その29.緊急会議みたいな
「まさしくエラーだねえ!」
眉尻をすっかり下げ、膝をたたいてうひゃうひゃ笑うマオカさん。
「なーにがそんなに面白いんですか。全然笑えませんよ」
対して、苦い顔のワンガールさん。今回はワンガールさんに完全に同意。珍しいことに。
いつものマネージャー室、集まったのは俺を含めて6人。
アルディウス君の誤作動について、急ぎ会議みたいなのが開かれた。ちなみに今は翌朝の4時半でございます。
「原因は、捧げの歌でした。トリガーの対象からプレイヤーを抜き忘れていたらしく、レイルダムア編の動きをとろうとしたようです」
ワンガールさんが、ウィンドウに映したアルディウス君のリプレイを見ながら説明する。本日のアバターは独つ目小僧。
「見直したところ、レイルダムア編より前はすべて修正が必要でした。今は反映済みです、と」
ミスなのかもしれないけど、捧げの歌初出のシーンで、それをその場で根性で覚えたプレイヤーが、たまたま居合わせたアルディウス君に歌って聴かせたってのは、極めて謎な状況であり。
「参考に歌をコピーするプレイヤーは時々いたけどさ。自力で覚えて歌っちゃう人は初めて見た!」
マオカさんはまだ笑っている。よほどツボに入ったらしい。
「これ、このあとどうするんですか? アルディウスがラナンキュラスの名前出したから、ライラン嬢はラナンキュラスについて調べ始めてしまうと思うんですけど」
軽く手を挙げて、シャルさんが訊く。
「ライランさんならそうだろうねえ」
「もしライラン嬢がラナー枠以外でメインを進めた場合は、サポート外ですよね?」
「まあね、ラナー枠じゃなければね」
本来なら、無料部分でNPCが多少不自然な動きをしたところで、よくあること。誤作動が起きたとしても、「不自然と思われた行動に関しましては、フォームよりご連絡下さい」となるだけ。
「でもさ。ライランさんは多分、もうラナー枠でしかメインを進めないと思うんだよね。ね、アカツラくん?」
あ、びっくりした。会議とか縁がなさすぎて、空気になってたわ。
「そう思います。ラナーとラナーの間はメイン以外のことやってましたし、ひとりで進めることはないと思います。ものすごい怖がりなんで」
マオカさんが満足げにうなずく。
「このまま再開したら、アルディウスはライランさんとケロにしたことなんて忘れて、しれっと同じところに戻ってる。隊長もそう。でもラナー枠でそんな無様な真似、できないよねえ。有人のサービスで無人と同じクオリティなんて、名折れもいいところだよね」
今、無様って言ったか。怖いんだが?
「だからやっぱりね。ライランさんのラナー枠に限り、メインストーリーへのサポートをしていくべきだと思うんだよね!」
楽しそう。すごく楽しそうである。ワンガールさんはしょっぱい顔。
「別に反対する気はないですよ。コストがかかるなと思いますけど。コストがかかるなとは!」
「いいじゃない、投資投資! データがどんどん取れて結構じゃない。これで今後おともNPCのラナーやりたい場合は、NPCとしてならこれまで通りメイン同行可、ただしラナーのシナリオ次第で限定的に離脱することがある、ってことで事前に了承もらって、あとはラナークエストのシナリオのほうで都合つけていけばいいわけだ」
事前の了承。魔法の言葉。でも、ラナテルデスに限らず、メインストーリーに有人サポートがつかないのは常識なんだよね。購入者全員にそんなことしてらんないから。
「コストもね、シナリオに関してはアドリブ部分ってことで僕がやるからさ!」
「それ、マオカさんがやりたいだけですよね?」
ワンガールさんは恐らく、ちくっとやったつもりだったんだろうけど。
「うん、やりたい! いや、メインストーリーのフルサポートができる日が来るなんて思わなかった! 嬉しいなあ!」
「フルサポートぉ!?」
多分斜めなのが10倍くらいのデカさで返ってきた。
「それじゃ、さっそく直しに入るね。このままじゃアルディウスも戻って来れないし、ライランさんはもう印についてわかっちゃってるみたいだし。ふふ、楽しくなってきたなあ」
「あのっ! はい! はい!!」
やかましく挙手し出したのは、ホンドウである。なんでこいつもここにいるかって、「絶対に会議に呼べ」としつこく食い下がられたから。別に俺に呼ぶ権利はないんだけど、そう言ってるって伝えたら、じゃあ来たらいいよってなった次第。
「アルディウス君、プログラム外の動きが入るってことですよね! サポート必要なら僕が入ります! 流れは全部見てますっ!」
「はああ!? だめだ、俺がアルディウスだー!」
「それが狙いだったかぁ……」
「だと思ってた」
突っ込み多すぎた。ちなみに俺のは狙いうんぬん。最後はシャルさん。
「だめだって言ってもだめですよ、剣藤さん。だってあなたにはちゃんと予約があるんですから。そして僕に予約はないんです!」
悲しいことを勝ち誇る。まあね、会議がこんな時間なのも、剣藤さんの枠が終わるのを待って始めたからなんですよね。
「ライランさんの枠は21-24のゴールデンタイムですよ。しかも土曜も含むんですよ。あなたに出演できますか? すでに予約は埋まっていますよねぇ、断りますかぁー?」
なんのキャラを意識してるのか知らないが、悪役よろしくゲッゲッゲッって笑う。相変わらず二次元動作の多いやつ。
「ホンドウめっ……」
かっこいい顔とポーズで悔しがっている。余裕あるのか、もうサガなのか。俺も振られたら乗っちゃう方なので、ちょっとわかる気もする。
「そうだねえ。これはアルディウスの変更じゃなく、ライランさんに対してだけのアドリブだから、ホンドウ君にやってもらおうか」
「やったぁぁ!」
「やだやだやだーーー!」
両手上げてガッツポーズのホンドウ、そのホンドウをつかみながら、マオカさんに向かって首を振る剣藤さん。メインのやりとりってそういや見たことなかったけど、こんな平和なんだろうか。この人らだけか。
「ディレクター、変更箇所は全部俺に最初に渡して! そこは譲れないから! 行けるときは俺が行くから!」
「うん、いいよー」
マオカさん、にこにこ笑って請け負う。
「ちょっと海、メインはメインの仕事してなさいよ! 行けるときなんてあるわけないでしょうが!」
「いーやーだー! 俺以外がアルディウスに入るなんて絶対にいやだあああ!!」
「演技ご指導、よろしくお願いします! 先輩!」
煽っていく構え。剣藤さんが聞いた事ない声を上げていた。
「アカツラさん!」
ご機嫌なマオカさんと、予想外に人手のかかるLiSeに不機嫌なワンガールさんが退室したあと、これまたご機嫌なホンドウが近寄ってきた。子犬よろしくしっぽぶんぶんって感じ。
「ありがとうございます! おかげでアルディウスが演れます!」
「俺は認めてないんだからな!」
半べそな剣藤さんがついてくる。
「海、おまえ本当に予約キャンセルしたりするなよ?」
剣藤さん、シャルさんの言葉にぎくっとあからさまに肩をびくつかせる。確かにそれはシャレにならない。
「飲みに行きませんか、お礼に僕、おごります!」
「おごられるようなこと、してないんだけど!?」
ちちちち、と人差し指を振ってくる。
「僕ですねえ、ずっとアカツラさんとライランさんの枠を見てたんですけど」
「さっきの枠?」
「さっきと言わずほぼ全部ですね」
「こわい!」
そして暇!
「ああ、でもそうか。だからあんなにスムーズにサポートに入ってきたのか」
むふーと鼻をふくらませてくる。
「ですよね? スムーズかつ、スマートなサポートでしたよね!?」
やべえ、苦笑しちゃう。
「うん。ライランが動けなくても、不自然じゃなく状況を察して、俺が離れるきっかけをくれたよな」
実際、感心した。さすがメインは伊達じゃないのかもと。
「俺もあのとき驚いてたから、整理する時間できたし、ほんと助かった。ありがとう」
ぱああっとホンドウが目を輝かせた。これ、あれに似てる。おとなに褒められた子供。ほんとはホンドウがメインで俺がサポアクなんだから、あれなんだけど。
「僕! 僕ですね! サポアクなんてなにが面白いんだって思ってたんです!」
だろうね、とは口にしない。
「でも今回、突然アルディウスが暴走して! ライランさんはびっくりして固まっちゃって、アカツラさんはアルディウスで手がふさがっちゃって、どうするのこれって思ったら、ヘルプが出て。アカツラさんの指示聞いたら、アカツラさんがどうしたいのかわかったんです。でも、突然現れた僕……ってか隊長に、誰も状況を言葉で説明できる人いないじゃないですか? でも実際あそこに立ったら、これはわかるなって思って。台詞は思いつかなくて、名前呼ぶしかできなかったんですけど、でもアカツラさんはそれを受けて、いい感じに退場してくれて、あー噛み合ったー! って思って!!」
すごい長いのにすごい速さでよどみなく語りまくる。さすがの滑舌。
「うん。ああいうとき、いいよな」
「はい! サポアクおもしろ! って思ったんです! いや、もちろん僕はメインなんですけど、修行ってことでサポアクの勉強するのもいいかもって思って!」
話は聞くから、もうちょい落ち着いて話してくれんもんか。ちなみにシャルさんは笑って聞いてて、剣藤さんは口をとがらせてふてくされている。
「僕、でも不思議だったんですけど」
指をあごにあてて、ホンドウが首を傾げる。
「なんでケロでライランさんを助けなかったんですか? アカツラさん、アルディウスがケロの剣を取ろうとしたとき、それより先に剣をかばうみたいな動きしてますよね。ほらここ」
ご丁寧にリプレイを動かして、その場面をズームしてくる。
メインの人達ってこういう振り返りをよくするらしいけど、俺は慣れてないので、気恥ずかしいものがある。自分の演技を細かく見られたことってないからなあ。
「ここでケロ止まっちゃうんですよ。止まらなかったら、剣を取られるの阻止できたし、ケロでライランさんをかばえる、超! いい機会だったんじゃないんですか?」
ええ? 言ってることはわかるけど、そのイメージが俺の中でそぐわなすぎて、ひたすら違和感。
「そんなのケロじゃないでしょ。しかも相手はアルディウスだよ。武器が奪われるのを察して阻止、なんて強者ムーブ過ぎて、アルディウスの格が下がるし、ケロの格が上がるのも困る。ケロの能力が低いのは設定がついたし、あとに覚醒があるから、今は弱さを強調しておく時期だし」
マオカさんお気に入りのあれである。そして、覚醒したところでケロがアルディウスに敵うことは絶対にない。
「それでも、ヒロインを守るためにとっさにその力の片鱗を見せる、って展開、ありだったと俺は思うんだけどなー。ライランちゃんだって嬉しかったと思うよ?」
シャルさんが撃ってくる。
「そうだ、もったいない。俺なら絶対にかばった。俺なら俺を輝かせるチャンスを逃すなんてありえない」
剣藤さんも撃ってくる……けど、別にこっちは痛くないな。不思議。
「あとは俺、アルディウスが、自分に武器がない場合、近くから調達しようとするとか、そこまで動きが設定されてるとは知らなかったんですよ」
武器がないなら、近くから調達しようとする。で、調達しようとしたが、失敗したなら?
「行動パターンが読めなくて、まさかアルディウスがステゴロで挑んできたらどうしようとか」
シャルさんが噴き出した。それは美しいアルディウスじゃないな! とか剣藤さんが言っている。
「なにより、いかにもバグってますな動きをさせちゃうのが怖かったんです。話が台無しじゃないですか」
「あー、まあおまえはそうだよなあ」
「アカツラさんって、本当に設定に忠実なんですね」
「え、大丈夫? 俺、嫌味言われてる?」
「違いますよ! むしろ逆です!」
逆とは。すっかり長話になってるが、全員ずっと立ちっぱなしである。俺の終業時間はとっくに過ぎている。ちなみに、就業時間は個人で違う。
「僕も、剣藤さんみたいに、自分のキャラをかっこよく見せたかったんです。もちろん今もそうなんですけど、でもアカツラさんの枠見てて、もっと設定に忠実にやってみてもいいのかな、って思ってきて」
「ええ? 今、そんなに設定無視でやってたの?」
「そんなことない……ですよ、多分」
すごい。これが目が泳ぐってことかって思うくらい、しっかり泳いでる。
「ケロって、すごい迷惑じゃないですか。自分から話を持ってくるわりに、たいして役に立たないし、それどころか隙あらばトラブル起こして引っかき回すし、戦闘には役に立たないし。今時、こんなキャラ流行らないですよ。僕だったらこんな仲間いたらストレスです。もっとスムーズにストーリーを楽しみたいです」
「容赦ない……けどまあ、俺もそう思う」
「ええ!? うそでしょ、ああいうのが好きでやってるんじゃ」
「そんなわけないだろ! いやまあ、迷惑をかけること自体は楽しいよ。俺、もともと古典的な話や、そういうのに出てくる小悪党が好きだし」
主人公もいいんだけど、物語を引っかき回す役が楽しいんだよな。覚えてろぉ~って退場するのとか大好物。
「でも、俺自身は効率廚だから、ゲームならストレスなく進めたいし、一緒に戦う仲間にケロは選ばないかな」
「えええー……もしかしてアカツラさんって、ちょっとえらいんですか……? キャラと自分をちゃんと切り分けてるんですか……??」
「おい大丈夫か、メインアクター」
とうとうシャルさんがホンドウの肩に手を置いた。ここまで笑って見守ってたのに。
「だ、大丈夫ですよ! でもライランさんは、ケロが好きなんですよね。蓼食う虫も好き好きってことなんですかね……」
そろそろ自分が失礼な自覚があるのか心配になってくる。
「要は、アカツラみたいに設定に忠実にやった場合、キャラが立ちやすいってことだろ。キャラが立てば、需要はちゃんとあるんだよ」
「そう、それが言いたかったんです! 僕!」
結局シャルさんがまとめてくれた。生ぬるい視線に、ほんとですってホンドウが無駄な主張をしてくる。
「キャラねえ。なんか褒めてくれてる気がしなくもないけど、ケロはキャラブレしてると思うよ。俺、もっと振り切ってケロっぽくやりたいんだけど、お嬢さんのゲームスキルの低さのせいで、絶対にフォロー側にならないといけないときがあってさ。そういうとき、ケロのくせに賢く見えるからいやなんだよな」
ふたり旅だから、どうしてもそうなる。例えばもうひとり、突っ込み役がいたら、フォローを任せてケロで暴れていられるのに。
「そうなんですか? でも、最低限のフォローもできないケロって、いよいよ価値がないと思うんですけど……僕、アカツラさんはちゃんとライランさんを大事にしてるんだなって感じてましたよ」
「そこの主語、俺なの!?」
「あ、すみません。でもケロタニアンは、なに考えてるかわかんないんですよねえ。おばか過ぎるキャラって、僕には思考ついていけないんで」
「それぐらいでいいと思うがね。本来だったら、そこらへんは暗黙の了解なんだよ。プレイヤーが不安になるくらい、ばかキャラ徹底し過ぎなくていいの。わかってるか、アカツラ」
ぐぬ。言われれば確かにそうなのか。
「で?」
俺の前に、ずいっと剣藤さんが割って入ってきた。で、とは。
「そろそろ俺の番だよな? 俺だって言いたいことはいっぱいあるんだぞ? 予約は30分後だから、もう出るぞ。いいか、次は俺の番からだからな!」
え、俺なに言われるの? そして本当に飲みに行くのね?
昼までやってるっていう店で、俺が聞かされたのは延々とループする果てしない愚痴だった。なんで俺に言うのか、なんでホンドウは一切気にせず自分の話を繰り出して飯と酒を楽しめるのか、最後まで納得いかず。シャルさんは全然助けてくれないし自分で楽しんでるしで、ほんとここの飲みときたら。
マオカさんからのシナリオ変更点は、翌日出勤したときにはもう上がっていた。いつ寝てるの、あの人。




