その27.ライラン、謎解きに奮闘する
ケロタニアンをソファにひっくり返らせ、そのまま眠るモーション。これで俺は手が空くわけだけど、仮にも勤務中……
いやもう、他の事しててよくない? だってお嬢さん、ケロをガチ放置だよ? そんで、ケロにしてみたらガチ寝。お嬢さんは用が終わったらケロを起こすだろうけど、そのときにケロがお利口に目覚めがいいとも思えない。揺すったりたたいたりして、たたき起こす感じがケロらしかろう。つまり、お嬢さんの用が終わる瞬間に身構えておく必要もない。
お嬢さんとの枠で最近しみじみ思うこととして、もうね、構えない。傍若無人くらいでちょうどいい。俺があれこれ気を回すより、おつむのすべての回路切る勢いでケロになりきって、へらへら笑って厄介事起こしてお嬢さんを振り回す方が、うまくハマる。
今だってなんならガチ寝でもいい。今のお嬢さんは、俺的に言えば、遊びたいって言うから家に呼んでやったのに、俺の持ってたまんがを黙々と読み始めた友達状態である。だったら俺もまんが読むか昼寝するかゲームするかだわ。これで金もらえちゃう、あー楽な仕事だなー!
若干のへそ曲がりもあったけど、実際この状態での待機はしんどい。夏天祭の確認でもすることにする。担当業務は例年通りで確認済みなので、当日俺が見れない演し物に目を通しておくくらいがちょうどいいんかな。片手間でなにかやるのは、あまり得意じゃない。
歌劇組の演目を再生する。歌劇組は、王都歌劇団の人達。要はアイドルグループで絶大な人気を誇る。毎年夏天祭では恋愛をテーマにした歌劇を発表していて、今年はロミオとジュリエットをモチーフにした内容だった。ちなみにジュリエットは美少年が担当、様々な需要とガイドラインに無難にお応えしております。
舞台はとことん華やかで、ラナテルデスの看板張るだけあるよなって感心。しかもこっちは、毎回ちゃんと演じるんだよね。何回も観に来るプレイヤーが多いから、アドリブ入れたり、ちょっとトチったりなんかのハプニングも歓迎されていて、あとから「第〇回公演」って録画も販売される。
サポアクもバックダンサーや脇役で出たりしてるんだけど、これはAランクだけなんだよな。って、俺もうAランクなんだから、もしや希望できた? 個性のない脇役や踊りや歌なら得意ですよ!
だいぶまったりしていたら、お嬢さんが立ち上がったことに気がついた。起こしてくるのかと思いきや、抜き足差し足でどこかへ行こうとしている。え、なに、ケロ置き去り? うそだろ?
一瞬あせったら、司書に「毛布とかありませんよね……」とか聞いている。いや、そんな受け答えは入ってないんじゃ。もっとあせって司書の操作に切り替える。
「すみませんが、ここは図書室ですので……」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」
「あたたかいから、大丈夫ですよ」
ケロタニアンのほうを見て、笑って見せる。司書の心情としては図書室に昼寝に来てんじゃねえと思うような気もするが、チェリヤの図書室は普段から利用が少なくて、主人公が尋ねに来ると大歓迎する。ということは、小うるさく咎めないほうが正解なんではなかろうか。そのままフェードアウト。あー、油断よくない。
ケロタニアンのもとに戻ってきたライランは、ケロタニアンの近くにしゃがみ、両手で頬杖をつくようにして寝姿を眺めた。そのまなざし知ってるなー。まぬけな姿で気持ちよさそうに眠る犬猫を見るやつ。ペットとして愛されているのは確実。よかったな、ケロ。
結局お嬢さんは、一時間ほど費やしてメモを読み終えた。それからケロを起こしにかかる。こういうとき、わざと起きないふりしたくなるのって、人の性だよねきっと。
ライランが再三、やさしく起こし続けるのを頑として無視。とうとう、ぺちぺちたたいたり、耳元で「ケロタニアーン!」と小さな大声(図書室ということを忘れない。えらい)で言ってみたりしだす。さすがにそろそろと思ったら、
「……あっ、かわいいオタマが食べられちゃう! 助けて、ケロタニアン!」
なんか工夫してきたんで、噴き出しそうになった。
「ええと、調べたいことがいくつかできました」
ライランは、話を進める際、必ずケロタニアンに説明をする。それはケロのためってのもあるんだろうけど、そうすることで自分自身でも確認しているんだと思われる。
「まずこの記録者の人に話を聞きたいなと思って」
「そうですね。どちらにいらっしゃるのか、ロコナ王女に聞いてみましょうか」
「うん。でね、会えたら聞きたいことはたくさんあるんだけど……ちょっと気になってるのがね。途中で記録者が変わっているみたいなのね」
じっとメモを見ながら、ライランは浮かない表情で話す。
「この禍って、91年も前から記録があってね。それなら年齢的に交代は当然だとは思うんだけど、記録者が変わることになにも記述がなくて。他はとても細かくメモがされているのに、突然メモの字が変わったから、ちょっと驚いたの。書き方とかは前の人に倣ってるんだけど」
メモは手書きで作られている。ライターが字を変えたのは、もちろん意図があってのことだ。
「39年前のメモからだったから、その年に印つきでいなくなった人を見てみたら、お城が住所になってる学者の人が1名載っていて。他はみんな村単位なのに、お城の人がひとりだけって変だなと思って、だから多分、その人が最初の記録者なのかなって」
いなくなった人間については、まとめの方に一覧として整理されている。ほかにも、書き込みがされた地図もある。
「記録者の人も、印がついてしまうんだね。だから、今の記録者の人も心配で」
いやあ、驚くよね。今の記録者に聞けばわかることではあるんだけど。お嬢さんはほんと、のめりこんで遊ぶタイプだなあ。メインの進みが遅いのも心から納得。
「ふむ、確かに。であれば、急いだほうがよろしいでしょうか」
「……そうだよね。ゆっくりでいいってことは、きっとないよね」
図書室をあとにしたライランは、再びロコナ王女を訪ねた。
「そう、エラにも紹介したかったんだが、あいつはいつも各地を飛び回っていてな」
ロコナ王女に今の記録者について尋ねると、回答はこう。
「だから、どの町や村に行っても、必ずそこの長に次の行先を伝える決まりになってるんだ。まずはエアットの村に行ってみてくれ」
今の記録者であるエラは、チェリヤ各地の村をまわっている。その足取りを追うことで、プレイヤーは禍についてだんだんと知識を深めていくわけだ。
「わかりました。あの、ロコナさん。エラさんの苗字はなんていうんですか?」
「エラ? エラ=サティティだったはずだが、それがどうかしたか?」
「じゃあ、ピエヴィ=サティティさんとはご家族ですか?」
ロコナ王女は、眉を軽くはねあげた。
「ああ、そうだ。ピエヴィはエラの父親で、最初の記録者だったんだ。彼がいなくなって、娘のエラが引き継いだんだよ」
「そうだったんですね……」
「よくわかったね。黙っていたつもりはないんだが、今あえてエラの事情について話す必要はないと思ってたものだから」
「ううん、そうだと思います。つい気になって。あとのことは、エラさんご本人にお聞きします」
ライランは、ぺこりと頭を下げた。ケロのあほ面、映える映える。
さらにライランは、記録の持ち出しを求めた。王女は複製なら、と快く応じる。ごくまれにいる、推理好き勢のための用意である。
「じゃあ、最初はエアットの村だったよね……」
チェリヤ群島の地図を取り出すと、ケロに向かって広げて見せる。
「ケロタニアン。これ見て」
地図にはすでに、ライランによるマーキングが施されている。
「ピンクが26年前、黄色が13年前で、印つきの出た村に〇をして、それぞれつないでみたの」
指で示したあと、自分でももう一度見返す。
「これ、経路みたいだよね? 日付を見ても、最初はこの村、次は隣の村、その次はまたもう少し離れた隣の村」
村を〇で囲み、その〇を線でつないでいくと、なるほどよくある経路案内のよう。
「だから印って、近くにいる人に伝染するのかと思ったんだけど……」
また地図とにらめっこを始める。結局それ以上は言わず、村へ行こうと言った。
エアットの村では、印つきはいなかった。エラはベテの村に行ったと聞くと、お嬢さんは次を急ぐ。カットできる旅路で、珍しくカットを選んでいたことから、お嬢さんが早くエラに会いたい様子がうかがえる。
続くベテの村では、村人全員に印がついていた。
「これが、印です」
村長はライランに手のひらを見せた。複雑な黒い文様が浮かび上がり、まるで滲んで腐ったように拡がっている。
「肩や背についているものもいます」
表情なく、村長は村の方を一瞥した。
「今は、皆それぞれ好きなように過ごしています。いつも通りに生活する者もいれば、遠くへ逃げ出した者もいますし、自分の財産を、離れた家族や親族に配ろうとしている者もいます」
訥々と語る。それを聞くライランのほうが血の気がない。
「本当は印の出た者は、その場を留まるように言われています。万が一にも、ほかの人に印を移してしまうことがあってはならないと。私は従いますが、村人達にそれを強要する気はないんです」
ライランは、何も言わなかった。ただ、村長に住民帳を写させてもらい、村人達に話を聞く許可を取り付けた。
話を聞ける全員に、どこの誰で、どこに印が出て、最近変わったことがなかったか聞き、メモを取っていく。なんだ警察ですか探偵ですかっていうマメさ。そんなわけないのは知ってるけども。
時折、自暴自棄になった村人から軽い暴言を吐かれる。表情が素直だから、傷ついていることがすぐわかったけど、かけられる言葉なんて多分ないのである。
口数の減ったライランに、やはり口数少なく付き従っていると、ライランがふと足を止めた。
「ケロタニアン、ちょっといい?」
「はい、なんでしょうライラン?」
ライランは片手を差し出してきた。なんだ、握手か? 握って返すが、ライランは無言、考え込んでいる様子。それからケロタニアンの横につき、肩を組む。背がそう変わらないので、やりやすい。ケロの頭がでかすぎてちょっと邪魔なのはある。
「ケロタニアン、ちょっとしゃがんでみてくれる?」
言われた通りにすると、頭をなでられた。それからライランは、自分の手のひらを見た。
うわお。お嬢さん、まじか。
ライランを見上げていると、ライランもまたしゃがみこんだ。
「私がしっかりしてたら、みんなを助けられるのかな」
膝の上に手を組み、口元を沈ませる。
「……ちゃんとできなかったら、被害が増えちゃうのかな」
答えに迷う。
言っちゃえば、メインにそういう分岐はない。プレイヤーがどんなにがんばろうが、逆にがんばらなかろうが、展開は変わらない。
あれだよな。お嬢さんがよく遊んでるサブクエストは、マルチエンディングだったり、周回で回収するやつもあったりするもんな。それに、ケロの話も「ライランが気づいたから事前に被害を防げた」って形で完全なハッピーエンドになっているものも多いから、お嬢さんは自分の行動が影響する、って思っている。
攻略を見ないようにしているお嬢さんは、メインが一本筋であることをいまだに知らないんだ。
どうする。どーーする。
どうがんばろうが結果は変わらないから、気楽に遊んでよ、なんてことは死んでも言えないし言いたくない。
ケロらしく励ますべきなのはわかってるが、この流れでケロがいつもの無責任全開で「大丈夫!」って言ってしまうのはだめだ。だって大丈夫じゃないんだから。
エラには印がつくし、お嬢さんが出会った村人達は連れていかれるし、一応ハッピーエンドの体にはなるけど、お嬢さんが願うような全部を救える結末にはならない。
ケロだもんなあ。
「……こういうときは歌うのです、ライラン!」
「えっ!?」
ぴょこっと立ち上がり、胸にどんっと手を置く。
人差し指を立て、指揮よろしく振って拍子をとる。
「ぼくらのすみかは夜の空」
歌い出した瞬間に、ライランはなんの歌か思い当たったようで、まばたきをした。これは、ライランにあげたオルゴールの歌。
「たとえ悪い夢がやってきても
泣かないで ぼくらの友達
だいじょうぶ なにもかも うまくいく」
ケロの声は、カエルらしい?ゲコみのある声。ケロではいつも、動物達が歌うミュージカルをイメージしながら歌う。勝手にコミカルになってくれるのでとても助かる。
ライランが目を細め、口角を上げた。なんか泣きそうにも見えるけど、笑ってるよな? どうですか、ケロ微笑ましいですか。
2番まであるけど、1番で終わらせた。お嬢さんは2番の歌詞も知ってるだろうし、この歌が歌詞の通りにハッピーではないってことも知っている、と思う。今回の話の印象と似ていることを、暗示させられたらいい。
「古来より、明るい歌は魔を祓うと申します。お求め頂ければ、いつーでも! わたくし披露いたしますゆえ!」
口元に手を当てて、ライランがくすくすと笑った。
「うん。ケロタニアンの歌、いつも元気が出る」
よかったよかった。お嬢さんには、ラナテルデスのメインストーリーはきついんだろうけど、せっかく遊ぶのなら全力で楽しんでいって欲しい。ケロがカエルでよかった、って思う。
エラと出会えるのは、4つめのデーデの村。
「エラさんですか?」
村長宅の一室を借りて書き物をしていたのは、初老の女性。エラは確か60歳前後。
ライランは自分の手の甲を示しながら名乗る。花冠を編む娘の挨拶で、こうするとたいていの通りがよくなる。
「まあ、珍しい。ライランさん、花冠を編む娘さんでらっしゃるのね」
エラは目を細める。おだやかで、知的な女性である。
「お会いできてうれしいわ。私になにか御用ですか」
ロコナ王女からの依頼であることを伝えると、エラは口もとをほころばせた。
「そうだったんですか。心強いです。ひとりではとても手が回らなくて。ただでさえ、この通りもうおばあちゃんだし」
「まさか、こんな大変なことをおひとりでされているんですか?」
信じられないといったライランの言葉に、エラは笑みを浮かべつつも、視線を外す。
「仕方ありません。印がどうやってつくのか、いまだにわからないんです。誰だって印には関わりたくないんですよ。でも、花冠を編む娘さんなら、大丈夫です。私も安心して協力をお願いできますわ」
「……それを言ったら、エラさんだって同じですよね? 前任のピエディさんは、印がついてしまったんですよね?」
ピエディの名前に、エラの表情に悲しみが浮かぶ。ライランはためらいながらも、続ける。
「エラさん、その、あとは私に任せてくれませんか。これまでに残して下ったあのメモがあれば、禍の謎はきっと解けると思うんです。私、エラさんに印がついて欲しくないんです……」
この申し出は、珍しいこと。前任に印がついていなくなっていることは、途中わかることもある程度の情報なので、大半のプレイヤーは記録員であり調査員であるエラを心配してひっこめようとは思わない。謎解きを助けてくれる重要なNPCだと思うはずだ。実際そうだし。
「まあ……私を、心配してくれているのですか?」
とはいえ、聞き入れられない話であることは、ライランも予想しているようだった。
「ありがとう、ライランさん。でも、これは私が私に決めた使命なのよ。なにがあっても、禍を記録し続ける。いなくなった人達のことを、書き残さなければ」
本当の休憩10分を挟み、ライランは改めてエラと話し始めた。
「この村には、印がついた人が4人いたわ。これまでから言えば、だんだんと他の人も印がついて、最終的には村人全員につくでしょう」
「印が出るタイミングっていうのは、バラバラなんですか?」
「ええ、バラバラね。結局村全員に印がつくけれど、早いか遅いか、大人も子供も関係ないように見える」
エラは、メモの束を取り出した。今回の調査の分だ。
「ライランさんも同じ道を歩いてきたわけですから、ご存じのことばかりになりますが、ご覧になりますか?」
「はい、ぜひ」
うなずくと、礼を言って受け取り、ライランはメモに目を通していく。
メモを繰る手が止まる。
「……アルディウスさん?」




