さいきょうのふたり。
こんにちは、ワセリン太郎です。
唐突ですが皆様、宜しければ「ダイオウグソクムシ」と10回言ってみてください。続きはあとがきにて。
「我が名はレア。主神オーディンに仕えし戦乙女! 貴様達ケーサツを滅する者!! さあ、次はどいつだ? 遠慮はいらん、かかって来るがいい! あっ、おーい、私だ! 遅かったな! 貴様、今まで何処へ行っていたのだ? 悪いが、先に一戦始めさせて貰ったぞ!」
アホだ。カウンターの上に登って大見得を切るレア。途中から俺の存在に気付き、こちらへ嬉しそうにブンブンと手を……いや、バットをブンブン振り回してくる。
爆撃。そう、ここは……もはや爆撃でもあったのかと思える程に散らかった、警察署の待合室。
この女の突飛な行動自体には、多少慣れて来たのだが……いや、慣れてしまってはいけないのか。とにかく! それにしても状況が全く飲み込めない。一度、話を整理しよう。
アリシアさんの話では、レアは”俺を助ける為”もしくは”俺に加勢する為”に警察署へ向かった……で、良かったよな?
で、それがその肝心の俺が何処にもいないのに、一体何故に、こんなとんでもない事態に? 机を投げつけられて倒れていたおまわりさんを助け起こしながら、俺は必死にレアへ問う。
「おーいレア! お前、何がどうなったらこういう事態になるの!? ふざけんな! 説明しろ!!」
警棒やサスマタ等を構えて緊張状態のおまわりさん。そちらに向かって産業廃棄物を隙無く構え、鋭い視線で彼等を見据えたままのレアが答える。
「うむ。話せば長いぞ? 実は……まず手帳が格好良くてな! それを見て聞いたら服は着てていいと言うので……そのままパトカーに乗って来た! あとな、実は反撃なのでトイレでアリシアの借りた上着なのだ! 加えて言うと、『私はこういう者だ』というのを私もやりたかったのだが、駄目だと言われ、返したのだ! あと、部屋は私が思っていたより随分と明るかったな!」
駄目だ……何言ってるのか全然わかんねえ。コイツに時系列ごとの説明を求めた俺が馬鹿だった! 恐らく、小学校低学年の子供の方が、もっと高度な会話が可能だろう。
「「今だ、取り押さえろ――!!」」
こちらの会話の隙を見て、一気にレアへ襲い掛かるおまわりさん達。
お願いです、早くそのアホの子を取り押さえて下さい――!!
しかし次々と繰り出される捕獲の手を……レアはいとも簡単にすり抜ける。そして相手の武器を華麗にさばき、押し返す。
何でこうも無駄に強いの、この女!?
「アッ――!?」
うわぁぁぁ!? 痛ぇ、見てるだけで痛ぇ!! また一人、おまわりさんが持っていたサスマタのグリップで股間を強打し、床に倒れていった。観戦しているだけで、身体がブルッと共振する。股間攻撃、ダメ、ゼッタイ!
だが、こうやって暴れているレアを見ると……正直、普通ではない。そもそも警察官ってのは、基本的に剣道や柔道、空手等の有段者が多いと聞いたことがある。
俺はド素人なので良くわからないが、恐らくは最弱の警官でも、確実に俺より強いだろう。とにかくまあ、全員が全員すごく強い……なんて事はないにしても、きっと最低限のトレーニングは積んでいるはずだ。
そして職業上、荒事の場数を踏んでる人も少なくないのではないだろうか? つまり彼らは間違いなく、一般人よりやりにくい相手だと言えるだろう。
それをぶつかり合う度に簡単に、そして確実に一人ずつ無力化してゆく。複数人の大男に取り囲まれているのにも関わらず…… だ。
あと気のせいだろうか ? どうもレアは、半分遊んでいるようにも見える。ひとつは、誰一人として直接、あの聖剣様で殴られた様子がない、というのが根拠になるのだが。
もしかして手加減……? レアは後遺症の残りそうな怪我を、相手に負わせな様に手を抜いているのか? だとしたら、本当にとんでもない奴だ。やはり、先程も言った様に”普通”ではない。あっ! あのアホ、今、平然と素手で警棒受け止めなかったか!?
そうこうしていると背後から声が。
「まあ……レアちゃん。なんてことなの? 一体どうすれば……」
俺が聞きたいです。
「うお! こいつぁスゲーな!! あっ、アイツこないだ俺の違反切符切った野郎だ! おい、いいぞネーチャンもっとやれ! 徹底的にブチのめせやオラアッ!」
振り返ると……祈る様な仕草を見せるアリシアさんと、無責任な言葉でレアを煽りながら拳を突き上げている筋肉ダルマの二人が、いつの間にかそこにいた。
更に悪化していく事態を傍観する。もはや俺には見ている事しかできない。あれ…… ? いや、良く考えたら最初から俺、ほとんど見てるだけなんじゃね!? マジで何もしてないぞ!
もし俺が主役の物語があるとしたら、それはまあ酷いもんだろう、ほとんど最初から最後までただ見ているだけの主人公だ。それはそれで少し笑える。やはり、個人的に収まりが良いのは脇役ポジションだぜ!!
視線を戻すと、待合室は混乱を極めていた。上の階にいたであろう警官が次々と降りてきてはレアにちぎっては投げ…… とされていく。
あれ? ちょっと待てよ。このままだと俺、出頭する先が無くなってしまうんじゃ……? まあ市警が壊滅したら、次は県警に追われるだけのハナシか。これまさか、最終的に国連に追われるとかないよな?
俺達が固まっていると、急にレアが産業廃棄物を背中に収める。おまわりさん達がチャンスとばかりに取り囲み…… 飛び掛かった――!
だが次の瞬間、天井に届こうかと言わんばかりの跳躍を見せたレアが、皆の視界から消える。運動会の棒倒しが崩れる瞬間…… といえば良いのだろうか? 集団で固まり、その場に崩れてしまうおまわりさん達。
そして一人集団から飛び出したレアがこちらへ走ってくる。ちょ!? こっち来んな!!
俺達の前まで走ってきたレアは、急にこちらへくるりと背を向け…… なんと受付のカウンターを引き千切りに掛かったのである。いやいやいや、お前、何を…… している? それは無理だ。床にボルトか何かで固定してある。それは外れない。絶対に外れないんだ……
ミシ……ッ
「とどめだ! ゆくぞ!」
掛け声と共にカウンターに手を掛け、持ち上げようとするレア。気合を入れる彼女。メキッ…… 不思議な音が響いた。何だろう? 目の前の景色に違和感を覚えた。ボルトで固定された筈のカウンターが床に別れを告げ、今まさに空を羽ばたこうとしているのだ。あり得ない。
引き攣った表情のおまわりさん達。もうやめてあげて!? しかし後一押し、力が足りなかったようだ。とても残念そうな顔をしてこちらをションボリした顔で振り向くレア。まあ流石にそうなるよな、安心した。あちらで身構えていたおまわりさん達にも……少しだけ安堵の表情が戻る。
と、思っていた矢先。俺の隣でワケのわからない台詞を誰かが呟いた。
「へっ、いいか見ておけよ? 男にはよ……やらなきゃいけねえ瞬間ってのがいつか必ず来るモンだ。それがいつ来るのか…… ? 明日か? それとも明後日か? いいやそいつぁ違うぜ! “今で〇ょ――!?” 」
随分前に流行した台詞。それを完全に頭の悪い引用をしつつ……俺の隣にいた茶髪ロン毛の筋肉ダルマが、両手にペッペッと唾を掛けながらズイッと前へ出る。おい、やめろオッサン、アンタ何やってんの? やめろ。やめて! マジでやめてえぇぇぇ!?
黒マッチョがレアの隣に並び立つ。、二人は顔を見合わせてお互いを理解したように頷いた。彼を見たレアが、一言。
「貴殿。良い……筋肉だな」
輝くような白い歯を見せ、笑顔でレアに答える大家。
「ナイス……おっぱい」
お互いに何かを理解したよ様に、頷き合う阿呆が二人。そして一瞬の静寂が辺りを支配し……なぁ、短い刹那ほど永遠に感じる事があるのは何故なんだろう ?
次の瞬間。
カウンターの下から重量挙げの如く踏ん張り、血管が沸騰する程に辺りへ轟く、二頭の野獣の咆哮――!!
「うおぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁあ! こなくそぉぉぉぉぉぉ!!」
「っしゃぁあ! 罰金返せやあぁぁぁぁ! クソがあぁぁぁ!!」
うわぁぁぁぁぁいっ!? 目の前の現実離れした光景に、アタマを抱える俺。必死に逃げるおまわりさんズ。しかし……何もかもが既に遅い。
天高く掲げられた警察署の”元”カウンター。そして……その阿呆二人は、お互いの顔を見て笑顔で頷くと、大声であの台詞を叫び、おまわりさん達に放り投げたのだった。
「ゆくぞ! えくす!! かりばあぁぁぁぁ――!!!」
~十分後~
俺とアリシアさんは、倒れたおまわりさん達の手当てに奔走していた。まあ幸い、重篤な怪我をした人は居らず、悪くて打撲程度だ。
そして当の犯人二名はというと……署内の通路奥にある自販機前のベンチで『いやあ、さっきのあのシーンが良かった!』だとか、『やっぱクライマックスは気合の力任せだよな!』だとか、大家が買ったジュースを飲みつつ、にこやかに談笑している。ほんっ……とアタマおかしいわ…… あいつら。
そもそも未逮捕の現行犯、犯人二名が、警官の目の前でお茶をしながら、自分達の破壊活動の批評をしているのだ。何という状況か。しかし、誰も奴等には近付かない。 こうなると自主をしに来た俺も、事情を話すタイミングを逸してしまう。
そんなこんなしていた時である。奥の階段から、一際偉そうなおまわりさんが降りてきた。50代後半?いや60代手前か??
俺は、その人雰囲気に、ある種の違和感を覚える。
この人は……出来る。この雰囲気は恐らく、“仕事の出来る上司”だ……
ウチの職場の課長や部長とは、明らかに違うオーラ。この人物は”そこにいるだけで高給をかっさらっていく邪魔な置物”……ではない。俺も実際にこの目で見たことは無いが……間違いない、彼は出来る上司だ!!
世間で言うところの社畜と呼ばれる下級戦士の俺には、その実力の程がひしひしと伝わってくる。滴る汗。やっちまった、名刺は家に……置いてきた。
その人物がレアの隣を歩いて通り過ぎようとした時、突然、彼女が危険を避けるように飛び退いた。まさか彼の”俺、仕事出来るぜオーラ”を察知したのだろうか!? 俺が緊張してそちらを見ていると、そのおじさんがゆっくりとレアに語りかけた。
「成程、君が……例の娘かね? そうかそうか、確かに威勢が良さそうだ。それと、今回はウチの連中が随分とお世話になったようだね」
「ぬっ……貴様」
異様な眼力で睨み合う、おじさんとレア。
何だろう? 奇妙な雰囲気だ。見ているだけで肌がピリピリして総毛立つ。ちなみに大家は、ベンチでコーヒーを啜りながら必死にスマホをイジっており、二人の対峙に全く気付いてない。少し滑稽だ。
同じ空間なのに隣り合うものがまるで違う。俺はその光景を見て、誰にも聞こえない位の小さな声で呟いた……
「レアとおじさん。隣に座る大家。隣にいるのにまるで……”すぐ近くの別世界”だな」
「そうじゃな。すぐ近くの別世界……良い表現じゃの、青年。確かに、世界はそうやって折り重なって出来ておる」
「――!?」
俺は、急に隣で発せられた声に心底驚いた。今まで人が居た気配なんてしてたか? いや、そんな筈は無い。心臓が飛び出すかと思ったぜ。
それから恐る恐る振り返り、声の主を確認すると……そこには、随分とオシャレな雰囲気のおじいさんが”睨み合うレア達”を見つめながら立っていたのである。
では先程の続きを。既に「ダイオウグソクムシ」と10回言って頂けましたでしょうか?はい、大変お疲れさまで御座いました。それでは皆様ごきげんよう。




