒ぎを起こしちゃって……まあ大丈夫だとは思うんですけど、もし何かあったら応援をお願いしたいので、あの、よろしければ連絡先を教えて貰っても良いでしょうか??」
ヘラヘラとだらしない笑顔で応じる大家。
(とても嬉しそうだ。鼻の下が伸びてる……というやつか? いえ、ここはアリシアに任せておきましょうか。私が頼むより手っ取り早い。あっ、どさくさに紛れてエイルも混ざっていますね。彼女は元々、内向的な性格のはずですが……あの雰囲気では、随分と現世での知人友人に飢えているのかも知れない)
ふと目に留まる。三人共、何か縦長の小さな液晶テレビの様なものを持って見せ合っているのだ。
(そういえば、神様もあれを所持していたような覚えが)
私は戦乙女としてベテランではあるが、別の世界での戦闘任務が職務の大半を占める故、地球の街中へ来る機会は少なく、あまり家電等を利用する事がなかった。だが、皆が楽しそうに何かを交換しているのを見ていると、正直、少しだけ興味が沸いてしまう。
(これまで特に注意して見た事はないが、あれが携帯電話という物でしょうか?)
お堅い性格などと言われる事も多く、まあそういった自覚は確かにあるが、しかし”決して流行など追わぬ”といった、ガチガチの堅物でもない……つもりだ。本当は今時の流行にも、女性らしく可愛らしい物にも興味はある。だけどそれは密やかなものであり、決して強く表に出す様な真似はして来なかった。
そう思いながら、ボーッと彼等を見ていると、こちらに気づいたエイルが飛び跳ねて私を呼ぶ。
「ヒルドさん! ヒルドさんも連絡先を交換しましょう!」
えっ……??
「い、いやエイル、残念ですが……私はその機械を持っていないのです」
『ああ、そうでしたか!』と頷く彼女。
「ヒルドさんもいつでも買えるんですよ? 何たって、こないだ私が住民票やその他諸々を完璧に”偽造”してますから! 当然、銀行の口座だって作ってありますし!」
(往来でなんて事を)
「ええ……そうでしたね」
(そう言えば今回の調査任務は少し長くなりそうですし、神丘市内にアパートか何かを借りておかなければ……)
興奮し、大声でとんでもない事を口走るエイルの口を……アリシアが、その巨大な胸部で圧迫しつつ、チラチラと周囲を伺った。
「エイルさんそこまで! ストップ! でも確かにヒルドちゃんもスマホを持っておくと、すごく便利だと思うの。これってね、ここだけの話、実は天界に戻ってても使えちゃうんだから!」
「そうですよ!」
アリシアに抱きしめられたままブンブンと首を縦に振るエイル。
「えっ、天界とも繋がるのですか? そうですか、それは便利な……」
(知らなかった。皆が欲しがる訳だ)
煙を吐く大家が、タバコ屋の数件先を指差しながら笑う。
「おうヒルド、ケータイ屋ならあそこにあんぞ? 荷物はオレ様が見といてやっからよ、オメーらちょっと行って見てこいや」
(そうですね、確かに良い機会かも知れない)
「それでは大家殿、お言葉に甘えて」
「おう」
そうして私は、アリシア、エイルと共に、携帯電話の販売店へと向かったのである。
店内に入り、周囲を見渡す。
それからアリシアやエイルが薦めるままに流行の機械を選び、契約した。ケースなども、可愛らしい物を選ぶ。こういった物は、私には似合わないだろうか……?
(だけど、友人達と皆でショッピングですか。これもこれで楽しいものですね。もし、私達が”普通の人間”だったのなら……こんな日常がずっと流れてゆくのでしょうか? ふふっ、それも悪くないのかも知れません)
購入した機種を受け取り、応対してくれた店員へと御礼を伝えながら……ふとそんな事を考える。
ちなみに現在、神様が何処へ遊びに行っているのかを、私を含めて誰も知らない。
こんな事ならもっと早くに携帯電話を買い、神様の連絡先を聞いておくべきだったと悔やんではみたが、それは当然、後の祭りである。
(お戻りには、もうしばらく時間が掛かるだろうか? 出来れば早く、神様へ報告しておきたいのですが)
正直なところ、レアの起こした騒ぎが現状どうなっているのか不安で仕方がないのだが……ただ、太郎にはレアが付いているという意味では、ある種の安心感は持っていた。
(レアが居ると、騒ぎを大きくする事”はあっても、誰かの命に関わるような事にはなるまい。いえ、その”騒ぎを大きくする”のも十分に問題ではあるのですが)
「さあヒルドさん、基本的な扱い方を早く覚えちゃいましょう! そこのベンチへ座って座って」
近くのベンチでエイルの指導を受け、必死にスマホの基礎的な使い方を習得し始める。持っていても、使えなければ意味がない。横目でチラリ見ると……荷物番の役を解かれ、遠くにある灰皿に移動して煙を上げ始めた大家の姿が。
(おや、任せておいた荷物が煙草臭くない……どうやら気を使わせてしまった様ですね。よし、早くスマホの操作を覚え、有事の際に確実に使いこなせる様になっておかねば)
それから暫く時が経ち……
(あれ、思っていたより難しくないですね……)
「……これで基本的な事は多少は理解できたのでしょうか? しかし、このスマホという物はとても面白いものなのですね。電話といえばてっきり、通話が出来るだけなのかと」
「ヒルドちゃん、頭いいから何させても早いわね〜。すぐ覚えちゃった!」
「いえ、そんな事は……」
褒めるアリシアをやんわり否定すると、エイルも『いえいえ、大したものですよ』と笑顔で同意する。
「二人共やめてください、こそばゆいですよ。さて、次は人の力を借りずに実践ですね」
エイルが遠くの大家を指差し、こう提案した。
「では大家さんから連絡先を聞いて、自力で登録してみましょうか」
「そうですね。職務上、彼の連絡先も聞いておいた方が良いですし。お願いしてみましょう」
(やってみよう)
意を決し、大家に近付く。
彼も察してくれたのか、笑いながらスマホを取り出し待っていた。
何故だか自然と苦笑い。しかし。
「あの、シゲル殿。何ですか? その卑猥な待ち受け画像は……」
「あ? 細けぇこたぁ気にすんなや」
「……」
彼のフルネームや電話番号等を聞いて登録を完了し、ふと、手元の画面へ視線を落とした。
(おや、この感覚は何だろう? 何だか自分の世界が広がって行く様で、少しだけむず痒い高揚を胸に覚える。なるほど、エイルが必死になっていたのはこういう事ですか)
すると、笑ってこちらを眺めていた大家がこう言った。
「おいヒルド。オメーあれだろ? 仕事とかで使うかも知れねーしよ、太郎の携帯番号も勝手に教えとくわ」
「大家殿、私でも個人情報保護法というのが施行されている事ぐらい、勉強して知っていますよ」
「オメーそりゃアレだろ? 人権のあるヤツにだけ適応されるホーリツだぜ。ならまったく問題ねぇよ」
「ひどい言い草です」
彼の横暴さに苦笑しつつ、教えられる通りに太郎の情報を登録してゆく。そうしていると……私はふと、ある事に気が付いた。
(そういえば私は、これを通信機、つまり”電話”として使っていないな。そうだ……試しに、ここにいない太郎に掛けてみましょうか? 今現在、彼等の状況がどうなっているのかが気になりますし)
「現状を知りたいですし、一度、太郎に電話をかけてみようかと。彼が出られると良いのですが……」
頷く一同。
えっと……何しろ、初めての行為だ。少しドキドキしながら発信キーを押してみた。
(あ、音が鳴ってる。これが呼び出し中……なのでしょうか? あっ、出た!)
「あー、もしもし、太郎ですか? あの、私です、ヒルドです。いえ、実は私も携帯電話というものを買いまして。そういえば太郎、君は今、何処にいるのですか? レアも一緒なのですよね? 今から私達は貴方のアパートに……って太郎、聞いているのですか??」
妙だな、ノイズの様なものをかき分け、ようやく返事が返ってくる。
「えっ?……ヒルド!? あれ?? おいおい、何でコレ電話通じてんの!? あ、それより携帯買ったんだ……あの、おめでとうございます。あとね、レアはここにいないよ、日本に置いて来たんで。それでえっと……今、俺、いや、俺達はですね……」
(レアを日本に置いてきた……??)
「ど、どういう事ですか? 貴方の言っている意味が良く……」
何故だか良くわからないが、ここから先を猛烈に聞きたくないと思った。しかし太郎の声は続く。
「いや実は、俺達は今、天界にいてさ……そんで怒り狂ったヴァルキリー達に、断崖絶壁の突端に追い詰められてる真っ最中でして……」
「えっ――!?」
そう、太郎とその愉快な仲間達の生命は今まさに、怒り、荒れ狂う戦乙女達の集団に包囲され、風前の灯となっていたのである。




