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優雅なティータイム。

 こんにちは! 小説を書くイメージを膨らませるために”一日中街中を延々と観察してまわっていた”ところ、何故だかおまわりさんに職務質問をされたワセリン太郎です!

とてもあやしかったのかもしれません! おしまい!

「お、おい! テメーら、あ、兄貴をどこへやった――!?」


 いやいやいや!? そんなの俺が教えて欲しいですわ! 口から突然生やした謎のマジックハンドで”兄貴”を鷲掴みにし、そのままゴクリと丸呑みにしたノーム。


 全く状況が理解できない俺は、慌ててリュックを引っ張り、背中のノームに詳細を尋ねる。嫌な予感が先行し、膝が……微かに震え始めた。


「おい、ノーム! お前、一体何をした!?」


 相変わらず能天気なコイツは、ポカンとした表情で平然と答える。


「くっ・た?」


 いやいや『食った?』じゃねーよ!? 俺が尋ねてるんだよ! てか、食ったって何? 食べちゃったって事!? はぁ? ちょっと待ってマジで食ったの!? どーすんのよこれ!?


 とりあえず背中のリュックを降ろして、中からノームを引っ張り出した。それから落ち着こうと深呼吸し、両手に抱えたノームを正面に見据えてもう一度だけ訪ねる。


「えっと……もう一回聞くぞ? オマエ、兄貴さんマジで食っちゃったの……?」


「アニキ……くった……よ?」


 やっぱ食ったのかよ!? やばい! このままでは一連の騒ぎで初の死亡者が出てしまう!


 とりあえずノームを逆さにして振ってみるが……


「げぷうぅぅぅぅぅ」


 ゲップしか出てこない。いや待て、コイツはこれでも超常の存在だ。元に戻すように頼んでみよう。今ならまだ、何とかなるかも知れない。


「おい、ノーム。頼むから兄貴さんを“出してくれ”よ……大丈夫だよな? 出来るよな?」


「できる・よ?」


 おっしゃキタほらぁぁああ! 諦めずに何でも言ってみるモンだ!!


 内心、ガッツポーズを取った。


「あ、あの、兄貴さん、ちゃんと出て来るそうですわ」


 冷や汗をかきながら、兄貴の無事を仲間のチンピラ達へと伝える。


「お、おう……そ、そうか。そりゃ何よりだ」


 彼等も気持ちは俺と同じか。


 事情が飲み込めていない様子……まあ当たり前だ。大体この連中は“ノーム”が一体何なのかを知らないし、そこの説明を受けている筈の俺だって、正直訳がわからない。まあ、これまでの奇妙な経験上、多少心持ちはこちらの方がマシになるのかも知れないが。


 でもまあ、“兄貴”を元通りにして無事返却出来るというのなら……とりあえず状況は()(ちゅう)って所か?


 そうだな、まだ()()ではない。とにかく連中が混乱している今こそががチャンス。


 落ち着いて彼等を見てみると……どうも俺達へ積極的に関わろうとしている感じは受けない。要は飲み込まれるのが怖いのか、ある程度の距離を保ったままだ。ここはひとつ、ノームに頼んでヤクザの兄貴を元に戻してもらい、それから渾身のジャンピング土下座を決めてから素早く逃げよう。それがいい、それしかない!


 そう俺が考えていると……


 突然、あまり聞きなれない音が辺りへと鳴り響いたのである。

 

 ブリブリブリブリ……ブリュ…… ブ、ブリュ……ブッ!


「……えっ?」


 ブブッブッブッ……ブホッ。


 あっ……出し……た。出した。


 そう。俺から言われた通り、ノームが”出した”のだ。


 いや良かった良かった……


 いやちょっと待て!? 何だよ? ブリュブリュ……って??


 その場にいた全員が硬直し、暫しの沈黙……




 初めに、誰の叫びが静寂を破ったのかは覚えていない。


「うわぁぁああああああ!? 兄貴がう○こにぃぃぃぃ!!」


「おい! ソッチかよおぉぉぉ!? “出す”って言ったら普通そのままだろぉぉぉ!! う○こにして出してんじゃねーよぉぉぉ!?」


「おい太郎! ”大変なモノが出てるぞ”!! アニキってヤツは消化されてウンコになったのか!? 随分と早いな! あと、くさい! くさいな!」


「くさっ! 臭え!! 兄貴いぃぃぃぃぃ!!」


「――!? なんて事!」


 ヤバイ、最悪の展開だ。


 振ろうがブンブン回そうが、ノームが兄貴を吐き出す様子は一向にない。恐る恐る、残されたチンピラA&Bの様子を見ると……やばい、当たり前だが滅茶苦茶怒ってる!


「オイ、テメエ! ちゃんと“出す”って言ったよな!?」


 すみません! 何か“別の物(うんこ)”になって捻り出されたみたいで……なんて言えるワケがない!!


 よし、逃げよう! もうこうなっては一旦逃げて、神様(ジイサマ)にどうにかして貰うしか方法はない。そう、誰かに笑われようが、ダサいと後ろ指を指されようが、体裁なんてどうでも良い。迅速にケツを捲って逃走し、全霊をもって全力で泣きつくのだ。助けて神様!!


「おいレア、トンズラするぞ――!!」

 

 俺は、小脇にノームを抱えたままレアの腕を乱雑に掴むと、死に物狂いの全力でその場から駆け出した。


「あっ、逃げやがった!?」


「待てやコラァァァ――!!」


 待ってたまるか!!


 当然、追いかけてくるチンピラA&B。しかし、追いすがる彼等の手が俺達の肩へと届く事は無かった。


 ヤクザ達はそう、哀れにもノームがケツから盛大に捻り出した”何か”を思い切り踏んでしまい、連鎖的に激しく床へ転倒したのである。うわぁぁ! ありゃ痛いぞ、本当にごめんなさい!!


「あ、兄貴(うんこ)を踏んじまった――!?」


「ば、馬鹿野郎! 兄貴(うんこ)を引き伸ばしてんじゃねぇ!!」


 うわぁ、彼等のズボン、きっとトンデモない滲みが出来てるに違いない……ダメだ、振り向くな、俺!!


 そのまま逃亡を開始した俺達は、買い物を終えて談笑していたアリシアさんとヒルドを遠くに見つけ……大袈裟に飛び跳ねつつ、『逃げろ!』と身振り手振りで促した。


 抜き身でバットを握るレアを見たからか、”また何かが起きた!?”と瞬時に状況を察した様子の彼女達。おいおい頼もしいな。今日は賢い人達が多くてホントに助かるぜ!


 レアを連れ、通路を猛然と駆け抜けながら上半身で振り向くと……二人が買い物袋を持ったまま追いかけて来るのが確認出来た。更に少し遅れ、例の小柄な女性も必死に走ってついて来ている。ホント誰なんだ?


 てかあの人、わざわざこんなトラブルに首を突っ込む様なマネをして大丈夫なのか? 俺だったら絶対に御免だわ。しかし昨日から走ってばかりだ。いい加減身体も慣れてきたし、今度ハーフマラソンとかに出てみようかな。これなら案外いけるかも……っとそんな事を考えてる場合じゃない!!


 走りながら、これからどうしたものかと迷っていると……後ろからヒルドの急かす様な鋭い声が響く。


「太郎! 状況はわかりませんが、先ずは一旦施設を出ましょう!」


「それがいい!!」


 モールのメインの通りへ飛び出し、レアにバットを仕舞わせ……少し速度を落として人ごみに紛れる。


 遠くを振り返ると、何かを叫びながら追って来るチンピラA&Bの姿が見えたが……良かった。休日で人がごった返しているので、その距離はなかなか縮まらない。ふと逃げる先を見ると、制服を着た警備員さんが二人、こちらへ歩いて来る。これはチャンスだ!

 

 俺は通りすがりに警備員の肩を叩き、その場で足踏みしながらチンピラA&Bを指差した。


「すみません! あの人達、さっきから大暴れしてますよ! あのヤクザっぽい人達です! 怪我人も出てますからどうにかしてください!」


 タイミング良く、大声で怒鳴るチンピラ達が、”道行く人を突き飛ばしながらこちらへ走り来る姿”が見えたので……警備員さん達が慌ててそれを止めに走って行ってくれた。


 よし。これで彼等がモメている間は多少時間が稼げる。その後、後方からチンピラ達の怒鳴り声が聞こえたが……俺は無視して一切後ろを振り返らなかった。



 そうしてそのまま、皆でショッピングモールを脱出したのである。




 その後……公園のトイレでノームの尻を洗った俺達は、近くの喫茶店に転がり込んでひっそりと息を潜めていた。


 陣取るテーブルの横には小さなガラス窓があり、コッソリと外を覗き見るには都合が良いが、その逆は非常に難しい。つまり奴等が店内に入って来ない限り見つかる事はないし、こうして籠城するにはうってつけの場所という訳だ。


 それと、あの先程からの小柄な女性。


 彼女は自己紹介も無しに俺達へと同席し、その上妙に馴染んでいる所を見ると……恐らくは天界の関係者なのだろう。大体、ノームの事だってバッチリ視えていたワケだし。


 各自店員さんに注文を終え、肩の力を抜いて一息つくと……眉間にしわを寄せたヒルドが、呆れた様にゆっくりと口を開いた。


「全くあなた達は……今度は一体、何をしでかしたのですか!?」


 出されたおしぼりを広げ、まるでオッサンの様に顔をゴシゴシし始めるレア。


 あの、ヒルドさん。俺は何もしていないのですが……まあ隠しても仕方ないので、正直に一部始終を打ち明けようか。



 それから……全てを聞き終え、『ああっ!』とばかりに両手で顔を覆い、頭を抱えて嘆くヒルド。アリシアさんも目を見開いて驚き、手で口を押さえて『それは……一体どうしましょう』と言葉を失っている。まあ、そういう反応になるわな。俺だってまさか昨日の今日でこんな事になるなんて、夢にも思わなかったよ。

 

 隣を見ると、店から出されたショートケーキを一口頬張り、アホ面でうっとりとしているレアがの姿が。きっとこういう奴が裁判等で、“本人に責任能力無し”と判断されるのだろうな。ダメだ、アホはもう放っておこう。


 ふと、小柄な女性に視線を向ける。そもそも彼女は何者なんだろうか?


 俺の視線に気付いた小柄な女性が、その大きめの……少しずり落ちた丸メガネをグイッと押し上げ、それからゆっくりと口を開き始める。怒ったヒルドに拳骨で頭をグリグリされているレアが見えるが……俺は気にせず、彼女の言葉に耳を傾けた。


「初めまして太郎さん。私はエイル。エイルと申します。おおよそ貴方のご想像の通り、私もアリシアさん達と同じ……天界より、この神丘市に派遣されて来た者です」


 やはりそうか。俺も自己紹介を返しつつ、ふと考える。いや待て。アリシアさんと同じ? えっと、本当に同じ……なのか??


 俺は、アリシアさんの胸部にそびえる偉大な二つの世界遺産(チョモランマ)をチラリと横目で見た後、再びエイルと名乗る小柄な女性に視線を移す。


 そこに広がるは、遥かなる地平線(ホライゾン)。ああ、その昔は地球が丸くないという説が信じられていたそうだが……確かにそれが支持されていたのも納得だ。視線に気が付き、無い胸を覆い隠すエイル。


「ちょっと貴方! 今また、ものすごく失礼な事を考えませんでしたか!?」


「あっ、いえ、その……すんませんでした☆」


「おい表に出ろ! この世に生まれてきた事を後悔させてやる――!!」


「エ、エイル……少し落ち着いて下さい」


 俺へ飛び付こうとする彼女を、ヒルドが慌てて止めに掛かるが……


「邪魔しないで下さい! これは乙女の尊厳を守る戦いだ! 死ね――!!」


「お、俺が悪かった! マジで悪かったですから許して!!」




 それから詳しく聞いた話によると、普段のエイルさんはどうやら……神丘市の市役所に勤めているご様子。主に市民課で戸籍の管理業務をしており、先日も神様に頼まれてレアとヒルドのものを用意したのだとか。

 

 戸籍等を偽造して大丈夫なのだろうか? と心配になり尋ねてみると、“文書偽造専用の魔法”を掛けるので人間相手にバレることはないらしい。ちなみに今日は個人休でお店に入浴剤を買いに来ていたそうな。そこで“運良く(・・)”、ノームを背負った俺を発見してしまった……と。折角の休日なのに、本当にご愁傷様だ。


 しかしこれからどうしたものか。そういえばノームは、本当に兄貴を消化してしまったのだろうか? あれからコイツは、何か吐き出す素振りを一切見せない。てかマジで()っちまったのか? いくらヤクザが悪党だからって、流石にそれは洒落にならないぞ。早く神様(ジイサマ)に言って何とかしてもらわないと……


 俺は店の小さなガラス窓に視線を移す。店内から少しだけ外が見えるのだが、実は先程からどうにも様子がおかしい。要は随分と道路が騒がしいのだ。

 

 明らかにチンピラ風の男達や、”イカニモ”な車が頻繁に行き来している。先程、警備員さん達に頼んで足止めに成功したチンピラA&Bだが、俺達の逃げた方向だけはしっかりと確認しておき、仲間を呼んだのかも知れない。


 これはまた面倒な事になったな。確かあのチンピラ三人組が所属しているヤクザの事務所は、神丘市内最大の暴力団組織だと聞いたことがある。まあこんな地方都市だ、最大と言っても構成員は二十人にも満たないのだろうが。


 そしてあの中の一人は、街でそこそこの有名人だ。いや、“有名だった”と言うべきか。なにせもう、ノームの野郎がバクリと食ってしまった後なのだから。


 しかしヤクザ絡みか……


 こういった場合は警察に相談するのが最良なのだろうか? いや待て、あのチンピラ達は俺達に何もしていないし、どちらかというと此方側が加害者だ。突然、無抵抗の兄貴をノームが丸呑みにしちゃったワケだし。あと、警察署に行って相談をしようにも、内容がファンタジー過ぎて門前払いされるだけだろう。


 やはり無理だ。多分、『ノームが人を飲み込んだ!』等と警官に伝えた瞬間、逆に俺へと別の嫌疑が掛けられ、速やかに尿検査をされて鑑識に回されるのがオチだ。『妖精が人間を食った』なんて、とても言えるワケがない。


 そう考えつつ外を見ていると、気になるのか、窓を覗こうとレアが上から圧し掛かってきた。彼女はそのまま俺を押さえて外を伺う。


 頭の上にズンと柔らかな重量物が載った。うん……デカい。話し掛けてくるレアの言葉に耳を貸しつつ、二人で外の様子を確認する。


「ふむ、何人かそれっぽいのが歩いているな。そういえば奴等は、皆一様に髪の毛の形状がこう……ショッピングモールのレストランの見本にあった、あの”焼きそば”なる食品の様にちゅるちゅるだ。残念ながら具は入っていない様だがな。しかしあのアタマ、天界では見たことがないぞ。アレは病気か何かなのか?」


「あれはパンチパーマっていってな、最近じゃ絶滅危惧種に指定されている……それはそれは貴重な、国指定の“天然記念物”なんだよ」


 俺は店外の様子を見ながら適当に答える。隣では絶滅危惧種と聞いて驚いたレアが、ノームを抱きかかえて『お前、”てんねんきねんぶつ”とかいうのを食べたのか!? やばいな! どうしよう! 美味かったか??』などと騒ぎ出した。本当にやかましいヤツだ。


 それはそうと、あいつらだ。外の路地を、先程のチンピラA&Bが手下を数名連れて歩いている。数はA&B含めて全部で六人か。捕まると面倒だな、このままやりすごそう。


 そうして窓の外を暫く観察していると、外の六人にまた一人、仲間が合流した。くそっ、七人に増えたか、厄介な。だけど見つからなければ大丈夫だ。荒事を避け、連中が諦めるまでじっと店内に隠れていればいい。


 新しく合流した”そのツナギ姿の仲間”は……手にバットを握っている。


 おいおい、何とも物騒なヤツだ。あいつ等、さっさと何処かに行ってくれないかなぁ。俺は視線を店内に戻し、コーヒーを一口すすりながらそう考えて……


 は!? バット……だと!? 俺は慌てて窓ガラスにへばりつき、外の様子をもう一度確かめた。


 ジーザス!! そこにはチンピラ一味を相手に、バットを構えているレアの姿があったのである。


「おい! 聞け、天然記念物のぱんちぱーま共よ!! これから貴様達を成敗する! 命が惜しくば、先ずあのショッピングモールに居たご老人に謝れ!!」


 そこかよ!? あっ、チンピラの仲間が携帯で連絡して仲間を呼んでる! とりあえずヒルド達に外の状況を伝え、俺は喫茶店の清算を先に済ませた。そうだ、今度は食い逃げなんてしてたまるか!!

 

 急いで席に戻り外を確認すると、まだドンパチやってはいないが……状況は更に悪化していた。


 恐らく近くに居たのが駆けつけたのだろう、連中の仲間と思しき車がレアの周囲を包囲しているのだ。


 喫茶店前の狭い路地でレアを取り囲むチンピラ達と”イカニモな車”。だが昨日の騒動で事態に慣れてしまった俺には、今後の展開が容易に読める。

 

 ノームをリュックに詰めて背負い、ヒルドに他の二人の安全を託す。彼女達はしばらくここに隠れていればやり過ごせるだろう。

 兄貴がノームに食われた時は、階段の上から見ていただけのエイルさん。逃げる際に後ろ姿だけしか見えなかったはずのヒルド、アリシアさんも問題ないだろう。そもそも彼女達はこちらの仲間と認識されていない可能性もある。それに何かあってもヒルドは強い、大丈夫だ。


 俺は喫茶店の扉の内側で、深く深呼吸をしたり屈伸をしつつ飛び出すタイミングを伺う。


 お店の人の視線が少し痛い。扉の外では何か言い争う声がするが、俺はじっと耳を澄ませてドアノブに手を掛け、”その瞬間”が来るのを静かに待つ。気分は、まるでクラウチングスタートの短距離走者だ。


 きっとそろそろだ……


 そらきた――!!


「えくす!! かりばーーっ!!」


 バンッ!! パアァァァァァァッッ!!


 うわあぁぁぁ! あいつ、べ◯ツをブン殴りやがった! 最近聞きなれたエアバッグの暴発音と、鳴りっぱなしになるクラクション。それを合図に意を決して店から飛び出し、一直線に彼女へ駆け寄る。


「おい、レアいくぞ!!」


 それからレアの手を掴んで猛然と走り出した――!!


 細い路地を斜めに塞いだ”いかにもな車”を踏み越え二人で逃げる。もう慣れたもんだが、こういう場合は動けなくなった車をバリケードにして逃げるのが一番だ。相手からすると味方の車なので、一瞬踏み越えるのを躊躇し初動が遅れる。俺もなかなか手馴れてきたもんだ、後ろからはチンピラA&Bの指示を出す声。


「おいテメーら! 兄貴の仇だ! 追え! オヤジに応援頼んだら俺達もすぐ行くからな!」


 まだ増援するのかよ!? 必死に逃げる俺が次はどうしようかと考えていると、手を繋いで走るレアが何かを大声で騒ぐ。


「太郎! 私とお前はこうして手を繋ぐ事が多いな!! 恥ずかしいが、私は男女間の経験に乏しくてな、実は男と手を繋いだのもお前が初めてなのだ。初めて繋いだのだぞ! 凄くドキドキする!! はっはっはっ、なんか照れるな! コイツめ!」


 ええ。俺も貴女と手を繋ぐ時、毎回滅茶苦茶ドキドキしてますよ。それはもう、心臓が張り裂けんばかりに。何故なら俺と彼女が手を繋いでいる時……イコール、絶対相手にしたくない類の人達に追われてる状況なのだから。ホントおかげさまで、若くして血圧の上昇と動悸をしっかりと体験できましたわ。


「ああ! おい逃げんな! まてやコラあぁぁぁぁぁぁ!!」


「兄貴の仇いぃぃぃぃぃ!!」


 逃走中に待てと言われ、それで素直に待つ馬鹿など何処にも居やしない。


 レアを連れ、そのまま必死に駆け抜ける。


 と、その時だった。


 ズシン――!!


 突然、地蔵でも背負ったかの様に、背中へ強い重みを感じる。


 何だ!? まさか……拳銃か何かで撃たれたのか!? いやだが、それらしき痛みは無い。嫌な予感に支配され、速度の落ちた脚で、恐る恐る背中のリュックを振り返ると……


「――!?」


 俺は自分の目を疑った。


 先程から追って来るのチンピラC、D、E、Fの誰かはわからないが、きっとその内の誰かなのだろう。つまりそう、俺の担ぐリュックから再び……人間の脚が逆さまに生えていたのである。鮮明に脳裏へと蘇る、“兄貴(うんこ)”の記憶。


 そのまま暴れつつ、リュックの中へと吸い込まれてゆく……誰の物かわからないバタ足。


……スポン!


「げぷうぅぅぅぅぅ」


 うわあぁぁぁぁぁあ!?


「ノームゥゥゥゥ!! お前またチンピラ食ったろ!? 食ったんだな!?」


 これが兄貴に続き、本日二人目の犠牲者が出た瞬間であった。助けてお母さん!! もう嫌だ! お家に帰りたい!

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