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高貴なる女神

 こんにちは! ワセリン太郎です! 一時間おきの連続更新、最後の三回目です! ちょっと疲れました!!

「な、なによ……」


 少し戸惑った様子のロキだが、全く話を聞く気がない……ワケでもなさそうだ。続けよう。


 俺は落ちていた自分のリュックの所へ戻り、その中からゆっくりと財布を取り出す。


 案の定だ。


 こちらの手元を見た彼女は、俺に悟られない様にと顔を背けて……密かな興味を示す。というか、アレでバレてないつもりなのだろうか……? 横目が刺さる程に財布へ釘付けだ。


 さて、肝心の財布の中には……出発前に大家(しげる)さんへ払おうと思っていて忘れていた、”アパートの家賃”の二万円。それと千円札が三枚のみ。


 シギュンの独り言から察するに、恐らくこの二人も日本の何処かに住み着いているのだろう。それなら”日本円”での交渉の余地はある。


「な、なによ!? ば、買収なんて、されないからねっ!?」


 ああ、クッソ動揺してる。


「いや、勘違いしないでくれ、俺は”取引”を申し出ているんだ。あくまで決定権はお前にある、その上で要求する。”万能薬”を俺に売って欲しい。もしそれを売ってくれるなら……俺達もアルヴィトさんの怪我が治って幸せ、お前もお小遣いゲット、シギュンも治療をしなくて済み、バイトへ直行出来る……どうだ? 皆が幸せになれるんだぜ?」


 そう、財布が軽くなって不幸になるのは俺だけだ。あれ!? 今月のアパートの家賃どうしよう!?


 俺の顔を見て、少しイラついた様子で暫く考えるロキ。それから……


「ちなみに……幾らなの? 買い取り価格」


 よし、乗ってきた。


「まずは、一万円だ」


 眼を見開くロキ。しかし、努めて平静を装っている。


「へ、へぇ……私も安く見られたものね」


 コイツが”働いていない”のは、トイレで聞いたシギュンの証言(ひとりごと)からも明らかだ。そしてどうやら財布の紐を握っているのも働き者の妹の様子。


 そこは当たり前か、家でゴロゴロしているだけの姉にその辺を任せるワケがない。とまあ恐らくは年中金欠のロキが、自由に使える一万円札を入手するなど……夢のまた夢だろう。俺は徐々に値段を吊り上げてゆく。


「一万と一千円」


「──!? ふ、ふーん? 人の命にしては少し安いんじゃない?」


「では、一万と三千円」


「ア、アンタ……ちょっとは話が出来そうね」


 よし、ロキは”一万円台”だと認識している。ここで勝負を掛けよう。


「ロキ……こうなったら二万と三千円でどうだ!」


 一瞬ポカンとした顔をする彼女。えっ……? という表情を見て笑いそうになるが、良く考えたら俺の財布の中身も全て吹き飛ぶ事となり、血の涙が出そうになる。しかしアルヴィトさんの命にはかえられない。


「アンタ……もしかしてお金持ち?」


「いや、そういうワケじゃないけど……人の命が掛かってるし」


「そ、そう……」


「これが手持ちの全てだ。財布の中を確認してみるか?」


「いや、いいわよ……流石にそれはお行儀悪いと思うし」


 急に建前を前面に押し出して来たな。これは恐らく……落ちた。さて、仕上げだ。


「それと……気持ちだけなんだけど、これもつけるよ」


 更に興味を引かれたのか、手招きする俺の隣にしゃがみ込み、手元を覗き込む彼女。


「まず、コンビニのくじ引きで当てたドリンク引換券二枚。それとマッ〇のポテトの無料引替券もだ」


「へ、へぇ……ま、まあオマケとしては悪く……ないんじゃない? あと、マッ〇じゃなくてマ〇ドって言って!」


 真っ直ぐと見据える俺から顔を逸らし、あからさまに狼狽える紅の瞳。俺だって金はないが……この女、日頃どれだけ困窮しているのだろう? 貧乏同族として、少し同情の余地があるのかも知れない。


「有効期限もまだ十分に残ってる、確認してくれ」


 そう言って財布から二種類の引換券を取り出そうとしていると、別のスタンプカードが一緒に引き出され、ポロリと地面に落ちた。素早くそれを拾い上げる貧乏神。


「あっ! これ、住宅街の外れにあるラーメン屋のスタンプカードじゃない。あっ、スタンプ全部貯まってる! えっ……お好きなラーメン一杯と餃子をサービス……ふ、ふーん? そうなんだ……」


 は……? 何でコイツが俺の家の近所のラーメン屋を知っているんだ? 高齢の爺ちゃんが個人でやってる店だし、フランチャイズじゃないぞ? たまたまロキの住んでる場所の近くに、同じ名前のお店が存在するとか? いやいや、ないだろう。


 そもそも、彼女達姉妹は普段何処に住んでいるのだろう? どうも日本のどこかである事は間違い無さそうなのだが……


 不審に思った俺は、少し彼女へ問い質してみることにした。


「あの……このラーメン屋、ウチの近所なんですけど。何で知ってんのさ?」


 手元のスタンプカードの特典を凝視しながら、心ここにあらずと言った様子で答えるロキ。


「そりゃあ……だってアタシ、神丘市のショッピングモールの近くのアパートに住んでるワケだし、近いわよ……あっ!? 今のナシ! わ、忘れろ!!」


「はぁ!? おま、マジで市内に住んでるのかよ!? 何で!?」


 うっかり個人情報を漏らしてしまった彼女は、急に諦めた様に顔を真っ赤にしながら、ブツブツと身の上を語り出す。


「だってあの街、何でかは知らないけど神属がやたらと集まってるじゃない? (クソジジイ)とか天使なんかも頻繁に出入りしてるし。だから動向を見張る為にわざわざ引っ越したの! いいじゃない別に……」


「ちょっ、今までよく神様(カミサマ)達に見つからなかったよな!? お前天界から追われてたんだろ!?」


 まさかその”出入りしている理由”がおっパブ通いとは夢にも思うまい。


 彼女は、フンッ、と鼻を鳴らして答える。


「灯台下暗し、よ。大体アタシが見つかる様なヘマをする筈ないじゃない? 普段は神気を魔導具で拘束して気配を絶ってるし。おかげで魔法も使えなくて大変なんだから!」


「いや、普通に生活してて”魔法”なんて必要ないだろう」


「はぁ? 魔法さえ使えれば色々とやりたい放題じゃない! バカじゃないの?」


「お前、コピー機で紙幣を印刷してみよう……とかやった事あるだろ」


 俺の指摘に驚く悪神。


「アンタ、何で知ってんのよ!? てか何なのよあれ! 印刷は出来ないわ、お金は先に入れないといけないわ……踏んだり蹴ったりだったわ! ホント、カラーコピー代、損しちゃったじゃない!」


 やっぱりか。日本の造幣局のコピー防止技術をナメるなよ? 悪さ好きの貧乏神め。そもそもソレは犯罪だ。俺は身を粉にして働く妹のシギュンの日頃の苦労を想い、彼女へ深く同情した。いかん、こんな話をしている場合ではない。


「とまあそれは置いといてだ。どうだ? お前さえ良ければ、このラーメン屋のスタンプカードもオマケでセットだ!!」


 我ながら何という大盤振る舞い。これでスッカラカンだ! 涙が出そうになるぜ……あれ、視界が滲んで前が見えないや。


 しかし、今の俺にはこれしか交渉材料がない。しゃがみ込み、目の前に並べられた紙幣と引換券、それにお店のスタンプカードを交互に見つめるロキの横顔を眺めつつ……俺は取引の成立を神へと祈った。


 暫くして、意を決した様に俺の方へと向き直るロキ。どうやら結論は出たようだ。彼女は興奮しているのかその表情は熱を帯び、鼻息が少し荒くなっている。


「さて、聞かせてもらおうじゃないか! どうする、ロキ!? そして……今なら何と!!」


 今だ!! 白熱した通販番組よろしく裏返りそうな声でそう叫んだ俺は、隠していた最後の切り札、ショッピングモールの商品券……何と”三千円分!”を勢いよくリュックのサイドポケットから取り出し! ロキの眼前へ突きつけたのだ!! 『──ふわぁああっ!?』これには驚愕の表情を浮かべる彼女!!


「売る!! ア、アンタに売る! 買って、ねえ! 今すぐこの”万能薬”を買って!? あとついでにアタシを養ってくれてもいいのよっ!?」


 これが強大な力を誇り、天界をも混乱に陥れた”悪神”が”二万三千円とその他オマケ”という……割と生々しい金額の前に陥落した瞬間であった。

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