story-02
元の世界とここを往復できれば、自分は高校生活をしつつこっちの仕事もできる。
ほぼ意思など無関係で召喚されたのだから、これくらいはやって欲しい。
これが翔の本音だった。
「……できなくはないのですが、いくつかの問題があります。」
シルヴィアスはまっすぐ翔の目を見ると、続けた。
「まず1つ目ですが、日光の問題です。」
「………」
まあこれは分かる。
高校なんて、日が昇ってる間に授業をするのは当たり前だ。
そんな時にのこのこ出てきたら、人前で灰と化すだろう。
「一応、吸血鬼用の対日光薬があるのですが…」
シルヴィアスによれば、この薬は秘薬中の秘薬で、数も殆ど残っていないのだそうだ。
作り方も未知数で、しかも効果時間は3時間程度らしい。
「たったそれだけか……しかも、それが秘薬扱いだったら常時調達は不可能か…」
「はい、申し訳無いのですが…」
高等吸血鬼になれば、日光の中でも制約をあまり受けずに活動できるらしいが、自分はまだ普通のヴァンパイアだ。
ランクアップするには、それ相応の力と実績を積み重ねないとダメらしい。
つまりは働けって事だ。
「うーん…3時間か…」
翔でも日光避けとして思いつく案はいくつかはある。
パッと思いつくのは、ゲームでも出ていた日傘を差す事だ。
だが、男子高校生が日傘をさして常に行動するのは、確実に変な目で見られる。
次に思いついたのは、何かで身体を覆う事だ。
要は身体を日光に当てなければいいので、帽子を始め、厚めのコートやズボンを着用するという案。
だが、こんな季節にそんな厚着をしてたら不審がられるし、夏にでもなったらとてもじゃないが無理だろう。
常に建物に潜んで、夕方になったらできるだけ早く帰る…のもボツだ。
学校は座学だけじゃなく、体育とかで表に出ることもある。そんな事ではごまかせない。
「いい案ないか、シルヴィアス。」
「……こちらとしても初めての事ですからね。しかし、そちらの世界、というのはそれほどまでに住みにくいのですか…」
「吸血鬼なんていない世界だしな。というか幻みたいな存在になってるし。」
ヨーロッパの方では吸血鬼伝説があるらしいが、今の時代ではもう幻も同然だ。
科学が進歩した時代、そんな古めかしい伝承を信じる人はいない。
「…何かあればいいのですが。例えば、特殊な薬とか。」
特殊な薬、か。さっきみたいな期限付きの秘薬みたいな感じか…
現実世界にそんな特殊な薬がある訳がないし…ん?
翔ははっと思いついた。
確証はないが、1つだけ効果がありそうな薬…というか化粧品がある。
「…効果があるかは分かんないけど、一つ思いついた。」
「えっ!?あるんですか?」
シルヴィアスが目を輝かせる。
翔はどうなるかは分からんけどな、と言って、言葉を続けた。
「あーっと、日焼け止めっていう奴でな。本来は、人が日焼けを防ぐ為に塗るんだよ。」
「日焼け止め…ですか?確かに、皮膚を焼くようにして浸透していくのが日光による作用なので、効果があるかも知れませんが…」
吸血鬼の日光による害というのは、光が皮膚に当たると表面がジリジリと焼かれ、魔力による治療を妨害しつつどんどんと奥の筋肉繊維に浸透していく、という物らしい。
話を聞いて、想像するだけで震えた。怖いな。
高等吸血鬼になれば、身体に練られた魔力が高くなり、治癒力と耐久度が大幅に増す為、日光じゃびくともしなくなるらしいが。
「本当に効果があるかは分からないからな?家に一応日焼け止めクリームあるし、試してくるよ。」
「…分かりました。なら、とりあえず昼間の対策はこれで。続いて2つ目の問題です。」
そういえば、いくつか問題があるって言ってたな。
昼に行動する、という事で頭がいっぱいだった。
「ショウさん、その恰好で向こうの世界に行くつもりですか?」
「いや、それはねえよ!?」
翔は声を荒げて否定した。
今の俺の格好は、ファンタジー色しかない服。背中には黒い翼、おまけにさっき気が付いたが、歯の一部が伸びた気がする。牙だろうか。
こんな恰好で出たら、下手したら職務質問レベルだ。
「という事で、《擬人化》の魔法を覚えてもらいます。これなら、殆どの場合はバレませんから。」
「ああ、分かった。」
《擬人化》の魔法を軽く聞いたが、名前の割に大した魔法ではないようだ。
人化できる高等魔族が、人に化ける為に魔力を使って身体の一部を変化させたり、隠蔽したりする魔法らしい。
「そして3つ目。ショウさんには、あくまで魔族の復興、人間達への報復を依頼してます。それを忘れないようにお願いします。」
「ああ、それも了解した。」
高校生活を楽しむのはいいが、こっちの仕事も忘れないようにする。
どっちかが疎かになってはダメだし、かと言ってどっちかに偏るのもダメだ。
シルヴィアスにとっては俺の元の世界はどうでもよく、自分らの未来が大切なのだから。
「じゃあ、向こうの世界に繋げてくれるか?」
「はい、分かりました。」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
シルヴィアスが何かの魔方陣を書き上げ、そこに魔力を注入して。
青白い光を放つ魔方陣に乗った俺は、元居たリビングの家に立っていた。
時計を見ると、6時35分とある。飛ばされる前は6時くらいだったから約30分居なかったことになるが……。
明らかに向こうに居た時間はもっと長い。つまり、こっちと向こうでは流れる時間が違うという事か。
それにしても変な夢だったな。可愛い吸血鬼の女の子がいて、さらに自分が吸血鬼になってましたって。
「まあ、夢じゃねえよな。」
翔は呟くと、背後に光る小さな魔方陣を見た。
そこの中心に立てば、向こうの異世界の魔方陣にたどり着く。
そして。
「はぁ、翼もあるなぁ。」
背中には確かに堅い感触。
後ろを見ると、鋭利な形状の黒い翼がある。夢として片づけるには、あまりにも感触がリアルすぎる。
「それじゃあ早速……《擬人化!》
翔はそう呟くと、目を閉じて魔力を全身に循環させる。
シルヴィアスから教わったこの魔法。習得は凄い簡単だった。
身体に魔力を循環させ、馴染ませてから普段の自分を想像するだけだったから。
1分くらい経ってから見ると、翼が無くなっていた。手で触れようとしても、スッと通り抜ける。
「確か、この状態なら鏡に映るんだよな。」
と洗面所に行き確かめると、確かに朝にシャワーを浴びた姿そのものだ。
違ったのは、黒っぽくて古めかしい服を着てる、という点だけだ。
「時間もないし、日焼け止めを試すか。」
そういって翔は、下にある棚から日焼け止めクリームを取り出す。
それは昔、母親が使ってた奴なんだが……まあ効果があるなら、後で買ってくるか。
《擬人化》
体内の魔力を循環させ、身体を自由に変化させる補助魔法。
身体の一部を変化させたり隠蔽したりする効果もあるが、見た目そのものを変える事だって可能。
だだし、熟練した兵士や魔法使い、一部の道具の前ではバレる確率が高い。