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その26.季節のイベント

 ラナテルデスの通常モードでは、1日の時間の流れはあっても季節の流れはない。それは季節の概念がないってことじゃなく、先日のお嬢さんのメインのように、必要であればぴょこっと出てくる。で、唐突に出てきたからといって、実際の時間制限があるわけではなく、お嬢さんがメインを進めればそれに合わせて夏天が近づくし、メイン以外のことをしている間は止まっている。ぜひご自分のペースでお楽しみ下さい、ってやつ。

 で、それはそれとして、リアルの季節に合わせたイベントはあるのである。


「お。今年の夏天祭の告知、始まったんですね」

 事務所に出勤すると、掲示板にイベントのビジュアルが貼りだされていた。夏天祭は、毎年リアルお盆前後に開催される、全アクターが参加する大型イベント。イアンザークさんやアルディウスくんは大きく1枚目。シャルさんは2枚目に小さく。ホンドウのキャラは残念ながら2枚目に名前だけ。乙女ゲー業界の伝統みたいなのがあって、トップ10は1枚目、それ以降は2枚目に詰め込む。アクターにとって、1枚目に載るってことはステータスなのである。

 初めて知ったときにはカブキみたいでおもしろいって感動したんだけど、そう言ったらきょとんされてしまった。中央での認知度をわかっていなかったよね。俺は実家でずっと田舎カブキをやっていて、ノーサンクスでも時々カブキ座をうろちょろしたりする。いつか本物を見たいけど、年に1回だけ本家の人達が行う舞台なんて国の祭礼かって感じで、一般市民の俺に席が取れるわけもなく。

「これがあると、夏が来たって感じがするよな。あ、そうだアカツラ」

 アシスタントのミネギシさんに来い来いされる。で、思い出した。

「あ。すみません、俺希望出してなかったですよね」

「LiSeでどうなるかわからないからって、保留だったよな。結局どうなったんだ?」

 夏天祭は2日間行われ、全ラナーキャラクターが設定を越えて参加する。要は「こんなラナーキャラクターがいるよ! いかがですか!」というプレイヤーへのPRである。遊郭の張り見世みたいだなって思う。

「ワンガールさんがケロをチラ見せさせたがってて。ケロをっていうよりは、『なんでNPCがいるの?』『まさかNPCラナー化きた?』って感じで、LiSeを盛り上げるための仕掛けをしたいみたいで。でもマオカさんは、さすがにまだ早いでしょーってんで、結局なくなりそうです」

「なるほど、じゃあおまえは普通のサポとしての参加でいいんだな?」

「はい。てかですよ、ケロがあんなとこ参加したら、場違い過ぎてかわいそうじゃないですか。どうせ話題作りするんだったら、ラナー化が決まった人気NPCでやったほうがいいと思うんですよね」

「だなあ。まあ、ラナテルデスも落ち着いてるから、新しい盛り上げが欲しいんだろう」

 確かに、売り上げは安定、トップ10の変動もほぼない。次の拡張まではまだ結構ある。とはいえ、対人乙女ゲーは進みがゆるやかだし、新規はそこそこに、常連の安定した沼化を進めたほうが運営は安定するので、別にそんなイベントびしばし打たなきゃいけないもんでもない。つまりはワンガールさん、イベント好きなんだよな。

「それじゃ、いつも通りサポアク扱いでいいんだな。今年も廃墟組でいいか?」

「いいえ!」

 ラナーキャラクター達は、各地の祭会場に、人気が偏り過ぎないよう、またそのキャラがそこにいても不自然になりすぎないように配置される。廃墟組は、復興都市ブロッシュテンスにある廃墟の教会に集められるラナーキャラクター達のことなんだけども、その筆頭がイアンザークさん。ちなみにブロッシュテンスは西の魔族勢力との戦争で大きな損害を受け、現在復興中です。

「隙あらば俺をイアンザークさんとこに放り込むの、ほんとそろそろやめてもらえませんか……」

「そういやがるなよ、廃墟組の人数が足りないんだって」

「いつもじゃないですか。誰だってブラック上等でメンタル潰しもしてくるリーダーのとこなんか行きたくないんですよ。それこそ上からイアンザークさんになんか言って下さいよ」

「イアンは熱すぎるんだよなあ……そんなにいいやつでもないし……」

 フォローしないのが笑える。こう言いつつ、ミネギシさんはイアンザークさんとうまくやってる人だ。イアンザークさん、ミネギシさんにはトゲ出さないもんな。

「頼むよ、イアンだっておまえのこと気に入ってるんだよ」

「片思いですね。お気の毒です」

 気に入られていようが、そうじゃなかろうが、俺はとられた態度で対応しますんで。当たり前だろ。

「そんなことより俺、ミズラフ組がいいんですけど、どうですか?」

「ミズラフ組? あーそっか」

 ミズラフ組は、東のミズラフ大陸のキャラクター達。和風、中華、アジア風あたりの担当って感じで、最新の拡張エリア。今実装されているのは、和風のアケゼ国と、中華風のホンツァ国の2国。

「ミズラフはどっちも剣舞があるんだな」

「ええ。せっかくなら見たいんですよ」

 祭りは2時間行われる。内1時間はその組の演し物、もう1時間はユーザーとの交流。ミズラフ組は、日本刀モチーフの剣舞と、剣と長鉾の二人舞が予定されていて、俺はこれが見たいのである。

「見ようと思えばいくらでも見れるだろ?」

「夢のないこと言う」

「奥さんにもよく言われる」

 そりゃさ、俺もスタッフだし、再生すればいいだけだからいくらでも見れるんだけどさ。

「舞台のあの緊張感が好きなんですよ」

「それは俺だってわかるんだよ。でもあれは結局、剣舞部分はアクターが舞うんじゃなくて、モーション再生するだけだろ。正直、ありがたみ感じないっていうかさ」

 そう言われると、返す言葉はない。人気の振付師がファンタジー風の剣舞を作って、人気のモーションアクターに踊ってもらった剣舞のモーションを、当日ラナーキャラクターで再生させる。もちろん、その前後は担当アクターがやるんだけどね。口パクみたいなもんって言ったらいいんだろうか。

「おまえは結局ライブが好きなんだろ?」

「まあ、そうなんですけどねえ。ライブってなんでも高いじゃないですか。それならまあ、少しでも近いもの見れたら嬉しいっていうか」

 ノーサンクスでは、なんでも再現できる。一級品が簡単に見れるのに、足代と見料払ってでも生で見たいと思われるのは、超一級品だけ。

 サポアクの仕事は好きだけど、俺は本当は、人と作る舞台がやりたい。実家のある村では、毎年秋に舞を神社に奉納して、村人の娯楽のために芝居をする。子供の頃からやっていて、人が少ないから演者も裏方もなんでもやって、楽しかった。年に一度しかないし、ずっと同じ舞、演目だし、なんかちがう舞台やってみたいって思ったものの、現実の厳しさたるや。

 サポアクの仕事を選んだのは、人とのアドリブで成立させていくのがおもしろそうだと思ったからで、実際楽しかった。乙女ゲーと契約することになるとは思ってなかったけど。

「若者にそんな健気なこと言われちゃね。仕方ない、ミズラフ組にしといてやるよ」

「お。あざーす」

「返事が気に食わないからやっぱ廃墟組な」

「ほんとに書き込まないでください! すみませんでした、感謝しますミネギシさん!」

「はーいはい。で、相談なんだけど。剣舞のとこ以外でちょーっとだけ、廃墟組手伝ってくれない? 30分だけだから。ね!」

 ああん。やられたぁ。


 ミズラフ組のリーダーさんに挨拶に行こうと大楽屋に入ると、剣藤さんに会った。枠が終わったところなのか、アルディウス君のままだ。

「おつかれさまです。先日は出演ありがとうございました」

 実は全然礼を言うことじゃないって思ってるけど、一応ねっていう。

 剣藤さんは俺の枠にアルディウス君として1シーン出てくれた。でも別に、メインストーリーのキーキャラクターであるアルディウス君にはプログラムがあって、中身がいなくても優秀なNPCとしてちゃんと話してくれるので、剣藤さんは本来必要ない。ロコナさんもそう。

「俺と共演なんて、末代まで誇っていいぞお?」

 本気で言ってるんだよなあ、この人。

「それにしても、なかなか新鮮だった。メインストーリーに参加することなんてありえないからな」

「ですよね。俺、ラナー枠でメインストーリーの進行をやることになるなんて思ってなかったです」

 これは、ケロタニアンのせいでもあり、お嬢さんの無知のせいでもあり。

 ラナー枠ではメインストーリーの進行は禁止されている。たとえばアルディウス君はメインストーリーのキーキャラクターだけど、あとから攻略可能になる。こうなってからが本来の剣藤さんの出番。で、いろいろな設定や経歴を持ったアルディウス君がその後もメインストーリーに絡んだ場合、深刻な破綻が起きる可能性があるわけだ。事前の注意書きに書いてあるんだが、お嬢さんは多分見落としている。

 ところが、ケロタニアンはもともと、おともNPC。どこにでもついていけるように、それこそメインストーリーに同行できるように作られているわけで。お嬢さんが突然メインをやる(正確には、新エリアの素材が欲しい)と言い出したとき、俺はあわててワンガールさんに確認した。

 ワンガールさんとマオカさん、そして俺も、この点を見落としていて。ケロなら確かに問題はないし、この段で断るのは適切じゃないってことで、メインストーリーへの同行はなし崩し的に許可されることとなった。

「おまえ、すっかり気配消えてたな。楽ばっかりすると老化が早まるぞ?」

「進行を見守るだけなんで、まじめにきついです。昨日も寝落ちしかけてましたもん。でもまあ、NPCではないから多少はましですかね……」

 腹をつつかれて目が覚めたが。

「そういえばアルディウス君、追加シーンあるんですよね」

「そうそう。このあと録りでね。お相手できなくて悪いね」

 なにがだ。だからアルディウス君のままだったんだな。

「おつかれさまでーす。がんばってくださーい」

「応援ありがとうな! 俺達、友達だもんな☆」

 ばきゅーんして、アルディウス君は楽屋を出て行った。



***



 ケロタニアンを最後まで攻略するには、ラナテルデス第3部「ブルー:名花十友」のメインストーリークリアが必要で、お嬢さんは現在まさにそのブルーを進めているところ。たまたまじゃなく、お嬢さんの進行が早すぎてケロのルートが完成してないなんてことがあったら困るから、っていうどこまでもこちら側の理由からである。

 時間稼ぎの安全策だったはずが、まさか一緒にメインを走ることになるとは思わなんだ。


 次の土曜、ライランは夏天の禍について詳しく調べたいと言い出した。

 ロコナ王女に、これまでの禍についての記録はないかと尋ね、チェリヤ城の図書室への入室許可をもらう。

「チェリヤのお城って、すっごくすてきだね。いっぱい見てまわっちゃった」

 南国らしいカラフルな木造りだが、本来なら背の低い建物になるのが自然なところを、西洋や東洋の要素もまぜこんで、権威を感じるファンタジックな城になっている。王女に言えばほとんどの場所を歩けるので、お嬢さんは昨日おとといと、ずっとチェリヤの城下町を含めてずっと観光していたらしかった。

「チェリヤにも少し詳しくなったよ。ケロタニアンにも教えてあげるね」

「ええ、ぜひお願いいたします。ライランは頼もしいですなあ」

 そんなことないよお、と照れている。どうも頼もしいと言われたい気がある。まあ実際、クエストを処理する能力は高いんだよなあ。

「被害に遭った人達について、しっかりと記録されているんだね」

 禍に関連した記録は、2冊だけ。初めて聞いたとき、数百人がいなくなっている件なのに少なすぎないかと感じたけど、実はこの本、しっかりと全ページ作りこまれている。

 片方はメモ書きを束ねたもの。何年の何日、誰に印がついたとか、こんな様子が見られたとか、当時調査した人間の視点で書かれた大量のメモ書き原本。そしてもう1冊は、メモ書きをふまえて情報を整えたもの。シナリオライターがホラー好きの推理オタクだったらしく、「実際の資料から情報を取れるギミックをやりたい」と300枚ものメモを自分で書いたんだとか。

 といっても、これは推理ホラーではなく、対人乙女ゲー。戦闘と同じで、デフォルトの謎解きの難易度はノーマルだが、設定でもっと簡単にすることができるし、プレイヤーが必要とすればすぐにヒントが与えられるようになっている。この本も全部読まなくてよくて、「本を読み、手がかりを探す」というコマンドを実行するだけでいい……はずなんだけど。

「わあ……」

 お嬢さんは、メモ書きのまとめを開いて最初のメモに目を通すと、次をめくり、そのまま読み始めてしまった。何ページか読んだあと、自分もなにかメモをとろうと思ったらしく、司書から紙とペンをもらってくる。そして、メモ書きを読み進めて時折思いついたようにメモを取り、さらにまとめたほうの本を辞書のように置いて確認する。


 〇月△日、△村の□□に印。村で最初かと思いきや、すでに他にも数名についているという。26年前、印がついたらすぐに城に報告するよう触れが出されたが、この村の人間達は知らなかった様子。

 〇月□日 △村□〇、□△、□▽に印。住民帳に抜けが多い。報告と住民帳の徹底。

 〇月×日 △村〇△、〇□に印。これで△村ほとんどに印。村民の絶望が深い。

 〇月〇日 △村□〇が行方不明。△△が□〇を目撃し、歌を歌いながら森に走っていったとのこと。夜になって傷だらけで帰ってきた。奇妙な発言、動作を繰り返すが、時折正気に戻る。みいろの蝶?が/みをさげて/いんたくない。酷く衰弱。夏天までまだ20日ある。早い。

 〇月△日 △村□□が□×を殺す。おかしくなった妻を見て、印のない我が子をひとりを残すことができなかったとのこと。


 こんな内容がずっと続く。この2冊、特にメモ書きから内容を把握して、足りない情報に気づくと、禍の鍵を握る人物につながるようになっている……のだけど。いや普通に難しいでしょ。ちなみに俺は全部読んだ。謎解きをするまえに話の結末を知っていたことが本当に残念だった。チャレンジしたかった。

 お嬢さんは、夢中で読んでいる。背筋がぴんとして、図書館で勉強するきれいなお嬢さん、って感じ。

 で、俺は眠気と戦う……って、これケロも絶対寝るよなあ。

 めちゃくちゃわざとらしく舟をこぐ。で、ぱっと気づく。

「はっ、すみませんライラン、このおだやかな空気にのんびりとしてしまいました。少し席を外してきてもよろしいですか?」

 お嬢さんはやっとケロの存在を思い出したらしく、慌てて首を振った。

「ごめん、ケロタニアン! えっと、よかったら寝ててくれてもいいよ、私もう少しこの本を調べたくて」

「いえいえ、お役に立てず申し訳ない。少し街を歩いてきてもよろしいですかな? わたくしにもなにかわかることがあるかも」

 ケロが役に立たないことはいつも通りだが、もしライランが行き詰まったとき「そういえば街で……」とヒントが出しやすくなる。と思ったんだけど、ライランは口をもごもごさせている。

「街は、一緒に行きたいから……それに、ケロタニアンひとりにすると、悪いことに巻き込まれちゃうかもしれないし……」

 俺が隙あらばトラブルを起こそうとしているのバレてますかね! だってそれがケロのストーリー上の役割だしー、って。今回はメインだから、ケロは完全な脇役なんだけど、お嬢さんはそんなこと知らないしなあ。

「そっちのソファにうつるから、ね? よかったらお昼寝してて?」

 ラナー枠で相手役にガチ昼寝を推奨するプレイヤー、はじめて見た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >>「イアンは熱すぎるんだよなあ……そんなにいいやつでもないし……」 ひどいwwwでも事実ww読んだ瞬間にどんどんイアンさんが面白い人にwリアルでは絶対に自分は関わりたくないけど、遠くから…
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