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その31.猫は導く白の都

 私達は、デーデの村を出ることにした。

 エラさんは、村に残ることになった。一緒に来て欲しいと何度も何度もお願いしたけど、彼女はうなずいてくれなかった。

――私はもう少し残って、印が全員に出たかを見届けたら、また次の村へ行きます。

 印がついてしまうかもしれないから、禍の謎を解く力を貸して欲しいからと説いたけど、彼女は、これまでずっとこうしてきて、自分に印はつかなかったと笑う。

 最後には、逆に頼まれてしまって。

――お願いします、ライランさん。私と父の記録は、きっといつか禍を失くす役に立つはずなんです。そのためにも、私は記録をやめるわけにはいかない。私になにかあったときこそ、引き継いで欲しいのです――

 ……そんなことを言われたら、もう何も言えない。

「ライラン、浮きませんな」

 用意してもらった馬車を前に、ぼうっとしてしまっていた。ケロタニアンが心配そうに声をかけてくれる。

「うん……ごめんね、エラさんのことがどうしても心残りで」

 確かに、エラさんはこれまで印がつかなかった。でも、お父様のピエディ様だってそうだったはずで、それなのにある日、印がついた。ずっと大丈夫なんて保障はないんだ。

「ライラン。俺はあんたには期待してるんだぞ。禍をなんとかしてくれるんじゃないかって」

 ちょっと意地悪な口調で、そのわりに優しく笑いながら、アルディウスさんが言う。

「心配するのはいいが、あんたは、あんたのできることをしてくれ。そのために俺を連れ出したんだろう?」

「うん……そうだね」

 そう、アルディウスさんを連れ出せたんだから、それはよかった。

「次はなにを調べるんだ? それとも一度城に戻って、ここまででわかったことを王女に報告するか」

「いくつか考えたことはあるんだけど、どれも予想でしかないから……」

 だから、今は手がかりを探しに行きたい。

 1頭立ての小さな馬車、御者はアルディウスさんが務めてくれるそうで、ありがたい。右手には本当に緑のミトンを履いていて、かわいくて見るとついにこにこしちゃう。不便そうにもしてて、申し訳ないのだけど。だってアルディウスさんて、すごくかっこいいもんね。

「まずね、印のついた人が向かうっていう、南の海。そこを見に行きたくて」

「なるほど。確かに、印のついた人々がいったいどこを目指しているのか気になりますな。アルディウス殿ならおわかりになるのでは?」

「まあ、大体なら」

 軽く手綱をしならせて、アルディウスさんは馬車を出発させた。


 チェリヤは、西と東で様子が全然ちがう。東側は大陸と近い、玄関口。平地が広がって、お城もある。中央はぽっかりと内海が広がり、梯子の神樹がそびえ立っている。

 西は、ごつごつとした山岳地帯。もしかしてチェリヤって火山島なのかな。山が連なってできた谷、そのちょっとした平地に村が点在している。巻くようにできた道は細く、馬車はゆっくりゆっくり進んでいく。

 考え事をしたくて、今はスキップせずにチェリヤの山並みを眺めた。晴れの日がほとんどらしく、今も澄んだ青空に、数羽の鳥の群れが羽根をまっすぐに広げて飛んでいる。からからと鳴る車輪の音も、適度に不規則な振動も、心地いい。

 どうして、村の人達がいなくなるのか。

 村の人達は、どこへいったのか。

 ふいに山が切れて、目の前に海が広がった。

 ここに来るまではずっと海を見ていたはずなのに、なんだか久しぶりな気がする。

「そろそろ着くぞ」

 馬車は、広がった道を進み、やがて崖の近くで止まった。

「ここ……崖、だよね?」

「そうだ」

 降りてすぐ、強い海風に煽られた。髪をおさえて目を細める。

「印のついたやつは、ともかくここを目指す。山があろうが、谷があろうが、関係ない。自分のいたところから、まっすぐここまで歩いてくる」

「山や谷があっても……?」

「印のついたやつは、死なない。なにがあろうが、ここを目指す」

 死なない? 今、さらっと言われてしまったけど。

 アルディウスさんは崖の先に立つ。

「そして、ここから落ちていく」

 こちらを振り返る。風が、ばたばたとアルディウスさんの服を揺らしている。

「アルディウスさん、危ないです、こっちに来て……」

 怖がっていたのは私だけで、アルディウスさんは何事もなかったようにこちらに戻ってくる。

 でも、怖がってる場合じゃない。私こそ見に行かなきゃ。あの崖の下になにが広がっているのか。

「ライラン、行くのですか? 足が震えておりますよ、わたくしめが見てきますよ」

「だ、大丈夫! ……ケロタニアン、手をつないでてくれる?」

「それで、カエル殿と揃って落っこちるんだろ。やめておけって」

 言い返せない。

「海が広がってるだけだ。ここらへんは暗礁だらけで、船も出せない。だから西部は行商が生命線なんだ」 

 高いところは苦手。我ながら、苦手なものばかり……でも、見ておかなきゃ。また新しいことがわかった。やっぱり、ちゃんと手がかりは用意されてる。

 印のついた人が来る場所。海に落ちるなら、死んでしまうの?

 この先に、何がある?

 ケロタニアンをしっかりつかんで、そのケロタニアンのことはアルディウスさんにつかんでもらって。

 崖の下をのぞきこむ。

 とんっ、て、背中が押された気がした。

「えっ」

 振り向こうとして、世界は真っ暗。



***



 私は今、どうなってるの? 真っ暗な水の中にいるみたいに、地面がない、方向の感覚がない。目がまわりそう。

 うっかり涙が浮かびそうになったとき、やわらかな光が見えた。へたくそな犬かきでそちらへ向かう。

 船で会ったあの子。灰色の毛並みの、ネコ族の女の子が私を見ていた。気づくと、彼女と同じように足元ができていた。

 すごくほっとして、笑顔で声をかける。

(こんにちは。今日は濡れてない? 大丈夫?)

 声に出したつもりだったのに、不可思議にくぐもっている。

 首を傾げられる。変なこと言っちゃったかな。でもあのとき、寒そうだな、大きなタオルで包んであげたいなって思って。

 女の子は、かわいい猫の手の人差し爪(?)を立てた。それから、時計回りに小刻みにまわしていく。カチッ、カチッって感じに。

(あ、時計。時計ね?)

 あのとき渡してくれた懐中時計。ポシェットから出していると、女の子がぬっとこちらに手を出してきた。

 なにかと思ったら、小さなぜんまい。

 渡されたからには、ねじを巻くんでしょう。あてがって巻いてみる。あ、気持ちいい音。

 キリキリキリ、って、音に合わせて周りが少しずつ明るくなっていく。


 チチチ、鳥の声。

(……ここ、どこ?)

 一面、黄緑と緑。明るく深い森の中。

 大きな石が崩れた、遺跡のようなところに私は立っていた。

 転移石の祠に似てる気がする。私、ここに飛ばされたってことなのかな。

(ひゃっ)

 目の前を、さっと何かが横切った。見ると、灰色の綺麗な猫。さっきのネコ族の女の子とそっくりな色。

 灰色の猫さんは、私に背を向けながらも、ちらっとこっちを見た。それから、トトトッと歩いていってしまう。

(待って)

 急いでついていく。

 ぐるっと見回しても、周りに道はない。猫さんは、倒木や苔むした岩を、身軽にとん、とんと飛び移って進んでいく。

 ついていこうとして、私もすごく身軽だってことに気がついた。……というか、私、透けてる? それに、飛べちゃう!? 幽霊みたいだけど、ライランが死んじゃったとか……では、さすがにないよね。

 ふわふわ浮いて、猫さんについていく。

 視界が高くなると、少しずつ森が開けて、空に伸びる建物が見えた。お城の尖塔? 旗が風に翻っている。

 興味に引かれて、ふわふわ空を昇ると。

 眼下に、中世にあるような美しいお城と、城下町が広がっていた。


(すごい。なんてきれいな街……)

 国? わからないけど、初めて見る。

 天気はここも快晴。午前の陽射しが、白いお城と白い街並みを眩く照らしている。たくさんの人が街を歩いていて、服装は見たことがないはずなんだけど、どこか見覚えがある感じがするのは、中世風だからなのかな?

 って。そうだ、猫さん。案内の途中だったのに、つい。

 あわてて戻ると、猫さんは別れたところで待っていてくれた。

 猫さんは私をまた一瞥すると、歩き出した。今度は飛ぶのをやめて、歩いてついていくことにする。飛ぶのは楽しいけど、やっぱりこっちのほうが落ち着くね。

 大きな門をくぐって街に入ると、きれいな石畳。周りを歩く人の靴音や馬車の音が響く。靴音って好きだな。自分でも鳴らしたかったけど、私の靴音は聴こえない。

 私の姿はやっぱり見えないみたいで、チャイナ風のライランはすごく浮いた姿なのに、誰も見てこないし、避けようともしない。人々の会話が遠く近く聞こえる。物売りの声、たわいない世間話、聞き取れないひそひそ話。みんなの吐く息が白いことに気づく。ここ、寒いんだ。服装も着込んでいて、私が寒くないのはきっと幽霊だからだ。

「お、キニス。散歩か?」

 猫さんのしっぽが、ぴんとまっすぐ立つ。声をかけたのは、果物を並べたお店の親父さん。猫さんは、キニスちゃんっていうんだね。

「王子が探していたぞ。心配かけるなよ」

 王子様! ちょっとわくわく。キニスちゃんは歩みを止めることなく、知らないわって感じでぷいっとそっぽを向いて塀を登って行ってしまう。他にもいろんな人がキニスちゃんに声をかけたけど、つれない態度。ふふ、気高いお嬢さんなのかな。

 キニスちゃんは、やっぱりお城の門を目指していたようだった。門が見えたとたん、速度を上げる。私も追いかけようとしたとき、ちょっとした人だかりに気づいた。

「たいしたもんだなあ」

「もう一回やってえー!」

 中心にいたのは、道化師だった。色とりどりの派手な服、黒いフードをかぶって、くちばしのようにとがった白い仮面。

 小さな子のリクエストに、彼は大げさな仕草で返す。腕を大きく広げてから胸に手を当て、子供に向かって深く体を折ると、こくこくっとうなずいた。

 黒いチョッキの内側に手を入れて、顔はあさってのほうを見ながら、ごそごそ。出てきたのは、剣。

 あれ? と首をひねって、ぽいっと捨てる。でも剣は地面に落ちた途端、ピンクの花に変わった。きゃあっ! って女の子の喜ぶ声。その間にも道化師はどんどん剣を取り出しては、ちがうちがうと放り投げ、周りは花だらけ。

 道化師は足元の様子に気づき、これはまずい、と、またあさってを見ながら足を動かし、こっそりと花をかき集めだす。そしてまた襟元から出した布で、そうだこれがあったと、ふわりと花にかけて隠す。証拠隠滅、成功……なのかな? くすくす、笑い声。

 今度こそと出してきたのは、ボール。ひとつ投げ、ふたつに増え、みっつよっつ、最後にはなんと8つ。投げられたボールは正確な弧を描き、決められたように道化師の手へ落ちてはまた投げ上げられる。

 そしてふいに、これまでよりも何倍も高くボールが投げ上げられる。

 次々空に飛んだ色とりどりのボールに、道化師はくるりと身をひるがえすや、ナイフを投げつけた。ボールは見事射抜かれ、花に変わり、花びらが弾けるように舞った。

 歓声が上がる。私も思わず夢中で拍手。うう、音がしない!

 おひねりが投げられ、道化師は優雅にお辞儀、お辞儀を繰り返す。それから、観客と握手を交わした。次々に手を握っていく。

 私の手が止まる。

 子供達が、親に持たせてもらったおひねりを握りしめて道化師のもとに駆け寄る。受け取った道化師は、うれしそうに子供の頭をなでる。

(やめて)

 近づいて、道化師の手をつかもうとしたけど、できない。すり抜けてしまう。

(やめて、さわらないで……)

 子供を引き離そうとしてもできない。

 突然、世界が止まる。

(なに……?)

 周りの人が、誰も動いていない。音がなくなった。

 歌が聴こえてくる。


――……は、だあれ?


 あの歌。あの歌だ。


――……のしずく ……夜の――さもなくば――


 歌詞がわかる、でもうまく聞き取れない。

 終わっちゃう。お願い、もう一度歌って。ちゃんと聞くから。

 そのとき、全部が止まっていると思った世界で、道化師だけが私を見ていることに気づいた。仮面からのぞく目は冷たい。

 妖艶な、美しい女の人の声が、高く空に響く。

 歌が終わる。世界が真っ白になる。



***



「ライラン! よかった、目が覚めましたか」

 ケロタニアンが私をのぞきこんでいる。

「……聞き取れなかった」

「ら、ライラン?」

 悔やまれて、自分の顔をぎゅっと押さえる。

「もう一度……!」

「ライラン、大丈夫ですかー! まずはわたくしめとお話いたしましょう!」

 ともかく動き出そうとする私を、ケロタニアンが止める。

「ちょっと落ち着けって。こっちも心配していたんだぞ」

 アルディウスさんの言葉に、ケロタニアンもうんうんとうなずく。私は突然気を失ってしまい、馬車の中に寝かされていたらしい。

「夢を見て……」

「夢?」

「印を配ってた……!」 


 夢の内容を話し終えると、アルディウスさんは腕を組んだ。

「それはわかったが……印を配っていた?」

「ケロタニアン」

 片手を差し出すと、ケロタニアンは私の手を握って返してくれた。前も付き合ってもらったこと。

「手のひらと」

 今度は、肩を組んで、肩に触れる。

「肩」

 次は、ケロタニアンの背に軽く手を置く。

「背」

 そして、しゃがんで見せると、ケロタニアンは察してくれて、同じようにしゃがんでくれる。

「……そして、額」

 頭をなでる。額にふれながら。

「多分……これが、印のつけ方だと思って……」

 そのまま、膝を抱える。私は考え事をするとき、この姿勢が一番落ち着く。

「夢の中で、道化師の人がこうしてた。それに、あの歌も聴こえた。あの国の人達も、きっと、連れていかれちゃう」

 夏天の禍は、チェリヤだけじゃなかった? あの国はどこにあるの? キニスちゃんは、私に助けを求めにきた?

「そうだ、もう一度行けるかも」

 馬車を降りて、崖へと走って向かう。

「待てって!」

「ライラン、なにをする気ですか!?」

「なにって、あの下に」

 すごい勢いで止められて、私のほうもびっくり。

「海しかない、落ち着いて見てみろ」

 言われて崖先から下を覗き込むと、確かに絶壁、見事に打ちつけられて白く砕ける波。これは落ちたらひとたまりもない……ひゅっと血の気が引いて、目まいを起こしかける。高いところ、本当にね、特に落ちそうって思う場所は無理で……忘れてた。

「転移石……」

「うん?」

「転移石の祠を使えば、すぐに大陸に戻れるよね?」

「ああ、あんたは花冠を編む娘だからあれが使えるんだな。急にどうした?」

 そうだ、ワープはみんなが使えるわけじゃないんだっけ。

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