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みんなの希望、象さん。

 こんにちは!ワセリン太郎です!


 早く春が来てくれないかと、指折り数えて待っている今日この頃です!

ちなみに僕の頭の中は……一年中お花畑、春真っ盛りです!

 まずは捕らわれた”男達”が何処にいるのかを探すのが先だと考えた俺は、潜伏している部屋を抜け出し、先程の人物達の後をこっそりと追う事にした。


 上官らしき女性と部下らしき女性が会話しながら、先をゆく。


 こちらも姿を見られない様に隠れて距離を取っているので、当然相手の容姿は一切わからない。一体、どんな連中なんだろう?


 そう考えていると……急に上官らしき人物が立ち止まり、俺が求めていた展開に駒を進め始めた。


「では消滅の儀式の準備が出来るまで、貴女に彼等の見張りを命じます」


「おっけー」


「おっけー……ではありません。上官への返事は何度も教えたでしょう?」


「へいへーい」


「へい、ではありません!」


「うぇいうぇい!」


「はぁ……まあ良いでしょう。いえ、あまり良くありませんが。とにかく、任せましたよ」


「がってん承知!」


「全くこの子は……」


 よし! 相手が独りになるぞ。しかも何かアホっぽい。多分ツイてるぞ、こいつはラッキーだ。


 直後、牢獄の鍵……だろうか? ジャラジャラと鍵束の様な物を手渡した様な音がした。恐らく、そうだろう。その後、別れ行く二つの気配。俺が廊下の曲がり角をそっと覗くと……あっ、居ない!? いかん、見失わぬ様に先を急ごう。


 その後、どちらを追跡しようかと一瞬迷ったが……案外、その判別は楽なものだった。上司と別れた後、部下と思しき女性が、受け取った鍵束をクルクル回してジャリジャリと音を立てながら、鼻歌まじりの上機嫌で階段をスキップし始めたのだ。


 とうとう口笛まで吹きだした……


 俺は確信する。間違いない、コイツは隙が多く注意力が無いタイプだ。少しレアに似たポンコツな匂いもするぞ。端的に言うと、いや、もう一度言うが、実に“アホっぽい”。


 ただもし本当にレアと“似ていた”場合、俺は見つかった瞬間にボコボコにされて捕らえられてしまうのだろう。とにかくレアの奴は、腕力だけは凄まじいものがあるから。ああ嫌だ嫌だ、似た様なヤツじゃないといいなぁ。とにかく気付かれない様、慎重に、塔の古い螺旋階段を上へ上へと急ぐ。


 暫く尾行すると……どうやら最上階の牢獄へと到着したようだ。


 再びジャラリと鍵束が流れた後、ギイィ……ッと木製の扉が開く重い音。それから……バタン。


 どうやらその後、内側からロックされた様子はない。


 その代わり、『おいこら人間共! コラコラうるせーぞ! メンドくせーから静かにしてろよな! 言う事聞かねーと、この“ミスト様”が一人残らずブッ飛ばすかんなっ!!』等と、威勢の良い声が頭上から響いて来たのだった。


 こいつの名前はミストと言うのか? しめしめ。こういう一見どうでも良さそうな情報というヤツは、細かく集めていると、案外あとで役に立つかも知れない。しっかりと覚えておこう。


 そもそも、名前というのは重要だ。


 仮にもし正面からコイツとばったり鉢合わせた場合、俺ならば先ず“名前”を呼び掛けるだろう。


 そもそも人というものは、突然知らない相手から“本名”を呼ばれると、『あれ、この人誰だっけ? 知り合いだっけ?』という考えが先に走り、確実に初動が遅れる。これは大家(しげる)さんが運転中の違反で警察に捕まりそうになった際に使う、ある悪質な常套手段の応用なのだ。


 あのオッサン、街中で警官から止められそうになる直前に、『おっ! 久しぶり!』とか言いながら笑顔で手を上げ、お巡りさんが『えっ?? 誰か知り合いだっけ??』と、一瞬だけ混乱している間に……手を振って軽くクラクションを鳴らしつつ、笑いながら立ち去ってしまう。


 そして大概の場合、何故だか彼等は追って来ない。それだけ、『もしかしたら本当に知り合いかもしれない』というプレッシャーは非常に大きな隙を生むものだ。しかも“名を呼ばれた”となると、混乱は必至。


 警官だって人間である。正直、顔見知りや知人を捕まえてまでキップを切りたくはないだろう。つまり名前を知るという事は、そういう強いアドバンテージとなる可能性が十分にあるのだ。


(ミスト……ね。覚えたぞ)


 俺はこっそりと扉の前に張り付き、小さな覗き穴から部屋の中の様子を伺った。さあ、ようやく待ち焦がれた看守様とのご対面だ。


「――!?」


 今まで小賢しく企てていた内容が脳裏から一瞬で吹き飛び、驚きのあまり口から飛び出しそうになった心臓を……慌てて必死に飲み下す。


 おいおい! あれは一体何だ――!?


 追跡中は姿の見えない距離を保っていたので全くわからなかったのだが、俺が先程から追っていたミストと名乗る女性の背中に……何の冗談だ? とにかく、白い大きな翼が生えているのだ。しかも微妙にバサバサと動いている。


(何あれ、嘘だろ……?)


 その翼には作り物の不自然さを全く感じないし、信じ難いがアレはどう見ても……本物だよな??




 いかん、どうにも話がきな臭く(・・・・)なってきた。


 一瞬、レア達の存在が頭をよぎる。服装も、最初にレアが着ていた物に似ているような気が……


 いやでも、レアには翼なんて生えてないぞ? もしかして、また別の勢力とか種族だったりするのだろうか? マジで訳がわからないが、恐らくミストが超常の存在である事だけは間違いが無さそうだ。


 鼓動を抑えて呼吸を整え、奥の方へと視線を移す。


 まあ当然だが、そこにあるのは牢屋だ。そして中には確かに誰かが放り込まれている様子。一体どんな奴等だ? よくよく考えたら捕まってるのが外国人だった場合、リスクを犯して助けても、その後の意思の疎通が難しいかも知れないんだよなぁ。


 その時、収監されている人間が怒鳴り始める。


 そしてそれは、幸いな事に……日頃、俺が聞き慣れた日本語だった。


「おうコラ! ここから出せや! 俺らが何したってんだ! これから俺らをどーするつもりだコラ!!」


 おっ!? これは日本人……だよな??


「てめコラ! 俺らにこんな事しやがって、このままウチのオヤジが黙ってるとでも思うんか? 戦争になんぞコラ!!」


 オヤジ? 戦争??


「兄貴、ダメですぜ。このアマ、さっきから何喋ってるかわからねえ。外国人じゃねえっすか? それに羽が生えてやがるが……アレ、一体どーなってるんすかね? 流石に偽物っすよね??」


「俺が知るか! おうコラ小娘、俺等ヤクザ(モン)をナメてっと痛い目に遭うぞコラ!」


 こちらも負けじと大声を上げ、ガツンと牢屋を蹴り飛ばすミスト。


「うっさいなー。なーにがヤクザだ、テメーら品がねーのは顔だけにしとけよな! それともアタシにブッ飛ばされてーのか?」


 コラコラ五月蝿い。ホント、何とも品の無い物言いをする連中だ。やっぱ置いて逃げようかな……んっ!? ヤクザ? 兄貴……だと? もう一度、鍵穴から慎重に奥を覗く。


「――!?」


 あ、兄貴だ! ノームに食われたヤクザの兄貴達だ!!


 あとは……俺とレアを追って来て、二番目にやられたサブローさんと思しき人、それと最後に俺達に短刀持って襲い掛かってきた若いヤツもいる!


 つまり何だ。今の状況を冷静に分析すると……やっぱどう考えてもそうだ。俺もノームに食われたって事か!? チクショウ、あのバカ野郎! 俺まで間違えて食いやがったな!?


 お、落ち着け。


 先ず、こいつ等チンピラ三人組を一体どうするかだ。


 助ける?


 そんな事して意味あるか? 俺が見つかるリスクを犯してまで、彼等を助ける必要があるだろうか? 汚いハナシ、このまま放置しておけば……そのうち連中は消される筈。


 個人的にはこんな悪党共は放置して、”消滅”させられても構わないのだが……だが、運良く俺だけが帰還できたとしよう。しかし日本へ戻れば、また他のヤクザ達に狙われる。あちらさん側からすると構成員を三人“消された”のと同じだ。俺はああいう“業界”の事には詳しくないが、きっと面子だ何だと、ロクなハナシにならないだろう。うわあ、関わりたくないなぁ。


 もうこうなったらレアが言ったように、ノームにあいつら全員を食わせるか? いや、流石にないな。それに俺が再び”誤飲”される可能性も高い。これは一体どうしたものか……


 そ、そうだ! 俺は兄貴達を助ける為、彼らの後を追ってこの世界に来た事にしよう。そうすれば心象は悪くない筈だ。それでもガタガタ言い出すなら……その時は本格的にノームに全員食わせてしまおう! 目撃者もまとめて全て消せばいいのだ!


 それはそうと、一つ気になる事があった。それは先程チンピラの一人が言った言葉。そう、『このアマ、何喋ってるかわからねえ』という(くだり)である。これは妙だ、俺からすると非常に不可解。


 ワケわからなくなりそうだし、ちょっと疑問を整理してみようか。


 まず、”俺が彼女達の言葉を理解できている”事。それと作り物か分からない翼の件は一旦無視するとして……そもそも鍵穴の先のミストという少女が”恐らく日本人ではないだろう”事。


 この娘、顔立ちからしてハーフか何かだろうか? しっかり見ないと判断がつかないレベルだが、微妙にそんな気がする。でも実は日本人だと言われれば、それもそうかと思わなくもない。しかしよく見ると……恐らく人種としては西洋人寄りなのではないだろうか? うん、多分間違いない。


 だがそうなると、日本で生まれ育ったとかなら分からないでもないが……外国人にしては、妙に日本語が流暢すぎる。


 それを踏まえて、ここからが重要なポイントだ。


 その流暢な筈の言葉が……ヤクザ達には全く聞き取れていない。日本人が日本語を聞き取れていない不可解な状況。おかしい。先程からあの娘は、あんなにはっきりと日本語で会話しているというのに。


 これは一体……どう言う事だ?


 まずヤクザ達は、俺が発する言葉、つまり“日本人(おれ)の話す日本語は理解している”と仮定する。実際、彼等とはここへ来る前にショッピングモールや住宅街で会話をしているし、流石にそこは大丈夫だろう。


 そしてこの女性が、“彼等の目の前で日本語を話している”にも関わらず、ヤクザ達にそれが全く通じていない。ミストは先程、確かにヤクザ達の前で『何がヤクザだ!』と怒鳴ったのだ。それが全く通じていない。


 とにかく、ミストの口から”ヤクザ”というワードが発された事で、彼女自身はヤクザ達の発する日本語を理解している可能性が高い……という事。そもそも“ヤクザ(モン)”という単語を、わざわざ『なーにがヤクザだ』と言い直しまでしたのだ。なのでそこは間違いはないだろう。


 そして最後の疑問は俺自身。俺がヤクザ達とこの女性の両方の言葉を聞き取り、完全に理解している点だ。


 当然、俺の発する言葉をミストが理解する保証はない。その点に関しては定かでないが、それを今確かめると……現在、三人で済んでいる囚人が、速やかに四人へ増員される事となる。冗談じゃあない。


 確証は持てないが……俺とミストだけが“実際の言語は問わずに全ての言葉を理解しており”、あのヤクザ達に関しては“現地人(にんげん)の発する日本語しかわからない”と仮定すると……やはりそういう事か。結論はほぼ出たな。


 レアが警察署で暴れた日の夜、署長室で神様に聞かされた言葉が脳裏に甦った。


 確か、『天界由来の者は下界の全ての言葉と文字、そして数字を生まれながらに理解する。太郎、異世界に出向く際には、お主達にもそれに相当する魔法を掛けてやろう』……みたいな。


 つまり、そういうハナシだ。


 結局、かなり高い確率で……今、俺がいる場所は”天界”だという事。つーかあの爺様、”異世界に出向く際に”とか言いながら、面倒くさがって忘れない内に魔法を掛けやがったな?


 だが今は都合が良い、感謝しなくちゃな。もし俺にその魔法が掛けられているとすると、おおよそ辻褄が合う……よな? いや、理論上の穴が一つ空いているが、今の俺にそれを確かめる術は無い。


(よし……)


 状況の整理が出来てきたので、再び扉から中を伺うと……丁度ミストが喋りだした。


「しかしこれが”男”ってヤツかぁ。天界にいる男って言えば、基本は神様(カミサマ)だけだもんな。若いのは初めて見たぜ……しかし弱っちいハズなのに、何か少し不気味だな。ちょっとドキドキすんぜ。そういやレア姉様はアタシと同期で卒業なのに、もう下界に行ったんだっけ? 流石エリート様だ、超カッケーわ。いいなー、アタシも下に行ってみたいよなぁ」


 ビンゴ! やはり間違いない、ここは天界だ! まさか知った人物の名前が立て続けに出てくるとは思わなかった。因みにレアは、お前が考えてる様なヤツでは断じてない! ふざけんな! アレの何がエリートなもんか! あいつ、アタマがおかしいんだぞ!!


 とまあ仮説が確信に変わった俺は、周囲に警戒しつつ……引き続き聞き耳を立てる。口を尖らせて独り言を続けるミスト。


「でもさー、男ってのは女より力が強いんじゃなかったっけ? こいつら、戦乙女隊の姐さん方に一瞬で取り押さえられてたぞ? クッソ弱いんだけど! こんなんじゃ、下界で“一割程度の力しか出せない”アタシ等より、かなり弱っちいんじゃないのか? あー、でもアタシも取り押さえてみたかったなぁ、姐さん方がキャーキャー言って興奮して遊んでたから手ぇ出せなかったけど。姐さん方、何かエロそうな所(イジ)ってたよな……ビビるぜ。アタシにはまだちょっと早いな、うん」


 ちょっと待て!? 下界では一割の力って……


 おいおい、冗談じゃあない!! つまり天界(ここ)だと、あのレアの馬鹿力が十倍近くにハネ上がるって事か――!?


 その“一割”の恐ろしさですら、散々身に染みている。個人の力量差が多少あるにせよ、どうせ目の前の少女も似たような存在なのだろう。


 迂闊どころか馬鹿だった、こんな奴等とまともに戦えるワケがない、アリが巨人に真っ向勝負を挑む様なものだ。気付かぬうちに、踏み潰されるぞ。俺は即座に実力行使を諦めた。


 檻の方を睨み、再び何かを呟く彼女。


「うーん、アタシも”男”ってのには興味ないワケじゃないんだけど……でも何だろ? 本能的に少し身の危険を感じるぜ。しっかしコイツら何か品がねえ顔してんな。男ってのはみんなこうなのか? まあこいつらも、どの道もうすぐ……終わりか」


 “終わり”……か。


 俺は考える。見張りを言い渡されている以上、ミストは処刑が開始されるまでここに居座り続けるのだろう。そしてこのまま待てば、一時間半もしない内に他のヴァルキリー達がここへ来て……連行されたヤクザ達の刑が執行されるハズだ。ついでに言うと、退路の無いここでは、俺も同じく袋の鼠。


 まずいな。現状、圧倒的な力を有するミストを腕力で制圧する手立てはない。力の差があまりに大き過ぎるし、もし俺が武器を持ったにしてもコケ脅しにしかならないだろう。そんな事をしても軽く捻られるはず。ダメだ、いくら考えても相手を無力化する手段が思いつかない。


 うーむ。余り猶予も無いし、一体どうしたものか。やっぱ一人で逃げるか??


 再度牢を覗くと……ミストの言葉はわからないにせよ雰囲気で察したのか、随分と大人しいヤクザ達の姿が。それはまるで、殺処分を待つ檻の中の動物達の様。いかん。これは流石に可哀相だ、何とか助けてやりたい。


 何か……何かないのか? 人間の俺にあって彼女には無い、武力を必要としない”必殺の武器”は。


 考えろ、考えるんだ。


 そう思い、今一度彼女の言葉を最初から思い返してみた。


 そうだ。”若い男を初めて見た”、”興味がある”、”弱いはずだが少し怖い”、”ドキドキする”……だっけ? このミストの発言からは、何だろう? 思春期特有の少女が持つ、青臭さの様なものを感じる。


 更に、無い知恵を振り絞る。


 そうだ……いかにスポンジだろうが、何か水の一滴ぐらいは出てくるはず。無いアタマを振り絞れ!



 暫くそうしていると、ふと目の前が明るくなるのを感じた。


 そうか、わかったぞ!! ツンツンしていて口は悪いが、こいつ(ミスト)の中身は”異性に興味津々な年頃の少女そのもの”なのだ。彼女の独り言がそれを証明している!


 その瞬間、俺は天啓を得た。クックックッ、あるじゃない……! 彼女に無くて俺にある、最強の武器ってやつが!!


 そして今まで見ていた限り、元々彼女には”その素質”が多分にある。


 そうだ、俺が少しだけ後押ししてやれば、”立派なポンコツ”の完成だ。


(いける……これはきっといけるぞ!)


 その直後、俺は卑劣な笑みを浮かべて準備を開始したのであった。






 ~所変わって現世の日本~



 レアはノームを抱えたまま立ち尽くしていた。


 先程まで隣にいた太郎がいない……あと、何か良くわからないが声を掛けてきた人も。


 レアは胸元に抱いたノームを見下ろし、ゆっくりと問いただす。


「おい、パッ君! 貴様……太郎を知らないか??」


 ノームが答える。


「パックン・じゃねーよ?」


 再びレアが口を開く。


「いや、貴様はパッ君だ! 私が今、名前をつけた! それで太郎はどうなった? あやつ、急に目の前から消えたのだが……」


 ノームがレアを見上げて答える。


「たろー・まちがえた!」


「何を間違えたというのだ??」


 ノームは一瞬首を傾げた後、衝撃の内容を告げたのだった。


「くった……よ?」


「……くった? お前、太郎を食ったのか??」


「……くった、よ?」


 直後、レアはノームを抱えたまま、泣きながら何処へともなく走り出す!


「アリシアぁぁぁぁぁ! どこだぁぁぁぁぁ!? パッ君が! パッ君が太郎を食べちゃったあぁぁぁぁぁ!! あと何か知らないオッサンもぉぉぉぉぉぉ!!」





 ~再び天界の牢獄前~



 俺は息を整える。行動に反し、心臓の鼓動が早まるが……大丈夫だ、この武器があれば俺は勝利を掴める。きっと彼女(ミスト)を無力化できる……落ち着け、俺! そうだ、武器はもう、これしかないじゃないか!!


 背水の陣ってヤツか。


 己を鼓舞して意識を集中し、戦意を極限まで高める。


 さあ燃え上がれ、俺の”心の宇宙”!!


 それからゆっくりと、扉の取手に震える指を掛けた。


 三、二、一……おっしゃいくぞ!!



 バンッ――!!


 勢い良く開く扉。


 こちらを見て驚き、まるで金縛りにでも遭ったかの様に、全身の自由を奪われるミスト。


「――!?」


 案の定、彼女は声すらも出せない。


 恐らくミスト達ヴァルキリーの身体能力なら、目視された直後、俺の身体は地面に叩き伏せられていてもおかしくはないだろう。


 だがしかし! 今は彼女の優れた動体視力が仇となる。


 その証拠に目の前の戦乙女は……目を大きく見開き、口を両手で押さえて石像の様に固まっていた。


 牢のヤクザ達も……俺の登場に言葉を失う。


 続けてミストの脚が内股となってガタガタと震えだし……声を失ったまま後ずさりし始めた。


 それは何故か? フッ、簡単な事さ。


 そう! 俺は今! 上半身裸で! ズボンを膝まで降ろし! パンツ一丁で! 腰を小刻みに前後させながら! 部屋の入口を塞いでいるのである! ひゃっほうい!!


「こんにちはっ! やまだっ!! たろうっ!!! でっす!!!!」


 呼吸を忘れ、声にならない心の叫びを上げるミスト。正直、まさかここまでビビるとは思わなかったぜ。だが概ね成功だ。


 ようやく震えつつ、口を開くミスト。


「――!? な、な、なななな!? なんなんだ! テメーは!?」


 俺は真顔で平常心を保ちながら、腰をクイクイさせつつズイッと前へ出る。同時に後ろへ下がるミスト。へいへいピッチャーびびってる!!


 俺は突如、大声で叫んだ。


「本日はっ! 可愛いミストちゃんにっ!! 素敵な!! 素敵なお届けものをプレゼントしに、参上つかまつりましたあああああぁ!! フォーーーーーッ!!!!!」


 手に持った上着と腰を全力てブン回す俺。


「い、いらねーっ!! かっ、帰れぇぇぇぇぇ!! い、いらねー!!」


 腰の引けた彼女は血走った目を見開き、もはや俺が侵入者だということも理解できなくなっている御様子。いやホント仰る通り、帰れるもんなら今すぐにでも帰りたいですわ。


 ミストは全身が小刻みに震え、顔から血の気が引いている。よし、もう一押しだ。俺は最後の賭けに出る。


 再び前へ! そう前へ!! 彼女の背後には壁。逃げ場を失い、真っ青な顔でへたり込むミスト。俺はパンツのゴムひもに両の親指を掛けたまま、更に高速で腰を振って歌い出す――!!


「イエエェェェ!! ぞーうさんっ!! あ、ぞーうさんっ!! おーはながながい(・・・)のねっ!!! はい、リピートアフターミイィィィィ!?」


「やめろ、うるせえぇぇぇぇ――!?」


 因みに、二十六年間連れ添って来た“股間のゾウさん(あいぼう)”は……言う程、いや、全く長くない。だが俺は勝ちを確信した。そう、このままフィニッシュだ!! 勢い良くパンツをズリ下げた俺は、腰が抜け座り込んだミストの眼前へと全力で飛び掛る――!!


 迫り来る、象さん。


「イエェェェそーよ! とーおさんもっ! なーがいの……よおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!! アンタッチャボオウウゥゥ!!!!!」


 俺は短い“象さん”を指で摘み、それをまるでプロペラの如く……ミストの鼻先、危険な至近距離で必死に振り回した!!!


「ぎいいぃやあああああぁああああああぁぁぁ――!!!!!!」


 十秒後、パンツを定位置に戻した俺の眼下には……泡を吹いて涙を流し、白目を剥いて失神した、真っ赤な顔のポンコツ戦女神が転がっていた。


 哀れに思い、そっとミストの目を閉じてやる。


 “フッ”とニヒルな笑みを称えて半身で牢に振り返り、ビシィッッ! とサムズアップを決める俺に……牢獄の中からチンピラ三人組の冷ややかな視線が浴びせられていた。


「コイツ……マジかよ……人として心底引くわ」


「兄貴、あいつ……チ◯ポいじった手であの娘の目を閉じてましたよ……鬼かよ」


「お、おう……」


 大丈夫、くっつけてはいない。


……安心せい、峰打ちだ。

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