屋上のモラトリアム
※お題「屋上」「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」で書きました。
昼飯の後、屋上でよく空を眺めていた。
平日のデパートの屋上は閑散としている。客層は、裕福な家庭の主婦に幼児、暇を持て余した老人、営業のサラリーマンなどだ。もう少し遅ければ、学生の姿もうかがい知れる。
不必要に売り場をうろつかないよう注意を受けていたが、屋上の出入りはフリーパスだった。作業服で歩き回ってもさほど違和感がないからだろう。屋上からも排除したいのかもしれないが、施設管理に従事している俺がいないと営業が成り立たない。店長は俺にとても愛想が良かった。この暑気の中、空調でも止まった日には目も当てられないからだ。
空に浮かんでいる積乱雲は厚く盛り上がっている。風が吹いたところで崩れそうもなかった。
俺がこの仕事を選んだのは、話す必要がほとんどないからだ。予定表に沿って業務を熟し、機器の面倒をみる。各機器の運用、管理、保守は有資格者でなければ手が出せない。従って書類上の上司は、実際のところ俺に細かい指示はできなかった。システムを理解していないのだから当たり前だ。しかし、それは責任のすべてが俺にある証左でもある。
俺は日がな一日、機器類を眺め、計測、調整し、記録していた。接客を得意とする人間にとっては地獄のような業務かもしれない。だが、俺には向いていた。
堅固に見えた雲の階がちぎれ、薄れていく。地上は恐ろしい熱気だが、上空は寒冷なはずだ。本当の涼しさとはどんなものだったろうか。それは秋になるまで思い出せそうもない。ともすると初冬に達しても冷涼ではないのかもしれなかった。
電子音が耳を打つ。俺は作業着の尻ポケットからPHSを取り出し、ただ眺めた。まだ休憩時間が終了していない。利き腕ではない右手に装着している腕時計の針を追う。今では骨董品か装飾品の類となってしまった計測機器だ。俺がカウントダウンを行う間、PHSは律儀に音を発信し続けている。
「はい」
俺は、極寒の管理室へと向かった。