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そこははじまりのばしょ。

 こんにちは!ワセリン太郎です! 今回から牢獄のお話です!


 また食いやがった――!?


 叫ぶヤクザ達。


「サブローが! 今度はサブローがやられた!? ちっくしょおぉぉぉぉぉ!!」


 先程ノームに丸呑みにされたのは三郎さんだったのか……本日二人目の犠牲者へ、心の中でそっと手を合わせる。他のチンピラ達は目の前の出来事に相当驚いたのか、すぐに追って来ようとはしない。俺達は“しめた”とばかりに再び走り出す。


 いつも歩き慣れた商店街の道へ、見つからない様に素早く身を隠した。


 当然、俺はこの辺りの道にはある程度詳しい。しかしヤクザ連中だって、普段から夜の店が多いこの辺りで活動しているのだろう。それを考慮すると、相手の人数が多い分こちらが不利か? などと考えていると、レアが後ろから『おい太郎、少し待て!』と、ガツンと腕を強く引っ張った。ちょ、痛い!? 力強い! 肩が抜ける!!


 今の所は一応……まずまず、追跡を振り切っている状況だと判断してもいいだろう。あまり悠長に会話をしている場合ではないが、まあ少しだけなら余裕がある筈だ。俺は急ぐ足を止め、レアの方へと振り向いた。


「どうしたレア、何かあったか? あと、お前の腕力で思い切り引っ張るのやめて! 冗談抜きで俺の腕がモー◯ルコンバットみたいになるから!!」


 彼女は真顔で答える。


「いやな、太郎。一つ聞きたいのだが、奴等は何かの集団、組織なのか?」


 ああ、そうか。コイツはヤクザだとか暴力団だとか、その手のハナシは一切わからない(・・・・・)わな。警察の事だって知らなかった訳だし。


 ある意味で納得した俺は、再び足早に急ぎながら……彼等についてのザックリとした知識を彼女へと伝え始めた。


 それをある程度聞いたレアは……


「ふむ、そうか。つまり簡単に言って、奴等はどうしようもない悪党だということだな?」


 まあそうだ。それが世間一般の認識で間違いない。


「正直、真っ当に生きてる人達は迷惑してるかな」


 たまに『ヤクザは侠気があって良い人』だとか言い出す脳内お花畑な輩を見かけるが、あれは完全に世間知らずの戯言だ。連中はそうやって良い人のフリをし、そっと一般人(カタギ)に忍び寄る。任侠道? 決して素人には手を出さない? 正義の極道……等というファンタジーな冗談は、映画の世界の中だけにしておいた方が身の為だ。


 レアが続ける。


「では……残念だが壊滅させねばならんな」


 うん!? そこから間違えてきてますよ、レアさん!! 彼女の頭の中では恐らく、正義(われわれ)VS悪党(ヤクザ)の単純図式が出来上がっているのだろう。要は、正義の味方が勧善懲悪するアレだ。しかし実際問題、世の中はそう綺麗には行かない。何故なら現実世界では往々にして”悪が勝つ”からだ。


 薄汚い権力者、意地汚い上司、良い人の振りをしつつ裏で他人を貶める奴、身の危険をちらつかせて他人を脅すヤクザ者……そういった連中が善良で純粋な人達を押しのけ、すり潰して、生き残る。何度も言うが、”悪が勝つ”というのがこの汚れ切った世界の真実だ。つまり、そういった輩に極力関わらないのが、賢く生きるという事に他ならない。

 

 そうだ。だから今の俺達のように追われて……あれっ? ちょっと待て。良く考えるとヤクザ達はまだ何もしていない。もしかして、二人程行方不明にした上、車をブッ潰して逃亡している俺達の方が余程“悪者”なんじゃねぇの? おいおい、”悪が勝つ”というのなら、何だか急に勝てる気がしてきたぜ……


 おっと危ない! 妙な考えに流される所だった。話を戻そう。


「駄目だろレア、すぐ壊滅させるとか。それにああいう連中と関わり持つと、後がスゲー厄介なんだ。みんなそれが嫌で怖がるんだよ」


 考えを改めさせようとする俺に、真っ直ぐな瞳でレアが言う。


「そうは言うがな太郎、私としてはそういった輩を見過ごす訳にはいかんのだ。本人達の為にもならん。それにもう関わってしまっただろう? まず全員捕縛した後にあのケーサツに突き出し、改心させるというのはどうだ? ケーサツとは本来そういう施設なのだろう? それに奴等も人の子だ、話せばきっとわかる。そうだ、時間の許す限り私も一緒に諭そう」


 何だろう? レアの純粋無垢な思いを聞いて、胸の奥がチクリと痛んだ。世の中の不条理に慣れすぎて簡単には抜けない、心に刺さった小さな棘。


 話を聞いた瞬間は『おいおい、何言ってんだよおバカさん』と言おうとしたのだが、いざ反論しようとしようとすると、何故だか喉から上へと……言葉が出てこない。


 こちらを見つめる”清く澄み、強い光を称えた真っ直ぐな瞳”。これではまるで聖女の様だ。確かにレアはアホではあるが、今の社会に順応して 汚れてしまった俺には……この”真っ直ぐに人の善性を信じる純粋さ”が妙に眩しい。


 だが仮に罪を犯した悪党が心の底から改心したとする。しかし今度は”社会がそれを許さない”だろう。改心して外に出てきた連中を……今度は”善人達”が追い詰めるのだ。


 過去は水に流れない。被害者もいるので当然の報いではある。服役して社会的弱者となった元悪人に、日の当たる居場所などありはしない。そうして追われた弱者は再び集まり、更に大きな悪と成る。一度、黒へ染まった彼らに選択肢はない、そう成らざるを得ないのだ。


 レアに反論できなくなった情けない俺は、一人、どうにもできない社会構造に苛立った。否、俺もその一部であり、決して小さくない責任がある。社会の一員である限り、関係ないとは言えないのだ。そう思っていた時、レアが言葉を続けた。


「そうだ、奴等を処刑するのはその後でも遅くはないだろう? それでどうしても駄目なら、絞首刑や斬首などで手早く殺処分(さっしょ)すればいいのだ、うん」


「しょ、処刑!? 殺処分!?」


 そうだ忘れてた! コイツはヴァルキリーとかいう、とんでもねぇ死神稼業の人でした!! 何が聖女の如きだ笑えない。一人で社会の構造について想いを馳せたり、話を大きくしていた俺って何なの。非常に恥ずかしい!!


 首を振り、気を取り直して歩き出すと……レアがまた何か言おうとして腕を掴んでくる。


「なぁ、やはり奴等の更生は不可能か? 私が甘いのか?」


 俺は”不可能”を肯定する意味で頷いた。その意味は、明確に彼女へと伝わる。端正な顔を少し曇らせるレア。何故だかまた、少しだけチクリとした。


「そうか……この世界(ニホン)に詳しい貴様が言うのだから、きっとそれは正しいのだろうな……残念だ。では仕方ない。コレを使おう!!」


 えっ……? いやいやいや!! 君は何故、ノーム君を抱えて俺へと見せているのですか? その意図が全くわからないのですが。


 俺は尋ねる。


「えっと……レアさん? そのノーム君を使って何をしようと??」


 不思議そうな顔をして答えるレア。


「何って貴様……奴等を全部コイツに食べさせ、ヤクザ組織を壊滅させるに決まっているだろう? ぶっころなのだ、当然、遺恨を残さぬ様、ヤツらの家族、一族郎党、子孫に至るまで根こそぎだ!」


「は? お前、何言ってんの!?」


「まさか私に直接処刑させるつもりか? 嫌だぞ、人に手を下すなんて気持ち悪い。夢に見そうだ。太郎、正気か? 頭は大丈夫か? お医者さん行くか?」


 いや、俺がお前に“頭は大丈夫か?”と問いたい。


 そうこうしていると、背後から急に嫌な声が投げ掛けられた。


「見つけたぞテメーら……! 兄貴の……兄貴の仇……!!」


 しまった、長居しすぎた。


 ゆっくりと振り向くと……そこには一人のチンピラが立っていた。


 顔に見覚えがないので、先程撒いた連中の中の一人ではない。恐らく俺達の特徴を聞き、必死に探していたのだろう。


 良く見ると泣いている。手には抜き身の短刀、覚悟を極めた妙な凄み。もしかすると、刺し違える覚悟なのかもしれない。


 ヤバイ。本能的にそう思った瞬間、レアの胸元から”声”がした。


「くう・か?」


 ――!? またノームに人間(チンピラ)が食われる!!


「や、やめ……!」


 そう言おうとした瞬間……


 何故だか俺の目の前が真っ暗になったのである。






 あれ……? ここはどこだ??


 もしかして俺は刺されたのだろうか。いや、腹の辺りや首周りに触れてみるが……特に痛くはない。恐る恐る 目を開けた。


 ぼんやりとした視界が、序々にすっきりとしてくる。どこだろう? 高い山の頂の如く、非常に風通しが良い。意識もハッキリしてきて周囲を見渡すと……ここはどこか部屋なのだろうか? それにしては随分と散らかっているな、まるで何かが爆発した跡の様だ。


 家具等は中世風で統一されていて、現代風の物が何も無い。そして気が付いたのだが、部屋の壁が吹き飛んでおり、そこからポッカリと青空が覗いている。そりゃあ風通しが良い訳だ。


 外を覗き込むと……うわぁ、何だこれ、恐ろしく高い。


 下は崖になっている様だが全く底が見えず、まるで雲の上の浮遊城か何かに居るのかと錯覚しそうになった。おいおい、何だこりゃ、本当に現実か??


 状況が飲み込めないので一旦周囲を調べてみようと考え、部屋に散らばる物へと視線を移す。半壊した机の上に、何か書いてあるメモ書き等を探すが……ダメだ、特に何も見当たらない。


 しかし無理かと俺が諦めかけた矢先、奇妙な物が目に飛び込んできたのだ。


 それは本棚へ大量に置いてあり、ある種西洋ファンタジー風のこの部屋においては異質を極めた物体。部屋が爆発した際の影響なのか、良く見ると床にも数冊が散らばっている。


 そっと拾い上げて手に取った。


 思った通りだ。やはりこれは……うん、日本語だな。片手に収まりそうなサイズのその本の表紙を見ると、もはや題名なのか、作者の魂の叫びなのかわからない(・・・・・)程の長いタイトルと共に、漫画風の表紙絵が添えてある。


「ああ、これはライトノベルってヤツか? でも何でこんな所に……」


 そう思った俺がパラパラとページをめくっていると、破れた壁の反対側、室外の廊下側から複数の女性達の会話する声が聞こえてきた。あっ、どんどん近付いて来るぞ。


 そのまま出て行く程、俺はお人好しじゃあない。先ずは隠れて耳を澄ます。


「侵入者はあれで全部ですか?」


 侵入者……?


「はい。現在確認出来ている”人間の男”は三名で、全て収監が済んでおります。随分必死に逃げていましたが、数に勝る我が隊の者達が手早く取り押さえました」


「そうですか、ご苦労様です。少々哀れには思いますが……しかしここの存在を知ってしまったからには、残念ですが消滅させる以外に道はありませんね」


 何か物騒なハナシが聞こえるな。”人間の男”、”三名”、”収監”、”消滅させる”……最後のは恐らく処刑って意味だろう。しかし……”人間の男”って言い方が引っかかるな。ここ数日、妙な連中とお友達になってしまった俺の危険予測センサーが、その言葉に対して警鐘を鳴らしてくる。これは絶対に何かある。下手に出て行かなくて正解だったぜ。


「消滅実行の予定時刻はどうされますか?」


「そうですね、”あの方”が帰って来られてからでは……面白がってまた面倒な事になるかも知れません。知られる前に速やかに。術式の準備もありますし、二時間後としましょうか。エルルーン、貴女は皆へと速やかに伝達を。それと我々はどのような生命に対しても平等に接しなくてはなりません、情の移らぬようにというのもあります。皆も心するよう」


 外国人か? でも聞こえるのは日本語だよな、これ。


「はっ、了解しました!」


 一人、足音が離れてゆく。


「彼等に魂の導きのあらんことを。さて、我々も行きますよ」


 全部で三人居たのか?


「うえーい」


 何だコイツ……


「返事は“うえーい”ではありません!」


「へいへーい」


「まったく貴女(このこ)は……」


 何かの組織の上司と部下の会話……って感じか? どうも一人、激しく弛んだのが混じってる様子だが。しかし先程の”人間の男”って言葉を聞いて確信した。彼女達の会話が茶番でなく、至って真面目なものであった場合、恐らくここは”地球”ではない。もしくは俺の知る”地球”ではない可能性が高い。


 えっと、三人の”人間の男”が捕まってるって話だったな? それが二時間後に処刑される……と。ちなみにあまり考えたくないが、俺が発見されるとそれが四人に増える訳だ。全く笑えない。


 俺はここで考えた。


 汚い奴だ! と思われるかもしれないが、まず最初に考えたのが一人で逃走する案。これは当然最初に候補に挙がる。誰だってそうだろう? 顔も知らない野郎共を助けに行って捕まり処刑される……なんてありえない。

 もし相手が美しい囚われのお姫様ならば、俺だって六十の塔の階層を駆け登ってでも救いに行くだろう。でも捕まってるの野郎でしょ? 却下。ないない。まずは一人で逃げる案に一票を投じる。


 次は逃走経路を含めた敵の数だ。先程の会話で彼女達は、『数に勝る我が隊の者達が、手早く取り押さえました』と言っていた。“数に勝る”……か。一体、どの程度の人数がいるのだろう?


 隊……と言うからには、よくわからないが最低十人程度はいるんじゃないだろうか? それに先程の声は女ばかりだったが、当然相手が女性ばかりとは限らない。何しろ”手早く取り押さえた”と言っていたのだ。もしも腕力自慢のムキムキ親父が現れたら……俺に勝ち目などない。


 そして隊というからには軍隊なのだろう。その“隊”というのが幾つあるのかも未知数だし、敵は大人数と予定しておくべきだ。だとした場合、味方は一人でも多い方がこちらの生存率は高くなる。以上を踏まえて、次は収監されている連中を助ける……に一票。


 最後にここが何処なのか? という問題だ。恐らく脱出に成功しても、すんなりと元の日本に帰れる見込みは非常に薄い。その後情報を収集するにせよ仲間がいた方が心強いし、もしかすると捕まっている連中が何か知っているかもしれない。


 とまあ、色々と御託を並べてはみたのだが……結局は一人じゃ心細くて寂しいので、助けに行く事に決定したのだ。まあ現場を見て、救出が無理っぽかったらそのまま逃げるけど。


 さて……行きますか! 警察、ヤクザの次は軍隊かよ。もう感覚が麻痺してきて何も怖くないぜ。俺は己を奮い立たせる様にニヤリと笑うと……頬をパチンと叩き、顔も知らない男達を救出する為に行動を開始したのである。

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