給与の明細
こんにちは! ワセリン太郎です! 今日も頑張って更新なのです!
「これで交渉成立だな」
俺の言葉に少々興奮気味で頷くロキは、震える指先で渡された紙幣を念入りに数えてゆく。
「一万……二万……千……二千……三千……ど、どうしよう!? ホ、ホントに二万三千円あるわよっ!? ねえ! ちょっと、聞いてんの!?」
そりゃあ、きっちり二万と三千円を渡したのだからそうだろう。
「あ、それとこれもな? コンビニのペットボトル交換券とマ〇クのポテト引換券」
「あ、ありがと……あっ! マ〇クって言わないで! マ〇ドって言って!!」
随分と錯乱している。それとよくわからないが、バーガーショップの呼称に強いこだわりがあるようだ。そして最後にショッピングモールの商品券、三千円分を手渡すと……中身を確認した彼女は慌てて俺へと“万能薬”の入った小瓶を握らせ、長い金髪をサラリと揺らして飛び退く様に、大きく下がって距離を取った。
「もう取引は成立したんだから! 今更返せって言っても……ダメなんだからねっ!?」
俺は両手を少し挙げ、『まあまあ……そんな心配しなくても大丈夫だから』とロキをなだめる。『そ、そう?』と少し落ち着きを取り戻した彼女は、また謎の異空間から財布を取り出し、震える手でそこへ紙幣の類をゆっくりと確かめる様に差し込んでいった。
あ、あの財布、何かロゴがおかしい! よくわからんが某ブランド品のパチモノか!? いや、面倒だし見なかった事にしよう。コイツ、変にプライドが高そうだし、腫れ物に触れると……どうせロクな事にならないのは目に見えている。
それより一旦戦闘行為は避けられそうなのだが、ロキがこのまま簡単に逃がしてくれるとも思えない。
現状を冷静に考えると……やはり難しい。
意識を失って寝かされたままのロッタちゃん、白目を剥いて転がったまま涎を垂らし、気分良く大イビキをかくレアの二人を連れてここから脱出する、という不可能に近い難題。そもそも相手が相手だ、もし俺一人であったとしても逃げ切れるかどうか……?
刺されて出血中のアルヴィトさんの容態が心配ではあるのだが、幸いまだトイレの秘密部屋から外に出てからそう長く時間は経っていないので、暫くは問題はないだろう。彼女にはシギュンもついていてくれてる。
戦乙女隊の宿舎まで行って戻る時間と比較しても、十分に余裕はあるはずだ。それに直ぐにこの場から逃げ出そうとすると、恐らくこの”悪神”は何らかのアクションを起こしてくるはず、それは何としても避けたい。
だがそれでも何とかするしかない。
そう腹を決めた俺は……目の前で財布を覗きつつ怪しい挙動を見せる”この女”と、適当な世間話でもする事に決めた。それで時間を稼ごう。もしかしたらそのうち飽きて見逃してくれるかもしれないし、寝ている二人のどちらかが意識を取り戻すかも知れない。
よし、まずは”現状と全く関係ない話題”を振り、何とか彼女の注意を逸らす努力をしてみよう。
「なあロキ、お前さ……」
「な、なによ?」
えっと……何を話そう!? よく考えたら女性と二人で用もなく会話なんてした経験がほとんどない!
どうすりゃいいんだ!? めんどくせ、とりあえず褒めとくか! 何となく彼女のパジャマとサンダル姿が目に付いたし、その辺で話を進めてみよう。間違えて怒らせなきゃいいけど……
「お前さ、よく見たら……すごくカワイイよね!? サ、サンダルとかスゲー似合ってるし! そ、その茶色とか!?」
あれ!? 何言ってんの俺!? やべえ! コイツが履いてるのは茶色い便所スリッパだぞ!?
しかし予想に反して急に後ろ手に腕を組み、よそよそしい態度を取るロキ。何故か視線は合わせない。
「えっ!? か、可愛い? ふ、ふーん? そ、そうなんだ? 綺麗だとか美人だとかはよく言われるけど……か、可愛いって言われたのは……初めてかも……」
あっぶねえ! 良かった、どうも”自分に都合の良い事”しか耳に入らなかった様だ。しかし実はこの時、”ある種の地雷”を踏み抜いていたとは俺が気付くはずもなく……
「あ、あれ? 俺変な事言った? き、気に障ったなら謝るけど!?」
「べ、別に!? 少しドキッとしただけ……あっ! 違っ! な、何とも思ってないし!!」
ん……? 何か妙な流れだ。しかし無理に話題を変えるのも不自然、このまま少し頑張ってみるとしよう。怖いけど。
「あ、あのさ、今日は”たまたま”パジャマ着てるみたいだけど……別の可愛い洋服とか着てるのも見てみたいなぁ……とか! あっ、変な意味じゃないんだよ?」
急に頬を赤く染め、目を見開く”悪神”。
「こ、これは……その……違うし! 急いでて仕方なかったっていうか! ち、違うし……」
えっ、何が違うんだ!? 俺もよくわからなくなって来たぞ!? これ、ほんとに大丈夫!? 突然キレてブッ殺されたりしないよな!? しかし何故だかその話題を引っ張る彼女。
「ふ、ふーん? ア、アタシがかわいい服とか着てるの……見てみたいんだ?」
「えっ!? あっ、ハイ。あの、また次の機会があれば……そのうちに……」
突然半ギレを起こすヒステリー女。
「──見たいの!? 見たくないのっ!?」
「アッ、ハイ! 見たいです! 是非! 超見たい!!」
今度は急にモジモジし始める。
「そ、そうなんだ。へぇ……」
「アッ、ハイ! 超見たいです!! ミタイナー」
白々しく答える俺。ロッタちゃん、早く起きてくれないかな? レアは……話がややこしくなるから寝ていてほしい。
良くわからんが、怒ってはいないようだ。とにかく無理にでも話を続けよう。そうだ、カワイイと来たら次は適当に……色恋沙汰のネタでも振ってみるか。当然彼氏とかもいそうだし、惚気や愚痴でも適当に聞いてやれば時間も稼げそうだ。よし、自信ないけど頑張れ俺!!
「か、彼氏とかいるんだろ? ロキみたいなかわいい彼女がいたら、そりゃもうスゲー鼻が高いだろうな! ウラヤマシイナー! アー、ウラヤマシイ!! スゲーウラヤマシイ!」
よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えたものだ。最後の方は棒読みになっていた気もするが、なかなか悪くないぞ、俺!
「……いないし」
「……えっ!?」
「か、彼氏とか”いない”っつってんの!」
「そ、そうなんだ……? ソ、ソレハ、トテモ、モッタイナイデスネー」
「う、うん。な、なによ!? もしかして……口説いてんの? でも、そ、そうなんだ……アンタ、アタシの事を”勿体ない”とか思っちゃうんだ……ふ、ふーん」
「……エッ!?」
だ、駄目だ! やっぱ俺には荷が重い!! か、帰りてぇ!! 滝の様に頬を伝う嫌な汗。これ以上余計な事を言い、ヤツの逆鱗に触れる前に何とか切り抜けないと。そう考えていた時だった、逆にロキから違う話題を振って来たのは。
「ね、ねえ。そういえばアンタさ、アタシにお金を全部渡しちゃったみたいだけど……生活費とかじゃなかったの? もしそうだったら、ちょっとだけ……気が引けるんですけど。ちょ、ちょっとだけよ!?」
ああ、それか。まあ俺も貧乏ではあるが、全く預金が無いワケでもない。大家さんやレアといった”寄生虫”に囓られ、無傷であるとは言いがたくなってきているが……
「ああ、それは大丈夫だよ。多いとは言えないけど少しだけ貯金もあるし」
急に目を見開くロキ。
「ちょ、貯金もあるの!? ちょっとアンタ、やっぱお金持ちなんじゃないの!? 財布に二万三千円も入れてるし!」
それは”家賃”だ、俺が金持ちなワケがない。訝しげにこちらをジロジロと見る彼女。妙な誤解を生みつつあるような気がしないでもない、困った。
「いや、ホントに給料も安くてさ。お金なんて持ってないって!」
「お給料安いって幾らよ……?」
慌ててつい、余計な事を口走ってしまう俺。
「今月から仕事が変わって、お給料自体は随分と増額はするみたいなんだけど……これまでがかなりヒドくてさ、もうギリギリ一杯切り詰めて生活してたから、貯金だって人様に言うと笑われるような額しか持ってないんだって!」
「お給料増額……? 幾らだって聞いてんの。大切なのは将来性でしょ?」
「しょ、将来性!? さ、三十五万円……です」
「──さ、さんじゅうご!? そ、総支給額よね!? 流石に税引き前の金額でしょ!?」
「いえ、その……手取りが三十五万円の予定……です」
一瞬鼻息の荒くなったロキであったが、急に冷静さを取り戻して腕を組み、鼻で笑う様な仕草を見せた。
「はい、嘘! 流石に騙されないわよ? 神丘市とか田舎でしょ? それでアンタ位の年齢にそんな高いお給料を出す会社なんて……絶対ないから! アタシだって……一応求人誌とか見てはいるし……ま、まだアタシに見合った良い仕事が見つかってないだけで……と、とにかく! そんな騙される程アタシは世間知らずじゃないのよ!?」
まあ正論ではある。つーか求人募集の雑誌だけは見てたのかよ!? 多分選り好みをして結果、ずっと働いていないのだろうが……可哀想な働き者の妹よ。
しかしまあ、俺も嘘つき呼ばわりされて少しカチンときた、この貧乏神に少し思い知らせてやろうか。
「今月から神様に直接雇用されてるからな。それで税金や諸経費等を差し引いた提示額が……三十五万円なんだよ。あと出来高制で多少、色もつけてくれるって」
一時の静寂の後、彼女は静かに口を開いた。
「……それ、本当なの?」
「う、うん。だから今、こうして天界に来てるワケで」
そして暫く何かを考えていた彼女は……また良くわからない事を口走ったのだった。
「ア、アンタさ……か、彼女とかいるの? べ、別に興味があるとかそういうんじゃないんだけど! 一応、一応念のために聞いてんの!」
「いない……ですけど」
「そ、そっか。い、いないんだ……ふーん?」
ロキがそうして、何か勝手に一人で納得するような素振りを見せていると、会話する俺達の背後でボソリ……誰かがうめき声をあげた。
「ん……うるさい。太郎、何を話してるの……?」
どうやら、ようやくロッタちゃんが意識を取り戻したようだ。彼女は暫くの間、俺達をボーッと見て状況の把握に努めていたようだったが、思い出したのか急に大きな声を出す。
「太郎! レアは!? レアどうなったの!?」
「ああ、レアは大丈夫だ。命に別状はない、そこで転がって……大イビキをかいてるよ」
「……そっか。でも」
そう言い、立ち上がりながらロキを警戒するロッタちゃん。先程までノビていた彼女は、まさか俺がこの”悪神”と二人で延々世間話をしていた等とは夢にも思うまい。
ロッタちゃんが急に飛びかかったりしない様、一旦手で制しながらこっそりと伝える。
「ロッタちゃん、とりあえず今は大丈夫だから」
「……ん。わかった」
この小さな少女は本当に賢くて助かる、さすがはヒルドの妹だ。もしこれが先に”どこぞのアホの子”が目覚めでもしたら……バットを振りかざし、事態は再び振り出しへと戻っていた事だろう。そう思って問題児の事を見ると、『んごおぉぉぉ……』未だ半分白目を剥いたまま、涎を垂らしつつ気持ちよさそうにイビキをかいていた。
さて、ロッタちゃんも起きた事だし、少し状況はマシになった。ではどうやってこの場から逃げだそうか? 俺がそう考えていると、その企みを先に見抜いたかの如く、ロキがニッコリと笑いながら口を開いたのだった。




