あんぽんたん捕獲大作戦。
こんにちは! 今日買い物しようと行ったスーパーのトイレで、壁にそこそこな量の茶色い物が付着していてるのを見て、泣きそうになったワセリン太郎です(実話
初めはボルダリングの握り手か何かと思いました! 以上です!
大家の車の後部座席に身を潜めた俺は、少しだけ車酔いをしつつ、こっそりと自宅のアパート付近へ戻って来ていた。
下向いて隠れてたら酔った、ぎぼじわるい。周囲を警戒しながら、運転席の大家が呟く。
「こりゃあアパートは駄目だな。結構な数のおまわりが周りをウロついてやがる」
レアと一緒にいた俺の身元が既にバレているのだろうか? 今まで結構派手に暴れて目撃もされている訳だし、その線が濃厚だと思っていた方が多分賢明なのだろう。
大家が車のステアリングを大きく切り、来た道を引き返してゆく。
「おい、こうなったらしゃーねえな。戻ってこのまま警察行くか?」
当然、俺も大家の意見に賛成だ。下手にコンビニにでも寄って巡回中のおまわりさんに確保されては、今までの苦労が水の泡となってしまう。
「そうっすね、じゃあそれでお願いします」
「おう、任せとけや」
マッチョは車を商店街の方へと走らせた。
俺達が車で戻ってくる頃には辺りはすっかり暗くなり、夜の商店街では明かりがポツポツと消え始めていた。
アーケード内の店舗は一部を除いて閉店の時間であり、店内ではそろそろ蛍の光が流れている頃ではないだろうか? そうなると商店街に併設する飲み屋なとが徐々に目を覚まし、ここら一帯が夜の街としての顔を覗かせる。
大家の車はチ〇ピラよろしく窓ガラスがフルスモークだ。なのでこれだけ暗くなると、外から車内が見られる心配は微塵もしなくていい。
そう思って俺が身体を起こして窓の外のを眺めていると……車道脇の歩道を見知った風体の人物がパタパタと小走りに急いでいるのが見えた。
街灯を頼りに二度見するが、間違いない。夜の繁華街に似つかわしくないあの人。心なしか狼狽しているように見える。あの雰囲気だ、何かあったに違いない……どうせレア絡みなんだろうけど。
「大家さん! ストップ! 止めてください!!」
周囲へ轟くスキール音! 突然の急ブレーキに後続の車からクラクションが鳴らされる。運転席の窓を開け後ろに向かって半身を乗り出し、怒鳴り散らす大家。
「うるせぇぞオラ! てめぇ、煽り運転するヤツは路上に引きずり下ろして、ボコボコの半殺しにするって法律で決まったのを知らねぇのか!? ブッ殺すぞ!?」
どんな法律だよ……黒マッチョのガラの悪さにドン引きして逃げて行く後続車。
大体、見た目も怖えーんだよアンタ。我に返った俺が慌てて外を見ると、その歩道に居る”見知った人”は、突然の怒鳴り声に顔を引き攣らせて固まっていた。いやはや、怯えた仕草も実に可愛らしい。ダメだ、そんな馬鹿な事を考えている場合じゃない。
俺はバンの後部座席のスライドドアを勢い良く開け、”彼女に”大きな声で呼びかけた。
「アリシアさん!? こんな所で何してるんですか!?」
「――!? ああ、良かった! 助けてください! レアが! レアちゃんが――!!」
それから大家の車に乗り込み、堰を切った様に話し始めたアリシアさんの言葉を要約すると……こうだ。
アリシアさんを見た大家が、だらしない顔でヘラヘラしていて気味が悪いが、無視して話を進めよう。
『おいしい! おいしい!』と騒ぎながらカレーを食べた後、再びテレビに釘付けになっていたレアなのだが……『ちょっと出てくる』と言って外に出た俺がなかなか戻らない事に、いい加減気付いてしまう。
保母さんよろしく、お菓子をあげたりテレビを見せたり、雑誌を与えたりしつつ、なんとか状況をごまかしていたアリシアさんなのだが、“気になりだしたら止まらない”アホの子レアを引き留めておくにも限界がきた。
そうしてこのまま、レアに”俺が警察に一人で出頭しにいった”事を黙っている事への後ろめたさを感じたアリシアさんは、”レアと俺を助ける為”に仕方なく芝居を打った……と正直に告白する。
当然、話を最後まで聞いてから行動を起こすレアではない。そもそもアイツは脊椎反射動物だ。アリシアさんの話を半分聞いた時点で、お得意の”勘違い”を起こして行動を開始したらしい。
「なんと! アイツも水臭い男だな! それで一人でケーサツの本陣に戦いを挑んだのか? フフッ、悪くない。案外、奴が私の求めていた英雄となる男なのかも知れないな! だいぶ地味だけど! しかし悔しいが、ちょっとカッコいいぞ。これは私も戦乙女として、あんな地味男に負けていられないな!!」
地味で悪かったな。その後の展開は案の定予想していたものだった……
「よし! ちょっとケーサツ行って来る!!」
勝手に興奮して叫んだレアは制止を聞かず、傘立てに突っ込んであった”聖剣様”を勢いよく抜き取った。それから玄関に置いてあったアリシアのスリッパを突っ掛けるや否や、嬉しそうに得物を振り回しながら飛び出して行った……と。あのアホめ。
頭が痛い。その後、慌ててレアを追いかけ外に出た彼女。そうして町中を探し回る内に、偶然にも俺達と鉢合わせた……というのが現在の状況のようだ。因みに完全にレアを見失ってしまったとの事で、可哀想な程に落ち込むアリシアさん。
話を聞き、大体の状況を飲み込んだ大家が提案する。
「なあ。聞いてて思ったんだがよ、とりあえず警察署行って待っとけばイイんじゃねえのか? 玄関前の駐車場に車止めてよ、そのネーチャンが来るのを待ち伏せしてだな。現れたら俺達三人がかりでこのテープで簀巻きにして、車に放り込んで拉致ればいいだろ? どうせ今から出ても、車の方が先に着くだろうしな」
助手席側からひと巻きのビニールテープを取り出しつつ、さも当たり前の様に物騒な事を言い出す大家。
しかしこの場合、案外悪くない提案……なのかも知れない。単純な話、レアを拉致した後で俺だけが出頭すれば良いのだ。簀巻きが完成する前に、騒ぎを聞きつけたおまわりさんが建物から飛び出してこないかが問題ではあるのだが。
まあその辺はぶっつけ本番って事でいいだろう。少々騒ぎが起きたとしても、この頼もしい悪党が何とかしてくれそうだ。
レアの腕力が恐ろしく強いのが少し気になるが、こちらにはアリシアさんもいるので穏便に話が進む可能性も高い。彼女も似たような事を考えたのか、俺の顔を見てコクコクと頷いている。
「よし、ではそれで行きましょう!」
こうして俺達は、”あんぽんたん捕獲作戦”を決行する為……一路、警察署へと車を走らせたのであった。
~1時間後~
警察署の玄関前。多少見えにくい場所に車を停め、息を潜めて待つ俺達。大家がボソッと呟く。
「随分待ったが……えらく来ねぇな。流石に歩いて来るにしてもいい加減に……って時間だぜ?」
「そう……ですね」
アリシアさんも溜息をつく。俺は今更になって一つ気になる事があった。少々、根本的な問題であるのだが、そもそもレアのヤツは、本当に警察署へ辿り着く事が出来るのだろうか?
焦りと共に時計の秒針だけが音を立て、容赦なく時を進めてゆく。何故だろう? こういう時だけ、妙に時間の流れが早く感じられるのは。
もしかすると、街中で迷子になっている可能性だってある。ここで待つのを辞め、探しに行った方が良いのでは……? そう考えていた時、何か少し、外が騒がしい事に気が付いた。
「おう、何か聞こえねぇか??」
何か妙な声がしている? 隣を見ると、アリシアさんもそれに気が付いたようだ。懸命に車のパワーウインドウを下げようとしているが良くわからないらしく、俺が代わりにスイッチを操作してあげた。
「あっ、ごめんなさい。私あまり車に乗った事がないの……」
かわいい! ……ではなくて、皆で音の発生源に耳を傾ける。
「……ばー! ……りばー!」
遠いが、やはり誰かの声の様だ。リバー? 何だろう……? 俺の座る座席側の窓も下げ、周囲に警戒しつつ身を乗り出してみる。駄目だ、良く聞こえないな。
その瞬間、警察署の玄関の自動ドアのガラスが粉々に砕け、鉄製のワークデスクが転がる様に外へと躍り出た! 音の通りが良くなり、それによって騒ぎの元凶の正体が……聞こえた、ジーザス!
「えくす――! かりばーっ!!」
その場で頭を抱え込む。状況が飲み込めずに首を傾げる大家、『あら……えっと……』と、頬に手を当てて困った顔をするアリシアさん。俺は見ずとも、署内で一体何が起きたのかを一瞬で理解する。
一度、深く深呼吸。それから精神を統一して、ようやく覚悟を決めた。
「レアさぁぁぁぁぁん!! マジでやめてえぇぇぇぇぇ!?」
俺はそう叫びながら、全力で車を飛び出した。
衝撃で歪んだ……”少し前まで自動ドアだったもの”を無理矢理こじ開け、勢いで署内に転がり込む! 非常口が解放され、雪崩の様にこちらへ退避してくる女性職員達。そりゃそうだろうとも、きっとこの奥では、アタマのおかしな女が好き勝手に大暴れしているのだろうから。
そう思って、奥を見渡し確認すると……やはりアイツは……いた!
受付のカウンターの上によじ登ったレアは、あの忌々しい聖剣様を悠然と担ぎ、『止めなさい!」 』と制止する警官隊を相手に、“掛かって来い!”とばかりのポーズを決めていたのである。もういやだ……神様助けて!!
~騒ぎより15分程前~
レアは”水臭い相棒”が向かったケーサツの本陣、ケーサツ・ショを探して街中を歩いていた。その最中、ケーサツの制服を着ていない一般の男から急に呼び止められる。
「あ~、すみません。私こういう者なんですが、ちょっとお話聞いてもいいかな?」
なにやら手帳の様なものを見せてくる。何だろう? 不思議に思ったレアは、その男の手から手帳をヒョイと奪い取り、まじまじと細部を観察した。これは……随分と立派な、金属製のエンブレムだ。
「何だこれ? 格好いい、私も欲しい!」
「あ、ちょっと!? 何するの? 返しなさい!」
(自分から見せておいて妙な男だ)
レアは、手帳を返すと同時に男に問う。
「失礼だが、私からも貴殿にお聞きしたい。それを私に譲っていただけないだろうか? 実に格好が良い。私も、こういう者だが……ってやりたい。駄目だろうか?」
男は驚いて目を丸くする。
「あなた何言ってんの!? 駄目に決まってるでしょ! これは警察手帳なんだから。それより……」
(ケーサツ!? 今この男はケーサツと言ったのか? フフフ、私もツイているな……まさか探していた相手から現れてくれるとは)
レアは考える。よし、ここはこの男について行こう。そうして相手の本陣へ侵入するのだ。
「おい、今から私は貴殿について行こうと思う。丁度、ケーサツ・ショという所に行こうと思ってたところだ」
驚いたような顔をする私服警官。
「えっと……あれ? 案外素直だね。報告にあった凶悪犯とは様子が……まあいいか。あの、武器持ってるって聞いてたんだけど、今も持ってるの??」
レアは答える。
「いや、今はない。疑うのなら今ここで私の服を剥ぎ取り、裸にして調べるがいい。何ならこのまま服の上から全身をまさぐって貰っても構わんのだぞ? このいやらしい男め」
バットはツナギの背中だ。レアは今、ツナギの上に勝手に拝借したアリシアのダウンコートを着ている。カレーを食べた後に少し肌寒く思い、借りたのだ。
本当に身体をまさぐって来る不埒者ならば、その隙に頭を一発殴って無力化。その後、拷問を加えてケーサツ・ショの場所を吐かせれば良いだろう。と、レアは考えていた。
少し引きつつ、考え答える私服警官。
「いや、まいったな。流石にちょっとそれは問題になるというか……見た所何も持ってないしなぁ。えっと、一応ポケットの中だけ自分で引っ張り出して中見せてくれるかな? あと、反抗の様子はないから……手錠は必要ないかな」
警官も、相手が女なので“大した危険無し”と、少々甘く考えたのだろう。レアも彼から言われるがまま、一切の抵抗を見せずに行動する。
そうしてレアは、パトカーの後部座席へと乗せられのだった。
ドアが中から開かないのは以前に経験済みだ、慌てることは無い。そう大人しく車に揺られていると間も無く……大きく、何処か殺風景に見える建物の敷地へと車が到着した。
「ここが、ケーサツ・ショか?」
パトカーの扉が外から開けられ、乗っていた警官二人から外へ出るように促される。
素直に応じるレア。彼女は玄関らしき物が見えたので、そちらへ行こうとすると……彼等に裏口へと誘導され、そこから入るように指示された。
(この明るい部屋が尋問室なのだろうか? 地下牢をイメージしていたのだが。まあいい)
レアは部屋の前に立った瞬間、タイミングを見計らって警官に声を掛ける。
「すまない、私は先程からトイレに行きたいのだ。尋問では当然拷問等も待っていると理解している。しかし私も女の身だ、さすがに粗相をすると……」
わざとらしくうつむく。警官達は一瞬顔を見合わせると笑って言った。
「ないない、警察が拷問なんてしたら大変だよ。ただでさえ公務員は肩身が狭いご時勢なのにさ……頼むから変な事言わないでよ」
彼等はそう言いつつ、近くの扉を指差した。あそこがトイレか。扉を開けると、一応女性の警官が付き添ってくる。レアは中に入り個室の扉を閉じて……深く深呼吸。
(準備は完了だ。ふふふ……全てうまくいったぞ! さすがレア様、スーパーエリート! 私はもしかして、舞台演劇の才能もあるのかも知れないな! さてと)
「反撃開始だ」
そう呟くと、レアはニヤリと笑いながらコートを脱ぎ、背中の聖剣様を握り締めたのである。




