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穏やかな朝

こんにちは! ワセリン太郎です! 本編がそろそろ、新たな騒ぎへと突入します! ”お上品なお話”をご期待されておられる皆様方におかれましては……もうちょっとだけ待ってね!!

 ──ドンドンドン!

 アパートの自室の扉を誰かが叩く。眠っていた俺はうっすらと目を開け……目覚まし時計をぼんやりと眺めた。

 ……朝の四時三十分。ちゃぶ台の上に寝転がっていたノームのパッ君も起き出し、来訪者への苦情を訴える。


「うる・せーよ!?」


「……だよな!」


 チャイムを連打しない所を見ると、レアではなさそうだ。いや、アイツがこんな時間に起きるワケがない。案の定、隣のミストの部屋からは壁を震わす大イビキの二重奏(デュエット)が。

 

 昨夜はメルクリウスも神様(カミサマ)達と市内のホテルへ向かい……部屋には俺とパッ君しか居ない。

 しかし昨夜の移動用魔法門(ゲート)不通の件を思い出し、もしかしたら何かあったのかも? と、考え……俺は眠い目をこすりながら起き上がる。 

 

 ──ガチャッ。扉を開けるとそこには……昨日よりこのアパートの住人となった、ジャージ姿の鶴千代の姿が。


「うむ! おはよう! 良い朝じゃの!」


「えっと……おはよう。こんな朝っぱらからどうしたん? まだ五時前なんだけど……」


「何を言うておる! もう畑仕事の時間じゃろう? レアとミストは揺すっても全く起きぬ故、代わりに太郎を起こしに来たのじゃ! さて、畑へ参ろうか! ウチも手伝おう。さあ何処じゃ、案内(あない)せい!」


 畑? この娘は何を言っているのでしょう……? 昨日の疲れで寝ぼけた頭が、目の前の状況に追いつかない。背後を振り返ると、パッ君も不思議そうな顔をして口を開けていた。いや、パッ君の口はいつも開いたままだった。


 早朝の玄関先で、元気よく大声を上げる鶴千代を、慌てて部屋に招き入れる。このままでは近所迷惑だ。


「えっと……畑? 良くわからないんだけど……」


 不思議そうな顔をする鶴千代。


「──何!? お主は畑を持たぬのか……?」


「いや、持ってないけど……?」


 驚いた様に目を見開き、声を荒げる彼女。


「一体……どうやって生活しておる!? お主まさか、レアやミストにお(まんま)を喰わせて貰っておると言うのか!? 何と嘆かわしい! 日本(ひのもと)の男児が恥を知れい!!」


 いや、普段から奴等に(たか)られてるのは俺の方なんですけど……あと、現在朝の四時半なんですけど…… 

 

「と、とりあえず落ち着こうぜ!? 俺は畑はやらないけど、別のお仕事をしてるから! 街には畑とか持ってないも人多いから! あと、夜明け前に大声出すのやめて!?」


「そ、そうか。それは失礼したの……しかし(ここ)の皆はいつまで寝ておるのだ? もう時期、日も昇ろうとしておるというのに……」


 隣の部屋からは……薄い壁を突き破り、レアとミストの大きなイビキが響いて来る。そういやこの娘、山から降りてきたとか言ってたよな?俺は少し疑問に思い、彼女へと質問してみた。


「えっと……鶴千代はいつも何時に寝て、何時に起きてたの?」


「そんなもの、日の沈む前に就寝し、日の昇る前に起床するのが当たり前じゃろう? しかし街の住居とは不思議なものじゃの! ミストの部屋なぞ夜中であるにも関わらず、天井が煌々と輝き昼間の様に明るかった。それに何故、部屋に温泉が沸いておる? あの”てれび”なる物も不思議でならぬ!」


 温泉? ああ、風呂場のお湯の事か。どうやら、この娘の時代感覚は……俺が考える以上に現代とのズレが大きい様子。恐らくは蛇口を捻ると水が出る事も知るまい。

 これではウチの近所のご老人達の方が遙かにハイテクだ。しかし、このままミストの部屋へ戻ってもう一度寝ろ……と言っても聞き入れてはくれないだろう。しかし、身体に馴染んだこれまでの生活のリズムが抜けないのも理解はできる。

 

 仕方ない、散歩にでも連れて行くか。


「わかったわかった、とりあえずその辺の散歩にでも行くか?」


 こちらの提案に、嬉しそうな笑顔を見せる鶴千代。


「そうじゃな! 畑仕事が無いなら仕方ない。では、太郎の朝の散歩にでも付き()うてやろうかの!」


 ……付き合うのは俺だ。まあ、ぼやいても仕方ない。

 

 諦めた俺は、寝間着からジャージへと着替えて簡単に顔を洗い、部屋の鍵と小銭だけ持って……ちゃぶ台の上から迷惑そうに、こちらを見ているパッ君へと声を掛けた。


「つーわけで悪い、ちょっと行ってくるわ」


「うる・せーよ!?」


 早朝に叩き起こされ、ブチギレ寸前のパッ君へゴメンと手を合わせ、部屋の鍵を閉めた俺達は……日の出前の薄暗い住宅街へと歩き出した。階段を降りる際に聞こえてくる、レアとミストの大きなイビキが無性に腹立たしい。


 さてどうしよう? コンビニに寄って鶴千代にお菓子でも買ってやり、一時間程ぶらぶらして帰ろうか? とりあえず、そうすれば彼女の好奇心も満たせるかも知れない。


「鶴千代、コンビニに行ってみるか?」


「何じゃ? ”こんびに”とは」


「朝も夜もずっと開いてて、簡単な物を売ってるお店みたいな所だよ。えっと……”市場”みたいな所って言った方がわかりやすいんだっけ?」


「──行く! 面白そうじゃ!」


 お、食いついた! 彼女の反応に気を良くした俺は、商店街方面へと進路を取る。そして暫く歩くと……お目当てのコンビニが見えて来た。そう、以前レアとミストのアホがパトカーを突っ込ませた……あのコンビニだ。

 

 ふと気になり、破壊された筈のガラスとサッシに目をやる……あれ? 直ってる!? 建物が修復されるには余りにも時間が経っていないはずなのに。

 そうか、神様(カミサマ)が魔法でどうにかしたのか。”事後処理”をしてくれるとか言ってたもんな……きっと店員さんや現場にいたおまわりさんも、”何も覚えていない”のだろう。


 ガラス窓から中を覗き込み、『ふおぉぉぉぉ……!?』と奇妙なリアクションを取る鶴千代を連れ、店内へ入る。


 ──ピポン、ピポーン 


「いらっしゃいませ~。ようこそ、イレブンコンビニマートへ~」


「お早う! 早朝より失礼する! 少しばかり邪魔させてもらうぞ!」


 店員さんへと大声で挨拶する鶴千代を、愛想笑いしながら引っ張る俺。この状況を端から見ると、奇妙な言動をする妹を連れた兄にでも見えているのかも知れない。

 

 最近はレア達のせいで、この程度の事では全く動じなくなった。俺の細かった神経も随分と逞しくなったものだ。ふと、何も感じない己の精神状態に少々疑問を抱くが……慣れというのは恐ろしいもので、やはり大して気にもならない。


「鶴千代、お菓子買ってやるから。ほら、こっちこっち」


「菓子!? ここには菓子があるのか!?」


「お菓子は知ってるんだ」


「馬鹿にするでない! 以前は母上(おっかあ)が色々と作ってくれたものじゃ! おお、何じゃこれは……沢山あって、どれが良いのか全くわからん……」


 鶴千代は陳列された大量のお菓子を驚いた様に眺め、どれにするか決めかねている様だ。実は俺も良くわからないのだが……とりあえず女の子だし、チョコレート辺りを握らせておくか。恐らく甘い物は嫌いではないだろう。


「甘いのでいいか? チョコレートって言っておいしいんだぞ?」


「うむ! 甘いのがいい!」


 チョコの箱を一つと清涼飲料水を二つ買い、店を後にする。実は少し悪戯心が芽生え、飲み物は”炭酸飲料”をチョイスした。多分飲んだ事はないだろうし、少しだけ楽しみに思う。


「次はどこへ行くのじゃ?」


「とりあえず、そのお菓子食べたいだろ? 公園でも行くか」


「うむ! 早く食べたい!」


 もし、俺に歳の離れた妹でもいたら……こんな感じなのだろうか? 少しくすぐったい気もするが、こういうのもたまには悪くない。いや、実際は彼女は俺より遙かに年上なのだけど。

 

 アリシアさんの書店の前を通り、商店街のアーケードへと足を踏み入れる。自転車屋の前を通り過ぎ、もうすこし歩けば……公園だ。


 


 公園に着いた俺はベンチに座り、鶴千代へお菓子の箱とペットボトルの開け方を教える。チョコレートは『これは甘いの! おいしいの!』と喜んでいたのだが、初めて飲んだ炭酸飲料に関しては……目を見開き、『びゃあぁぁぁ!?』と良くわからない反応を見せていた。

 

 どうも『しゅぱしゅぱした!』との事らしい。しかし慣れてくると、そのままグビグビと飲んでいたので……彼女が現代社会に馴染むのも、そう遠い未来では無いのかも知れない。ジュース位で少々大げさだろうか? と、笑う。


 そうして他愛ない話をしつつ、暫くぼーっと過ごしていると……辺りは随分と明るくなり、早朝の散歩を楽しむ付近住民達の姿も見えだした。


「鶴千代、そろそろ帰ろうか? 朝飯の準備もしないといけないし」


「うむ! そうじゃな!」


 ベンチから立ち上がった俺達は再びアパートの方へと歩きだす。


 商店街へと戻ってアリシアさんの書店を見ると、丁度二階の窓を開けるアイリちゃんの姿が目に入った。彼女もこちらへと気が付いた様だ。


「アイリちゃんおはよう。 昨日は大変だったね」


「あ、太郎さんおはようございます。それと鶴千代さんも」


「うむ、お早う! アイリ、街というのは実に楽しい所じゃの! ウチと太郎は(いま)(がた)、”こんびに”と”こうえん”へ行って来た所じゃ!」


 うんうんと何度も首を縦に振るアイリちゃん。彼女自身も日本(こちら)へと来てまだ日が浅いので、見る物全てが珍しい鶴千代の気持ちがわかるのだろう。彼女の背後からアリシアさんも顔を出して、にこやかにこちらへと手を振った。



 商店街を抜けて再び住宅街へと戻り。鉄道の路線沿いの道を歩く。


 ──ゴトンゴトン……ゴトンゴトン……


 背後から始発の普通電車が追い越して行った。


「太郎! アレじゃ! アレは何という乗り物じゃ? ウチはアレが実に気に入っての」


「ああ、あれは電車だよ。鉄道……とか言ったりもするけど。このレールが隣町に向けてずっと伸びててさ、その上を走ってずっと遠くまで行くんだ」


「でんしゃ……隣の街までゆくのか。行ってみたいのう」


 通り過ぎる車両を、沿線の金網に張り付いてジッと見つめる鶴千代。随分とお気に召したご様子だ、そのうち電車に乗せて何処かへ連れて行ってやるか……


 そう考えた俺は、随分と気楽に口約束をしてしまった……これが大きな間違いの元だとも知らずに。


「ああ、また”次の機会”にでも乗るか。どこか面白そうな所に連れて行ってあげるよ」


「本当か!? ”次の機会”じゃな!?」


 笑って頷く俺。そうして再び歩いていると……今度は前方から特急電車が向かって来た。


「太郎、”次”が来たぞ! ”でんしゃ”じゃ! あれは先程のより随分と速いの!」


「ああ、あれは特急だからな。さっきのヤツよりスピード……速度が出てるだろ?」


「”とっきゅう”か! 乗り甲斐がありそうじゃ! よし……」


 何故か屈伸運動を始めた鶴千代を気にも留めず、会話を続ける俺だったのだが……


「そうだな、どこかへ行く時はアレに乗って行こ──!?」


 次の瞬間、俺の視界が急速に焦点を失い世界がブレる──!? 


 ……俺の腕を強引に掴んだ鶴千代が、猛スピードで駆け抜ける特急列車に向けて空高く跳躍したのだ。そう、信じられない程高く。


「うふぇあいおえあえうえぇ──!?」


「黙っておれ太郎! 舌を噛むぞ!」


そして数秒後。ドンッ!! 何が起きたのか理解出来ない。強烈な風圧で口を広げられた俺は……鶴千代と共に電車の屋根へと着地していたのだ。

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