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小さな工房。

 こんにちは! ワセリン太郎です!


 折角がんばって小説を書いているので感想が欲しくなり、友人に「レアさん奇行」を読ませてみたところ……感想は頂けずに「良いお医者さん」を紹介されそうになりました! ほんに不思議な事です! あ、ちなみに僕は今年になって、一度も風邪はひいておりません! 今日もげんきです!

 ……なんだこれ。俺はまだ寝ぼけているのだろうか?


 己の頬を叩き、ここが現実の空間だと認識する。いやいや、どう見てもやはりいつもの俺の部屋だ。


  俺はもう一度ちゃぶ台の上の”ソイツ”に視線を向ける。”ソイツ”も俺の目覚まし時計を脇に抱えたまま、つぶらな瞳でこちらを見つめ返して来た。


 一旦落ち着け、俺。


 とりあえず、目の前にいるその怪しげな”生き物”について少し観察してみよう。これが一体何なのかはわからないが、わからないものをわからないと放置していても進展がない。


 よし、いくぞ。


 先ず、座っているのでわからないが、恐らく身長は四十センチ程度だろうか? それと多分、身幅は二十五センチ前後。


 小人……のような姿形で頭は非常に大きく、ほぼ二等身と言っても差し支えないだろう。そもそも性別が存在するのか不明だが、見た目は中性的で男か女かもわからない。


 そして尖がり帽のような物を被り、衣服は帽子と同じ素材であろう、青いデニム生地のようなオーバーオールを着用していた。あと、大きな半開きの口。何か雑な作りのぬいぐるみ(・・・・・)みたいだな。


 少し気になり、口の奥を覗き込むと……おいっ!? やめておこう、今、宇宙空間のような物が見えた。これ絶対にヤバいやつだ、見なかった事にしよう。



 俺がウンウン唸って考えていると……朝十時の幼児向け番組に出てくるぬいぐるみの様な姿の”ソイツ”は、突然口をパクパクさせて喋り出したのだった。


「せんべー・くわせろ!」


「――!?」


 せんべー?……煎餅か? 俺は訳もわからず台所へ行き、慌てて煎餅を持ってくる。そして袋を開け”ソイツ”に恐る恐る煎餅を手渡すが……


「――ばくっ!」


「うひゃあいっ――!?」


 突然、”ソイツ”は俺の腕ごと煎餅にかぶりつく――!!


 あっぶねぇ! そのまま手首を持っていかれるかと思ったぜ! 俺は涎まみれになった手を近くにあったタオルで拭きながら、再びソイツを注視した。


 再び喋りだす、謎の生物(いきもの)


「うめー・でした!」


 そうか美味かったか! そいつは良かったな。クッソびびったけど。


「食べる……か?」


 少し面白くなった俺は、袋ごとソイツに煎餅を渡してみる。


 今度は袋を手で受け取るぬいぐるみ(・・・・・)。そうしてヤツは案外丁寧に、梱包から一枚ずつ煎餅を取り出してゆっくりとそれを食べ始めたのであった。


 暫く放心してその光景を眺めていたのだが、部屋の外の金属階段に響く複数の足音に気が付き我に返る。


 そしてそれらは俺の部屋の前まで来て止まり、数名の騒つく声が聞こえて来たのだった。ふと部屋の時計に目をやると……午前9時。こんな早朝から一体誰だろう?


 ピンポーン。部屋の呼び鈴が鳴る。


 続けて……


 ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピポ・ピポ・ピポ・ピポ・ピポ・ピポ・ピンポーン!


 ほぼ同時に鍵の掛かったドアノブも、ガチャガチャガチャと激しく音を立て始めた。


 うぜえ……どうせこんな事をするのは大家(しげる)さん辺りだろう。でも彼の場合は大家権限の合鍵で、“強制解錠不法侵入”がいつものパターンの筈なんだけど。鍵を自宅に置き忘れて来たんかな? それをイチイチ取りに戻るのが面倒臭いとか……


「はいはいはい……ってうるさいっス! 朝っぱらからやめて下さいよ、まったく……」


 玄関へ向かった俺は、キッチン前に置いてある邪魔な洗濯カゴを退け、それから鍵を外して扉を開くと……


「……あっ」


 目の前には……ドヤ顔のレアと、昨日の面々が。


 あの今朝の妙なぬいぐるみ(・・・・・)を見た瞬間から、もしやそうではないかと思っていたのだが……やはり昨日の一連の事件は夢物語ではないらしい。


(マジかよ……)


 俺は足元の洗濯カゴに押し込まれたレアの衣類を見て、自分が現実と空想の狭間へ放り込まれてしまったのだと……改めて強く認識した。




 彼女達の背後から、少し遅れて神様の声がする。


「おはよう太郎、朝早くからすまんのう。しかし、レアのヤツにチャイムの使い方を教えた途端コレじゃ。チャイムは一回と何度も教えたんじゃがのう……」


「ちょ、ちょっとだけお待ち下さい!」


 慌てて部屋を片付け、窓を開け放って空気を入れ替える。それから手早く着替えると……


「お待たせしました、狭いし汚い所ですが……どうぞ」


「太郎や、疲れている所すまんのぅ」


「いいえ」

 

 俺が皆を招き入れると、レアが『ああ、狭くて汚いのは昨日来たので知ってるぞ! はっはっはっ、問題ない気にするな!』等と言いつつ、ズカズカと上がり込んで来る。お前は今すぐ帰れ。


「お邪魔しますね」


 ゾロゾロと居間に入って来るレア、アリシアさん、ヒルドに神様。


 あれ? 大家(しげる)さんは一緒じゃないんだ。いや、レアが引き千切ったアパートの扉の件もあるので、ハッキリ言って居ない方が好都合ではあるが。昨晩は神様(ジイサマ)と夜の街に繰り出してたみたいだし、恐らくは二日酔いってところなのだろう。良かった。


 座布団を出し、皆に座って頂きちゃぶ台を囲もうとするが……あっ、そういえば”アイツ”の存在をすっかり忘れていた。


「――!? 何故、お主がここにおる!?」


 神様の驚いた様な声が、狭い室内へと響く。


 ああそうか。まあ薄々はそうじゃないかと思っていたのだが、やはりこのぬいぐるみ(・・・・・)は彼等の”関係者”だったらしい。


 俺は尋ねる。


「えっとですね、朝起きたらソレがちゃぶ台の上に座っていたんですよ。一体ソレは何なんでしょうか?」


 ふむ……と考え込む素振りを見せる神様。


 それから少し間を置き、俺の方を向いてゆっくりと話し始めた。


「こやつはな、”ノーム”と言って普段は天界の”工房”、簡単に言うと戦女神(ヴァルキリー)達が戦闘に使う装備品、また天界における日用品などを創造(つく)る工場の様な場所に住み着いておる妖精の類なんじゃ」


「はあ……妖精ですか。それがまた何で俺の部屋に?」


 神様が首を傾げながら続ける。


「それは……ワシにも全くわからん。そもそもこやつ等はワシが創造した種族ではないんじゃよ。いつの間にか”天界の工房”に自然発生し、永い年月を掛け少しずつ増えておるんじゃ。もしかしたらワシ等が集団で地球(こちら)に来たのを察知し、どこからか紛れ込んで付いてきたのかも知れんのう」


 神様にもわからない事があるんだな。しかし何故、その工房の妖精が俺の部屋に……? でも神様にすらわからない事が俺にわかるはずもない。


 その”ノーム”はいつの間にかアリシアさんの膝の上に座り込み、手足をバタバタさせて遊んでいた。羨ましいヤツめ。


「あらあら、あまえんぼさん! かわいいでちゅね~。よしよし♪」


 ノームを撫でるアリシアさん。そんな怪しい妖精より、貴女の方が一億倍かわいいです!! それを黙って眺めていた神様が、ノームに向かって声を掛けたのだった。


「ふむ。お主、どこから迷い込んだかは知らんが……どれ、ワシが工房の仲間の元へ返してやろう。ほれ、こちらへ来なさい」


 ポカンとした顔で神様を見上げるノーム。だがヤツは、急に俺の方を指差して妙な事を言い始めたのだ。あっ、指は五本あるんだ。


「かえる? いらない。そいつ・”けーやく”・せんべー・くったよ?」


 それを聞いた神様が大げさに溜息をつき、眉間にしわを寄せながら……神妙な面持ちで俺の方をゆっくりと振り返る。


「太郎、お主……もしかして、こやつに何か食わせたか?」


 えっ……? 食わせちゃいけなかったの!? 神様相手に嘘を吐いてもバレるだろうと思った俺は、包み隠さず正直に全てを答える事にした。


「えっと……はい。煎餅を食わせました」


「……何枚じゃ?」


 俺はちゃぶ台の上にある、空になった煎餅の袋に視線を這わせた。うん、目を離した隙にキッチリ全部食べたな。


 俺の目線の先に気付いた神様は、再び溜息を吐きながらゆっくりと語り始める、


「こやつらノームはのう、極稀に食物を要求してくるのじゃ。普段はこちらから与えても一切食おうとはせん。そして要求された食物を与えて腹が一杯になると、与えた者を契約した主と認める」


「飼い主みたいなものですか?」


「簡単に言うと、まあそんなところじゃ。そしていつもならこれはワシの仕事じゃな。またその契約の期間についてなのじゃが……実はこれも良くわかっておらん。三日程度の事もあれば、数千年続いた事例もある。豪勢な物を食わせたからといって期間が長いとも限らぬ。そして契約が完了すると……これは推測じゃが、ノームが飽きるまで主の要求に答えて”何かを”作り続ける。ふむしかし、工房の訓練されたノーム達はそれはそれは立派な物を作り出すんじゃがのう」


 それはすごい事じゃないか! 俺は昨日から玄関に放置された、レアの”ミスリル製のブーツ”を眺める。確かにアレは、軽くて恐ろしい強度を持つ凄まじい一品だった。


 もしああいう武器や鎧があれば、異世界とやらに行った際に俺だって大活躍が出来るかも知れない! そしてあちらの女の子達から、黄色い歓声が投げ掛けられるかも知れない!!


 そう俺が妄想に浸っていると横からレアの声がする。


「おい、太郎! 貴様、何かキモイ顔をしてるぞ! きもちわるいな!!」


 うるせーほっとけ! モテない男のささやかな妄想ぐらい見逃せよ。しかし先程から神様がうんうんと唸っているのが何か気に掛かる。お尋ねしてみよう。


「えっと神様、そのノームに何か問題でも??」


 神様はボリボリと頭を掻いた。


「いやのう、実は先程から必死に記憶を辿っておるんじゃが……その固体(ノーム)に全く心当たりがないんじゃよ。あ、今お主、ワシの事をボケたと思ったろ!」


「いやいやいやいや! 滅相も無いです!」


 事態を静観していたヒルドが言葉を発した。


「野生というか野良の個体……なのでしょうか? 私は聞いた事もありませんが。しかし戦乙女に知らされていない事も色々と多い様ですし。”主神が現世に顕現すると、強すぎる力により世界の均衡が壊れる”でしたか? しかし随分と”おっパブ”なる場所に”顕現”なされている御様子で。それに“過去の英雄(エインヘリャル)”を連れていく予定が、何故このような一般人を連れて行くという事態になっているのでしょうか? まさか”面白そうだから”……などという下らない理由ではないとは思いますが」


 天界にも色々とあって、この人も苦労してるのだろう。途中からほぼ個人的な愚痴となり、冷たい視線を神様へと投げ掛けるヒルド。


 怯む神。彼女は続ける。


「私も少々言い過ぎました。仕事に私情を持ち込むのは良くありませんね。”神の意志”を執行するのが我々の”だ・い・じ・な・お仕事”でした。そうでしょう? か・み・さ・ま。それはそうとして、如何でしょう、いっそ試しにその子に何かを作らせてみては」


 嫌味を多分に含んだヒルドの言葉だが、後半はまあ正論だ。これから異世界へ向かい、お仕事をする俺達にとって……品質の高い装備品があるというのは、正直、この上なく重要な事にも思える。


 ちなみに現地に赴く際、神様から”何か凄い能力を持った武器”等が支給されるのを期待していたのだが……『そんなアブナイ物をホイホイ渡せる訳ないじゃろ? お主、漫画の読みすぎじゃ。支度金は少しやるからそれで我慢せい』とのお言葉を頂いた。チッ。


 だが、俺だってそこまで馬鹿じゃあない。神様に直訴して、”この妖精の作る物”に関しての使用許可だけは何とか取り付けたのだ。となれば現状、この目の前でポカーンと口を開けた妖精様(あやしいやつ)を頼るしか道はない。


 俺は、アリシアさんの世界遺産に後頭部を埋めて手足をバタバタさせている、とても羨ましい”ソイツ”に声を掛けた。おい、そこを俺と代わってはくれないだろう……おっと口から本音が出る所だったぜ。


「おいノーム、頼みがある。俺に何か凄い物を作ってくれないか? これから仕事で危ない場所に行かないといけないんだ」


 こちらを暫くポカンと見つめていたソイツだが、次にはっきりとした声で俺に応える。


「――つくるか?」


 おお、何か作ってくれるっぽいぞ!


「マジで作ってくれるのか!?」


「つくるぞ・なに・つくるぞ?」


 おいおい、コイツ乗り気だぜ! そしてこれは俺に何が欲しいのかを聞いているんだな? そうだな、まずは武器だろう。そう、すんげー強いヤツがいい!


「まずは武器がいい。次に鎧なんかの防具もだ。すごく便利な能力を持ったやつがいいな」


「べんり! つくるか? ざいりょー・つくるか?」


 ん? ざいりょー? 材料が要るのか??


 俺は視線で助けを求める。すると神様が詳しく説明をしてくれた。


「何かを作るには、基本的に材料が必要じゃ。例えばそうじゃな……ミスリル製の強靭かつ、魔力を循環できるような素材の槍を作ると仮定しようかの」


 おお、ミスリルって武器にもなるのか。


「その場合、そやつらにミスリルのインゴットを直接渡して槍に変えてもらう……という訳ではないんじゃよ。ではどうするかというと、まずノームが欲する素材を与える。これには色々とあるが、それは小麦粉であったり野菜であったり酒であったりと、ほとんどが”訳のわからない物の場合が多い」


「そうなんですね……」


「そこで天界の工房では目当ての物を作るのに必要となる素材のパターンを解析、整理して”レシピ”としてノーム達に与える……という方法を取っておる。それでもたまに、何だかよくわからん怪しげな物も仕上がってくるがのう」


「つまり……」


「つまりそうじゃな……何を要求されるかわからん以上、素材となりそうな物が沢山置いてある場所。地球(ここ)ならホームセンターやショッピングモールなんかに連れて行くと、案外手っ取り早いかも知れん」


 そういう事か。何かと不可解な点も多いが、大雑把に大体の事情は飲み込んだ。


 そう俺が頷いていると……


「ほーむせんたー……」


 そうレアが、ぼそりと呟いたのである。

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