風邪ひかぬように暖めて
こんにちは! ワセリン太郎です! 第98部の『天狗伝承』を読み返していたのですが、とんでもないミスに気付いてしまいました!
何と新キャラクター鶴千代さんの”見た目の年齢”を【二十代中頃】と誤記入していたのです!正しくは【十代中頃】で御座います。大変申し訳ございませんでした!(現在修正済み)
周囲を焦がす、土の焼けた匂い……密度の濃い黒雲の隙間に大蛇の如き龍神の橫腹が蠢き、再び天へと団扇をかざした天狗の鶴千代が叫ぶ。
「よし、もう一発お見舞いしてくれよう! ──伊加土! 招来ッ!!」
──ズドオォォォォン!! ゴロゴロゴロ……
再度、耳を劈く数多の落雷。地を叩く二度目の衝撃に総崩れとなった異形の軍団。それを見て満足気に頷いた鶴千代は、未だ頭上に留まる雷雲へと跳びはねながら手を振った。
「龍神殿、もうそろそろ結構じゃ! ありがとー! また宜しく頼みまするぞ!」
のそりと雲の中から顔を出し、鶴千代に向かって笑顔で前脚を上げ、気さくに応える巨大な龍。
荘厳な姿で現れて落雷を落とした先程までとは打って変わり、その短い手を振る姿には神秘性もへったくれもない。例えるなら……まるで、見知った子供に調子良く接する近所のオッサンだ。
そして暫くすると、龍神は雷雲と共に薄く透明となって……そのまま、すぅっと消えていった。まるで最初からそこには何も存在しなかったかの様に。
皆、一瞬呆気に取られてはいたが、長い両手剣を振りかざした戦乙女隊の隊長、ブリュンヒルデの勇ましい号令で一気に統制を取り戻す。
「──全軍、一気に敵を殲滅せよ! 諸君、このクソッタレな怪物共を蹴散らしてやれ!!」
喊声を挙げ、一気に異形の怪物達へと襲いかかる天属、魔属の混成軍。どうやらこの攻勢により、間もなく戦の勝敗が決した様であった。
事が一段落し、”むっはー”とドヤ顔の鶴千代に、興奮した様子で駆け寄る姫様。
「すごいな! 何だ今のは!? 鬼かっこいいな! 私もアレやりたい! 許す、今度私にやり方を教えるがよい!」
手放しで褒められ、まんざらでもない様子の鶴千代は胸を張る。
「むふふ……最新の天狗の秘術、しかとその目に焼き付けたかえ? すごいじゃろ! 格好がよいじゃろう!」
最新と聞き、興奮する姫様。
「最新……! さっき考えたのか!?」
そんな訳がない。
「うんにゃ……記憶定かではないが、確か百年位前じゃったかの? 誰が考えたのかは……ウチもよく知らぬ!」
「何言ってるかわからんが、百年なら結構最近だな! あと、お腹空いたな! あ、私は後でお店にモバイルバッテリーを買いに行くのだ! スマホお外で充電できるって!」
「じゃろう、じゃろう! あと、ウチは車で街まで送って貰ったのじゃ! 軽トラというやつでな! あと、病院という建物が大きくて魂消た!」
各々が自分の喋りたい事を喋り、完全に会話が噛み合っていないが……何故か意思の疎通がとれている様子の姫様と鶴千代。そうこうしていると、大声で騒ぐ二人に神様と美津波が近寄って来た。
「これ、そこのお嬢さん。お主、天狗というのは本当か? ワシも会うのは初めてじゃが……しかし珍しいのう、お主の様な存在が人里に降りてくるとは」
腰に手を当て、神様相手に自慢気に踏ん反り返る鶴千代。
「うむ! ウチは鶴千代、古くより北のお山に住まう天狗の末裔じゃ。この度、”街”が如何なるものかと興味を引かれ、視察に参った次第! しかし……街というのは実に面白い所じゃの、気に入ったぞ!」
髭を撫でつけながら、面白そうに鶴千代の話に聞き入る神様。
「そうか……それは結構結構。それと一つ聞きたいのじゃが、天狗というのは普段は山で何をしておるのじゃ? 最近では昔の様に巷で噂を聞くこともないので気になってのう」
暫く考えてから、勢いよく答える鶴千代。
「うむ! お山での生活かえ? 先ず魚を釣るじゃろ? あと作物育てて、飯炊いて……毎日お飯を食べておると言えばわかるかの!」
要は……特に天狗らしい事は何一つしていないという事らしい。それを聞き、余計な事を思いついたらしくニヤリと笑う神様。
「成程そうかそうか。お主、名は鶴千代と言ったか? どうじゃ鶴千代、暫く街へ滞在してみる気はないかの? なに、住居や現金はワシが用意してやるから全く心配は要らん。ここが気に入ったのなら、それも悪い話ではなかろうて」
「滞在……それに現金……とは何じゃ?」
「おおそうか、わからんかったか。金、金子と言えばわかるかのう? 先程の働きは見事であったし……その礼といったところじゃな。それに山の暮らしも退屈じゃろう? どうじゃ?」
ぱちぱちと目を屡叩く鶴千代。突然、老人から持ち掛けられた提案に、少々面食らっているようだ。
「ウチが街に? 街に住むのか? それは……それは本当か??」
彼女に悪戯っぽくウインクして肯定する神様。途中から近くに来て成り行きを見守っていたメルクリウスが驚き、神へと”待った”をかける。
「父上! 流石にそれはどうかと……どうせまた”面白そうだ”といった所なのでしょう? それに彼女は超常の存在、俗世に上手く溶け込めるかどうかも不安です。もう一度考え直してくださ……」
彼の言葉を遮る神様。
「メルクリウス、お主はちょっと黙っとれ。全く……最近どんどんババアに似てきおって。本当にガミガミと喧しいのう! 別に構わんじゃろ、天狗の娘の一人や二人……」
二人がそうして話していると突然、思いつめた様な表情で大きな声を出す鶴千代。しかしその言葉は途中から俯き、消え入りそうな力無きものとなっていった。
「ウチも……ウチも皆と共に街へ住みたい! ご老人も嘘は言うてはおらぬ様じゃし……それにお山の暮らしはもう嫌じゃ! だって……ずっと……ずっと、誰も……誰も……来ぬもん。ウチは……ウチは寂しい。ずっと、ずーっと独りじゃ……父上も母上も……ウチにはもう……誰もおらん」
途中からしょげ返る鶴千代を見て哀れに思ったのか、メルクリウスも黙して後ろへと下がる。
俯き、その大きな両の瞳からポロポロと涙の雫をこぼす、小さな天狗の娘。
久しく感じなかった人々のぬくもり。それに触れてしまったが故に、遠く密かに気付かぬ様にと心の隅へ押しやり、凍えていた”孤独”へ……急に熱い血潮が通う。
彼女はぎゅっと唇を噛みしめ、その小さな手を固く結び……それが何故だかわからぬまま、胸へと込み上げて来る”熱さ”に必死に耐えた。
次々と溢れそうになる涙を必死で堪える鶴千代。美津波は彼女に寄り添い、その小柄な身体をそっと抱きしめ、長い髪を優しく撫でる。そして、まるで我が子を慈しむ様に語り掛けたのだった。
「よしよし、ずっと寂しかったのですね? 永い命は時に残酷。その長寿故、肉親を亡くしてからずっと孤独だったのでしょう。好きなだけお泣きなさい、我慢せずとも良いのです。それにもう大丈夫、これからは沢山、沢山お友達も出来ましょう……」
「う゛えぇぇぇぇ……父上、母上ぁぁぁ……」
美津波の胸に顔を埋め、堰を切ったようにおいおいと泣き出す鶴千代。それを見て観念した様に、神の子メルクリウスも慈愛に満ちた優しい笑顔で頷いたのだった。
満足そうに頷く神様。確かにいつもの如く、”面白そうだから”というのが理由の一つであるのには違いない。
しかしその”神の眼”が……ずっと一人で孤独に耐えてきた、小さな天狗の娘の心の震えを見逃す事は無かったのだ。
そうして鶴千代が泣き出し、暫く経ったその時。
「あ~っ! 泣いてら~! こいつ泣いてら~! べろべろばぁ~」
思い出した様に、急に大声をあげる姫様。この辺りは流石”悪魔”とでも言うべきか? 皆の優しく見守る空気をブチ壊し、べろべろと鶴千代を大げさに煽る。
「こら! 姫様やめなさい! 全くいつもいつも貴女は……いい加減、少しは空気を読む癖をつけたらどうですか!? いつもいつも言っているでしょうが! いい加減にしろこのアホ姫!」
侍従の女性が騒ぐ姫様を羽交い締めにし、手慣れた様子で強引に連れて行こうとする。
余談であるが、魔界のアンポンタン姫の付き人としての侍女の苦労は……筆舌に尽くし難いものがあった。何せ起きている間、ほとんどの時間をこのアホ姫と共に過ごすのだ。
「何をする!? は、離せ! 無礼者!」
「な~にが無礼者ですか、今更! いい加減にしないと、未だにオネショしているのを皆さんにバラしますからね!? あと、御父上にも!」
「いひゃあい!? ち! 違うもん……あれオネショじゃなくて……こぼしたお茶だもん……」
「やかましい! お黙りこのオネショ姫! ほら、言う事聞いてさっさと行きますよ! これ以上、皆様に”アホ”を御晒しあそばされぬ様!」
丸聞こえだ。皆の前で”オネショ姫”と言われ、その瞳から急激に光が失せてゆく魔界のプリンセス。「じ、実は、あ、あれは少々変わった味のレモンティーで……そもそも私、原産ではないというか……」口を尖らせ、力無く何かをブツブツと呟きながら侍女に引きずられて行く姫様。
それを見て泣き止んだ鶴千代が、涙を拭い、少しだけ笑った。
そして侍女に怒られ、連れ去られてゆく姫様の口角も……実は、ほんの少しだけ上がっていたのだ。それは世界中の誰にも一切気付かれる事はない、優しい秘密。そう、神にさえも。
──ゴホン! わざとらしく大きな咳をした神様が、何事も無かったかの様にその場を仕切り直した。
「よし、では決まりじゃな! なーに、後の事は心配いらん。大船に乗ったつもりでワシに全て任せておくがよい」
鼻水をズビズビとすすりながら、くしゃくしゃの笑顔で頷く鶴千代。
いつの間にか近付き鶴千代の背中をさするアリシアが、神様へと小声で伺いを立てた。彼女には少々、気に掛かる事がある様だ。
「あの……神様? 彼女の行き先ってもしかして」
ニヤリと笑って返す神様。
「なーに、今更妙なのが一人増えた程度で……彼奴ならもうトラブルに慣れっこじゃ。まあ……何とかしてくれるじゃろ」
「もう、やっぱり!」
アリシアはそう言うと、これからの事を想って……少しだけ困った様な顔で笑ったのだった。
──へっ……くしょい!!
その頃、異世界より帰還中の太郎は……車の中で”盛大なくしゃみ”をしていた。運転席でハンドルを握る大家が助手席の彼に怒鳴る。
「おう、ウンコラマン! テメエ俺様に風邪うつしてんじゃねーぞコラ!? 俺様は繊細で有名なんだよオラ!!」
当たり障りのない返事をしつつ、後半は聞こえない様に小声でボヤく太郎。
「はいはい、すんませんでした! 以後、気をつけます! ……どーせ大家さん、絶対風邪なんて引かないっしょ?」
「ああ!? 今何か言ったか!?」
「いえ! 何も言ってないっす!」
「おう、反省しろよ!?」
何が起きたのか、見るも無惨に倒壊したヴェストラの城壁。それと夕日をバックに……皆を乗せた大家の自家用車は一路ロビの街へと向かい、石畳の街道を騒がしく走り去って行くのだった。




