その28.プログラム
チェリヤの行商連中は、チャラい……もとい、かっこいい。
山岳地を渡っていくので体力のある男性にしか務まらず、各地を旅するうちに鍛えられ、田舎も都会も行き交って世慣れた連中は、どこの女の子達にもモテモテだったりする。
で、そのうちどこかの村の女性と結ばれて、行商をやめて定住したりするものなのだけども。
エラのメモには、デーデ村の印つきとして、行商のアルディウス君の名前が記されていた。
デーデの村の寄合所に案内される。村の中では大きな建物で、入り口に荷物をたくさん積んだホロ馬車が2台停まっている。
「行商隊の中で印がついたのは1名だけですが、おそらく他の全員にも出るでしょう。だから村長が行商達の居場所として、寄合所を選んだんです」
それはつまり、狂っていなくなるまで、ここで過ごせということだ。
ここまで、出歩いている村人にはほとんど出会わなかった。村全体に立ち込める重たく暗い空気は、ベテの村と同じ。
「チェリヤには、行商はなくてはならないものです。どこの村にも必ず、なじみの行商隊がいるんですよ」
エラが入り口に行って声をかけると、壮年の男性が出てきた。行商の隊長さんだ。
「どうも、花冠を編む娘さんでいらっしゃるんですね。できればこんなかたちじゃなく、お会いしたかったもんですが」
軽く自分の眉にさわるのは、チェリヤの挨拶だ。
「印が出たのはアルだけなんですが、話を聞くのはアルだけでいいですかね? それなら、呼んできますんで」
「できれば、みなさんにも話を聞けたらと思うんですが……」
隊長は、うむ、と声を少しこもらせる。立派な髭をたくわえ、古いチェリヤの旅装が身になじんだ姿はかっこいい。モテそう。
「うちには、若いのが多いんですよ。娘さんは、幸せの象徴です。やわな連中じゃあないですが、こうなった今、会わせるのは……ちょっと、眩しすぎてかわいそうでね」
ライランはしばらく押し黙る。本音としては、無理を言ってでも全員に話を聞きたいんだと思う。でも、自分が相手にどう映るかというのは、だいぶ効いたようだった。
「……ごめんなさい。わかりました。アルディウスさんを呼んで頂けますか? アルディウスさんには、船でお世話になったんです」
「ああ、そうだったんですか」
隊長の声が明るくなる。
「失礼がなかったらいいんですが。世話好きなやつでね」
「チェリヤについて教えて頂いて、とても助かりました。隊長さんは、アルディウスさんと長いお付き合いなんですか?」
ライラン、隊長の親ばか感を感じ取った模様。
「そうですね、奴が子供の頃からですから、10年以上にはなりますね。あいつは13年前の禍で親を亡くしてまして、行き先がなくてふらふらしてるところを俺が拾ったんですよ」
「そうだったんですね。私は王女様に呼ばれて来たんですが、アルディウスさんは王女様にお会いになったとき、お礼を申し上げていて」
「へえ、アルが王女様にお会いしたんですか?」
アルディウス君の話を喜ぶって気づいたんだろう。俺も友達のばあちゃんと話すときとか、そいつのいいとこ言うようにしてたことを思い出す。
「礼儀正しい、優しい方でした。おかげさまで船旅をいっそう楽しく過ごすことができました」
「そうでしたか」
隊長はうれしそうに目を細めた。が、次には苦い笑いに変わる。
「……せっかく、前の禍を逃れたのになあ」
呼び出されたアルディウス君もまた、ライランを見ると苦笑を浮かべた。
「どうも。せっかくまた会えたのに、なんか間抜けだよな」
アルディウス君は、襟を少し横に引き、肩についた文様の端を見せた。苦笑の仕方が隊長とアルディウス君で似てるのは、演出側のこだわり。一緒に過ごしてきたら似るよねっていう。
「そんなことありません」
「王女があんたを呼んだのは、このためだったんだな」
港では王女は依頼について口にしていないので、アルディウス君が知るのはこのときになる。
「それで? 俺はなにを話せばいい。協力したいのはやまやまなんだが、生憎心当たりがない」
みんな、口を揃えて言うこと。いつも通り生きていたら、ある日、印がつく。それが村人たちの視点だ。
「あの、まずですね、アルディウスさんは、住所はどちらになるんですか?」
「え?」
住所。俺も驚いちゃった。
「印のついたみなさんに聞いていることなんですけど。エラさんのメモだとアルディウスさんには住所が書いてなくて、『行商』とあるだけなんです。いやな質問だったらごめんなさい」
あれ、大丈夫かこれ? アルディウス君、答えられる?
「住所か。俺達は住所はないんだよ。町では宿を借りるし、道中は馬車で寝る。言うなら、あのホロ馬車が家みたいなもんだ」
よかった。てか、ところどころあせるな。
毛布のときもそうだけど、NPCに対してプレイヤーが想定にない質問をした場合、NPCは「それはよくわからん」みたいな汎用の答えをする。で、大体の場合「あ、プログラムにないこと聞いちゃったな」ってわかるんだよね。メインストーリーは本来無料とはいえ(いや、パッケージ購入分ちゃんと支払ってるんだけど)、そんなのを果たして有料のラナー枠でやっていいのかっていうのががが。
「わかりました。あと最近、誰かと肩を組んだりって……しました?」
「肩」
やばい。ライランがドラマの探偵に見えてきた。
「そりゃ、組んだよ」
「だ、誰とですか!?」
勢い込むが、アルディウス君は怪訝そうに首をひねる。
「誰とと言われてもな」
「覚えてないですか?」
「チェリヤじゃ、酒の席ではみんなで肩を組んで歌う。村に着いたら、最初の晩はだいたい歓迎の酒が振舞われる」
だから、行商仲間はもちろん、いろんな村の人間と肩を組んでいる。
「……そんな」
そのとき、俺達の背後から小さな子供の歌声が聴こえてきた。
振り返ると、5歳くらいの子供が歌いながら歩いている。メロディはたどたどしく、歌詞は聞き取れない。
子供の額には黒い文様。
「ああ」
アルディウス君が走って行く。子供を抱え上げるが、子供は変わらず歌い続け、歩いているつもりなのかゆるく体を動かし続けている。
「……ジナイナさんとこのぺルテだ。送ってくるよ」
一連のことはすべて静かで、お嬢さんは凍りついたようにアルディウス君達の背中を見つめていた。
「追いかけ……追いかけなきゃ」
「ライラン、追いかけるんですか?」
「なにが起きているのか、ちゃんと見なきゃ」
止めるか一瞬迷う。別に、残酷な演出があるわけじゃない。ラナテルデスでは、子供に対する直接的な描写はしない。でも、お嬢さんにとっては? お嬢さん、セーフティ知ってるか?
ふらふらと進みだすライランの手をつかむ。
「ライラン、顔色が真っ青です。少しだけ待ってください。ケロタニアンは心配しておりますよ」
振り向いたライランは、ひどい顔をしていた。ショックなときの、表情がなくなる感じ。つかんだ手にも、力が入っていない。
手を引いて、こっちを向いてもらう。もう片手も握る。
ライランはつないだ両手をじっと見る。俺はそのライランを見る。これ以上のサインがあるなら、それを探す。
ふいに、ライランがぎごちなく息を吐いた。
「もう大丈夫」
眉をいつものハの字に下げて、はにかむ。お嬢さんがよくやる表情。
「……ごめんなさい。だめだよね、すぐもってかれちゃって」
あ、それは聞かなかったことにしますね。中の人の言葉には返事できないんで。
でもなんも応えないのもなんだかなって感じだったんで、ライランの手をぽんぽんたたいた。ちょっと驚いたようだったが、彼女はもう一度はにかんだ。
ジナイナの家では、ペルテが座ったまま、焦点の合わない目で歌を歌い続けていた。家族やアルディウス君は、それを沈痛な面持ちで見ている。
ライランは、ペルテの近くに座り、根気強く歌を聞き、歌詞をメモに書きつけた。実在しない言葉で書かれているので、難しい作業だったと思う。それからいくつか簡単な質問をしたあと、ライランはジナイナの家をあとにする。
あの症状は、波のように訪れる。だからペルテは、いずれまた海を目指して歩き出す。それは他の村人達も同じこと。
「あんた達、もう村を出たほうがいいんじゃないか」
一緒に家を出たアルディウス君が、ずっと自分のメモを睨みつけていたライランにそう言った。ちなみに「あんた達」と複数形になってるのは、おともNPCのことを主人公の仲間として見ているだけで、ケロを個別認識してるわけではない。以前ケロを「カエル殿」と呼んだのは、剣藤さんだったからである。
「でも」
「まだ調べ足りないか? ……ここにいても、もっとひどいものを見ることになるだけだ。それより、あんたには別のことをして欲しい。禍を失くしてくれるんだろう?」
アルディウス君がこう言ったのは、もうここでやることは終わったからだ。歌い始めた子供を見ること(別に家までいかなくてもいい)、これがこの村で立てるべき最後のフラグで、あとはエラと話せば次の段階に進む。
もしお嬢さんがごねたらどうやって持っていくか考えていると、お嬢さんはメモから顔を上げた。
「……それじゃ、最後にこれだけ……えっと、ちょっと聞いてくれますか」
「はい、ライラン」
アルディウス君も一緒に待つが、妙にためてくる。なにかしらん。
「あの歌、お、覚えたの。歌ってみるから、違ってたら教えてね……!」
なんですと?
ぽかんと口を開けていると(どうでもいいけどケロの口はとてもでかい)、ライランは本当に歌い出した。ケロみたいなでっかい声でもなく、クセもなく。めちゃくちゃ照れてるのが伝わるが、メロディは正確だし、なんだったら歌詞も同じに聴こえる。
短い歌とはいえ、よく覚えたなと感心していると。
「やめろ、ラナンキュラス!」
突然、アルディウス君が怒鳴った。
なんだ。なんで今その名前が出る?
見ると、アルディウス君は右手を自分の腰の左に持っていく。そこで一度はねるように止まり、それからもう一度同じ動作をした。
エラーだ。剣を抜こうとしている。でもこのアルディウスは剣を持っていない。
次の瞬間、アルディウスはこちらを見た。ケロのサーベルを。
つい、この野郎と蹴り飛ばしそうになって、フリーズ。だめだこれケロだ。そんな芸当できるわけがない。
アルディウスがケロからサーベルを奪う。体重差の設定のせいか、ケロは軽く吹っ飛んで転がる。
奪ったサーベルを両手で持ち、剣先を下に構えたアルディウスが、ライランに向かって斬り上げようとする。馬鹿がそれは刺突用なんだよ。いや言ってる場合じゃない。
俺はアルディウスに操作を切り替えた。
視界が変わる。目の前には、呆然と俺を見つめるライラン。
後ろに飛び、サーベルを投げ捨てる。
なにが起きたか、俺もよくわかっていない。あのアルディウスは見たことがある。でもこのシーンじゃない。歌か? 確かにアルディウスはあの歌が嫌いだけど。
ライランが動こうとしたのか、そのまま転んだ。足がもつれたようだ。
思わず手を貸そうとすると、ライランは身体をふるわせた。だめだ、完全にびびらせた。ごめん、お嬢さん。
『誰か、サポート頼めませんか。隊長に入って欲しいです』
『ホンドウ行けます!』
即レスがおまえなのはびびるわ、メインだろ! でも助かるありがとう!
『アルディウスの挙動がおかしくなって、ライランを斬りつけようとしました。このまま退場させます。隊長、すぐ出てきちゃってください』
「どうした!?」
ほぼ間髪入れず、隊長に扮したホンドウが現れ、地面に手をついているライランに駆け寄る。ケロのほうも一応見てくれる。
ライランは戸惑ったままで、おそらくアルディウスに斬られそうになった、と言えない。ただアルディウスを見た。ホンドウ隊長はその視線をなぞってこちらを見て、そして転がったサーベルを見る。
「アル?」
助かる。その声をきっかけに、俺は犯人よろしく逃走。
時計を見る。23時42分、終了まであと8分。図書室から始まった今回の枠、終わらせるにはボリューム的にもちょうどいい。
『ケロまだ気絶させとくんで、村長の家まで運んでベッドに寝かせて欲しいです。ライランはそのままついてくると思います。あとは俺、ケロに戻って、そのままエンディングにします』
『気絶で終わるとは、さすがケロですね! 了解です!』
いや、そうなんだけどさあ。




