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始まりの物語。

【序章】


「ケーサツよ! 先程までは丸腰で貴様等に遅れを取ったが、今度はそうはいかんぞ? 見よ! この輝く必殺の聖剣、エクスカリバーを!!」


 彼女レアはそう叫び終わるや否や、小汚い産業廃棄物キンゾクバットを天高く掲げて警察官達おまわりさんたちへと見せつけたのだ――!


 あー、俺もうね……わかるようになっちゃった。これ確実にヤバイ流れだ! ほら! おまわりさん、また無線で連絡してるよ!?


「武器の所持を確認! 繰り返す、被疑者の武器の所持を確認!」


 ジワリと額に汗をかき、ゆっくりと警棒を抜くおまわりさん。バットを片手で持ち、中段にスッと構えるレア。双方ともに隙はなく、ラーメン屋の店内に緊張が走った。

 

 その直後、店の外から大量のパトカーのサイレンが鳴り響く。神の助けか? これはアホの子、レアに投降を呼びかける最後のチャンスだ!


「おいレア、警察の人達が沢山きたぞ? もう無理だ、そろそろ投降し……」


「そうか……了解した! だが心配するな。ここでお前を死なせはしない!! ラーメンを食わせて貰った恩もあるしな!」


 いえあの……あなたのせいで、まだお店にラーメンと餃子の代金を支払っていないのですが……


 慌てた俺が『いや、そうじゃなくて投降を……』と続けた瞬間、レアは空いていた片手でテーブルを掴み、おまわりさんへと投げつける――!?


「うわあぁぁぁ!?」


 ――たまらず吹き飛ぶおまわりさん。


 なにこれ!? もう嫌だ! お家に帰りたい!! つーかこの女、何でこんなに力が強いの!?


 そのままレアは金属バットの先端で、店の大きなガラス窓を粉砕。輝き砕ける破片と店主の悲鳴。そして大きな通路と化したサッシ部分から、彼女は外へと脱出した……そう、強引に俺の腕を掴んだまま!!


 ――それは俺の経歴に己の意思が全く尊重されない”食い逃げ”の前科ゼンレキがついた瞬間であった。

【第一話】


 アスファルトが濡れている。まだ少し肌寒い季節だが、俺は傘を差したまま音も無くハラハラと降る雨を眺めていた。雨は嫌いではない。喧騒が遠のき……俺の知り得る狭く、小さな世界がわずかな静寂に包まれてゆく。


 ふと、人生を想った。


 慎ましやかではあるが、与えられた仕事。多くはないが親しい友。派手ではない緩やかな変化。ささやかな人生ではあるが、きっとこのままゆっくりと歳を重ねてゆくのだろう。

 多くは望まない。世の中思う様には行かないが、明日起こるかも知れぬほんの小さな幸せに感謝しつつ、独り『笑う』。


 俺の自己紹介は必要ないだろう。平和なこの国に産まれ、特に珍しくもない生き方をして人知れず去ってゆく。『そんなちっぽけな俺』なのだから。

 

 そう思っていた。あのとんでもないバカと出会うまでは……そう考えていたのである。


 

 


 ~時を遡る事少々~


 そこは大理石の柱に包まれた荘厳な空間だった。大気を歪ませる神気を放ち、神殿の玉座に座る長い白髭を蓄えた老人、『主神』の前には重厚な甲冑に身を包んだ二人の女性が膝を折り、こうべを垂れている。


おもてを上げよ」


 神の発した言葉に呼応し、二人が同時に顔を上げる。共に目には鋭い光を讃え、威圧感さえ纏うこの者達は……勇猛な戦死者の魂を連れ帰る天界の戦乙女。そう、かの名高きヴァルキリーである。


 彼女達を満足気に眺めた神が、再び言葉を発した。


「此度、現世へとお主達を遣わすには理由があってな。実は儂の管理する世界の一つに、少々厄介な問題が起きておる。わかりやすく言えば……世界の均衡が崩れかけているとでも表現すれば良いのかのう」


 甲冑に身を包んだ、蒼い髪と瞳の美しい女性が神に問う。


「神よ。均衡が崩れていると仰られましたが、それは魔物が増え過ぎている件にございましょうか?」


「ふむ、ヒルド。流石に耳が早いのう」


 『ヒルド』そう神に呼ばれた女性は、肯定するように頷いた。


「要は魔物が増えすぎておっての。その原因の究明と対処に当たって貰いたいのじゃが……生憎、儂が直接手を下すのは少々不都合がある」


「確かに。神が直々に顕現なされて御力を振るわれると、現地への影響も少なからずございましょう」


「ふむ、やはりヒルドは賢くて助かるのう。理解してはおるじゃろうが、現世に赴く際にはお主達二名の力も極端に制限される。よって各自一名のみ、過去の世界より生前に名を成した勇猛なる英雄を選び連れて行くがよい」


「仰せのままに」


 それを見た神は、満足気な笑顔で髭を撫でつけながら頷いたのだった。


 



「ヒルド!」


 後ろから呼び止められ、赤い絨毯の廊下を歩いていたヒルドが振り向く。


「どうした? レア。君はどの英雄を連れて行くか決めたのか? 実は私は今回少々悩んでいる。力だけではなく、現地での情報収集能力等も考慮しなくてはならないし……我々が顕現する際には英雄を実体としてではなく、魂を”概念”として連れて行くので熟考しないと……君、聞いているのか?」


 『レア』


 そう呼ばれた先程の戦乙女の片割れは、美しい金髪を揺らし、切れ長の青い瞳に自信を覗かせながら答える。


「フッ、問題ない。優秀な供の者を一名連れて行けば良いのだろう? 既に”探す場所”は決めてあるのだ」


(……探す場所? 彼等の魂を選択し、協力と同行を願うだけのはずだが?)


 と、少し違和感を感じたヒルドだったが、『そうか』と聞き流して言葉を続けた。


「出立は3日後だ。レア、君は初の現世顕現だったな? 戦乙女として起用されて日は浅いが、私が全力で助力する。実力を存分に振るって欲しい」


「了承したぞ、先輩」


 そうやって笑顔で別れ、各々準備に取り掛かったのである。これが2人の戦乙女の片割れが行方不明になる一時間前であろうとは、神ですら知る由もなかったのである。







 戦乙女ヴァルキリー隊、宿舎 ~レアの自室~


「あー堅苦しくて肩こったな。さて、初陣だな! 初回だからと堅実に行くのは凡人の証。やはりこの”スーパーエリート”である私の初仕事は派手に決めなくてはなるまい。あ、とりあえず邪魔だから鎧脱ぐか!」


 ガシャン――!


 乱雑に甲冑を床へと脱ぎ散らかす。


 そして一息ついたレアは、紅茶を飲みながら”これから召喚すべき英雄”について想いを馳せていた。


「確か召喚作業には何よりイメージが大切だ。強いイメージとしっかりした魔方陣、この2点がクリア出来れば大体は意中の相手に限りなく近い存在を引き寄せる……とか授業で習ったような気がするな。あれ? これ”使い魔召喚”の授業の内容だったっけ? 半分居眠りしてたし……覚えてないや。まあいいか!」


 随分と適当だ。そして片尻を大げさに上げて力強くりきみ、"ブッ"と放屁する彼女。


「美男子……そう、通称”イケメン”がいいな! ん? 違うな、何メンだっけ? ザーメンだったか? ま、いいや。とにかく強くて頭も良くて性格良くて仲間想いで.……現世に行くならお金も必要だな。うん、お金持ちがいい! あれ? 後、何だっけ?」


 そう呟くと紅茶のカップをテーブルに置き、ゴソゴソしながら本棚から本を取り出す。先程放屁した際、力加減を微妙に誤り……ほんの少しだけ、尻が茶色く湿ってしまった事には気付かぬまま。


「えっと、最近の流行は……」


 などとブツブツ言いながら、片手に収まるサイズの本をパラパラ捲って眺めた。そして鼻歌まじりにリズムを取り、二度目の"放屁"。


 ジワリ……茶色い染みが微かに広がる。そうこうするうちに、どうやら目当ての頁を見つけた様だ。


「ああ、チートだ! ”チートで無敵で最強になる”ってヤツだな! いや、ニートだったか? とにかく意味は良くわからんが、流行ってるらしいのでそれが良い。それに響きが実に格好良い、うん。よし、ヒルドより先んじて完璧な英雄を召喚してやろう、これで先輩でもある彼女からも羨望の眼差しを受ける事間違いない。えっへん!」


 興奮に胸を高鳴らせ、忙しなく屈伸運動を始め……最終的に何故か"ウンコ座り"の体勢に落ち着くレア。


(そう言えば神様が過去の英雄が云々言ってた気がするが何だったかな? あれ、召喚作業ってどこでやるんだっけ? まあ、面倒臭いし部屋で良いか。あれ……そもそも神様は”英雄を召喚せよ”って言ってたっけ?)


 一瞬だけ考え込むが、三歩・・歩いた彼女は……それを瑣末な事だと決め込み、悩む事を放棄した。


 実は、レアには通常より優れた英雄を召喚する秘策がある。


 それは”日本人”という民族を召喚する事だ。


 

 以前より”ある世界”を担当している駐在天使の友人から、”日本”という国の伝記書物を定期的に頂いており……これが非常に強く彼女の琴線に触れた。小さな手帳の様なサイズの本なのだが、これが読むと実に面白い。


 種類も実に豊富で、添付されているイラストも人間を模写したものなのだろうか? イケメンだったり非常に可愛らしいものも存在する。あとやたらと目がデカくて首が細い。そして書物のタイトルについても、過剰に長ったらしいものが多いが……読み出すと特に気にはならなかった。


 そして主役の日本人は、大体が異世界へ行く。稀に神より優れた力を持つ者も現れる等、少々胡散臭いレベルの話もあるが……レア的には、面白ければそれは全て真実おっけーなのだ。

 

 

 補足だが、天界の神属は現世の如何なる文明においても言語及び文字、数字を理解し使いこなすことができる。

 但し……その各々の世界の一般常識についてはこの限りではない。そうなると、”読めはするが理解はできない”という事も当然起こりうる。決して神属といえども万能ではない。

 

 つまりのところ何が言いたいのかというと……フィクションとノンフィクションの境界の見極めの出来ない残念な人物が、極めて低い確率で現れる可能性があるという事であり……

 そしてその”極めて低い確率”というのが、往々にして身近に存在していたりするのが世の常でもあり、実に嘆かわしい事でもある。


「さて、そろそろやるか!」 


 レアは想う。とにかく日本という国から”ザーメ○な日本人”を異世界に召喚すれば、全てが上手くゆく。


「あれ、タンタンメンだっけ? まあ何でもいいや」


 彼女の"限りなくシワの少ない脳みそ"の中においては、大半の日本の伝記物語の内容がまさにそうであり、王道なのだ。


 しかしあれだけ多数の英雄をポコポコと生みだしている人種、恐ろしく優秀な連中なのだろう。とレアは根拠のない期待を抱く。


「誰でも呼び出せば良いわけではないぞ、勤勉な私は最近の流行に詳しいのだ。ふふん、日本人の中でも特に高い能力を有する”ニート”とか呼ばれる者を引き当ててみせる! あれ? ”チート”だっけ?」


 一瞬混乱したが、まあどちらでも良い。似たようなものだ、とレアは考えた。


(ニートもチートも、どちらも澄んだ美しい響きではないか! 実に語呂が良い)


 彼女はニンマリと笑うと、下手くそな口笛を吹きつつ……自室の床に、己の指先から放出する蒼い魔力のラインを用いて大きな魔法陣を描いてゆく。


 先程脱ぎ散らかした鎧が魔法陣の形を大きく歪めているが、全く気にしない。


(何か妙な感じがするが……まあいいか。私は些細な事を気にする程、小心者ではないのだ。えっへん)


 後ろに下がりながら両手で魔法陣を拡大してゆく。指導書には、召喚用魔法陣の適切なサイズが書いてあった様な気もするが……そもそも大英雄を呼び出すのだ、当然大きい方が良いに決まってる! と、彼女は一人納得した。


 魔法陣に気を取られていた為、背後にあったテーブルにぶつかり飲み掛けの紅茶のカップが落ちる。

 

 ――パリン! 


 落ちたそれは瞬時に魔力のラインへと吸収されて……どこかへと消失。


「あれ? 魔法陣の上にカップが落ちて割れたが……どっかいったぞ? 消えた!? 何だか魔力ラインも紅茶の色になったが……まあいいか。 多分、大した影響はないだろう」


 テーブルの上に積み上げてあった”例の伝記書物ライトノベル”も、崩れ落ちて数冊の行方がわからなくなっているが……それにも全く気付かない。魔法陣は異次元への扉なので、物を落とすと吸い込んでしまう模様。ともかく準備は整った。

 

(これで比類なき力を持ったイケメン英雄がこの場に召喚されるだろう。あとお金持ち!)


「ゆくぞ! 召喚!!」


 ――魔力を込めた魔法陣が異常収縮して波打ち、部屋が茶色い光に包まれる。


 そして……



 ――ズドォン!! 



 爆音と共に、戦乙女ヴァルキリー隊の宿舎の一室が派手な音を周囲に響かせ、吹き飛んだのだった。


 



 

(ん……? 気を失っていたのだろうか?)


 光に包まれた後の記憶が定かではない。だがその身体は倒れておらず、レアの両の脚は、しっかりと地を踏みしめている。


(一体何が起きた……?)


 光で一時的に失われていた視力が戻りつつある。

 まずいな、あの感じだと宿舎に何らかの影響があったかも知れない。


 慌てた彼女は己の身体へと触れてみるが、怪我の一つもない様子。大した事は無かったのだろうと判断した様だ。


「まあ失敗は誰にでもある。それはエリートの私とて例外ではない……ふふふ、なんと私はお茶目さんだな!」


 


 暫くすると光で白み、失われていた視界が戻ってきた。眼を瞬かせるレアの耳に、何かが……聴こえてくる。


 

 ――ピポンピポ~ン♪



「いらっしゃいませ~! ようこそイレブンコンビニマートへ!」


「うん??」



 

――――――――――――――――――――――――――




 ~それから数時間後~


 

 雨は降り続き、アスファルトが濡れている。


 珍しい3連休の初日。俺は趣味にしている近所の散策を楽しんだ後、住み慣れたニ階建ての古いアパートに帰って来た。錆びた頑丈な鉄階段を踏み締めながら、ゆっくりと二階の自室に向かって登る。


 階段を登り切って一番奥の木製の扉が俺の部屋の玄関だ。中は確かに狭くてボロくはあるが……一人暮らしにはそれで十分であり、別に悪くはないと思っている。多少の隙間風に我慢さえすれば……要は家賃が安いのだ。

 


 部屋に戻ったら、散歩中に買ってきた豆を挽いてコーヒーでも淹れよう。お気に入りの豆だ。酸味が強く芳醇な……などと考えていた矢先、自室のドアの前に"ソイツ"はいた。

 そう、ズブ濡れで床に体育座りをしたまま、ブツブツと何かを呟きながら……涙目で虚空を睨んでいたのである。

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